257話:黒魔術師
さってと、ジル・ド・レはどこかしら?あたしは、天上を見上げて、落ちてきそうな邪神の脚を見ながらそんなことを呟いた。どうせ、最初に月を覆った黒い靄の発生源にいるんでしょうけどね。とっとと片付けたいけど、発生源は、確か、柊公園あたりよね。あ~、だるい。
【力場】を発生させて、一気に跳び柊公園へと向かうわ。今はまだ《古具》の発動前よ。無地のシャツにデニムの短パンと言うラフな格好だけど、まあ、問題はないでしょう。それよりも問題は、一般人もだいぶ起きてるってことよね。柊公園に避難してたら結構ヤバそうだけど、まあ、人払いの結界くらい張っていそうね。
まあ、張っていなかったところで、単体撃破だし、まあ、そこまで難しくないけど、避難してきた人を生贄に儀式魔法とか使われても厄介よね。
っと、柊公園についたわね。【力場】を探知するに、一般人はここにはいないっぽいわね。まあ、人避けのおかげってところでしょうね。
おっと、黒ローブの集団を発見。18人ってところでしょうね。そのうち1人だけはなっている魔力が違うわね。あいつがジル・ド・レでしょうね。
「まずは、いっちょ、挨拶代りと行きましょう、か!」
《古具》、《黒刃の死神》を発動させて、地面に衝突すると同時に地面を四散……四斬し、衝撃を和らげると同時に雑魚を一掃した。
「ほぅ、この人払いの邪結界内に物理的に侵入できるものがおるとはなぁ。意外や意外。この私の結界を如何な方法にして破ったのか、ぜひとも聞かせてもらいたいものだ。何せ、常人には結界を張ってあるどころか、この場所のことさえ認識させないから、ここに来ようとも、ここの名前すら頭に浮かばないはずなのだからな」
あ、はい、そうですか、としか言えんわよね。だって、結界だか何だか知らんけど、あたしは普通にここにやってきただけなんだから。
「答える気はない、と。解呪の宝でも使ったか?凡俗なる剣士よ」
あたしからの感想としては、何勝手に盛り上がってんのコイツ、である。まあ、どうでもいいんだけど。
「まあ、いい。私の崇高な魔術で死に晒せ。
――果てろ、栄冠
――砕けろ、鉄国
――永年の監獄から逃れるは、聖なる神
――満たせ、満たせ、この渇きを満たすのは、民の血
――贄をよこせ、供物を捧げよ、さすれば神は我に手を貸すだろう
――神の祝福、《堕天万落》」
禍々しい雷が、ジルの手に生まれる。どの辺が神の祝福よ。むしろ天罰オブ天罰じゃないのかしら。まあ、いいけど。
「ジャンヌが死んで気が狂ったように錬金術にのめりこんだってのはマジだったの?」
あたしの言葉に、ジルは一瞬黙って、そして、壊れたように笑い出した。それはもう、気がくるってるんじゃないかってくらいにね。
「アハッ、アハハハハハハハハハッハハハッハハハハハハッハハッハハハハハハハハッ、アァハッ、クハハハハハ。
ジャンヌが死んだァ?ククッ愚かしいことを!ジャンヌは死んでいない。天へと上ったのだよ!!」
死んでんじゃん。天に昇ってんでしょ。昇天してんじゃん。何なの、コイツ。頭いかれすぎでしょう。
「ジャンヌは、ジャンヌ=ダルクは、神となったのだ。私の神として天上に君臨なされている。だから、私は、ジャンヌのために、邪神をよみがえらせた。ジャンヌの僕を復活させればジャンヌの役に立つことができる。ああ、ジャンヌ、今一度、貴方の声を聴かせていただきたい!」
うっわー、こりゃダメだ。もう手遅れだ。神ねぇ、ジャンヌが神、ふぅん、神に見放されて焼き討ちになった女が神になるっての?随分とおかしな話じゃないの。
「お前は、知らないだけさ。ジャンヌ=ダルクの生涯を。第一世界における、あの方の末路を。そう、全ては9柱の神より始まった。
氷の神と炎の神が生まれ、この世界に光と闇が生まれた。それが光の神と闇の神となり、土と水の神が誕生する。大地と大海より風の神と雷の神が生まれ、最後に神の神が生まれた。それら9柱の神の支配により、この世に生命は誕生する。
そうして、この世界と似たような歴史をたどっていく。しかし、悠久と思われた9柱の神々の寿命はそう長くはなかった。だから、次の神を定めるために幾度か下界の人間へと接触を図った。それがキリストや仏陀などの各宗教の開祖となったのだよ。
しかし、神への適合者は中々見つからなかった。だが、いたのだよ、オルレアンと言う場所の農家の娘に。そうして、彼女は神々に導かれるままに戦を勝利に導き、そして、神になったのだ!
そう、原初の世界から神になった彼女により、世界は幾多に分岐する。過去にさかのぼってまで分岐し、幾多の世界が生まれた。しかし、いずれの世界においてもジャンヌ=ダルクと言う人間は存在しないか、存在しても処刑されてしまうという結末に書き換わってしまった。神が多重に存在するのを防ぐための因果の措置と言う奴さ。そういう、いずれの世界からも排除される例は多くある。例えば、神醒存在だってそうだ。1つの世界で召し上げられれば、その他の世界で、同じ人物がいた場合は強制的に消される。
そう、だからこそ、ジャンヌは神へと至った。そうでなくてはおかしいのだ!
私たち【最古の術師】は原初の世界の出身のものばかりだ。ゆえに、全てを知っている。だからそうであると言えるのだ!」
何言ってるか、さっぱりわからないんだけど。9柱の神がどうだの、選ばれたがどうだの。まあ、今度、一番知っていそうな紫麗華あたりに聞いてみようかしらね。あの子なら、幾度も世界を繰り返しているし、知っていてもおかしくはないわ。
「だから、この儀式を邪魔する者は何人たりとも許すわけにはいかない」
黒い雷をあたしに向けてはなってくるジル。あの雷、色だけじゃなくて普通にただの雷じゃないわね。ったく、厄介な魔法を使うのね。
「ふぅん、許さない、ねぇ。別に許される必要もないとは思うけど?」
そう言って、黒い雷を素手で弾き落とす。あたしが《古具》を発動している間は、何に触っても任意で切断できるわ。だから、素手だろうおっぱいだろうと関係ない。触ったものは全て切れるってわけ。
「その力、半端な悪魔にでも手を借りたか?」
悪魔てね……グラム、あんた悪魔ですってよ?自称神様は悪魔扱いされてどう思っているのかしら。
「誰が自称神だ。れっきとした神に決まっているだろう。まあ、奴の言うところの【彼の物】には劣るがな」
【彼の物】ですって?何度か聞いたことはあるけど、それについて、ジルが何か言っていたかしら。
「まあ、いい。この私は、ジャンヌの加護を受けし者。この身が敗られるなどあるはずもないのだから」
やけに自信満々ね。見たところ、体を強化したような様子も、何かの加護をや【力場】の影響を受けている様子もないんだけど。
「喰らうがいい!
――紡げ、闇夜に集いし精霊よ――
――漆黒より出でて世界を混沌へと導く邪なる神の導、
――我を喰らいて暗黒の星を呑む大いなる蛇の化身、
――蛇はやがて龍と成りて神をも喰らう、
――神殺しの龍は闇と共に三日月を身体に刻みて、
――万物を殺す為に牙を剥く――
――《三日月の暗黒邪龍》――」
大きな龍の形をした力の塊が生まれて、まるで世界を滅ぼさんとする奔流を生む。クロウ・クルワッハ。神殺しの龍ね。……ジャンヌが神とか言ってなかったっけコイツ。なんで、神の加護を経て神を殺す龍の力を出しているのかしら。
「だがな、気を付けたほうがいい。《古具》自体神の造ったものだ。その上、刃神グラムファリオだぞ。対神の攻撃には注意しないと簡単にやられるぞ」
大丈夫よ。おそらくは、この魔法に対神属性はないでしょうし。予想だけど、ただの大規模破壊系よ。全てを壊すって言ってるし。普通神なら神を殺すって文言が必要よね。神殺しの龍だけでは弱すぎる縛りだもの。パワーワードになってないわ。
「死ね」
ジルの言葉と共に迫ってくる攻撃。どうしよっかな。まあ、とりあえず、また素手で壊す?それともさっき言ってたおっぱいで破壊してみる?
う~ん、どちらでもいいんだけど、まあ、素手でいっか。やってきた龍のような力の奔流を素手で握りつぶす。それと同時に全体に斬撃が走り、ピシピシと割れて粉々に切り刻まれたわ。
うん、まあ、こうなるでしょうね。だって、ただの魔法だもの。対神属性ないって言ったのは他にも、自分が神の加護を受けてるのに、わざわざ効果の入ったもの使ったらおそらく自滅するだけだからってのもあるしね。
だから、普通に切れると思ってたわ。
「それで、ジャンヌの加護がなんだって?」
あたしはそう言いながらジルへと近づき、人差し指でそっとジルの身体に触れる。その瞬間、その点から斬撃が四方へ走りジルは血しぶきを上げる。神の加護だか何だか知らなけど、これ、完全に見放されてんでしょ。
「じゃあね、あたしはアレを止めに行くから」
そう言って、ジルを見るのをやめる。そして、空に浮かぶ邪神とかいうのを見上げながら、【力場】を開き、地面を蹴って跳んだ。
屋根の上に着地して、見回す。なんか役に立ちそうなのはいないし、目の前みりゃ、え~と、ひのふのみの……とお、10体なんか飛んでるし。あれを倒して、邪神も倒すってなると
「ふぅ、超連戦って感じね。まあ、いっちょ、やったりますか」
漆黒のドレスを身に纏い、手には【宵剣・ファリオレーサー】を持って、【蒼刻】を使っていない茶色の髪を靡かせながら、新月の闇に溶け込むように剣を構える。
――あたしは暗殺者。闇に溶け、夜と共に死を運ぶ死神。
邪神だかなんだか知らないけど、さあ、――――――皆殺しよ。




