250話:ヨーコの憂鬱
SIDE.YO-KO
あたしはヨーコ・トウゴウ。東の小国扶桑出身の弓士にして、バルステランド帝国軍第
零師団弓兵長を務めているわ。なんでも、あたしは、扶桑の偉大なる弓士、ヨイチの末裔らしく、弓の腕だけは、どこの誰よりもよかったのよ。それゆえに、扶桑を出てバルステランド帝国までやってきた。一応、そこで魔法も覚えたわ。転移、召喚などの空間系ね。
まあ、そんなわけで、いろいろと過ごしてきた中で、今、一番の疑問は、ハルエ・サノ。あたしの仲間であり、名前からして出身が同じだろうと踏んでいたのよ。当人も出身は東の方と言っていたしね。
それが、異世界に来てみたら、まるで、場所を知っているかのようにあたしたちを仕切っていた。まるで、この世界の住人だったかのように。謎が多すぎると思っていた、ドゴスさんが拾ってきたときは、珍しい髪色から、この帝国の人間だと思っていたけど、風呂に入る習慣や名前、「いただきます」「ごちそうさま」「お邪魔します」「ただいま」「おかえり」などの言葉遣いから間違いなく扶桑の人間だと思っていたのよ。野菜も多く食べていたしね。
帝国での食事は、肉中心だけれど、あたしのような扶桑民は野菜や魚が中心で、主食は米。一度、師団の皆に振舞ったけど、ハルエ以外には不評だった。味が薄いだのなんだの言われたわよ。でも、ハルエは懐かしいと言いながら食べていた。つまり、扶桑の人間であるということでしょう。
……と思っていたのは、夜食が出される前までだったわ。夜食として運ばれてきたのは、おにぎりだった。うちの国の郷土料理ともいえるこの料理を異界で簡単に食べられるとは思っていなかったのよ。
つまり、この異世界には、……異世界のこの土地だけけもしれないけど、あたしの故郷と同じ食文化、生活文化があるということ。だから、ハルエが扶桑の人間だと勘違いしても無理はない、ってことだから、ハルエはこの世界の出身なのよ。
ただ、それだと、ハルエは、なぜボロボロになってあたしたちの世界に来ていたのか、と言う疑問があるわ。まさか、殺されかけた、なんてこともないでしょうし、転移魔法に失敗した、とかそういう類でもなさそうだし。
まあ、とにかく、彼女は、異世界に来ていた。でも、それを秘密にしていたのは、まあ、分からなくもないわ。もし、元老議会に知られていたら殺されていたでしょうしね。英断よ。
しかし、この世界と言うのは、よくわからない。魔法具は発達していないようなのに、なぜか魔法具のようなものが大量にある。魔法とは本来、限られたものに与えられる神秘……あたしの国で言う摩訶不思議にして神選者と呼ばれる者にしか使えないもの。それが、kまるで万人に扱えるかのように、こうもあちこちにある。
トイレの水もそうだ。まるで、どこかへ流れていっているようだし、臭いもほとんどなかったわ。帝国にあるトイレは全て下に落とすだけで、臭いは下から上がってくる。でも、ここではどこかに流している。どこへ流れているのかは分からないけど、そうすることができるだけの技術があるってことよ。
昔から、異世界と言うのは未知に溢れているといわれるけど、あまりにも世界に差がありすぎて、もはや、驚くことしかできない。言語も、微妙に異なるけど、書物に書かれている言葉は、扶桑語とほとんど一緒だし。
この世界は凄い。技術、教育、あらゆる点であたしらの世界を凌駕している。でも、武術はどうだろうか。見るからに貧弱そうな人しか見ていないのよ。
あたしは、弓を使うけれど、武道もそれなりにたしなんできた。だから、どの程度か、知りたい。けれど、まあ、勝負して、なんて言えないし……。
いつも通りの型の稽古。流れるような動作で、全てをつなげて、打ち放つ。その鍛錬。殴る、殴る、蹴る、跳ぶ、そして……
地面に蹴りを入れようとしたその時、音もなく扉が開いた。マズい、ぶつかる……と思ったわ。でも、あたしの蹴りを片手で、薙いで打消し、何事もなかったかのように言う。
「御夜食のお皿の回収に参りました。……よい蹴りですね。ただ、力みが強すぎるように感じます。跳躍からスムーズにつなげるために力を込めすぎですね。では、これで」
師匠と同じことを言った。それも師匠よりもスムーズに捌いて。この世界の人間は……できる。いや、まだその考えは早計ね。もしかしたら、彼女が特別にできる人間だったのかもしれないわ。
そう思って、試しに部屋を出て、別のメイドに仕掛けてみようとすると、鋭い殺気と共に、巨大な禍々しい剣が現れていた。
「……ああ、お客様、か」
そう言ってその銀髪のメイドは去って行った。なんだ、この世界は……あたしたちの世界を全てにおいて優に上回っているじゃないの。
でも、それでも、邪神の復活は妨げなければならない。東は太陽と月の昇る神聖な方角にして、神の住まうといわれる方角。そこに最も近い小国扶桑には創造神のことがよく伝わっていたわ。
帝国と法国と公国とドルヴァイス村のそれぞれの邪神の欠片にまつわる話もね。帝国にはこう伝わっている。
「邪神復活せしは、異地。その地にて、5人の勇者戦えり、されど敵わぬ。6人目の勇者、戦うも敵わず、不死なるものそれを庇いて死する。7人目の勇者現れ、徒と邪神を倒す」
法国にはこう伝わっている。
「邪神復活せしは、異地。法も枷も無き世界にて、6人の勇者無残に散り、7人目の化け物が全てを屠る」
公国ではこうだ。
「邪神復活せしは、異地。邪悪なる神、全てを滅ぼさん勢いで挑む者優に倒す。されど、7人目、……闇を纏った者が邪悪を討つだろう」
ドルヴァイス村ではこう。
「邪神復活せしは、異地。復活した邪なる神を食い殺すのは同じ神である。そうして、邪神は完全に滅び二度と蘇らぬであろう」
それぞれ、場所によって邪神を倒す者が違う。勇者信仰の強い帝国では「勇者」。神の教えを信仰する法国では「化け物」。あまり強い信仰心を持つ者のいない公国では「闇を纏った者」。創造神信仰の村では「神」。
どれが本当なのか、また、全部違う可能性すらもある、そんな言い伝えを本当に信じていいのかしら。
ヨータ、あたしは、どうすれば……そう呟いても答えは返ってこない。ヨータ・トウゴウ、またの名をヨータ・シジョウ。あたしの実家であるトウゴウ家は、秦語で東業と書き、四条と言う家の分家なのよ。東の業、これは、東の国の業を背負っているという意味であり、四条の一族の罪を背負う者でもあったわ。そんな家の長男、まあ、あたしの弟なんだけど、ヨータは、類まれなる才能から本家の四条の人間になったのよ。
ヨータは頭がいい。あたしとは比べ物にならないくらいに、ね。天才、鬼才、神童、まあ、どういってもいいというくらいには頭がいい。おそらく、扶桑の誰よりも頭がいいと言っても過言じゃないわ。そんなヨータに答えを聞くことができたなら……。
「また、弟頼りかい、ヨーコ」
ファーランド師団長がそう声をかけてきた。ファーランド師団長とあたしが会ったのは、あたしが帝国に来てすぐのこと、道に迷っているところを勧誘され、あたしは、軍に入ったわ。そのことから懇意にしてもらっている。
「妹のことを引きずっている人に言われたくないわ、師団長」
妹、ラニィ・エル・リークスのことはあたしも知っている。少し抜けていて、師団長には似ても似つかない、それこそ、本当にハルエにそっくり。ただし、髪色はハルエが朱色なのに対して、ラニィは白。ラニィはウサギみたい、とよく言われていたわ。
「うっわ、上司の弱みを握って脅すなんて怖い部下だ」
師団長は笑っていた。ラニィ・エル・リークスはヨータと同じように頭がよかったらしい。それを戦場で失った。自分が守れなかったことを非常に後悔している。しかし、死体は結局のところ確認されず、帝国の公式見解では行方不明だったわね。
「脅しとらんわ。それよりも、大丈夫かしらね、ここ。一応、ハルエの関係者ってことで安心なんでしょうけど、元老議会の手の者って可能性が完全にないわけじゃないでしょう?」
あたしの言葉に師団長は、ちょっと考えていた。あ、いえ、たぶんなんも考えてないわ。確実に考える振りよ、これ。
「いやぁ~、まあ、ハルエが別の世界から来たかもしれない、と言うのは一応考えていたんだ。そりゃ、馬鹿じゃないからね。流石に違和感くらい覚えるもんさ。何せ、点灯の魔法すら使えなかった。どの国出身にしても、絶対に子供でも使える魔法を使えないともなれば、考えるよ。記憶喪失でもなさそうだったしね」
あ、その辺はやっぱりきちんと考えてたのね。馬鹿ではないようで安心したわ。兄妹のせいか、抜けているところはそっくりだったから。
「まあ、あの子がこの世界の人間であることは間違いないでしょうけど、それでも、あの子はあたしたちの仲間よ」
そう、あの子がなんであろうと、共に戦ってきた仲間であり、それはすなわち戦友であるということ。帝国では、戦友と言うのは裏切ることのない信頼の高い仲間となる。
「そうだな、さて、と、そろそろ、元老議会の手がかりを追うための会議でも開こうか。まあ、これはあくまでこちらの問題だ。この世界の住人……ここの家主のシラヌイ、と言ったか、そいつの手は借りないようにしよう」
やっぱり考えることは同じなのかしらね。あたしは、頷いて、こういう。
「あたしも同じことを考えてたわ」
そう言って、師団長と共に廊下を歩く。さて、みんなを集めて作戦会議よね。どんな魔法を使って、どうすればいいか、相手はどこに潜んでいそうか、なんてことをあらかた考えなきゃいけないもの、これは手間も時間もかかるけど世界の命運がかかっていると言っても過言ではないのよね。
この世界に邪神が復活するのは何としてでもあたしたちで阻止する。言い伝えだと、全てにおいて邪神は復活しているけど、そうなるとは限らないはず。どうにかして、復活を食い止めれば、どの言い伝えであろうと、全て違っていたことになるのだから。……あたしはこの答えを出した。けど、本当にそれでいいのかな、――ヨータ。




