277話:由梨香とデート1
図書室から出て、図書室の鍵を職員室に返しに行くと、職員室にいたのは由梨香だけだった。由梨香が、恭しく頭を下げて俺から鍵を受け取る。そして、誰も周りにいないのを確認してから、こういったのだった。
「紳司様、申し上げにくいのですが、こういったものをいただいてしまって」
そう言って、由梨香が見せてきたのは遊園地の特別優待チケットだった。こんなものいったいどこで手に入れたのだろうか。そんな風に疑問に思っていると、
「他の教師の方に、自分はいけないのでどうぞ、と言う形でいただいたのですが、自分も行く相手がいないので、紳司様にいかがかと思いまして」
ああ、なるほど、一緒に遊園地に行こうという誘いなわけか。まあ、どうせ明日はもともと暇だったし、別に構わない。
「ああ、そう言うことならありがたく」
と言って、2枚あるチケットのうち1枚を預かった。すると、由梨香は、不思議そうな顔をしていた。何か間違えたのだろうか。
「どうした、由梨香?」
俺が問いかけると、由梨香は、どうしたんですか、と言いたいのはこっちのセリフだと言わんばかりの顔をしたような気がした。一瞬だけだったので断言はできない。
「いえ、なぜ一枚しか御取りにならないのでしょうか?」
2枚ともとって、現地で渡すのだろうか。それなら由梨香が最初から持っていたほうがよくないだろうか。なんでそんな面倒なことをするんだ?また、メイドがどうとかと言う話だろうか。
「わざわざ両方俺が受け取るメリットがないだろ、一緒に行くのに」
俺の言葉に、由梨香がなぜかキョトンとしたような顔をして、すぐに元の顔に戻った。今日はよく表情が崩れる日だな。
「いつの間にかそのような話になっていたのでしょうか……?」
あれ、どういうことだろうか。どうやら俺と由梨香の間では何か根本的に食い違っているらしい。どうしたことか。
「これは2枚とも紳司様へ差し上げようと思っていたのですが……」
ああ、なるほどそういうことか。連日、女子と約束があったから、脳がそっちにシフトしていたが、由梨香は、自分は使わないから俺にくれたのか。
「そういうことか……。だったら、明日、俺と一緒に行かないか?俺も、貰っても行く相手がいないしな。期限も近い。無駄にはしたくないからさ」
期限は今月いっぱいまで。姉さんは誘っても来ないだろうし、イシュタルなんかは母さんと買い物に行くって言ってた。零桜華も姉さんの関係者と用事があるらしい。もう、こうなっては気軽に誘える人間はいないからな。
「自分でよろしいのでしたら御供します」
う~ん、堅苦しいな。これで、メイド服でも来て来ようものな……、ひどく目立つし、堅苦しいだろう。これは釘を刺しておくか。
「おい、由梨香。念の為に言っておくが、メイド服は着てくるなよ?」
俺の言葉に、由梨香が間髪をいれずに異議を申し立ててきた。その勢いに押されて少し後ずさりそうになる。
「なぜいけないのでしょうか。その理由をご説明ください。メイド服は主に使える忠義の証です、それを着てくるな、とおっしゃられると自分は……」
まあ、思った通りの反応だよな。さて、ここでなんと返すか。……ふむ、そうだな、忠誠心を逆手に取るようで嫌なんだが……
「由梨香、お前の忠義は、メイド服を着ていなくては示せないのか?」
由梨香の顔が驚きに染まる。まるで何か新しい道を示されたかのような、そんな顔。
「なんというお言葉でしょうか……。紳司様、自分は、メイドの本質を見誤っていたようです。申し訳ございませんでした」
いや、まあ、師匠がシュピードの時点でな……。3人のスーパーメイドの一角とは思えないし。アイスの方がよっぽどメイドらしい人格だからな。
「気にするなって、それよりも、明日は現地に集合にするか?」
いつまでもこの話題を引っ張ってもしょうがないので、早めに明日のことへと話をもっていくことにした。
「いえ、自分が車で迎えに参ります。ご自宅の方は、前に一度お伺いしたときに覚えておりますので、8時ちょうどに迎えに上がります」
迎えに来てくれるのか。しかし、家の前まで来させるのは悪いし、……そうだな、別の場所で待ち合わせができる場所と言えば……
「じゃあ、駅前に8時に迎えに来てくれ」
「駅前……でございますか?」
俺の言葉に、由梨香は疑問の声を出した。由梨香の疑問に対して、俺は、その理由を口にする。
「駅前の方が楽だからだ。正直に言おう。ウチの前の通りは、朝の時間帯、この時期でも結構車が通るんだ。邪魔になる恐れがあるし、車で行くなら高速道路を使うんだが、インターチェンジに行くのに駅前の方が簡単だからな」
それが俺の言う理由である。まあ、他にも、その時間だと、きっと母さんたちの買い物に行く時間と被るだろうからだ。零桜華の話だと、ちょっと遠出して買い物って話だからアウトレットとかその辺に行くだろうし。あまり、親にデートに行くところを見られたくないということだ。今更だいぶ遅い気もするがな。
「分かりました、では、明日の8時ちょうどに三鷹丘駅前にお迎えに行きます。紳司様、もうじきに、他の教師の方々も戻られますので」
そうか、まあ、職員室に由梨香1人でいるのがおかしな状態だしな。他の教師がいて、どっかに行っていたのだろう。随分と長居をしてしまったし、そろそろ行くとしよう。
「じゃあ、明日」
「ええ、了解いたしました」
そう声を掛け合って、俺は外に出た。職員室の外へ出ると、ちょうど、向こうの廊下から別の教師たちが歩いてくるのが見える。タイミング的には丁度のようだな。
「ん、おお、青葉。図書室の使用は終わったのか?」
「ええ、ありがとうございました。鍵はすでにゆ……桜麻先生に渡しておきましたので」
すれ違いざまにそんな会話を交わして通り過ぎる。そして、その日はそのまま帰路についた。
翌日の7時半過ぎ、俺の姿はすでに駅前にあった。由梨香が迎えに来るのを待っているのだが、しかし、思えば、夏休みの終盤とはいえ、遊園地は混んでいるに違いない。面倒くさくはあるが、由梨香を楽しませるには十分だろう。人混みや待ち時間なんてものは、その対価としては十分なものだろう。
「それにしても、遊園地か……」
いつ振りだろうか。そんなことを考えながら、ぼんやりと空を見上げる。まだ、太陽が昇ってきたばかりの東の空に見える頃合い、その場景にどことなく覚えがあった。待ち合わせながら朝の景色を見上げていた、そんな記憶が。
誰を待っていたのか、それは思い出せない。子供の頃だったか、それとも前世の話かも覚えていない。ただ、とても楽しみに、誰かを待っていたんだってことは覚えてる。
――俺が待っていたのは……誰だ?
……■■■■?静葉?魔王?姉さん?
その答えは見つからなかった。遥か忘却の彼方にその答えはあるのかもしれない。もし、その答えを見つけられたならば……、その時、俺は……。
その続きは、俺の中に浮かんでこなかった。俺は、その時どうなるんだろうな。だが、きっと……。そこから先は、考えるのをやめて、この間買った本を読んで時間を潰すことにした。
「へぇ、珍しい。こんなところであたしの本の読者を見かけるなんて」
そう声をかけてきた女性。俺の読んでいる本は、「巛良桜丙」の「マルチレダの攻防」である。よって、女性の見かけた読者とやらは俺とは別の誰かのことだろう、と思い本へと視線を戻した。
「ちょっと、無視?少年、少年てばさ。なして無反応なの?」
ふむ、誰か反応してやれよ、と俺は周囲を見渡した。しかし、俺以外に本を読んでいる人間がいなかった。つまりは、この女性がトチ狂ったバカであるか、もしくは俺のことを指しているのかの2択である。
「そう、そこで『マルチレダの攻防』を呼んでいる少年。君のことさね」
どうやら俺のことのようだが、しかし、この女が「巛良桜丙」?イメージしていた人物像と随分違うので流石に面を喰らった。
「あんたが、巛良桜丙?あの『草原の家、井戸の中』でデビューした結構早く新刊を出す速筆作家の?」
デビュー作の「草原の家、井戸の中」、「ヘルスレイシリーズ」、「海岸のヘルミッス」、「バニスの教え子」、「万年貴族」、「風の女シリーズ」、そして今月の新刊である「マルチレダの攻防」、あと予告されている「子の雪」とか、そんな作品を書いている作家だ。
「そそ、その巛良桜丙ですよっと。それにしても、そんなマイナーな出たばっかの新刊読んでるってことは、少年はおねーさんのファンってことでいいのかな?」
自称お姉さんのこの女は、「巛良桜丙」なのだろうか。少し信じがたい部分もある。
「奢倉桜珂。ペンネームは巛良桜丙よ。てか、その年でよくデビュー作まで知ってるね、少年は。まさかまさかの大ファン?サインいる?」
いつも持っているんだろうか、サインペンを構える。巛良桜丙は、サイン会を開いたことが無い。そこまで著名な作家ではないからな。しかし、ヘルスレイシリーズの完結作でもある「ヘルスレイの再開」にて店舗限定初版50部のみサイン入りで売り出されたこともあった。なお、俺と姉さんは、2人ともそれを持っている。
「じゃあ、まあ」
俺は「マルチレダの攻防」の本を差し出す。すると、桜珂と名乗っていた女性は、さらさらと巛良桜丙のサインを書く。そのサインは、俺の持っているものとほとんど同じだ。
「ホンモノ……だな」
俺の思わずつぶやいた言葉に、桜珂は、にやりと笑っていた。
「おっと、それが分かるということは少年、キミは、まさか『ヘルスレイの再開』限定サイン本を持っているということかな。そんな昔の作品まで初回で、しかも50部限定の本を持っているほどとなればやっぱりよほどのファンなのかな?」
どうやら、認めたくはないが、この桜珂と言う女性は巛良桜丙本人で間違いないようだ。しかし、まさか、戦記などの真面目で堅い作品を書くのがこんな女性だったとはな。まあ、「風の女シリーズ」なんかを見ていれば、納得できなくもないが。
「おっと、そろそろ電車の時間が来そうだ。夫との待ち合わせがあるからあたしは行かせてもらうさね。では、少年、これからもあたしの本を御贔屓に」
そう言って、彼女は駅の改札へとのびる階段を昇っていく。俺は、本をしまい、前を向く。時刻は8時丁度。ロータリーの方を見ると、由梨香の車が到着したところだった。俺は、本を読む前に何を考えていたんだっけ、と思いながら、由梨香の元へと向かう。
え~、正直に言って由梨香に関してはまだ未回収の部分が多くて、それを今回で全部拾おうかと思ったのですが、一番回収しなくてはいけないものを丸々次章に投げる形にして、もう1つの回収していない話を回収しようと思います。
あ、桜丙に関しては、また関係ない奴が出てきた、とか思われても仕方がありませんが、今回はきちんと関係のある人物ですので、要注意です。これからも出てくるとかそういうわけではなく、由梨香の話の回収に重要な人物と言うことです。では、次の話で




