261話:プロローグ
「私、肉食べたい」
秋世が唐突にそんなことを言い出した。今は、8月も終盤で、特に仕事もないので、生徒会も休みなのだが、急に全員秋世に呼び出されて、そしてその末に放った言葉あれなのだから、俺たちはどう反応したらいいのか分からず、互いにアイコンタクトして反応を見合った。
ちなみに、次の生徒会の予定日は、夏休み最終日とその前日である。その時期に集まって、夏休み中の部活の大会結果とかを加味して、始業式の打ち合わせなんかがある。と、言っても、ほとんど出番はないから打ち合わせの意味も本当はないんだけどな。
「なによ、別にいいじゃないの……」
秋世は俺たちの様子に憤慨していたようで、ぶりっ子のように頬を膨らませている。見た目だけは若いので似合っているが、年齢を考えてほしい。
「それで、焼き肉にでも行けばいいのか?」
俺は辟易した様子で、秋世に答えた。すると秋世は「ぶぅ」と可愛げに口を窄ませ、態度が気に入らないといった目でこっちを見ながら言う。
「それじゃあ、つまんないもん」
もんって、もんってなんだ。マジで年を考えろババア。駄々をこねるガキのような言葉を放つ秋世に呆れながら、俺は言う。
「じゃあ、どうしたらいいんだ。具体的に言え」
俺の言葉に、秋世は、う~ん、と首を捻る。何も考えてねぇのかよ……。いつものことながら秋世は、本当に無駄に年だけを重ねている気がする。
「今、何も考えてねぇなババアって思ったでしょ。だから、まだ50代だっつのよ。まあ、いいわ。そうね、別に本場に行ってもいいんでしょうけど、こういうのは、割とみんなで行くわくわくとかもあるし、どっか近場でお肉のお店ない?」
本場ってどこに行くつもりだったんだ。日本国内ならまだしも、一応、外国に行けば不法入国だぞ?まあ、秋世は、なぜか許されるらしいがな。それほどの世界的権力を「天龍寺家」が有しているのか、それとも「チーム三鷹丘」の方が有しているのかは知らないが、秋世に関しては、いろいろと個人でもエリア51から重要物資を運んだり、他国に潜入したりしてたらしいから個人の権力なのかもしれんがな。
「さあ、私は別に地元でもないし、料理も自炊かファミレスとかだから知りません」
と、敬語でユノン先輩が秋世に言った。一応、ユノン先輩も教師には敬語になるんだよな。それにしてもユノン先輩って料理できたのか。典型的お嬢だし、家を見る限り自分でやるような環境でもなさそうだったからこっち来てから覚えたんだろうけど。
「あたしも知らないの。都万那珂せんせーも遠出しないし」
都万那珂?まあ、いい。ミュラー先輩も特に思い当たる場所はないらしい。まあ、そんなピンポイントで肉の店を知ってたら逆にびっくりだけどな。
「わたしも覚えはないですね。と言うか、秋世、自分で調べたら?」
静巴が言うことはもっともである。言いだしっぺなんだから自分で調べろよ。静巴も、これで静葉が肉食だからな。昔はそうでもなかったが、静葉を自覚した当たりから肉が無性に食べたくなっているらしい。けれど家が家だけにどこかに食べに行かなくても頼めば届けてくれたり、作ってくれたりするのだろう。
「俺も知らないな。てか、昼から肉って……」
俺の言葉に肉を食べたい秋世が拗ねる。しかし、まあ、この辺で肉ってのもね……。千葉県の地理が分かっている人なら分かると思うが、千葉県はその場所的に場所によって特産が分かれている。しかし、その中に肉はない。東の方……つまり灯台とか浜とかある方面には、ちょうど黒潮と親潮がぶつかる点でプランクトンも豊富なので魚が集まり、そのおかげで魚が名産になっている。一方、北の方は、利根川から水を引いた田んぼなどによる稲作、それよりも少し下になってくると八鷹市とかその辺の農業。野菜類の他にもスイカや落花生なんかも有名である。また、県の中心部になると山などもあり、林業。さらにその下だと花などが有名である。また、西側……東京の方になると、工場地帯があり、工業が盛んである。
と、まあ、こんな感じで、千葉県で肉がまったく作られていないとは言わないけど、そこまで有名ではないのはそういうわけである。もちろん作っているところでは作っているだろうけど。
「え~、まあ、ブランド牛とかブランド豚とか言わないけど、なんかないの?」
なんかないのって言われても困るんだが。まあ、仕方ない。別に有名でもなんでもないが、近所の肉専門店「NIKU店」とかいう場所に連れて行こう。そこでは、ステーキやハンバーグ、ソテーなんかがあるんだが、豚、牛、鶏などの種類が豊富なうえに、ジンギスカンや馬刺しなんかの品も扱っている。肉好きのためにあるような店である。ほとんどの来客が男である。量も多いし、何と言うか肉々しいのだ。
「NIKU店?へぇ、何このバリエーション」
秋世が食いついた。どうやら、俺の話を聞いてすぐにネット検索したらしい。じゅるりと涎をすする秋世。
「言っとくけど、上品な料理とかじゃなく、男の腹を満たすための男飯みたいな感じだぞ?」
「いいのよ。向こうのもそんなに上品なのばっかじゃなかったし、そういうのがいいんじゃないの」
その理論なら焼肉でいいんじゃないのか……。まあ、いっか。てか、俺たちは、肉を食うためだけに呼ばれたのかよ。
と言うわけで「NIKU店」にやってきた俺たち生徒会一向。夏休みとはいえ、平日の昼間、それもちょっと昼時から外れた時間、午後2時くらいなのでそこまでこんでいるわけではなく、普通に店内に入ることができた。6人掛けのテーブルに5人で座る。俺、静巴、秋世と、ユノン先輩、ミュラー先輩の組み合わせである。しばらくすると暑苦しそう店員がメニューを渡しに来た。
「らっしゃいませ、これがメニューっす!」
と言って、メニューを渡される。ザーッとメニューを見て、それぞれが注文して、10分くらいすると、全員の元に料理が揃っていた。
俺のところには、ステーキ。なお秋世のおごりである。秋世のところにも同じくステーキ。俺がおろしダレに対して秋世は特製ステーキソースだ。静巴はハンバーグプレート。ハンバーグとウィンナー、ポテトのプレートである。ユノン先輩は鶏のから揚げ定食。からあげとキャベツの千切り、御味噌汁、ごはん、漬物のついたセットだ。ミュラー先輩は鶏のささみを蒸したもの。カロリー控えめだからそれがいいと言っていた。ダイエットでもしているのだろうか。
「それで、満足したか?」
秋世はステーキを頬張っている。ハムスターかよ。まあ、いい。結構満足そうにしているので満足しているのだろう。そんなことを考えながらしばらく皆がご飯を食べながら時間が流れた。
「そういえば、紳司君。そろそろ身を固めたほうがいいんじゃない?」
身を固めるというのは、結婚して家庭を持つことであるが、この場合、秋世のニュアンスから恋人を作ればいいってことだろう。
「唐突に何を言ってるんだ?」
俺は秋世に思わずそう問いかけた。唐突にもほどがあるだろう。なんで、急にそんな話になったんだよ。
「いえ、ね。あなたの両親も、祖父母も、もう、このくらいの時期には身を固めてたのよ」
両親とか祖父母とかの話を出されても、俺は俺だしな。別に親が誰にするか決めた時期に合わせて、俺も誰か恋人を作る必要はないだろう。
「そだ、今日から順繰りに紳司君と遊びにでかけるってのはどう。どうせ暇でしょ?」
暇だが、決めつけられるのはむかつくな。しかし、順番でみんなと遊ぶのか。まあ、悪くないだろう。
「ん、静巴、何やってるんだ?」
急に静巴がスマートフォンを取り出して、誰かに連絡をしているようだったので、そんな風に問いかけた。
「いえ、流石に知らせないのはフェアではありませんからね。少々、関係各所にお知らせをしておきました。それとついでにグループを作ったので、そこで日程を決めましょうか。今のところ候補と思われる人は全員招待したと思うので、予定は組めると思いますよ?」
招待、グループ、何の話だ?よくわからんが、静巴がいろいろとやっているようだ。秋世たちはなぜか頷いていたし。訳が分からん。
「それで、遊びに行くのはいいんだが、明日は誰なんだ?」
しばし沈黙、何だ、この空気は。全員がスマートフォンをいじっている。これが現代の若者の「みんなで集まってるけど会話がない」と言われる状況か。悲しいものだな。
「ふむ、どうやら、生徒会優先と言う感じですね。もしくは、余裕を持ちたいというのもあるのかもしれませんが」
生徒会が優先?そりゃ、遊びに行くのよりは生徒会の仕事の方が優先だろうけど、余裕を持つってどういうことだ。
「てか、花月さん、どこで華音の連絡先を手に入れたのよ」
ん、急な話題の転換。静巴がカノンちゃんの連絡先を知っているということか。へぇ、ん、なんでそれを今言うんだ?
「少々、ありまして。まあ、とりあえず、ここは、年長者と言うことで秋世から、と言うのはどうでしょうか」
「えっ?!」
秋世から、ああ、急に遊びに行く話題に戻ったのか。まあ、俺は誰からでもいいんだが、確実に4日はつぶれるのか。まあ、いいか。長い夏休みの中の4日程度なら。
「ええ、それでいいと思うわ」
「うん、いいんじゃないの?」
静巴の言葉に、ユノン先輩とミュラー先輩が頷いた。秋世は、しばし狼狽えた顔をしたが、覚悟を決めたのか、それともやけくそか、頷いた。
「分かったわよ、私からでいいわよっ!」
やけくそだった。これは、明日は秋世と遊びに行くってことでいいんだろうか。まあ、いいんだろうな。流れ的にそうだし。
「じゃあ、明日は秋世か。どうする、朝、迎えに来るか?それとも、待ち合わせるか?」
そのくらいは今決めておいた方が効率がいい。俺の質問に、秋世が「う~ん」とうなりながらステーキを一切れ口に入れた。
「迎えに行った方が楽そうだけど、でも待ち合わせってのもシチュエーション的には大事だと思うのよね。うーん、でも『あ、待った』とか『今来たところだよ』ってのは、なんか学生のデート的な感じがするし……。
いいわ、迎えに行くわよ。こう、大人デート的な感じにしてあげるわ」
遊びに行くって話じゃなかったのか。まあ、デートみたいなもんだから別にいいんだけどさ。
「ただ、高校生相手に50代の女がデートとか言ってたら犯罪だよな」
ぼそりといった言葉に、静巴は苦笑い、ユノン先輩は微笑、ミュラー先輩は普通に笑って、秋世は拗ねた。こうして、明日からの激動の遊びまくりの日々が幕を開けたのだった。
え~、遅れたことを非常にお詫び申し上げます。てか、レポート3つ、しかも1つ36ページくらいあるって、マジで無理っす。
と言うわけで、恋戦編です。なるべく早い更新を心掛けていきたいです。




