248話:愛とは
SIDE.HAMON
久々に懐かしい夢を見た。友人の夢だった。私が初めて友と呼んだ人間の夢だった。そんな夢を見たのだ。その彼の名前は園城寺陽斗。園城寺家の跡取りにして《古具》、《背後の不覚》と言う不死身に近い力を有していた。だから、決して私は彼の心配なぞしなかったものだ。
彼には、憧れていた研究者がいた。なんでも前人未到の技術を持っているとかで、あの市原結音とも交流があったそうだ。その研究者の名をラニィ・エル・リークス。人は、彼女をこう呼んだそうだ。嘘つきの万能者。そして、彼女は、亡くなった、実験中の事故だったそうだ。
その後、私と陽斗、陽斗の妹の陽埜の3人は交流を深め、親友と言っても過言ではないほどの仲になっていた。そこに雄志貴……涼空堂雄志貴と涼空堂奈々枝君……現在の真白宮奈々枝を加えたのが私の幼馴染、と言う奴だ。
そんなある日、陽斗が家を出た、と陽埜から連絡があった。私は、情報網を駆使して、調べつくした。しかし、相手も相手だけにそう言ったものの対策はしていたのだろう。そして、ある訃報が私の耳に届いた。
園城寺陽斗が死亡した、と。もう葬儀も執り行われた後で、鷹之町の墓に入れられているという話を。
私は、墓に向かった。そして、そこには泣き崩れる女がいた。彼女は、それは美しい女で、そして、彼女は陽斗の婚約者だという。
当時の私は、少々所要で、《古具》により、対価を払い体内の時間の流れを……寿命をコントロールすることで年齢を変えていた。
そうして、私と彼女は出会い、それは運命のような出会いで、やがて、愛し合うようになった。だが、私は、彼女の隠された出生について知ってしまう。それと同時に、彼女を事故で失った。
ずっと捜索を続けているが、死体は見つかっていない。彼女と陽斗の家に関しては、その土地ごと買って、いつ彼女が帰ってきてもいいようにしている。
おそらく、私の勘だが、彼女は生きている。あの事故で、私は死に、鞠華を対価に生き返ったが、彼女はおそらく生まれながらの強者だ。強者、と言うには御幣があるだろうが、彼女は持って生まれた人間のはずだ。だから、きっと生きていると信じている。
ただ、私は、彼女を失った寂しさを紛らわすために十月を抱いてしまった。相性もいい。言い訳もしないだろう。だから彼女が戻ってきたところで私を受け入れてくれるか、と言う話は別だろうと思っている。それでも、なお、彼女が受け入れてくれる、と言うのであれば、私は……。
――プーッ
その時、私への個別通信を知らせる音が鳴った。私のような立場になると公私ともに相手が昼夜逆転だったり海外にいたりするので、いつ連絡が来ても出られるようにそのような回線を用意しているのだ。
「私だが……」
個別通信なのだから名乗る必要もあるまい、と受話器を取る。すると、受話器の向こうから馬鹿のように明るい声が響いてきた。
「あ、もしもし、あたしよ。ちょいと頼みがあるんだけど」
青葉暗音君。私の後輩にして、少々……いやかなり謎の多い生徒だ。正直に言って、苦手な部類の人間だが、まあ、致し方あるまい。
「なぜ、君がこの回線をしっている?」
この回線を知るのは親しいものか、重要な取引先などの一部の機関の人間のみだ。彼女がこれを知っているはずがないんだが……。
「ちょっとこないだ行ったときに調べてね。そんなことよりも、ちょっと、はやての家に行ってほしいのよ」
はやて……篠宮はやて君か。彼女もそれなりに謎が多くて困っているんだが、それに行ったところで私に何かメリットがあるのだろうか。損得勘定だけで考えるわけではないが、こんな時間に無償で動くほどの心優しい人間ではないからな。
「あ、言っておくけど、断らない方がいいわよ。じゃないと、再会できなわよ、さ――――」
その名前を聞いた瞬間、いや、その名前の最初の言葉聞こえた瞬間には、私の頭は真っ白に変わっていた。自分でも驚くほどに、焦っていたのだろう。十月に頼み、すぐに車を出してもらった。瑠吏花には留守番を頼んでいる。それ以上に、彼女にはこの件には関わらない方がいいだろう。
「十月、すまないが急いでくれ。この一件ばかりは、緊急の案件になりそうだ。そうだ、篠宮はやて君の家だ」
そういってから1時間半、私は、篠宮はやて君の家の前に立っていた。ただの家ではあるが、ここに彼女への手がかりが……。はやる気持ちを押さえつつ、チャイムを押すと、見知らぬ声の女が出た。
「はい、篠宮よ」
おそらく、篠宮はやて君の母、篠宮真希と言う人物だろう。その辺は事前調査で知っていた。彼女がチーム三鷹丘に所属していることも承知している。
「不知火覇紋と言うものだ。すまないが、知人に言われてここに来た。家に上がらせてはもらえないだろうか」
私の言葉に、相手は、面倒くさそうな反応を示すものの、拒否される様子はないようで安心する。
「いいわ、入りなさい」
それにしても、つくづくはやて君とは性格が違うように感じるのだが、まあ、親子で性格がそっくりと言うのもあり得ないものか。もしくは父親似なのかもしれないがな。
「邪魔をする」
「おじゃまいたします」
私と十月が、その家に足を踏み入れると、そこかしこにある違和感に気が付いた。まず玄関の鉄靴……それも使い込まれた、明らかに展示品ではないものがいくつもあるのだ。これはおかしいだろう。そのほかにも何やら物騒なものやらなんやらがあるが、どうなっているのだろうか。
とりあえず、明かりの点っている部屋に向かって歩く。そして、その部屋の扉を開けて、私は硬直した。
朱色の髪、鮮やかなその髪は天然の物で、そして、大きな瞳も朱色。そう、その女こそ、園城寺陽斗の……親友の妻であった女であり、
「晴廻」
――私の愛した女であった。
「覇紋さんッ!」
晴廻が抱き付くように私に飛びついてきた。この懐かしい匂い、懐かしい感じ、全てが本物の晴廻だった。なるほど、青葉君の言っていた得とはこれか。
佐野晴廻。本来ならあり得ない朱色の髪に朱色の瞳をした女性だ。医者の方でも、きちんと診断の結果が出ていて、遺伝性の色素の変異と言われているが、実際のところ、彼女の一族には、強い力が宿っていて、その代償だ。
朱野宮家。その一族の人間は全て赤色の髪をしているとされ、本家の中でも血の濃い人間は、見様によってはどのような赤にも見える髪をしているという。しかし、その分家の人間は、それぞれ髪色を持つというのだ。朱野宮の中でも血の薄い人間は緋色、そして、分家の姫野家は桜色。最後に佐野家は朱色。
そう、朱野宮の分家、佐野家の人間であり、その次女である彼女は、類まれなる朱野宮の継承者だったのだ。
だからこそ、私は生きていると確信していた。朱野宮の特徴は、そのすさまじいまでの生命力と回復力だと。
「晴廻……今まで、どこに……」
そう言ってから、部屋の中を見回すと、謎の男女たちがいた。明らかに常人ではない、それどころか日本人でも外人でもないような不思議な空気を纏っていた。
「ハルエ、知り合い?」
その集団の中で唯一の女性が晴廻に向かって話しかけた。晴廻は、頷き、明るく笑う。全く変わっていない……いや、どことなく、昔よりもたくましくなったような彼女の様子に、私も自然と笑みがこぼれてくる。そして、晴廻の視線は、後方の十月の方へと向けられた。
「鞠華ちゃんも久しぶり」
しかし、十月は返さない。誰のことか分かりかねているように、一瞬、首を振って、そして……。
「三神の血と言うのはこれほどまでに私を呼び覚ますのですね。お久しぶりです」
鞠華になっていた。三神の血、鞠華はそう言った。私も聞き及びはしている。そう、そういえば朱野宮も三神の末裔と言われていた。
「この地はよほど三神に好かれているのですかね、坊ちゃま。何せ、あの青葉、篠宮、朱野宮の血族がこの地には揃っているのですから。青葉暗音さん、青葉紳司さん、篠宮はやてさん、佐野晴廻さん、市原裕音さん。三神が惹かれあい、この地にたどり着いたのか、それともアレが三神を引き寄せたのか……。少なくとも、私には判断できませんがね。そうでしょう、【ユリア】」
それは誰に対する呼びかけか。まるで、鞠華すらも鞠華ではない、別の誰かであるかのように、髪を靡かせた。その中に、青く煌めく何かがあったような気がしたのは気のせいだろうか。
「どことなく、帝国の占星術師に似たような雰囲気があるな」
男がそう言った。帝国……、このご時世にそんな単語が出てくるということは、もしかすると、この世界の人間ではないのではないだろうか。その考えに行きつくと、春廻が今までどこにいたのか、納得が行った。
「晴廻、もしかして、君は異世界に……?」
私の言葉に頷く晴廻。やっぱりか。しかし、こうなると青葉君の言動は、やはり異質だ。ここに晴廻がいることと、晴廻と私の関係を知っていることになる。だが、私と晴廻の関係は、家をあさった程度で分かるものではない。
「あ、不知火先輩、来たんですね」
はやて君が部屋にはいってきた。しかし、こうして、この場にいると、少し場違いのような気がしてしまうが……。
「覇紋さん、私……いえ、私たちを助けてください」
助ける……それは構わないが、状況を説明してほしい。未だによくわかっていないからな。まあ、とりあえずは、晴廻が生きていてよかった、と言うことだろうか。
「もちろん助けるが、まずは状況を聞かせてもらおう」
私の言葉に、彼女は頷いて、そして、あの日の続きを語りだした。




