269話:ミュラーとデート1
ユノン先輩とのデートの後、予想通り、生徒会メンバーの残る1人であるミュラー先輩から連絡があった。どんな連絡かと言うと、
「一緒に来てほしい場所があるの」
という、簡素なメッセージだった。どこに行くのかは全く分からないけど、断る理由はないし、むしろ、秋世、静巴、ユノン先輩と遊んでミュラー先輩だけ遊ばないのは顰蹙物だろう。まあ、と言うわけで、今日は、その待ち合わせの場所で時間を潰しながら待っているところだ。
ぼーっとしながら待っていると、視界の隅にどこかで見たことのあるような気がする女性が入り込んだ。見たことある気がするだけで、実際に見た覚えは全くないのだが、その女性と一緒に居る複数の男女には見覚えはない。妙な既視感を覚えたのは、彼女にだけだった。女性たちが俺の方を見ているので、もしかしたら俺が見ていたことに気付いて、不快に思っているのかもしれないな……。よし、別の方を見よう。
「ねぇ。貴方、さっきから私の方を見ていたわよね?」
女性が近づいてきて、俺にそう問うてきた。やっぱり見ていたのに気づかれていたようだ。その力強い瞳に俺はコクリと頷いて、そこで、この女性に覚えていた感覚の正体に気付いた。
「すみません、知人に少し似ていたもので。失礼ですけど火々夜燈火さんの親戚の方ではありませんか?」
火々夜燈火、以前にメイドカフェ「D&H」で雫さんと遥さん……DropさんとHarukaさんと敵対していた女だ。シャリエと言う執事の男と一緒に居て、どうやら俺の……六花信司の子孫である「シィ・レファリス」の血族、アオイ・シィ・レファリスの関係者らしい。
「火々夜……確かに私の家の分家にそう言った家はあるわ。私は炎魔火弥と言うのよ」
炎魔……俺はその家を知っている。ミュラー先輩の持っている聖剣に注がれた炎は、魔導の名家である五家……あるいは六家の中の1つ炎魔家の最強とも謳われる魔女の炎だったと聞いている。
「魔導の名家の炎魔の人でしたか……。ああ、俺は青葉紳司です」
俺の言葉に少し驚いたような顔をする火弥さん。それが魔導の名家と言う話を知っていたことに対してか、俺の名前に対してなのかは分からない。
「ふぅ~ん、君があの青葉紳司君か」
そう言ったのは火弥さんではなく連れの別の女性だった。気づけば5人とも俺の近くに寄っていた。火弥さんも含めて6人が俺をかこっている。
「ああ、青葉紳司ってアレか。噂の明津灘と冥院寺の王子さま」
男の1人がそう言った。王子さま、ね、これは父さんの名前とは関係なく、まあ、その2つの家での婚約話が原因だろう。
「ほら、勝手にしゃべってるから王子さま……じゃない、青葉君が困っているじゃないか。悪いな、コイツらも悪い奴じゃないんだ。僕は木也空葉だ」
空葉さんの言う「木也」も魔導の名家の1つだ。なんか柔和な感じの優しげな青年だな、空葉さんは。
「そうだよ、もう、気を付けてよね。あ、あたしは、風塵楓和菜だから」
楓和菜さんの言う「風塵」も魔導の名家の1つ。彼女は、何と言うか、口調は「あたし」とかで乱雑な雰囲気があるが、そんなことはなさそうだ。おさげの髪がなんというか口調とのギャップがありすぎて違和感が生じている。
「そそ、相手はまだ子供なんだから、高圧的に当たっちゃだめだよ?あ、わたしは雷導寺史乃だよ」
史乃さんの言う「雷導寺」は、魔導の名家の中でも五家とは別枠らしく、この家を加えて六家になることもある、と言う話だったはずだ。彼女自身は、口調こそふわっとしているものの、どこか腹に一物抱えていそうな雰囲気がある。
「おお、そうだな、悪かったな。俺は土御門塚佐ってんだ。まあ、土御門っていえば、今の中高生には伝わるんじゃねぇかな、陰陽師の末裔ってやつな」
塚佐さん本人が言うように、「土御門」は、所謂安部清明の末裔である室町時代の安部有世の子孫である。むろん魔導の名家の中の1つだ。
「そーだね。ごめんね、私は、水素流だよ」
流さんの言う「水素」も魔導の名家の1つだ。なんとなく予感はしていたのだが、ここに魔導の名家の六家が集結しているということになる。
魔導の名家や三神の末裔、五王族、京都司中八家など、様々な家柄が存在しているが、彼らもその特殊な流れの中の1つなのだろう。無論、その中に俺も含まれているのだが、他にも数の一族だのなんだのとあるのだが、その辺は省略するにしても、こうしてこの6人が揃っているのは壮観だな。
「それにしても、あの青葉紳司君にお目にかかれるとは光栄だなぁ。噂通りみたいだし。それに、わたしの『雷天魔書』が反応してるから、やっぱり君がナーシェの父親みたいだね」
ナーシェ……?イシュタルの挙げていた名前の中にはそんな名前はなかったはずだ。いったい誰のことを言っているんだ?
「『魔典の王者』の血族を潰すことも考えたけど、君が噂通りの人間でよかったよ。うん」
史乃さんはそう言って微笑んでいた。「魔典の王者」……まったく聞いたことのない単語が飛び出してきたんだが。これまた、俺に関係するってのか?俺の周りに予言だの予知だのの能力を持った奴かそれが知り合いにいる奴が多すぎないか?
「■■■。『魔導の王者』と呼ばれたアルデンテ・クロムヘルトと言う男と、『天落の王者』と呼ばれたデュリオ・クルミルという男、『不死の王者』と呼ばれたヴァシュライン・ヴァンデムという男、『八龍の王者』と呼ばれたナーガ・ドラグナーと言う女、『千鍵の王者』と呼ばれたイルミナ・ネスタリオンと言う女と共に、三代目六大魔王を務めた最巧の魔王であった女、知ってるよね?」
知らん。それに気になる部分があった。アルデンテ・クロムヘルトと言う「男」だと。俺の知るアルデンテ・クロムヘルトは女だったはずだ。それは間違いないだろう、では別のアルデンテ・クロムヘルトと言う男が存在することになる。こんな名前で被るなんてことがあり得ないとは言わないが、可能性は少ないだろう。他の何とかの王者も聞いたことのない名前ばかりだし。
「史、あまりよくわかんない話ばっかしてると頭のおかしなやつだって思われるわよ?」
風和菜さんがそう言う。しかし、六大魔王……、聞いたことがある。と言うか、先ほど上がった名前の中にも知人がいるし、ヴァシュライン・ヴァンデム、レルとヴェノーチェの息子であり、アルデンテ・クロムヘルト……俺の知っている方のアルデンテ・クロムヘルトとは仲間だったと言っていたし、ナナナ・ナルナーゼもその仲間の1人だと言っていた。
「アストラードの六大魔王は、特殊なんだもん。結構危険だから、その血筋で、しかもアストラードの世界から脱した魔王の血をどうにかするのも魔術協会の人間であるわたしの仕事なんだから仕方ないじゃんでしょぉ」
むすぅと拗ねる史乃さん。しかし、いろいろと分からないことが多すぎる。アストラードと言う場所に六大魔王がいるらしいが……
「じゃあ、史が行って、その六大魔王ってのがどうにかならないようにしちゃえばいいじゃない?」
風和菜さんが冗談めかして史乃さんに言うが、史乃さんはため息を吐きながら、ぼやくようにつぶやいた。
「当初はそんなことも計画されてたんだけど、世界管理委員会のNo.2、デュアル=ツインベルが当該世界に不確定要素■■■――カグヤ・サンゲツと一緒に行ってしまったから行かない方がいいってことになったんだよ?」
カグヤ、これもデュアル=ツインベルから聞いた名前だな。ツインベルのクラスメイトだとかなんとか。
「ほら、電波なことを言ってねぇで、とっとと行くぞ。三造と沙呉上、著白が待ってんだからな」
塚佐さんがそう言って、史乃さんの頭を叩いた。どうやら知り合いと待ち合わせているらしい。俺の方ももうじきミュラー先輩が来てもおかしくないだろうし、ちょうど話も一段落したと言えなくもないタイミングだしな。
「じゃあね、王子さま」
空葉さんがそう言ったのをきっかけに6人が俺に別れの言葉をかけながら去っていった。それにしても史乃さん、彼女はいったい何者なんだろうか。
「じゃあ、……最後に一つだけ。もうじき、闇に包まれる最悪の夜が訪れるでしょう。一歩違えれば、君は死ぬかもしれない。だから、最後に■■■■のことを思い出してあげて。それが悲劇となるか、愛劇となるかは君しだいだからね」
そんな謎の言葉を残して史乃さんは行ってしまった。それとすれ違うように金色の光が見える。ミュラー先輩だ。
「お待たせしたの」
軽く手を振って俺のへ寄ってきたその姿を見ながら、少し考える。なぜ、史乃さんは俺に「■■■■」のことを思い出せなんて言ったのだろうか。そんなものとっくに思い出しているし、……いや、それが鍵になる場面のことがあるってことなんだろうか。俺にとっての「■■■■」は静葉だしな……。
「いえ、待ってませんよ」
俺はミュラー先輩に微笑みかけ、こうして、俺とミュラー先輩のデートが始まる。




