274話:紫炎とデート2
俺はこの困った状況をどうにかするために、必死に頭を回す。まあ、考えてみれば当然のことであるが、待ち合わせた相手が他のやつとイチャイチャしていたら、そら怒るのも当然だと思う。言い訳するのもみっともないし、紫炎も言い訳なんて聞きたくないだろう。だから、あえて言い訳はしない。
「とりあえず、紫炎。祭りに行こうか」
俺はそう言って手を差し伸べる。紫炎は拗ねながらも、その手を取った。しかし、よくよく考えてみれば、ここ数日、毎日のように女の子の手を握っているような気がするな。ミュラー先輩に始まり律姫ちゃんも、そして今日は紫炎。節操がなさすぎる気がしないでもないが、昔からこんなもんだった気もする。別に誰かと付き合っているわけでもなければ、誰かだけを好きなわけでもない。しいていうなら、全員が好きだ。いや、昨今のハーレムアニメのような誰も選べないし、そのままの関係でずっととかと言う話ではなく、できれば全員と関係を持ちたいわけだが、流石に、そこまでする気はない。と言うより、メンツを考えると、全員の自己主張が激しくて、きっとそんなことはできない。
「なんか、変なことを考えてませんか?」
ジトっとした目でしかもあえて敬語で言ってくる。鋭いな……。まあ、今の考えはひとまず脇に置いておくとしよう。今は紫炎のことだ。この状況をどうにかしなくては祭りが楽しくなくなってしまう。
ただ、この祭り、祭りの定番であるところの行事が一つ足りないのである。盛り上がりとしてはいまいちな祭りなので仲直りのポイントが少し足りないのだ。その行事と言うのが「花火」だ。ここらへんでは、三鷹丘、鷹之町、八鷹の近辺を含む地域に大きな沼があって、そこで大きな花火大会があるぐらいで、個々の祭りで大きな花火を上げることはあまりないのだ。まあ、個人で上げていることもなくはないんだがな。
「いや、花火が見たいけど、この辺じゃ、あまり上げることがないから残念だなって思っただけだよ」
俺がそう言うと、紫炎は失笑する。今の状況から拗ねたままで反応しないことを通そうと堪えたのだが、やはり我慢できなかったようだ。しかし、何が我慢できなかったのかは分からん。
「ぷ、ふは、し、紳司君、子供っぽい……」
くすくすと笑う紫炎。元々紫炎は堪え性のない方だからな、俺との喧嘩も長続きしないとは思っていた。ただ、きっかけは必要だと思ったから花火が見たかったのだが、そこまですらする必要がないほどだったとは……。
「悪いか?俺は子供っぽいからなんでも楽しみたいんだよ。祭りって言ったら屋台に神輿に花火、全部ひっくるめてな」
「何でもかんでも手あたりしだいってことだね。全部ひっくるめてって、まあ、何でもかんでも、それができちゃうのが紳司君なんだけど。
……聞いたよ、京都であったこと、全部ね」
そうか、京都の一件を聞いたのか。京都、修学旅行で行った際に、俺は、紫炎を含めて3つの家の事件を解決したのである。紫炎の明津灘家のパートナー問題、律姫ちゃんの冥院寺家のお家問題、そして、ユノン先輩の市原家の《古具》を巡る問題。これら3つの問題を解決したのだった。尤も、明津灘や冥院寺はともかくとして、市原家の問題は、最終的に魔法少女……もとい魔法幼女うるとら∴ましゅまろんこと、魔法少女独立保守機構CEOマナカ・I・シューティスターこと、愛藤愛美が解決しようなものなのだがな。
「だから、知ってるよ。冥院寺家とも関係があるし、市原家とも、ね。だから、紳司君はもしかして、『全員をものにしたい』なんてことを考えているんじゃないかって思ったの。まあ、私は、それでもいいと思ってるんだけどね。ただ、目の前にいるのに見てもらえない、集中してもらえないっていうのは、やっぱり嫌だよ。何又してもいいから、やっぱり、目の前にいるときにはきちんと見てもらいたいんだ」
……まさか、俺の考えをここまで的確に読むとは、姉さんかと思うくらいの鋭さだ。もしかして、俺は顔に出しやすいタイプの人間なんだろうか。今更ながらに不安になってくるが……。
「今、どうして分かったのか、って顔してるよ。うん、でも、紳司君は、きっと、普通と比べたら鋭い方だと思うけど、鈍感だね。そりゃ、分かるよ。好きな人のことだもん。きっと、みんなも分かってると思うよ」
――「好きな人」。その単語に、俺の心臓が跳ね上がった。面と向かって、さも当然と言うようにさらりと言われるのは、かなり来る。告白とかのそう言ったときとは違って、その心がはっきりと感じられる。本当に好きだと思ってくれているのだという、その事実が自然で当然であるという風に感じられたのだ。
「あ、照れました……照れたね。う~ん、私が紳司君のことを好きだっていうのは、たぶん分かってたと思ったんだけど。やっぱり、あれなのかな、心で理解しているけど、それを頭では理解できないないって感じ」
そう言われると、なんとなくしっくりくる。しかしながら、まあ、薄々は思っていた。全員俺に気があるのではないか、などという思春期男子の思い込みのようなそんな感想を。話しかけられただけで、彼女は俺に気があるのではないかと思ってしまう現象であり、まあ、一度人生を最後まで送ったことのある俺は、そのラインは通り過ぎているというか、分かっているからこそ、これもそうなのではないかと深読みしていた節はある。
「まあ、しかしな、俺も、思うところがないわけではないし、ハーレムと言うのも憧れているというわけではないが、みんなが平等に愛せるならそれもいいと思っている。と、言うか、そうなりそうな未来も見えているわけだが、しかし、どこでそんなことができる?事実婚か?どこかに移住するか?」
そうそこが問題なのである。実際問題、イシュタルの予言では、俺にはたくさんの子供ができるようなことが分かっているが、実際問題、その子供が誰の産んだものかは分からないし、本当に俺の子供なのかもわからない。しかし、名前がそれっぽいことから、なんとなく、そうなんではな無いかと思うところもある。
「紳司君、そんなことを考えるのは後でいいんですよ……だよ。それよりも先に、もっといろいろ考えるものだよ。でも、そうだね、子供が生まれるとしたら、なんて名前を付けようか、とか、そういうことを考えるのはいいかもしれない」
少し頬を赤らめながら、紫炎はそう言った。子供が生まれたら、か。俺は、全て産んだ人、つまり、俺の奥さんに一任しようと思っている。それは、いろいろ意味はあるが、俺が生んだわけではない……元をたどれば、俺の分も入っているのではないかと思うが、苦労をしたのは奥さんの方だから、そちらに命名権はあると思っている。まあ、流石に子供の将来が不安になるようなひどい名前だったら俺が考えるがな。それに、俺はイシュタルの予言で、「知っている」からな、それが運命なのかどうか、と言う思いもある。
「じゃあ、紫炎は、もし子供ができたら、なんて名前を付けるんだ?」
俺の言葉に、少しドキリとしたように、紫炎はあわあわと説明を始める。前々からさんざん考えたことを恐る恐る話す感じだ。
「えと……うちの家族は、兄が『地』、義兄が『木』、私が『炎』、と偶然にも属性に近いものが入っているので、男の子なら『雷』、女の子なら『風』か『水』を入れたくて……、それで、紳司君の『司』っていう字も男の子なら入れたいから、男の子は『雷司』、女の子は『紫風』か『紫水』かなー、なんて」
……、やはり運命と言うものなのだろうか。俺がイシュタルから聞いた通り、同じ名前が出てきた。「武道を極めた青葉雷司」とな。
「雷司、か……」
あまりに出来過ぎた話に、俺は思わずその名を呟いた。その言い方に引っかかったのか、紫炎が不思議そうな顔をして俺の方を見る。
「もしかしてお知り合いにいました……いたかな?」
なんとなく言い方が、そんな感じの言い方だったのだろう。無意識だったからよくわからないが、そう言うことだと思う。
「いや、ちょっとな。雷司っていい名前だな、って思ってさ」
そんな風に誤魔化す俺。しかしながら、運命、因果律とやらは、思いのほかしっかりと作用しているようだが、イシュタル曰く、「世界の運命の流れは着実に狂い始めている」そうだ。運命が狂っているなら、もしかしたらこの通りに行かないのかもしれない、そんなことを考えながら、俺は静かに息をついた。そして、気持ちを切り替えて、
「さて、そろそろ祭りに行こうか。じゃなきゃ、なんのために来たんだか分からなくなっちまうからな」
俺の言葉に紫炎が頷いて、ずっと握ったままの手……互いに汗で湿っているのが分かるが、あえて離さずに、握りしめる。
「――はいっ」
そうして、そのまま、祭りの屋台が立ち並ぶ境内へと向かって走り出したのだった。
それから数時間かけて、屋台を回った。的屋に型抜き、焼きそばにたこ焼きに焼きトウモロコシに棒きゅうり、様々なものを見て、食べて楽しんでから、紫炎は言う。
「ふふっ、じゃあ、ここで紳司君がお楽しみの花火を見よっか」
俺はその言葉に首を傾げるが、紫炎は、楽しそうにくじ引きで当てた「花火セット」を掲げた。「花火セット」とは、線香花火と小さなバケツがセットになったものである。
「ささやかだけど、私と紳司君だけの『花火大会』だよ」
そう言って、準備をする紫炎。水道からバケツに水を汲んで、セットでついてくる小型ライターを使って花火に点火した。
――チチチチチ
先端から、枝垂桜の如く火花が散り、地面に落ちていく。ゆったりと静かで小さく、少し儚く、火の花は散っていく。
「ねぇ、紳司君、やりたいことは、全部、やれたかな?」
微笑みを浮かべる紫炎。紫の炎と書いて『紫炎』、しかし、その炎はあまりにも弱弱しく感じられた。
――ポトリ
と小さく花火が終わりを告げる。物悲しく、光もなくなった。紫炎もいずれ、この花火のように散ってしまうのではないか、そう思うほどにはかなげだった。
だから、俺は笑って告げる。
「まだ、全部じゃねぇな」
紫炎は、その雰囲気を一切崩さないまま、目だけで俺に問いかける。だから、俺は、その唇を奪った。あまりにも不意打ち、それゆえに、紫炎は目をパチクリとし二度、三度と瞬きを繰り返した。
「お前を満面の笑みにしなきゃ、俺のやりたいことを達成したとは言えないからな。それに、今はお前といるんだ、『お前だけを見る』さ」
紫炎の瞳に涙が浮かぶ、けれど、彼女は満面の笑みだった。
「私は、どこか諦めていたんです。絶対に一番にはなれない、って」
「俺は、みんなが一番だっての」
月を見ながら、次の花火に着火する。
――そう、花は散れども、再び春が来れば花は咲き誇る
一時落ち込もうと、また、いずれ満面の笑みとなる。しかし人は願う。美しいものはいつまでも、そう枯れない花を、笑顔絶えないことを。
されど花を真に愛する人は言う、「咲いているだけが花にあらず、枯れてから再び咲くまでも花の楽しむところ、四季を感じそれに準じ、次はいつ咲くのか、今は何が見ごろか、そう考えることも花である」と。
人もそれと同じだ。いつも笑みを絶やさなければいいということではない。人は傷つき、悩み、迷う。そんなときは不安を口にしていい、顔に出していい。笑顔だけが人でない。悲しみを経て笑顔になることもまた、人なのである。四季の如く変わる感情に準じ、何を悩み、何に悲しむのかを考えてみることも、必要なのだろう。だから、俺は、お前が一番だ、とも一番になる可能性があるとも声をかけない。それは、春が来たと見せかけるだけの見せかけの温度変化だからだ。根本的な解決ではない。
だから、俺は、共に本当に春が来るためのことを考える。そう、みんなに春が気て、満面の笑みが咲くことを考えるのだ。
え~非常に遅くなりましたことをお詫びいたします。理由はうだうだ語ってもあれなので一言、「課題」です。今回は難敵でしたねぇ。流石に、昨日は課題提出明けで爆睡でした。
紫炎関係は、紫炎との親密さも増したこともありながら、紳司のハーレム思想が生まれ始めるということになりました。
では、次の話で。
 




