28話:休日のお出かけ
あ~、なんだか2話ばかし、十月に乗っ取られた気がしないでもないけれど、まあ、そんなことはどうでもいいわ。さて、あたし、青葉暗音は、今、重大な決断を迫られているわ。
これは、ある日曜日のこと。朝起きると紫苑母さんが超御機嫌良かったのよ!母さんが朝から機嫌が言いとか、特にあたしが遅く起きてきたのに機嫌がいいってのが天変地異の前触れじゃないのって思うぐらいに気味悪かったのよ。
「か、母さん?ど、どったの?」
あたしの言葉に、母さんが満面の笑みで年甲斐も無くくねくねと身を捩じらせてこっちを向いた。キモっ!
「あら、暗音さん。おはようございます。うふふっ」
キモっ!……じゃない、母さんが何か妙にうふふふ言っててキモい。えっ、ナニこれ。何があったらこんな重症に?!
「ほ、ほんとにどったのよ?」
あたしが慌てて問うと、母さんは、うふふと頬に手を当ててニヤニヤしていた。怖い。キモい。
「うふふっ、今日、紳司君たら、デートみたいなんですよ~」
……?でーと?今、デートっつった、このババア?……え?マジで?
「マジ?」
あたしは思わず声を漏らした。ああ、ババアって方を声に出さなくて良かった。そっちだったら殺されてるわ。
「本当ですよ~。うふ、うふふっ」
ダメだ、こりゃ。壊れてるわ。息子がデートするって話を聞いてそんなに嬉しいのか、この母は……。
「あ~、まあ、いいわ」
そうは言ったものの気になるわね……。
と言うことで冒頭に重大な決断ってのに戻るわけだけど……。ようするに紳司をこっそり見に行くか、行かないか、って言う重大な決断よ。
まあ、結論として「見に行けない」ってのが正解ね。いや、デートの場所、知らんし。まあ、きっとフランス料理でも食べてんじゃないの?そんなもんよね?もしくはイタリアンか。
紳司のことだから、適当に店を回って、色々とアクセサリーを買ってあげて、あと服とかも見繕って買ってあげて、そしてちょっとお高めのレストランで食事って流れに決まってるわ。
ってことは、相手は、普通に美少女のはず……。チッ。これで、紳司に彼女が出来たら堪ったもんじゃないわ。いえ、これはブラコンとかではなく、両親はイチャイチャカップル、紳司も彼女とイチャイチャ。あたしの居場所がないっしょ?
だから、なんとしても紳司がリア充化するのだけは避けなくてはならんのよ!
さて、どうしましょうか?
なんて、悩んでも仕方が無いので、あたしは、仕方なく、鷹之町市の方向に向かうわ。いつもの登下校コースと変わんないふうに。何せ、三鷹丘にも店が無いことは無いんだけど、どちらかと言えば鷹之町の方が大きな店や商店街があんのよ。こっちなら偶然、紳司を見かけることもあるかもしれないし。
鷹之町に来たはいいものの、特にすることがあるわけでもないので、店をブラッと回った後、暇を持て余していた。
持て余していた暇をどうにか消費するために、あたしは学校に行くことにした。いや、別に学校に行ったからってどうってことはないんだけどね……。
それで、学校に行くことにしたんだけど、道中、はやてを見かけた。友則は一緒ではなく、一人で、よ。……いつも一緒なわけじゃないのね、意外だったわ。いえ、まあ、何かイメージでワンセットにされるけど、特に一緒に居るわけではない、ってことあるわよね。あたしと紳司なんかもそうだったし。今は学校が違うから、そんなイメージも定着しないんだけど。
それにしても、何だってこんなところにはやてが居るのかしら?あ、こんなところってのは、鷹之町中央駅から少し行ったところにある小さな公園のこと。簡素な、いまどき珍しい小さな砂場とベンチとブランコ、鉄棒があるくらいの公園よ。
「はやて、何やってんのよ?」
あたしの疑問の声に、はやてはビクンと肩を跳ねさせた。ビクンビクンではない……てか、そんなに勢いよくはなかったわ。
「っ?!…………なんだ、暗音ちゃんか。驚かさないでよぉ~」
勝手に驚いといて酷い言い草ね。まっ、いいわ。寛大なあたしは気にしないでおいてあげるわよ。
「何だ、はこっちの台詞よ。人が声かけるなりおどろいて……。もしかして、肩ビクンってさせたのってイッたからじゃないでしょうね?」
「違うよぉ!もぅ……」
はやてが起こった。顔を真っ赤にしてるわ。うん、可愛い。それはそれとして、結局なにしてんのかしら?
「それで?何してたのよ、公園で」
あたしの問いに、はやては「ふぇ……」と幼女みたく情けない声を出して、あたしにことの経緯を語る。
「実は、ちょっと、喧嘩しちゃって」
誰と、ってのは聞くまでも無いわね。友則以外に、はやてと喧嘩するような相手がいるとは思えないもの。まあ、ぶっちゃけると、はやてと友則が喧嘩することは少なくないわ。
あたしの印象でも、数ヶ月に一回ペースで喧嘩していたような気もする。まっ、その原因の大半が友則なんだけどね。
「それで?あの馬鹿は何をやらかしたの?」
あたしは、友則が原因であることを前提に、はやてに問いかけてみる。しかし、はやてが、暗い顔で首を横に振った。
「それが……、今回は、私が悪いの」
今回は、と言う物言いで普段の友則の態度が分かるんだけど、今回はどうやらはやての方らしい。
「へぇ、珍しいこともあるもんね。それで、どんなことで喧嘩したのよ」
二人が喧嘩するのは、まあ、些細なことだけど、はやてが悪いってんだから、些細じゃないことかもしれないわね?
「それが……、子供の名前の話で」
あたしはブッと思いっきり吹き出した。子供の名前?えっ、何、もうデキちゃったん?それは、まずくない?でも、はやてが原因ってことは、友則がおろせって言ったわけじゃないんでしょうし……。
「あ、違うよ。私に子供が出来たわけじゃないよ!」
何だ、違うのね。驚いて損したわ。しかし、名前?あっ、十月が言ってたやつかしら?あの、はやてが苦手な雷を無くす名前をつけるとか、どうとか。
「実は、『でも、俺等が子供作ったら、マジでそんな名前にするのかなー?』ってトモ君が言ったから『う~ん、そもそも、トモ君と結婚するかもわかんないけどねぇ』って言ったら拗ねちゃって……」
喧嘩じゃねぇ!リア充のイチャコラだ!ちょっと意地悪言って、何やかんやで仲直りするやつだ!
「なんて謝ればいいと思う?」
小首を傾げてあたしに問うはやてに怒りを覚えながら、あたしは少し真面目に考える。どうやったら、このイチャラブカップルをどうにかできるのか、ってね。
「そうね……。『ごめんね。私が悪かったよ……。トモ君……、トモ君、今から子供、作っちゃお』って言って抱きつけばいいんじゃないの?」
あたしの言葉に、はやてが、暫し黙って、その後、意味を理解したのか、顔を真っ赤にしてわなわな震えた。
「そ、そ、そそ、そんな、こ、こと、で、で、できなっ、で、……でも。……、うん、決めた、暗音ちゃん!暗音ちゃんに言われたとおりにやってみるよぉ!」
……?まさか、本当に採用するとは。適当に、ラブラブカップルをくっつける(物理)ために言ったのだけど、まさか、オッケーするとはね。
「あっ、そう、がんばってね?明日、感想教えてよ」
まあ、友則にそんな度胸があるとは思えんので、おそらく無事仲直りしたよって報告があるだけだろうけど。
「感想?何のぉ?」
まあ、はやてがポカンとしてるし……って、あんたは、一旦、あたしの言葉の意味を理解して顔を赤らめてわなわな震えてたのに、何で、そんな意味分かんなさそうな顔してんのよ!
……まあ、後日、あたしは、はやてが真っ赤になってわなわなしてたのは「抱きつけばいい」ってところであったことと、抱きしめられた友則が押し倒すか倒さないか一時間悩んだあげくなにもヤらないヘタレであったことを知ったのだった。
さて、はやてを見送ったあたしは、改めて学校に向かった。別に学校に用があるわけじゃないってのはさっきも言ったわよね?まっ、別にどうでもいいんだけど。
それにしても、起きたのが遅かったせいもあったせいで、十分に昼下がりね。まあ、朝食がブランチって言える時間だったからお腹は減ってないだけどね。
んで、まあ、学校への道中、今度は、別の人物たちを見かけたわ。
そう、あんときの黒衣の男達と女……、いえ、兄の方はいないみたいだけど……。どうしたのかしら。少し息を切らせているし、汗まみれだし、女にいたっては、服の一部が焦げているわね。
でもあの焦げ方……火による発火ではないわね?燃え広がり方が全然違うもの。ってことは、何かとっても出力の高いレーザーとか、あとは、電気、かしら?
さてはて、裏の人間さんたちは、一体、何を企んでいたんでしょうかねぇ、とあくどい感じを出しながら、様子を伺ってみるわ。
「チッ、何なんだ、あいつは……っ!」
女が酷く苛立ったみたいに地団駄を踏んでる。リアル地団駄って……、あっ、でもパンツ見えそう。ラッキー!
「呪いが掻き消されなければ勝てたものを……」
呪い、ですって?
あたしが怪訝に眉を寄せると、ピロリーンっとスマホにメッセージがポップアップ表示された。
「『姉さん、一応!姉さんが言ってた黒衣の男達と女と戦ったよ!女、あまきたに・けいまちゃんはSmith.Curse Bladeって《古具》使うよ!あと結界張れる奴が1人いるっぽいから気をつけて!』ね」
ふむ、スミス・カースブレード、ね。スミスはブラックスミスの略で、カースは罵る……いや、さっきの話を含めて、呪う、かな。ブレードはまんま剣ってことで、そりゃ、怖い。
「『呪いについて、生み出せる呪いは12種類。毒、麻痺、嘔吐感、痛覚強化、催眠、記憶奪取、火傷、混乱、感覚奪取、幻影、視覚暗転、死。だけど、一通り制限があるっぽい』」
へぇ、使える弟を持って幸いだったわ。おそらく、死とか記憶奪取とかは制限付きね。一撃で殺せるはずなのに紳司を殺してないし、記憶も奪われてないみたいだし。
「さぁて、ウチの弟に手を出した不届きものに、裁きを下すとしましょうか」
あたしは、そう言いながら集団へ向かって一歩踏み出した。