256話:邪神復活
SIDE.HARUE
午後9時、三日月も随分と細くなっていたその月は、地面から立ち上る黒い靄によって、完全に消えてしまった。月の明かりが亡くなり、街灯と星明りだけの暗い世界、そんな世界で、眩い、しかし、暗いそんな光が天に昇る。全てを飲み込まんとするような勢いで、天を覆ったその光から、異形の触手が脚を伸ばしていた。
まるで、それはもう、異形の神々が侵略してきたのではないか、と思うほどにおぞましいものだった。グニャグニャとぐちゃぐちゃと、それはもう、言葉では言い表せないような、そんなもの。細い触手から太い触手まで気味の悪いくらいに交ざった不気味なもの。巨大な塊、暗黒の怪物。いや、怪物と表現するには怪しすぎる。触れた瞬間に全てをからめとられそうなほどの巨悪。
――ボギョェエエアアイヴビュ!
そんな人語では表現できない声を……咆哮を放ちながら、それが地面に降り立とうとしていた。あれが地面に落ちれば100パーセント、下にある家々は壊滅するだろう。それだけは何としても防がないといけない。もう、誰かが気づき始めて騒がしくなるはずだ。それに対しては、死傷者さえ出なければ、覇紋さんが情報統制できると言っていた。だから、今は、どうにかして、降りてくる前に、あれを倒す。
と言っても、私は支援をするだけであって、実際に戦うのは、第零師団のみんななんだけれど。
「行くぞっ!」
ファーランドさんの号令と共に、皆が武器を持ち、魔法を使い、邪神へと挑む。ファーランドさんは大剣と炎の魔法を使い、直接攻撃を。ルーカスさんは重力魔法で皆の足場を作りながら大剣2本の双剣で細い触手を払う。バンドさんは斧と槍を使って中距離から触手を落とそうと頑張っている。ヨーコさんは民家の屋根の上から魔法の矢を大量に弓で射ていた。
「グッ……堅い上に数が多い!」
バンドさんがそう呟いたとき、11の闇色の光が現れる。間違いない、11徒だ。あれが現れたら、マズい。まず、邪神に攻撃できない上に、負ける。
「フッハハハッ、ハハハッ!わたくしは、破壊神ヴァードベル=サールマンが第零位徒、ヘルヴィム=伽藍・ド・ヴィース。伽藍凸刳が妻でありますわ。と、ヴァードベル様には申し訳ありませんが、凸刳がおなかをすかしておりますのでこれにて!」
え、ちょ、第零位徒はそういうや否や姿を消してしまった。それに伽藍が妻、つまり勇者王伽藍の妻?!いろんな情報が処理しきれないのに、本人が消えてしまったので解消もできずに、放置されたままになった。
「なんだ、ヘルヴィムの野郎。ハッ、なんでもいいか。俺様はゲルヴェンド。ヴァードベル様の第一位徒だ」
「へへっ、ヴァンだ。第ニ位徒。俺に勝てる奴なんざぁ、もういねぇんだよぉおお!」
「チィッ、あたしはガルズレットルーズ。この炎魔紅王に焼かれてぇ奴は出てきなっ」
「ははっ、僕はシュヴァールン、第四位徒だよ!ねぇ、誰が遊んでくれるの?」
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
「おぉや?どうにも雑魚ばかりのように感じますねぇ。くふふっ、第六位徒デュセルフ、ここに」
「この私、第七位徒絶対防壁のジューゼフの防壁を破れるという猛者がいるのならばかかってきなさい」
「ワレハ誇リ高キ龍兵。第八位徒アストード、ナリ」
「………………」
「ヲオオオオオオ!」
10の異形の怪物たち。話の通じそうなものから通じそうにないものまで、様々な種類の化け物たちが宙に降り立った。そして、一撃、第八位徒アストードが咆哮を放っただけで、第零師団の面々は地に倒れた。龍の咆哮は威圧のこもった龍の象徴のようなもの。半端者が喰らえばひとたまりもないとは聞いていたけれど、これほどとは思っていなかった。鳥肌が収まらない。
そして、皆、戦うという意思を失った。……だけど、どうにかして、どうにかして、あれを止めないと!
――そうですねぇ、どうしましょうか?
そんな呑気なっ!と叫びたくなって、そこで、その声がどこからともなく聞こえる不思議な声であることに気付いた。明るい少女のような声。
――ご先祖、そんな呑気なことを言ってる場合?私にはこの国を守るという使命があるのですよ。邪馬台国の時代より、この国を導いてきた使命もね
別の少し鋭いキツイ口調の声も聞こえる。何だろう、この声は……。幻聴だろうか。目の前におかしなものを見過ぎてキャパオーバーで意識を逸らすための幻聴かもしれない。
「耳を、傾けなさい。さすれば、貴方は、目覚めるでしょう。遥か遠く、悠久の天に上った神の座へと……。さあ、御行きなさい。私は【ユリア】、神より遥か先を見通すことを許可された者。さあ、貴方は貴方の行くべき未来へと、手を、伸ばしなさい」
鞠華ちゃんが私の耳元で、そう囁いた。
「5人の勇者はすでに散った。ならば、目覚めて、戦いなさい。それが、貴方に与えられた役目。――さあ、早く、6人目の勇者よ」
それは私が負けるってことではないのだろうか。そう、思ったけれど、今は、仕方がない。この私が倒れた先にいる7人目の勇者に任せるほかないのだから。
――あなたは、どうしたいんですか……?
明るい少女の声の問いかけ。それに対して、私は答えを口にする。
「守りたい。この世界も、この国も、仲間も、そして、覇紋さんも、全てを守りたい」
――守る、よい言葉です。「戦いたい」でも「勝ちたい」でもなく、「守りたい」。まさに、あなたはこのわたし、緋葉の血族です
――そして、この国を守りたい、その愛国心、私は、それに賭けよう。この国を守ってほしい、今、そこへいけない私と孁貴の代わりに
その瞬間、私の中の何かに火が灯ったように、熱い何かが湧き上がる。体が羽のように軽い。なんだろう、この力は……。
ふわりと髪が風に舞う。いつもの髪色はそこにはなく、そこにあったのは赤、赫、丹、緋、桃、桜、ありとあらゆる赤に見える不思議な髪色。全てを救う温かき《赤の血族》。
――すべてに癒しをもたらし、いくら傷ついても癒える体は人々の盾となる。赤は癒しの色、全てを浄化し、全てを救う
「それゆえに、朱光鶴希狂榧之神」
万花を燃やし、血を滾らせ、敵も味方もすべてを癒す守りの神。万花を散らし、血を燃やし、全てを死の宮へと誘い全ての死を繋ぐ絆の神、万花を咲かせ、血を蒼く染め、全てを切り開かんとする蒼き神に並ぶ三神。
――さあ、邪なるものを浄化し、救うために戦いなさい。これが、単なる時間稼ぎだとしても。あとの神へとつなぐための壁役だとしても
力が漲る。体から、赤いオーラのようなものが迸る。これはきっと、私に眠る過去の力なんだろうな、と、そんなことを思いながら、上空に浮かぶ10の徒と邪神を見上げた。
第零位がいなくなったのはありがたいけれど、それ以外も強すぎる。だから、私は、足に力を込めて、第十位徒ドンガースの下に潜り込むように跳びあがる。おそらく、傍から見れば赤い流星のように人には見えない何かが突っ込んでいくように見えただろう。
――ドンッ
自分の腕が砕けるとか、そんなことすら頭に入れずに、巨大な獣のような怪物に向かって突っ込んでいく。脳のリミッターの解除。人間の脳には、100パーセントの力を出せないようにリミッターがかかっていると言われている。それは全力を出し続けると生命活動が危機に瀕するからだ。
しかし、この身体、どれだけの怪我もすぐに治り、疲労もしない、この身体において、そのような枷は存在しない。だからこそ、人間の限界を超えた力を出すことができるのだ。
「ヲオオッ」
悲鳴のような短い咆哮。しかし、致命打にはなっていない。私を……正体不明の赤い塊をどうにかすべく、前足や後足で攻撃を繰り出して来る。それをどうにか躱そうとして、……
「ほぉ、こりゃ潰しがいのあるハエじゃねぇか」
間近に聞こえたそれはゲルヴェンド、第一位徒の声だった!
「ハッン、破岩絶衝!サーデンフェリンッ!!」
巨大な2つの斧。それが両側から迫ってくる。上にはドンガースの巨体。逃げ場は下しかない。
「ゲヘヘッ、こっちに飛び込んでこいよ。八つ裂きだぁあ」
すでに第二位徒ヴァンが下に回り込んでいる。マズい、完全に四方を囲まれた。この状況で突破できるとしたら……
――ドンッ
ドンガースを足場に、思いっきり蹴り、ヴァンの方へと勢いよく飛び込んでいく。こいつが不死身だとは分かっているが、つまりは、死なないだけで、突破できなわけではない、……はず。
そして、何とかその場を抜ける、が、
「焼け死にな」
ガルズレットルーズが炎を放っていた。まずい……っ。このままだと、火に突っ込む。流石に、ものすごい高温なら、回復に時間を要する。
「あぐっぅ……」
勢いを失い、そのまま地面に落下していく私。ダメ、強すぎる。そこに迫る、光の槍。マズい、このままだと……
――ズシャッ
そんな音と共に、真っ赤な血が眼前に飛び散った。私は声を失う。そこには私を庇うように光の槍を受けた覇紋さんがいたから。
「ごはっ……、くっ……、《不死の大火》」
覇紋さんが何かを呟くと、鞠華ちゃんが近寄ってくる。今回、彼女は、まったく庇う動作も何もしなかった。どういうことだろう。あの日とは全く別の行動のとり方に、驚く。
「坊ちゃま、代償はもう決めているんですよね。これが定めであるというのなら」
「ああ、人の命を対価にするのは、もう、やめだ。私は、この《古具》を対価に、……がはっ、ごほっ、……私の命をよみがえらせる」
そうして、鞠華ちゃんは空を見上げながら言う。
「さあ、これで、6人目の勇者は倒れ、不死なる者は庇って死に、その能力を失いました。6人の勇者は無残に散った。されど、」
天を見る。そこには、漆黒の……闇を纏った神々しいまでの女性が屋根の上に大きな黒色の剣を持って立っていた。
「ふぅ、超連戦って感じね。まあ、いっちょ、やったりますか」
彼女は、そう言って屋根を蹴ると徒の方へと向かっていった。
え~、急展開の詰め込みすぎだろ、と言う自覚はあります。こう、あらかじめどうするか決めてるものを書こうとすると結果を先に書きたくなる……我慢できない傾向にある人間なのでプロットがあるとこういうことになります。




