252話:ラニィ
SIDE.HARUE
私、佐野晴廻と不知火覇紋さんは、仲間たちが集まっている食堂に集合していた。どうやら、朝食と共に作戦会議を開くらしい。師団長・ファーランド・エル・リークス、副師団長・ルーカス・デンドマン、戦士長・バンド、弓兵長・ヨーコ・トウゴウ、殿・ドゴス・メノシウスの5人はすでに席についていて、私と覇紋さんが最後だった。なお、鞠華ちゃんや他のメイドは裏で食事をとるそうでこの場にはいない。
テーブルにはすでに朝食が並んでいて、ステーキとごはん、もしくはパン、そして、スープと言うラインナップ。ヨーコさんと私と覇紋さんがごはんで、それ以外はパンを選択している。
「コメと言ったか?朝からよく食えるな」
ドゴスさんがそう言った。彼は平民の出で、軍に入るまではパンすら食べたことがなかったらしい。それに、他の皆も箸が上手く持てないからとギブアップしたことがあった。
「習慣よ。東の国では、コメも箸も使うのよ」
ヨーコさんがそんな風に言いながら、肉の切れ端を食べ、ご飯を口に運ぶ。ヨーコさんはそこまで肉を食べない。あの世界の東の国は魚と野菜が主食で、肉はほとんど……それは、まあ、豚肉や牛肉、鶏肉を祭事には食べたらしいけど、ほとんど食べなかったらしい。
「そういえば、ラニィもコメがおいしいと言っていたことがあったな」
ああ、ファーランドさんの妹さん、か。そう思っていると、覇紋さんが急に立ち上がって、ファーランドさんの方を見る。
「ラニィ、と言いましたか?!唐突で申し訳ありませんが、貴方の、お名前をお聞かせ願えませんか」
覇紋さんの言葉に、ファーランドさんは首を傾げながら、なんでそんなことを聞くんだ、と漏らしてから自分の名前を告げた。
「ファーランド・エル・リークスだ」
覇紋さんは震えるようにガタガタと一瞬だけ、顔を伏せた。そこで私もようやく思い至る。陽斗の好きだった人の名前は、ラニィ・エル・リークスである、と。そして、ファーランドさんは私が妹に似ていると言っていた、と。そう、ここでつながった。
「私はあなたの妹さんを知っている。詳しくは知らないが、詳しく知っている人物の元に案内することもできる。遺品等もその人物が預かっているようだが、会いに行きますか?」
おそらくその人物とは陽埜ちゃんのことだろう。陽斗の妹で、私は、あの墓の前で会ったくらいしかないけれど。
「……ラニィの。いや、今、あの地域から大きく離れることはできない。いつ奴らが動き出すかも分からんからな。私情と世界、どちらを取るかと言えば、世界だ。ゆえに、行かない」
苦渋の決断、されど、覇紋さんはあっけらかんと、その決断を覆すことを言う。
「いや、むしろ、ここよりも鷹之町に近いところに住んでいると言えるだろう」
今いるのは埼玉県の東京寄り。ここより近いってことは千葉県内か茨城県の下方、東京都の東京湾寄りかな。アクアラインがあるから千葉にはすぐ行けるだろうし、あ~でも、神奈川県からだと、こことどっこいどっこいかもしれない。
「東京都の響乃学園の寮に入寮中だ。ラニィの遺品も実家だと処分されるかもしれないということで、自分の部屋にもっていっているらしいからな」
響乃学園ってあの元女子学で、共学化してお金持ちばかりが通っているっていう、あの響乃学園。三鷹丘学園が国際色豊かな学園なら、響乃は国内の有名どころが集まっている、と言う印象がある。
「そうか、近いのなら、皆が構わないというのであれば、できれば行かせてもらいたい」
その言葉に「師団長の意向に逆らうわけないじゃない」「ま、俺は構いませんぜ」「まあ、普通にいいよ」「ああ、構わん、行け」と皆が賛同する。
「行くのであれば、先鋒に事前に連絡を入れたいな」
そこで、私はふと思った疑問を覇紋さんに問いかけることにした。今の時期を考えると当然湧く疑問。
「今って夏休みだから帰省とかしているんじゃないんですか?」
流石に、夏休みは帰省する生徒が大半だろうし、むしろ寮に残っているのはあまり推奨されないのではないだろうか。寮母さんや寮内の食堂なんかの関係上、普通は、皆を返すものだと思う。
「ああ、響乃は生徒の家庭環境から、親が年中忙しい人が多いから、夏休みでも家に帰るよりは、寮で友人といたいという生徒も多いから、結構残っていることが多いかな。お盆あたりでは一時帰省する例もあるだろうが。昔は、ほとんどいなかった時期もあるらしいが、今の時勢では仕方がないのかもしれないな」
まあ、忙しくて海外を飛び回っている実業家なんてよくテレビで取り上げられていた時代からそう変化はなく、いや、もっと忙しくなっているのかもしれない。
「それにしても、響乃か、あいつもいることだろうし、いや、まあ、今は関係ないか」
そう言いながら覇紋さんはスマートフォンを手に部屋を出て行ってしまった。あいつとは誰のことだろうか。そこが気になったが、私にツッコむ勇気はなかった。
それから十数分、私たちは食事を進めていた。そして、覇紋さんが戻ってきたので、覇紋さんの様子をうかがうと、どうやら、陽埜ちゃんの許可が下りたようだった。
「では、食事を終えたら向かうとしよう。学園の許可ももらったし入ることもできるだろう。ただし、監視付きだがね」
監視?教師の1人でも案内につけるということだろうか。そう思いながら、食事を続けて、皆が食事を終えるのを待った。
全員が食事を終えると、私と覇紋さん、鞠華ちゃん、ファーランドさんの4人で学園に向かうことになった。
私立響乃学園。高等教育による上流階級の人間の育成を目標にかかげる教育機関。元は「私立響乃女学園」であり女子校だった。しかし、入学者の減少にともない共学制になったらしい。上流階級の淑女を育てることが目的だっただけに学園施設は広く、また寮も相部屋制ではなく一人部屋制にしてあると覇紋さんが言っていた。
覇紋さんももともとは、この響乃学園への入学も考えていたこともあって、結構詳しくなっているようで、なんでも、私の家の本家だか宗家だかの人間がこの学園に通っていたこともあったそうだ。
覇紋さんの家から車で30分程度。大きな敷地面積の学園が目の前に広がっていた。校門には警備員の在中所があり、そこから人の出入りを監視しているようだ。覇紋さんが警備員に話すと、リムジンは敷地内に入っていく。しかし、入ってすぐのところでリムジンを端に寄せて停めてしまった。
「ここから先は、徒歩での移動だ」
と、覇紋さんが言うので、言う通りにリムジンから降りると、2人の男女が外で待っていた。茶髪のどこか不思議な雰囲気を纏う、きりっとした女子高生くらいの女性はスーツを着ている。もう1人の制服を着た中性的な雰囲気の青年は、軽く笑っている。
「棗……と誰だ?」
棗と言う名前で女性の方かと思って見ると、どうやら棗と言うのは青年の方だったようで、軽く手を挙げて覇紋さんに答えていた。
「えっと、不知火さん、お久しぶりです。えっと、そちらの方々は初めてでしたね。PP幹部クラスの群雲棗です。それで、こちらの人は……」
そう言って棗君が紹介するのを遮って、女性の方が自ら自己紹介を始める。
「私は東雲希鞠です。ちょっと所用で、彼と行動を共にしているだけですのでお気になさらないでください」
きっぱりとそう言うので、何か事情があるのかな、と思っていると、覇紋さんが、ああ、と手を打って希鞠さんに問う。
「東雲希鞠、と言うと、あの神童東雲希鞠かい?」
神童……、つまり、天才的子供と言うことだけど、彼女はそこまで子供には見えない。つまり、幼いころそう呼ばれていたと言うことだろうか。
「っ、私のことを知っているんですか?!」
なぜかスーツの上着の中に手を突っ込んで、何かを引き抜けるように準備しているような、そんな動作。刑事ドラマの警察官みたい。
「警視庁公安部、公安特科、特務捜査員東雲希鞠。君の大体のことなら知っている。有望な新人だと聞いているしね」
あ、やっぱり警察の人なんだ。でも公安ってあの、特殊な事件とかを追っているっていう公安警察?
「あなたは、一体?」
希鞠さんは、覇紋さんを警戒するように見ながら、スーツから手を抜いた。そして、その問いかけに答えたのは、棗君。
「この人は不知火覇紋さん、僕らの協力者でもあり、この日本を代表する名家の中にも名を連ねている不知火家の次期当主さんです。この国の裏事情なら大抵知ってますよ?」
その言葉に、覇紋さんは苦笑いを浮かべて言う。
「いや、残念ながら、調べても分からないっていう最悪の相手がいてね。君もいずれ知るかもしれないな。青葉暗音君のことを」
そう呟く。青葉暗音さん、本当に謎の多い人。覇紋さんでもよくわからないっていうのがどれだけ凄いのか、今の会話を経たら分かる。
「青葉……、はぁ……あの青葉家ですか。それとも蒼刃家ですか?青葉はともかく、蒼刃は、結構ヤバい方面に手を出してるっぽいですからね」
棗君は何かを嘆くようにそう呟く。やばい方面とはどんな方面なんだろうか。そう思っていると、覇紋さんが、
「青葉、蒼刃、蒼紅、これらの家は、それぞれ普通に厄介事に首を突っ込む。が……」
そこで希鞠さんの方を見て
「篠宮の方は自分から厄介事を起こすから面倒だと先々代がおっしゃっていたな」
希鞠さんは首を傾げていた。篠宮、と言えば、真希さんとはやてちゃん。希鞠さんも関係があるということなんだろうか?
「そう、君の叔父上みたいにね。まあ、尤も、青葉暗音も首を突っ込むのではなく起こすほうだろうけれど」
覇紋さんはため息をついて、すっかり蚊帳の外のファーランドさんを見て、前進することを決めた。鞠華ちゃんは車で待機するようだ。
学園の方へと5人で歩いていく。




