260話:不穏の予兆
邪神の一件を片付けてからは、何事もなく、平穏な夏休みが続いたわ。紳司の方は、毎日のように女子と遊びに行っていたようだけど、生徒会の面々やそれ以外の生徒とか、イシュタルとかとね。まあ、向こうも向こうで忙しくも平穏な夏休みだったんでしょうね。
でも、まあ、これが嵐の前のなんとやらにならないことを祈りたいわね。そんなことを考えながら、空を見上げる。上空は、夏休みの終わりを告げるように、暗い雲が空を覆っていた。
ポツリ、ポツリと、地面に跡ができていく。そして、気が付けば、道路は濡れていた。雨。そう、雨。大粒の水滴が空から降ってくる。突発的な雨ね。いわゆるゲリラ豪雨ってやつよ。それにしても、この時期にこの雨、台風でも来てるのかしら。
そんな豪雨の中、ふと、目をやると、塀の陰にびしょ濡れで立っている人影が見えたわ。一瞬幽霊かと思ったけど、そんなことはなさそうね。ゆらりと揺れたその影を目で追うと、不意にその姿が掻き消えて、何事もなかったかのように雨が降り続けていた。
その夜の夢、あたしは、地味に嫌な感じがしていた。まるで、何かの前兆のような夢。ヒタリヒタリと足音が近づいてくる。でも、そこには何もなく、あるのは、ただの闇。闇闇闇。ひたすらに真っ暗な闇。まるで、全てを飲み込もうとする巨悪のような闇。
あたしのそばには、巨大な刃の獣と巨大な刃の龍。そして、黒ローブの青年と黒ドレスの女。
それすらも呑みこみそうな闇を前に、あたしは、何もできなかった。そんな夢。世界をそうとする邪悪な気配。これは……一体。
「三神……神に……あの女に起こった例外的存在。その力を取りこめば、あの女を……ジャンヌ=ダルクを殺せる」
そんな声と共に目が覚める。ジャンヌ=ダルク、邪神復活の際にもジル・ド・レが言っていたわよね。ジャンヌ=ダルクは神になったと。そして、今の言葉。それは、予言なのか、あたしの潜在意識が作り出した妄想なのかは分からない。でも、なにかが起ころうとしているのだと直感したわ。
三神、時折聞く言葉であり、あたしもその末裔の1人らしいけど、いまいち実感はない。グラム曰く、「とある戦いの果てに神の座へと契約に従い上った存在」らしいけど、そもそもその契約って何よ。神って何と契約したらなれるものなのかしら。悪魔?
神の例外、そんな風に呼ばれる三神、じゃあ、他のイレギュラーってのはあるのかしら。神が創った【終焉の少女】は例外じゃないんでしょうし、明確に例外と呼ばれるものは他にはないのかもしれない。でも、徐々に歯車が狂っているってことなのかしら。
それにしても神様を殺して、何をしようってのかしらね。世界を終わらせるつもりなのかしら。それとも、新しい神になるのか。何にせよ、神を殺して、得があるのかしらね。魔神だったり悪魔だったりするのかしら。そういや、神なんて数多存在しそうなものなのに、なんでジャンヌ=ダルクだけを殺したがるのかしら。他の神はいいのかしら。三神は例外にしてもデウスやらなんやらいるでしょうに。
それだけ、ジャンヌ=ダルクが特別と言うことなのかしら。それとも、なにか別の個人的な恨みでもあるのかしら。
神、数多いる神、それこそ八百万の神のように無限大にいるかもしれないのに……。
「神とは何だろうか」
グラムファリオがそう言った。そういえば、コイツも神だったわね。元刃神グラムファリオ。ムスペル神話が12神の1柱を担っていた獣。
「人の形を為した神は多くある。しかし、それらは神であって人ではない。最初の真性の神はともかく、後に神の神によって生み出された神たちは劣化した『神と呼ばれる物』で神性を宿していようと本物には届かない、ただの偽物だった。無論、俺も含めてな。数多ある世界において、この『神と呼ばれる物』ではなく、本当の神へと至ったものは数少ない。至る方法は複数あるが、その中の1つ、ほとんどルール無視だが、その方法を用いて神へと至ったのが三神と言うわけだ。しかし、それも万全な神ではない。後天的に神になるのだ。しかもどの方法も人間にのみ行えるものばかり。
人が神となったところで、第七■人種の劣化、いうなれば第七■人種(-)と言う適性を得るだけだ。しかし、【彼の物】は違った。【彼の物】と呼ばれる神は、最初の神々によって創りかえられ、完全な神に成り代わったのだ。つまり、最初の神々がいなくなった今、本当の神と言えるのは【彼の物】だけということだ」
ふぅん、なるほどね。神様っては、大量にいるけど、それらは全て神と呼ばれる別の何かってこと。神の神ってのはよくわからないけど、最初の神のことなんでしょうね。
でも、その唯一の神様すらもいなくなったら、この世界はどうなるのかしら。それでも世界は続くの?それとも崩壊するの?
「さあな。しかし、最初の神が死ぬ前に後継を創ったということは、少なくともいないとまずいということではないか。それこそ『神々の終焉』……ラグナロクとでも呼ぶべきことが起こるのかもしれん。
まあ、一介の神である俺には何とも言えんからな。尤も、【彼の物】に言わせれば、俺も三神も全て偽物に過ぎないんだろうが」
神、ねぇ。神様が創った世界が……世界たちがこの世界たちなら、なんで、いっぱい作ったのかしらね。処理数が多くなればなるほど、いくら神様で処理限界がやってくるわ。目の届かないという場所が生まれる。それが例外を……予想外を産む。
例えば、工場のラインを1人で1列見るのと8列見るのでは、どっちの方がミスを見逃すかって言ったら8列よね。ラインを減らすか人を増やすか、どちらかしないと、結局のところミスは次々に生まれるわ。
道を1つに絞って、現れた分岐によってできた世界を片っ端から潰して常に世界を1つにしていれば完全に神様が支配できるでしょう?
「それが因果の楔と言うものだと聞いたな。エルシアの言っていたことだから信憑性は高いと思うが。【彼の物】が生まれるまで、世界は1つだった。それは最初の神が因果の分岐を楔によって封じていたかららしい。しかし、最初の神が亡くなって、その楔が途切れ、結果として因果の分岐が起き始めたということになる。それも過去にさかのぼってまでな。
つまり、それまで1つだった世界が一瞬にして無限大に膨れ上がったっていうことだ」
なるほどね。つまり、【彼の物】は、無限大の世界の管理をしなくてはいけなくなったということね。
「だから【彼の物】は、なるべく世界を消したいが、どの世界を消せばいいのか分からなかったがゆえに、【終焉】を因果に組み込んだ。その世界のあるべき終わりではなく、ある種人為的に発生する【終焉】。それを乗り越えられない世界に価値はないという意味でな。
しかし、そんな【終焉】をやすやすと乗り越えられるはずもなく、一時期はかなりの世界が勢いよく消滅していった。しかし、因果の自動修復プログラムとでもいうべきものが、判断したのだ、これではただ世界が消滅の一途をたどり、ついにはすべてが無くなるだろう、と。ゆえに、因果は【始祖】を作った。何の皮肉か、その最初の【始祖】に選ばれたのはジャンヌ=ダルクだったそうだがな」
【終焉】と【始祖】。よくわからないけど、そう言ったものがあるらしいわ。その話は、なんとなく、どこかで聞いたことがあるような気がする。この世界だと、おじいちゃんが【始祖】とやらでダリオス・ヘンミーが【終焉】。
「【始祖】は特殊な力を持つ。それゆえに、魔導五門や三神の末裔、特殊な血筋によく見られる傾向がある。いわば因果に選ばれた者。例えば、ムスペルヘイムで言えば、紅蓮の王が【始祖】であった。ラクスヴァでは姫神が。そう言ったふうに、異界にもとどろくほどの有名人は【始祖】であるケースもある」
【始祖】が特別なのか、特別だから【始祖】なのか、悩むところね。まあ、尤も、話を聞く限り、【始祖】だから強いというより、血筋が特別で強いから【始祖】の役割を因果に与えられた、と言う方が正しいのかもしれないわね。
「まあ、何にせよ、【彼の物】を殺すために、お前が殺されるかもしれない、と言う夢をみたのだろう?」
「あんたとグレート・オブ・ドラゴン、そして、前世ごとね」
あたしは思わず声に出して呟いていた。本当に、これはただの夢だったのかしら。何かが起こる、そんな予感がひしひしと伝わってくる気がする。
「すべてを飲み込む闇の巨悪、それは、破壊か絶望か、いずれ明らかになるのかもしれない」
そうね、それも近いうちに。そう二学期が始まってから、分かりそうな気がするわ。あたしは、あの闇に打ち勝つことができるのかしらね。
「どうした。嫌に弱気じゃないか。お前らしくもない」
「フフッ、そうね」
そうだわ。あたしは、何を弱気になっているのかしら。いつもどおり、全てを切り裂けばいい。悪も闇も、神さえも。全てを切り裂けばいいのよ。それが、あたし。あたしは、闇に生き、悪を殺し、悪も為す。暗殺者。だから、あたしを殺そうとしているものを殺せばいいのよ。
え~、遅くなりました。と言うわけで、これにて、覇紋編SIDE.Dが終了です。これの次は恋戦編SIDE.GOD、そして(エンディングとエピローグを除けば)最終章の終焉編(京都編同様の形式を予定)と言う形にしていこうと思っています。いやぁ~、いよいよ《神》の古具使いも終盤に差し掛かってきましたね(ぶっちゃけ次の章はあってもなくても問題ないけど、ここでメインヒロインたとの進展を描いておかないと、たぶん、最終章もいつもと同様、ほとんど置いてけぼりになりそうですし)。
次章予告
ある女は言う
「私、肉食べたい」
ある少女は言った。
「一緒にデートをしませんか?」
ある生徒会長は言う。
「べ、別に買いものに付き合ってあげてもいいんだからね」
ある外国人留学生は言った。
「一緒に来てほしい場所があるの」
ある水泳部の少女は言う。
「せ、先輩。少しお願いが……」
ある競泳部の女子は言った。
「えと、その……一緒に夏祭りに行きませんか……じゃない、行かない?」
ある無口な少女は言う。
「……読書は大事」
あるメイドはこういった。
「紳司様、申し上げにくいのですが、こういったものをいただいてしまって」
ある教師は言う。
「少し親戚のところに行くんですが、一緒に来てほしいんです」
ある奇跡の少女は言う。
「少し日用品を買いそろえるの、手伝ってくれない?」
少女(一部少女ではないのを含む)たちは、胸に秘めた淡い気持ちを打ち明けるべく、夏の終わりに戦いに出た。
これは少女たちの――戦争の物語。一人の青年をめぐる、壮絶な争いの章である。




