241話:天兇の魔女は嘲り嗤う
SIDE.……
ふふっ、ふふふ。詰まらないわね。世界管理委員会……、ちょっかいを出してきてそのせいで戦いが終わってしまったじゃないの。……まあ、いいわ。確認はできたもの。彼が如何な存在であるかを、ね。
――ジィッ……
あら、帰ってきていたのね。我が娘よ。人工生命体……強化型魔力生成生命体。寒さに弱いのと、感情に起伏が無いのが残念だけど、きちんと生まれた唯一の成功作だしね。
それにしても、驚いたわ。《古具》と言うシステムは、人工生命体でも、ロボットとかでない限り、《古具》を持つことができるなんてね。いえ、もしかしたらロボットでも持てるかもしれないわ。
偽神とはいえ、神は神、と言うことかしら。ただ、あの仕組みを他の世界に持ち出せず、ただ一つの小世界にとどめることしかできない辺りが偽神の限界なんでしょうね。
それにしても、この一件、つまらないほど思うままに動いたのが気に食わないわ。彼と彼女すらも手のひらの上になのは、私の力なのか、それとも……いえ、今はそんなことを気にしている余裕はなかったわね。
世界管理委員会の横槍は予想通り、でも、まさか、No.2、No.5のほかにNo.1の直系までもが出張ってくるとは予想だにしなかったわね。まあ、その程度は、予想の範囲内なんだけれど。
やっぱり、No.0は参戦しなかったわね。綺羅々・ワールドエンダー、彼女が今や表に出られない身体だというのは本当なのかもしれないわ。時空暦で言うところの4年前の【悦楽の王】の【果てなき悦楽】で、全身をやられて、歩くことも困難だって聞いてるもの。
【落魔の王】の件が片付いてすぐの連戦とはいえ、【十王将】も中々に強かったってことでしょうね。
しかし、これは、……今回は、私自身が出ていれば、No.0が出てきていても大丈夫だったでしょうし、やはり、実権を握るときも近いのかしら。そうよね……。
「フィーラ様、お時間です」
あら、そう、そんな時間かしら。仕方ないわね、気になるけど、まあ、戦いも終わったのだったら、意味もないわよね。だから、私は、水晶に手をかける。そして、そのまま、異空間へと転移をするのよ。
私の城、……そう、私が率いる【滅びの刻を待つ者】の本拠地、【魔女の要塞】。【滅びの刻を待つ者】とは、世界の終わり、一般的な言葉で言うところのラグナロクとかラグナレクとか言うものを待ち望んでいる、つまり混沌とした世界の最期を待ち望む者と言う意味が込められているのよ。
そして、世界の滅びが起こるには何が必要か。それは混沌と支配、そして、崩壊よ。混沌とした、されど秩序ある支配、そしてそれが崩壊したときに滅びは訪れる。実際に、私は、何度も世界の……木端世界の《終焉》を見届けたわ。
そう、何度も何度も、世界は滅んでいく。人工的な……いいえ、本来あるべきではない、因果律によって生じさせられる《終焉》による終わりもあれば、それを耐えきった末に、本来の《終焉》によって終わりを見せる世界もあった。
でも、この世界そのもの、全ての時空を巻き込んだ、本当の意味での《終焉》と言うものはまだ起こっていないわ。……正確に言えば、起こるはずだったのをうまく回避したんだけれど。
滅びた9柱の神。原初の神とされるその9柱が滅びたとき、この世界は……全ての世界は滅びるはずだったのよ。そう、原初の神が「最初の世界」から選んだ一人の女、それが新たな神として選定されなければ。そう、その女は、「最初の世界」が長き戦乱に追い込まれた中で、ずっと神を信じ、神がために戦い続けたがゆえに、神になった。
そして、彼女は、神となったことで、数多生まれるパラレルワールドの如何なる歴史においても、誤差はあれど長く生きられなかった。多くの場合が処刑されている。
そのものこそが【神の物】……ゆえに【彼の物】と呼ばれるのよ。
そして、その神さえも滅びれば、私たちの悲願は達成されるわ。だからこそ、神をl殺せるだけのイレギュラーを探したわ。それこそ、【禁断の果実】や契約によって神の位に上がった三神なんかも含めてね。その過程で、《古具》なんてものを見つけたから、ちょっと入れてみたけど、魔法でできることと大差はなかったわ。魔力を消費するか、体力を消費するかの違いね。
でも、そんな果てにようやく見つけた。神でも感知できないほどのイレギュラーを、ね。篠宮の一族と蒼刃の一族、朱野宮の一族。この3つの……最初の三神の末裔。その中でも、青葉紳司と青葉暗音と言う2人の存在こそ、【彼の物】のルールから外れたイレギュラーの中のイレギュラーなのよ。
だからこそ、こうして、この機会にいろいろとやってみたんだけれど、やはり、イレギュラーはイレギュラーよね。ありえない、と言う言葉が真っ先に浮かぶほどのルール無視。まさに、神の支配が及ばなくなりつつある場所で生まれた神秘と言える存在。
【十闘士】にも匹敵するほどの超越存在になっていると考えられるわ。それも、人の身でありながら。
【十闘士】。それはかつて、古に存在した十人の闘士よ。人の身以外の十人……十体と呼んだ方がいいかもしれないわね。それが集まった末に、世界を救ったことからついたのが【十闘士】よ。
亞龍人デルタミア、亞天使ディスタディア、亞悪魔ディスタディア、亞森人シンシア、亞魔人フェルキス、亞紅魔シェリクス、亞氷人フェルキス、亞忍者シェイド、亞風人プリズン、亞神織色。これら10の種族、全てに「亞」とつくのは、全て通常とは異なるからなの。
ディスタディアやフェルキスは2人いるけれど、きちんと別人らしいということだけは聞いたことがあるわ。
赤き龍の亞龍人デルタミアは剣を。白き亞天使ディスタディアは盾を。紫の亞悪魔ディスタディアは鞭を。緑の亞森人シンシアは弓を。青き亞魔人フェルキスは杖を。紅の亞紅魔シェリクスは双剣を。蒼き亞氷人フェルキスはナイフを。黒き亞忍者シェイドは刀を。碧の亞風人プリズンは拳を。七色の亞神織色は、剣と偃月刀と翼と槍を。
そのようにそれぞれの武器を持って戦ったそうよ。それらは御伽噺としても語り継がれるほどに有名で、後にそれらの子孫を描いた四姫と四つの宝をめぐる御伽噺もあるけどね。
それにしても、今は亡き【十闘士】も、かつて栄えた【水幻島】も、【悠久の果ての黄金郷】も、今や知るのはごく一部の人間だけになってしまったわね。昔はどこの勢力がトップになるのかと言い争っていたものなのに……。
時空間統括管理局ができてからよ、全てが終わりへと収束しだしたのは。そして、何より、綺羅々・ワールドエンダー。あの女こそが、私を……、そして、あの人を……、私とあの人を引き離した最悪の存在なのよ。
今や、どこにいるのかも生きているのかも分からない、私の……。ああ、どこにいるのかしら。クラマ・トウジョウ、愛しい人。私の手元には、彼の愛刀が一振りしか残っていないもの。
ええ、刀もあの人も、全てを取り戻す、その時まで、私は綺羅々・ワールドエンダーを憎み続ける。呪いの刀と共に、ね。
燈篠眩真。最愛の人にして最高の人にして最巧の人だったわ。魔女である私と共に生きる道を選び、魔女である私を支えたの。
「いつまで……」
不意に聞こえた声に、私は後ろを振り返らずに、即席で編んだ魔法の矢を11発放った。しかし、着弾する前に全てねじ伏せられてしまう。
そう、切り伏せるのでも撃ち伏せるのでも、叩き伏せるのでもなくねじ伏せた。常人の域を越えた埒外の業。そして、その声を私は知っている。
「いつまで、死んだ人間のことを思い続けるのかしら」
そう、その悪魔の声の主は……
「執着心と言うものほど醜い感情は無いわね」
「あ、らそうかしら。嫉妬、傲慢、嘘、醜い感情はもっといろいろあるでしょう」
声が震えないように、私は何とか押さえた……はずよ。この部屋……【魔女の要塞】の上層部の特別室には、今、私とコイツと、そして娘しかいない。それも、おそらく娘はコイツに見えていないはず。気配すら感じられないんだもの。
「いや、執着と言うのは嫉妬をも生み出し、時には嘘をつかせ、持ち続けるとその自慢にも似た心から傲慢になる」
こじつけね。それに、彼は生きているわ。死んでなんかないもの。だって……
「【鮮花】……」
そう、この刀が生きているということは、彼が生きていることの証明。それゆえに、私は、この刀を、この女に突き付ける。
「哀れなものだ、いつまでも虚像を追い続ける、終焉などと言う夢を見る、そんな弱き者は。まあ、いい。せいぜい、その夢を追い続けろ。そして、夢を抱いたまま、幻想にやられ死ねばいい」
そういって綺羅々・ワールドエンダーは霧散するように姿を消したわ。私は、【鮮花】をそっと鞘に納める。動けない身体になっていれば、と思ったけれど、そんなことはなかったのね。でも、それじゃあ、この4年、彼女はいったい何を……?
ああ、クラマ、貴方は、どこに……。世界を終わらせれば、その答えも、きっと分かるわよね。神さえも殺して、全てを紐解けば、その時、きっと……。




