267話:ユノンとデート1
昨夜のユノン先輩からの通知によるメッセージは「べ、別に買いものに付き合ってあげてもいいんだからね」と、そんな約束されたツンデレのような文章をわざわざ打ったものだった。俺は「ではお願いします」と返信して、そして、本日、13時に三鷹丘駅前集合だった。
約束の30分前、12時半に俺は、三鷹丘駅前に立っていた。ユノン先輩は結構時間正確に来るタイプであり、あまり余裕を持ってくることはない。それと同じようにミュラー先輩も余裕を持ってくるタイプではなく、むしろ遅れてくる。静巴は俺と同じで時間に余裕を持つし、秋世はいつでも来れるからと油断するタイプだ。待ち合わせ1つとっても人それぞれに特徴が現れる。
ぼーっと人の流れる様子をベンチに腰を掛けて眺めていると、見知った顔が通り過ぎたのを見た。流石に声をかけるつもりはなかった。ユノン先輩の待ち合わせに余裕があるとはいえ、来た時に誰かと話しているのは気分がいいものではないだろうからな。
しかし……三箇牧麻綺と都宮美夜、虎鹿龍巳。この3人は三鷹丘学園じゃある意味有名人で、そのうえ、天導雷茅の友人であり、その関係で俺とも面識がある。3人が有名なのはそれぞれの変わった名前と言うのもある。三箇牧は地名姓だからまだしも「麻綺」で「まあや」と読むのは難しいし、都宮美夜はすべて「みや」と読む変わった姓名だし、虎鹿龍巳は名前の全てが「虎」、「鹿」、「龍」、「巳」と動物で作られている。だが、有名な理由はそれだけではなく、彼女たちの変わった風貌にある。
三箇牧は特異体質で腕に刺青のような模様が浮かび上がっているだけでなく、見た目だけを見れば不良っぽい外見をしている。そう、あくまで見た目だけであって、彼女自身は極めて善良な生徒である。
都宮はとにかくその破格の色気を醸し出す雰囲気が男子生徒を虜にするという理由から普段は前髪を垂らしてその魔性の「貌」を隠しているのだが、その様子が幽霊のようだから「貌」を知っている奴にも知らない奴にもいろいろと噂が流れているのだ。
虎鹿はどこかの道場に通っているらしく苗字に恥じない力強さをもっているのだが、その話とはかみ合わないくらいに身長が低く腕も細い。使う流派は合気道とかではなく普通の武術らしい。
そんな3人が目の前を制服姿で通って行ったので、なぜ制服なのか、と疑問を覚えつつも視界に鮮やかなピンク色が映ったころには頭の隅に追いやっていた。
「おはようございます、ユ……市原先輩」
余計なことを考えすぎて、ユノン先輩と呼びそうになった。危ない危ない。気をつけなばならんな。
「おはよう。……ねぇ、今、名前で呼ぼうとしてなかった?」
前に、名前で呼ぶようにとか言われたことがあったけど、でもあまり親しくするのはどうかと思うんだよな。
「あ~、いえ、まあ、そうっすね。……まあ、いいか。夏休みまで会長だ何だと考えるのも面倒になった。それで、ユノン先輩、どこ行く?」
休みの日まで学校のことを考えるのも嫌になると言うものだ。本人が望んでいるし、一々脳内の「ユノン先輩」を口で「市原先輩」などと変換するのもいい加減面倒になってきている。
「あら、青葉、それに市原会長じゃないですか」
そこに赤茶っぽい髪をした緑の瞳の女子生徒が寄ってきた。天導雷茅だ。さっきの3人と同じように制服に身を包んでいる。その横には妹の茅風ちゃんも同伴している。
「なんだ、天導姉妹か。天導姉、お前のお友達の三箇牧、都宮、虎鹿の3人ならさっき駅に向かっていったぞ?」
そう言うと、天導は、きょとんとしたような顔をしていた。そして、少しこわばった顔で聞いてくる。
「あ、あんた、よくあたしの交友関係まで知ってるわね。もしかしてあたしのファン?そう言うの、ちょっと受け付けてないんだけど」
いつもの軽口のようなものだが、ユノン先輩はなぜかおどおどとしていた。どうかしたんだろうか。
「別にファンじゃねぇよ。てか、別のクラスとはいえ、1年以上一緒なんだ、嫌でも交友関係くらい分かるようになるさ。ああ、そういえば、島津を振ったんだってな、しかも豪快にビンタかまして」
島津光太郎。いまどき珍しいくらい古風の名前だが、実は天導と同じハーフで、苗字は日本人の父のもので、名前は、妙にアニメ通の母が昔のアニメからつけたらしい。義久とどちらにするか迷ったってのを家庭科の授業でやった自分年表の発表で言っていたな。
「噂に尾びれがつきすぎなのよ。ビンタなんかしてないっつーの。あたしがしたのは股間を蹴りあげただけよ」
茅風ちゃんがヒィイとおびえる。姉と違って弱気な女子だからな。しっかし、噂に尾ひれがついているというより、
「噂の方が断然マシじゃねぇか。なるほど、通りで、振られた噂の立った次の日あたりの島津は腰が引けていたのか」
俺の言葉に雷茅は、
「あんたのも蹴り上げてやりましょうか?」
「ハハッ、やってくれるなら大歓迎だ。俺にはご褒美にしかならん」
などと冗談を言う。本当に冗談だ。やられたらおそらく1日、2日は不能になってもしょうがないと思うぞ?
「ド変態ねぇ~。あんたのところに嫁に来たがる女なんているのかしら?」
「そんときは、まあ、そんときで、男にでも手を出すしかないだろうな」
そんなのは御免だがな。男の娘なら可ではあるが、ガチの男には手を出す気はない。いや、男の娘には手を出せるのか、って思うだろうが、可愛ければなんでもいいということだ。
「ほぅ、あんたは総攻めね。いえ、受けの可能性も……」
「この腐った美少女、略して腐女めッ」
「ただの腐った女じゃないのよ。『美』の部分はどこに行った、どこにィッ!」
「お前、自分で美少女とか、そんなイタいこと思ってるのか?ちょっと現実見たほうがいいぜ?」
いや、実際美少女なのだが、この場合は軽口なので、お互いに本気でないことなど百も承知である。いわゆる幼馴染のやり取りのような息の合った会話と言うものだ。
「雷茅、茅風、遅れてごめんなさい……あら?」
俺は、その人物に見覚えがあった。かつて俺が見たのは自分の親の膝に縋る少女の姿だったのだが、間違い用のない。
「あ、お母さん、遅いよぉ……。お姉ちゃんの友達はもう行っちゃったよ?」
茅風ちゃんがその女にそう呼びかけた。ユノン先輩は驚いている、それも無理はない。せいぜい20代くらいにしか見えない、金髪の女性がいたのだから。ユナオン……そういえば、天使の1人だったか。その眷属とでも結ばれたのだろうか。
「雷茅ちゃん、その2人は……お友達?」
俺とユノン先輩、特に俺の方をじっと見ながら彼女はそう娘に聞いた。疑っているけど答えは見いだせていない、そんな顔をしている。現在は三門になったと聞いていたが随分と気楽そうに生きているみたいだな。
「久しぶり、と言うべきか、初めましてと言うべきか、天導雷花さん。烈火隊三門ともあろうお方が、こんなところで親子で遊んでいるとは珍しい」
俺の言葉に、雷花はパッと顔を明るくする。その昔、彼女の……天導の家と言うのは剣帝王国でも有名な家だった。「だった」と言うのは事実で、没落しそうになっていたのだ。そこに、さらに追い打ちをかけるように、いろいろと事件があったので、俺と静葉とナナナとアルデンテで解決したのだ。
「まさか、剣帝の夫である、シンジ・リッカ様とこのような端の世界で再会することになろうとは思っていませんでした。訃報を聞いておりましたが、御壮健で何より。幼少の砌に助けていただいた恩は忘れてはおりません」
「そうは言うが、あの小さな幼子が、今や立派な三門ではないか。別に礼を要求するつもりはないさ。おそらく静巴もそう言うだろう。ナナナはがめついから言いそうだが、アルデンテの手前受け取るとも言わんだろうしな」
軽く昔のことを思いだした。あの懐かしき喧騒が溢れていた日々を。今に不満があるわけではない。ただ、昔も変わらず大事なだけだ。
「ふふっ、そう言うと思っていました。あの後、無事、風菜と疾風も生まれ、そして両花も生まれて、一族は無事に繁盛しました。それもこれもあなたに助けていただかなければ起こりえなかったことです」
そう言われると照れるんだがな。しかし、本当に懐かしいが、いつまでもここで話していてはユノン先輩も天導姉妹も困るだろう。
「話はこの辺で、少々用事があるので」
「別に敬語でなくてもよいのですよ?別にあなたは烈火隊の隊士ではないのですから、別に上も下もないんですよ?」
そう言われると確かにそうなのだが、実際のところ青葉紳司としての年齢を考えると雷花は遥かに年上だからな。
「そうか、それもそうだな。しかし合縁奇縁、こうして会うとは。……っと、こうしているといくらでも話が続きそうだ。これで失礼させてもらうよ」
「ええ、では、またいずれ。そうですね、烈火隊の隊舎にでもご招待しましょうか?」
「それは面白そうだ」
そう言いながら3人と別れてユノン先輩を連れて街中に繰り出す。背後からバチバチッと軽く音を立てながら来る何かを視ずに片手でキャッチして、そっと確認する。
IDカードのようなもの。背後を見ると、雷花がこっそりウィンクをしていた。なるほど、いつか使って訪問しろってことか。
「相も変わらず照れ屋なお嬢ちゃんだ」
そう小さく呟いて、俺はそれを財布にしまった。
「ねぇ、紳司、今の女の人、知り合いなの?」
「まあな。知り合いと言うよりは、恩人だな、俺がだけど」
え~、おそくなりました。そして、まさかのユノン先輩も前後編。絶対に15話超えるんじゃないだろうか。そして、大半がユノン先輩に関係ない話と言う。
シルバーウィーク、いかがお過ごしでしょうか。桃姫は宿題をしています。あと勉強。大学マジつらい……。では次の話でお会いしましょう。




