255話:響乃学園
SIDE.HARUE
私たちは、結局、驚愕の事実が判明した後、これと言った話もせずに、陽埜ちゃんの部屋を出た。覇紋さんは、青葉君がどうにかしてくれるだろう、と言っていたが、その人物がどの程度有能なのかを知らない私には、いか様にも判断しがたいので、不安感はぬぐえない。しかし、覇紋さんが信じている相手を信じないとも言えず、胸中に蟠りの如く渦巻いている暗い感情を押しとどめながら、重い足取りで、寮を出る。
ミーンミンミンとセミが五月蠅いくらいに鳴いている。ジリジリと照り付けるような日差しは、ここへ来た朝の時間帯よりも、今の昼の時間帯の方がだいぶ強く感じる。いくら向こうの世界で暑い気候の続く温暖な場所にいたとはいえ、こちらの湿気も含んだまとわりつくような暑さには慣れるわけもなく、当然、暑く感じる。
暗い気分、重い足取り、茹だるような暑さ。これらの3コンボによって私の気力はゴリゴリと削られていく。そんな重い気分を察して励ますように棗君が声を出した。
「あ、あの!このまま帰るのもなんですし、少し、寄っていきませんか?」
彼がそう言って指さしたのは、何やら巨大な建物だった。何の建物なのかはいまいち分からないが、まあ、別に急を要しているわけではないので、覇紋さんをはじめ、皆が頷き、その建物の中に入っていく。
「寒っ?!」
思わずファーランドさんが声に出したのも分からなくはないほどに建物の中は冷え切っていた。冷蔵庫か何かなのでは、と思ってしまうような場所だが、特に何があるわけでもなく、いくつかの部屋に区切られているのか、扉と、あと上の階に行くためのエレベータだけは確認できた。
「あれ、群雲先輩、ここに来るなんて珍しいですね。前に来たのは、確か、説明会のときでしたもんね」
そう言って、カチャカチャとキーボードを打ちながら言ったのは、ヘッドフォンをした女子生徒だった。鮮やかな黒髪に、紫がかった瞳。ショートカットヘアでヘッドフォンをした14~15歳程度の少女。どう見ても高校生には見えない外見をしていた。
「火野、お前は相変わらずここに入りびたりなのか?お母さんが泣いてるぞ……きっと。まあ、あの人も何も言わないから何を思っているのかは分からないけどさ」
棗君も後輩に対してはちょっと強めの態度で接するようだ。しかし、彼女は、火野さんと言うらしいが、どのような人物なのだろうか。
「あ~、こいつは、火野來雫。えと、彼女のお母さんが僕の上司でして、郭さんというんですがね」
棗君が、そう事情を説明する。上司の娘さんが後輩……嫌な職場。でも、別にそれほど気を張っている様子もないので、良好な関係が築けているんでしょうね。
「群雲先輩、そういえば、なんか、上から連絡があったんですが、近々、千葉県の鷹之町市で異能関係の事案がS事件クラスで起こるかもしれないんで気を付けてくださいって。尤も、S事件クラスの異能でしたら、公安のお仕事でしょうけど」
そう言って希鞠さんの方を見る。そう言えば希鞠さんは警視庁の公安の人でしたね。一方での希鞠さんは、どこかバツが悪そうな顔をしていた。
「別に父が異能持ちってだけで、そこに左遷させられるのはどうかと思うのよね」
異能……不思議な力、魔法と言う認識でいいのだろうか。すると、覇紋さんは、「ほぅ」とうなるように声を漏らした。
「君の父は《古具使い》だったのか」
それに対して、希鞠さんは小首を傾げている。他の面々もピンと来ていないようで、それを見た覇紋さんが、納得したようにうなずいた。
「ああ、そういえば、君の父君は、……なるほど、そういえばそうだったか。西野椎葉、あの九龍沙綾と同系統の『御三家』に反した時空間移動の力を持っていたんだったか。母親はかつての大犯罪グループの幹部の1人だし、君もつくづく厄介な生まれだ」
その言葉の意味はよく分からなかったけど、どうやら、希鞠さんは常人とは違う家系らしい。それにしても元犯罪者の娘が警察と言うのは数奇な運命と言うか反面教師と言うか。
「それにしても千葉県の鷹之町市で異能関係の事案がS事件クラスで起こるかもしれない、か。おそらく、あれのことだろうが、ふむ、いつくらいか分からないか。大体の日時が分かれば十月で詳細なことが分かるんだが」
十月……?とにかく、邪神復活が近々起こるのは間違いないはず。それにしても、新月を狙ってこっちに来るなんて。
ん、待って、なんで、ジル・ド・レは、もうじき新月なんて知っていたんだろう。新月になる周期は知っていたとしても、ここにちょうどその時期に来れるとは限らない。私の時だと、向こうにいた時間とこっちでいなくなっていた時間は異なっている。つまり時間の流れが違うはず。何度か視察に行こうにも、物の行き来の試すために私とラニィさんで実験した後に調査をしている時間までもあったとは思えない。
「ファーランドさんっ!月喰の魔法は、確か、準備に2、3日かかるって言っていましたよね!ジル・ド・レがそれを使えば、もしかして、意図的に新月にすることはできるんじゃないですか?!」
「だが、2、3日で1つの月だ。さらに次の月を消すにはその倍の日数が必要だ。それほど大がかりの儀式なら全ての月を消す前につかまってしまうし、維持にも魔力がかかりすぎる」
そう、月喰。意図的に新月を起こす黒魔法。本来なら術者15人程度必要だが、元老議会も18人いる。十分に、月喰を起こすことができる。それに、月を消すのに時間がかかったとしても、この世界には月は1つしかない。5つある向こうの世界に比べて、月喰の発動は1回で済む。リスクを考えれば、この世界に来て月喰を使用すればいいのだ。そう、最初から元老議会もジル・ド・レも自然に新月になるのを待っていたのではない。こちらの方が、楽に新月にできるし、魔法のないこの世界ならば、探知されて気取られることもないと考えていてもおかしくないはず。
「まずいですね。早ければ今日にも、邪神が復活するかもしれません。急いで鷹之町に行きましょう」
私は、私の先ほどの考察を全て覇紋さんたちに打ち明けた。すると、覇紋さんも顔色を変えて、帰る準備をする。
「すまない、話はここまでにしよう。私たちは今すぐに帰らなくてはならなくなった。棗、それに東雲君、案内をありがとう。後は勝手に帰らせてもらう」
そう言って、とっとと、建物を出る。結局何の建物なのかは分からなかったな、と考えながら、茹だる暑さも何のその。急いで、車へと向かっていた。その際に、覇紋さんがスマートフォンを取り出して連絡を入れる。
「鞠華か、すまないが、今夜のことを視てくれないだろうか」
覇紋さんの電話の相手は鞠華ちゃんのようだ。すると、鞠華ちゃんの声が、スピーカーモードになっているために聞こえてくる。
「はい、今夜、邪神ヴァードベル……いえ、破壊神ヴァードベル=サールマンの復活が見えますね。私の《全能の透視》で、全てが見えますが、なるほど、今回の対価は……かなり大きいですよ」
《全能の透視》?そういえば、この間も【ユリア】と呼びかけていたような気がするけど、それがなんかよくわからないけれど能力、それこそ、先ほどの《古具使い》と言うものなんでしょうか。
「そうか、それがお前の本当の《古具》か。それの一部こそが十月の《千里の未来》。まあ、いい。とりあえず、その邪神、いや破壊神ヴァードベル=サールマンとやらが今夜復活する、そのうえ、私が対価を払わねばならない状況に追いやられると」
対価、あの日、私たちがはねられた日にも、鞠華ちゃんは覇紋さんに向かってそう言っていた。
「ええ、ですが、まあ、大丈夫でしょう。あと、しっかり、青葉暗音さんにも連絡を回しておいてくださいね」
そこまで聞くと覇紋さんは、通話を終了し、別の人物に通話を始めた。相手は青葉暗音さんなのだろう。
「はい、もしもしぃ?ったく、何なのよ、今度は誰の話?」
スピーカーモードになっているために女性のけだるそうな声が聞こえてきた。覇紋さんは、電話の向こうに向かって言う。
「すまないが、今夜、邪神が復活するそうだ。詳しい話は……」
覇紋さんがそこまで言うと、それを遮るように暗音さんがダルそうな声を崩さないままに言う。
「どうせあれでしょ、新月にする魔法があるってんでしょ?何よ、紳司とあたしの読み通りじゃないの。ってことは、今夜、ジル・ド・レが動くってことでいいのよね。しゃーないわね。予想外れてたら今日から暇だったけど、これだったら超ラッキーね。もし、新月の日まで動かないってなら暇つぶしに調査しまわろうかと思ったけど、本人叩くだけなら超絶楽勝ってね」
英雄相手にそんなことを言ってのける彼女はいったい何者なんだろうか、と疑問に思いながらも、なんだか任せられるような気がするほどに自信に満ちた声だった。
「さあ、とりあえず、君たちの仲間を迎えに行って、それからとっとと鷹之町に行かなくてはならないな」
そう言って、覇紋さんは見えてきた車に合図を送る。そして、リムジンはいつでも発車できるように準備が整っていたようで、乗り込むとすぐに発進した。
急がなくてはならない。なんとしてでも邪神の復だけは阻止しなくてはならないのだ。
え~、遅くなって申し訳ありません。レポートで手間取りました。ですが、しばらく学校はないので、宿題くらいしか邪魔者はいないので安心してください。
たぶん更新は安定しませんが、とにかく頑張って更新していく方針で行きます!




