276話:宴とデート2
突如現れた人物に、夜風さんはもちろんのことながら檀、雅、夜宵の3人も驚きを隠せない様子だった。それはそうだろう。何もないはずの壁から突如人が現れれば、普通はこんな反応になるのもおかしくない。俺は、秋世や宴で慣れてしまっているから、まったくもって驚かないがな。
夜風さんが、【榮銃・バルドステイン】を呼ぼうと構えていたが、俺は、それを片手で制止して、宴を見る。相変わらずの表情の乏しさ、しかし、その瞳の奥に、何か、悲し気なものを宿しているのが分かる。だから、俺はあえて、笑いながら話しかけた。
「よお、結構ぶりになるかな。まあ、お前にとってはそうでもないんだろうが。しかし、人の家に勝手に上がり込むのは不法侵入だぞ?」
「分かった、次からは家の外からジッと窓の方を見て監視する」
ボケなんだか真剣なんだか分からない答えに、俺は曖昧に頷いた。さて、と、ここでいつまでも話すのもあれだし、俺は、3人の方を見た。
「今日の数学は大体要点は教えたし、あとは、今日の夜にでもメッセージを送ってくれれば答えるから。おおよその説明は夜風さんに聞いてくれ」
そして、宴の方を向く。そして、宴の持っている図書館の本に目が行った。ふむ、夏休みだし、誰もいないことだろう。あそこで話すとするか。
「宴、場所を変えるぞ。三鷹丘学園の図書館だ。あそこなら、この時期のこの時間ならだれもいないだろうからな」
図書室は夏休みでも開いている。しかし、それは決まった日だけであり、今日はその日ではないから図書委員がいることはないだろう。司書の先生もおそらく今日は来ていないはずだ。だから、あそこには誰もない。
「分かった」
宴の短い返事、そして、次の瞬間には再び姿が消えていた。姿を消して図書室に向かったのだろう。
「では、失礼しますね」
呆けている4人を置いて、俺は、荷物を持って、北大路邸を後にする。もちろんのことながら目的地は三鷹丘学園高等部図書室である。
案の定、三鷹丘学園の図書室には誰もいなかった。否、どうやって入ったのか、俺が、職員室で鍵を借りてやってきて、鍵を開けて入った時には、青い髪が既に見えた。つまり、宴は、すでにこの中にいたのだ。秘密の通路でもあるのか、と思ったが、フィーラの娘なら、転移魔法くらい使えてもおかしくはない。しかし、今、1つだけおかしいと言えることがある。
「で、なんで、本の山が出来上がってるんだよ。話をするって流れだっただろうが」
「……読書は大事。本は読むべき」
ああ、それが、今この状況じゃなかったら全くの正論だな!確かに読書は大事だが、今はそう言う場合じゃないだろう。マイペースと言うかなんというか、いつも通りの宴だった。
「仕方がない、読書は中止する」
マフラーを巻きなおしながら、一息つく宴。その雰囲気が一瞬だけフィーラと被ったような気がした。気がしただけで全然違うのかもしれない。
「宴、お前はいったい何者だ……?」
俺は、あえて、そう質問をした。何者であるか、と言う、おおざっぱにもほどのある、だが一番的を射た質問。
「あなたのおっしゃる通り、とでも答えるべき?わたしは、フェスタ・ブレッセンド=スプリングフォール。またの名を春秋宴。フィーラ様に生み出された人工生命体……強化型魔力生成生命体試作8号。人造人間とも言える。それがわたし。」
なるほど、実の娘ではなかったのか。まあ、納得だな……うん?俺はなんで納得したんだろうか。よくわからないが、フィーラが誰かと結婚していることが想像できなかった。
「【滅びの刻を待つ者】は、今回の件で何をしでかす気なんだ?」
俺は質問を変える。俺と姉さんを狙っているって話は液梨さんから聞いている。しかし、どう動くのかは全く分からない。知っておけるならそれに損はないだろう。
「【滅びの刻を待つ者】自体が表立って動くことはないと思うべき。しかし、彼の運命の塔……蒼き神の果てた地にして、朱き神が眠っていた場所にして、茶色の神が目指した場所。【夢見の櫓】、【夢幻の塔】、【忘却世界の残滓】、【果て無き夢の塔】【黙示録の櫓】、死者も生者も、その地には関係ない。万物の運命を捻じ曲げ【夢幻】にして【幽幻】なる夢見の残滓が『運命と業』に従い、真に戦うべき者を呼び出す【忘却世界】のシステム塔。【夢見櫓】……第七神醒存在が司りし原典にして、最も忌むべき至宝。そこには、如何な神と言えど逆らえない。
今回は、その【夢見櫓】を再び、この地へと呼び出すだけ。この世界のこの地で塔が出現するのは3度目。1度目はダリオス・ヘンミーが青葉清二と対峙したとき、2度目は白城王城が青葉王司をおびき寄せるために、そして、3度目……しかし、今までの塔とは、完全に別物だと考えるべき」
父さんやじいちゃんも今回の決戦の地とは因縁深いってことか?だが、ウチの家族が既に巻き込まれたものとは別物っていうのはどういう意味だろうか。何か細工をしたのか?
「過去2回の【夢見櫓】は不完全だった。それこそ、死にぞこないのダリオスと、孤高の王気取りの白城王城では、【夢見櫓】を完成させるまでの莫大な魔力を集めることはできなかった。そう、【滅びの刻を待つ者】がなにをするか、と問われると、彼らは、ただ塔へと魔力を注ぐだけ。本物の、真の【夢見櫓】を顕現させるための魔力を。だから、行動を決めてからの動きがこんなにも遅い。本来ならすぐに襲うべき。それをすぐに襲わないのは、塔へと注ぐ魔力を完璧にするのに数か月かかるから。だから9月まで襲わないのではなく、9月まで襲えない。これが真実」
そういうことか。いままでは不完全なものだった。それゆえに、半端なものだった。それが、魔力を注ぐことによって完全なものになる。そして、その完全となった塔で俺たちをどうにかする気なのだろう。「運命と業」に従い、真に戦うべき者を呼び出す【忘却世界】のシステム塔と宴は言った。しかもそれゆえに、【滅びの刻を待つ者】が直接戦闘に来ることはない。それは、何かが呼び出されるということだ。俺の予想が正しければ……数日前の新聞を思い出す。そう、あいつもきっと来るんだろう。それが運命であろうからな。
「じゃあ、お前は、敵か味方か、どっちだ?」
「わたしはわたし。監視の命を受けてはいるけど、ただの学生。敵対の意思はないし、味方する気もない。それがわたしの意思。全ては、流れるままに、運命が壊れようと、自然はあるべき形へ帰す、それがわたしの座右の銘」
敵ではない、か。まあ、そう言うならそうなんだろう。宴をそこまで警戒する必要はない、と考えるべきか。フィーラは、最終的に、9月に戦うことになるんだ。あいつは、前もって攻撃するなんてセコい真似しないで、圧倒的な力でねじ伏せる方が好きだからな……、ん?まただ、俺はなんでそんなことを知っているんだ?
「わたしは、信じてる。あなたの輝きが、彼の花を咲かせることを。聖典にも記されない遥か果ての物語をきっと……。わたしはそれを本に記して楽しむことにする」
果ての物語、あるいは、新にして真なる神の物語。いえ、偽の神の物語、と宴は言った。そういえば、と俺は思う。液梨さんは、俺のことを「神に最も近い様で、やはり最も近い者」だと言っていた。神……【彼の物】や三神、そう言った神々。神とはいったい何だろうか。
「それが■■■■の願いだから」
そう言って不敵な笑みを浮かべた宴は、まるで別人のようだった。何か、奥にどす黒いものでも入っているのではないかと疑いたくなるくらいに艶のある、ある意味人間じみた不気味さと妖しさを持つ笑みだった。
「巨悪殿下は、今回の動きをどう見るか、それとべリアル公も」
ジャガンナート?べリアル?神とか悪魔とかそう言った話か?宴……、フィーラの娘だと思っていたが、もしかしたらそれだけではない何かを秘めているのだろうか。
「果ての果ての果て、さすれどそこが中心である、べリアル公も的を射たことを言ったというべき?」
宴の視線は、俺ではなく、どこか別の方を見ていた。その瞬間、ゾッとしたなにかを感じ取った。本能的に、《古具》を呼び出そうとしたが、呼び出せなかった。それ以前に、身動きが取れない。
「ウフフッ」
そんな奇妙な笑いと共に、宴の姿は掻き消える。そして、10秒くらいして俺はやっと動けるようになったが、その時にはすでに何も感じなかった。
机の上を見ると、そこには、「責任の約束、覚えてるよね?」と言うメッセージの書かれた紙が置いてあったのだった。ああ、あの時の約束か……、「また会いましょう。きちんと責任とってもらうから」だったかな。
「まあ、あいつが何者であろうと関係ない、か。約束は約束だしな」
俺は、先ほどまで宴がいたところを見る。高く積み上げられた本の山。あいつが確かにそこにいた証拠。そして、本が大好きな、いつだって本を読んでいる宴のことを考えながら、俺は図書室を後にした。
え~、今回の話の冒頭の部分にある「窓の方を見て」と言う部分が、260話冒頭へとつながるわけです。それとべリアル公ですか、確か名前だけは出していたような気がします。宴の正体は、結構重要なファクターですので、そこそこ明らかにできたかなーと思います。
次はメイドさんです




