24話:古具の考察
戸をスライドさせて、室内に入った。すると、そこは、とても綺麗で掃除の行き届いた広めの部屋だった。備品だと思われる学習机とは違う小奇麗な大き目の机と高級そうな社長室……もとい校長室にありそうな椅子。あきらかに一部活の域を逸脱していた。
あたしは、その部屋の一番奥で、椅子に腰をかけ、偉そうに足を組む青年に目をやった。
青年は、美しい白髪をなびかせながら、あたし達の方を見て言った。
「ようこそ、《古代文明研究部》へ」
爽やかな笑みを浮かべ、白い歯をキラリとさせながら言うのだった。これが、そこらの女子ならば、きゃーきゃー黄色い歓声を送るのだろう。でも、あたしからすれば、紳司の方がカッコイイ。
「私は三年の不知火覇紋だ。そちらに付き従っているのは、私の侍女の占夏十月だ」
こいつか!こいつが十月の主か!あたしは、こいつを見る目が少々、汚いものを見る目に変わっただろう。
「君達は二年生だったな。私と十月は三年生になる」
え?十月って三年生だったんだ。あたしは、意外そうに十月を見たが、十月は意にも介さず、すたすたと不知火の隣、いや、その少し後ろに立つ。まるで、後ろに控える執事のように……って、そっか、侍女だったわね。
「さて、一つ、話をさせて貰おう。私を含み、この場にいるものには、《古具》と呼ばれるものを持っている。《古具》は、人智の及ばぬ力を使うことが出来るものだ」
持っているって、断言?断言できるってことは確固たる証拠が有るってことよね?一体どんな証拠が有るのかしら?
「まず、この私、不知火覇紋には《不死の大火》と言う《古具》が宿っている。そして、十月には《千里の未来》と言う《古具》が宿っている」
イモータル・フレアにシーン・フューチャー。「Immortal.Flare」と「Scene.Future」よね。
「特に十月の《千里の未来》は、確定未来を見ることが出来る」
なるほど、未来予知で、あたし等が《古具》を持っていることを知ったのね。それにしても、確定未来、ね?
「たとえば、十月。彼女の未来で何か変わったことは?」
覇紋が十月に問いかける。十月は、暫し考えてから、あたしに向かって喋りだした。
「あなたとおとうとは、もうじき、おんなとこくいのおとこにおそわれる。あなたはおとうとのしりぬぐい」
ふうん、紳司の尻拭いねぇ。弟の尻拭いってなんか、あれよね?弟のお尻、拭いてるみたいな。
まっ、とりあえず、紳司に電話しますかね。
「ちょっと電話してくるわ」
あたしはスマホを取り出すと、その辺の席に腰をかけて無料通話をプッシュした。暫し、鈴の音のような鬱陶しい音を聞きながら紳司が電話に出るのを待つ。
『もしもし?何だよ、こんな時間に。部活に出てるんじゃなかったのか?』
紳司の少しイラついた声を聞きながらも、あたしはにやけていた。少しルンルン気分で、紳司に言う。
「あ、もしもし紳司?今面白い話を聞いちゃったからあんたにも教えてあげよと思ってねっ」
こういえば、紳司の機嫌も直るに違いないのよ。紳司は面白いものってのに目が無いからね。
『ふむ、興味深い。話してくれ』
紳司はせっつくように話に食いついてきた。あたしは、嬉々として、紳司に向かって話す。
「聞いてよ。《古具》ってのがあるんだってさ!何でも人智の及ばない力が使えるらしいの!」
すると紳司は、何だ、そんなことか、と言ったふうに溜息をついた。電話越しでもそんくらい分かるわ。
『ああ、その話なら年増教師に今聞いた』
年増……?あたしが疑問に思うと同時に電話の向こうに「誰が年増よ!」と言った女の声が聞こえた。顧問かしら。なんだか嫌に紳司のことを好いているような声でウザイ。怒り半分、好意半分ってところかしら?
そして、紳司が少し拗ねるようにいう。
『それで、俺の美少女観賞を邪魔したんだ、もっと何か面白い話はないのか?』
美少女観賞ねぇ……。相変わらず、女好きよね……。「び、びしょっ!」という、さっきとは別の女の声が聞こえた。
それにしても、他に情報、ね。う~んと、
「あ、そだ。紳司は近々、女と黒衣の男と戦うらしいよ」
さっき得たばかりのとっておきの情報よね。まあ、向こうには手に入れられない情報でしょうし。
「まっ、その尻拭いはあたしがするらしいんだけどね」
ちょっと困惑気味の紳司に補足情報を加えた。
『ソースはどこだ?』
情報元が知りたいらしいわね。うひっ、思わず笑いが堪えきれそうにないわ。口元がにやけて仕方ないわね。
「《千里の未来》。十月の《古具》よ。抽象的にだけど未来を予言できるんだって。どういう理論か気になるんだけど、全然わっかんない。
予知夢とかそういうんじゃなくって、あくまで確定未来しか分からないって条件つきらしいけど、その確定未来が変わることもあるらしいから、そもそも確定未来の定義よね?」
あたしの疑問に、紳司がつらつらと答えた。
『確定未来ってのは、今、この一刻ごとに変わる未来の中で、予知した瞬間にある流れの未来であって、それが数時間後、いや下手したら数秒後でも変わっている可能性があるってことじゃね?』
紳司の推理をあたしは静かに聞いた。
「な~る。でも、それだと予知してる最中も時間が流れてるわけだから予知してる最中に未来が変わる可能性もあるわけじゃん?その辺は?」
あたしは紳司の推理からの疑問点を問う。
『予知の後、本人の時間経過の感覚はどうなんだ?長い時間予知したはずなのに、全然時間経ってないみたいなことはあんのか?』
紳司はいくつか案が出てるらしい。あたしも2つほど案がある。
「ん~?ちょっと聞いてみる。十月~!」
あたしは十月に呼びかける。すると十月が反応し、こっちを向いた。そのまま、あたしは、話を続ける。
「予知中って時間経過ってどんな感じ?」
「ふつう?」
何聞いてんだコイツ、みたいな顔であたしのことを見る十月。
「普通に経ってるってさ」
あたしは紳司に言った。
『おーけー、りょーかい。たぶん、抽象的にしか予知できないのは、確定未来も変動するから明確なものは無理で不完全な予知になるからだ。だからこそ時が経過する。普通に時間が経過するだけじゃ、激的な未来の急変は起こらない。それこそタイムスリップして妙な変動さえ加えなきゃな』
なるほど、タイムスリップして急激な変動、ね。
「親殺しのパラドックスみたいな?」
親殺しのパラドックスってのは有名な矛盾よ。タイムマシンで過去に行ったAが、自分の親を殺す。すると、親が死んだからAは生まれない。でも、Aが生まれなければ親がAに殺されることもない。だからAが生まれる。Aが生まれるからやはり親は殺される。そんな堂々巡り。さて、どうなる。みたいな話ね。
『そ。そんなことが起こんなきゃ、そこまで確定未来は変動しねぇってこった』
タイムスリップしなきゃ大した影響ないってことは、
「つまり過去に影響を与えなきゃさしたる変化はないってこと?」
あたしの言葉に、紳司は、別の質問を投げかけてきた。
『なあ、前から疑問に思ってたんだけどさ。未来を予知した時点で、その未来はないじゃん。じゃあ、どうして予知が成り立つんだろうな?』
あたしは、一瞬、その意味が分からなかったが、すぐに理解したわ。紳司が言いたいことを要約して話す。
「あ~、紳司が言いたいのって、未来を予知した時点で、予知した人間の動きは変わってくるわけで、それが些細なバタフライエフェクトになって、少しでも変わるんだから、それは予知したものと違うだろってことよね」
バタフライエフェクトってーのは、ちょっとした変化が、別の場所で大きな変化を齎すって言う意味よ。そうね、例えば、木箱を作るときに、少し欠けちゃったけどそのまま造ったら、その欠けの所為で、釘が刺さらず箱として完成していない、見たいな。
少し欠けたって言う小さな変化が、箱が完成しないって言う大きな変化を齎したって言うことよ。
『そゆこと。いくら予知した方がその通りに動いても、自分の筋肉、無意識の思考、髪の揺れ方から痒みや痺れの感覚まで、全く同じにすることは不可能なんだからさ。そして、もし、それが寸分たがわないのだとしたら』
「予知した未来ってのは、予知をしたと言う前提で動いている自分を予知していることになるのよね?」
あたしは紳司の言わんとしていることを先回りして言った。
『もし、その自分とは違う自分なのだとしたら、予知ってのは何を見ているんだ?起こりうる未来予測か?』
未来予測……、予測ってのは、何か違うわよね?
「それは違うわよ。いくつか可能性は考えられるわね……。でもまあ、2つか3つが有力なのになってくるわよね?」
そう、例えば、よ。
「まず、未来予知で見る自分が予知していないことが前提だった場合を考えて、予知した時点で、予知しなかった場合の5分後と10分後を見るじゃない。すると5分後のあたしはコケて膝を擦りむいた。10分後には擦りむいた膝に絆創膏を貼ってたとするわ。
じゃあ、予知したことでその未来が消え、5分後に転ばなかったとするわよ。そうなると、さっき見た10分後ってのは存在しないわけじゃない?どっから来たの?って言いたいんでしょ?
この場合例えば、転ばなかったとして、もう一回予知をすると5分後からさらに5分後、つまりさっき予知した10分後にあたる時間であたしは、何をしているのか。
結局絆創膏を貼っているのか、それとも別のことをしているのか。
絆創膏を貼っていれば、それはつまり歴史の修正力……この場合、その出来事はどうやっても起きる。すなわちその時間までにあたしは必ず膝を擦りむくことになる。
別のことをしていたら、あたしは未来を変えたことになる。つまり未来を変えられるてことね」
あたしが、今、予知して5分後には転んで、10分後には絆創膏を貼っていることが分かったとするじゃない?そんでもって、5分後、あたしは予知に逆らって転ばない。すると、あたしは、そこでまた5分後を予知する。そこで絆創膏を貼っているか否かってことよ。
もし、貼っていたら、どうあってもあたしはその後転ぶし、貼ってなかったら、最初に見た10分後の光景はどこから来たのかが分からなくなる。
『あとは、あれだな。常に複数の並行世界があり、予知をしないAと言う世界もあれば、Aと言う世界の未来を予知して動くBと言う世界もある、みたいな』
「それはあれだよね。親殺しのパラドックスの否定論みたいなやつよね。
親殺しのパラドックスは、世界が縦に1つならば、過去に戻って親を殺した時点で生まれず、戻って殺すことが出来ないんだから生まれるから過去に戻って、の延々ループし続けるやつ。それが起こりうるからタイムスリップは不可能だ、と言う証明になってるよってね。
でも、今言ったみたいに並行世界あるならば、自分がタイムスリップしたのは、今居たAではなくBの過去であり、Bの世界で親を殺してもAの世界には何の変動も与えないのだからBの世界では自分は生まれないが、Aの世界は変わらないので自分が生まれないことはなく、自分が存在するまま時間が流れていく。Bは、自分が生まれないままただ時間は流れていく」
これは、簡単に言えば、Aの世界を滅ぼしたけど、Bの世界はそのまま、みたいなことである。
『歴史は変動しないってのも言われているよな。それこそ歴史の修正力ってやつさ。例えば、タイムスリップして親を殺しても殺されなかったことになる、とか、絶対に殺すことが出来ない、とかってやつな』
あと、タイムスリップ自体出来ないってやつとかもあったよね。
「で、まあ、結論に戻るわけだけど、予知で見ているのは、実際に起こるはずで予知したことで書き換えられる前の未来なのか、並行世界の自分の未来なのか、と言う話ね」
あたしは逸れていた話を元に戻す。
『ああ、そういうことだ』
「ふうん、どっちなんだろう。いや、どっちでもないって可能性もあるしね。まっ、あたしなりに考えてみるわ。じゃ、あっ、あと母さんが晩御飯は夜9時くらいになるけどみんな遅いからいいわよねって言ってたわよ」
あたしはついでに母さんが言っていたことを伝えておいた。
『まっ、いいんじゃね?俺は8時過ぎそうだしな』
何だ、紳司も8時過ぎなのね。あたしもきっと部活やって帰ったらそんくらいになるわね……。
「あたしも8時過ぎっぽい。あっ、じゃね」
そう言ってあたしは通話をきった。




