234話:奇跡の少女
魔法少女独立保守機構本部、薔薇の柩こと保健室は、校舎本棟1階の左側の通りにあった。この校舎は、コの字型をしていて、左側の右端から体育館へとつながっている渡り廊下があり、タケルの話では、渡り廊下の先を順に右手が薔薇の柩《保健室》、その隣が、魔法の杖製作委員会の制作室である部屋で通称《木工室》、異界のゲート《昇降口》は、左側の左端と左側の右端の渡り廊下の斜め前対面の2ヶ所でそのほかにも特殊ゲート《職員玄関》などもあるそうだ。……ようするに普通の学校。
つまり、保健室まではすぐだったのだ。いや、確かに、初めてだったらスルーしてたかもしれないが、果たして案内役は本当に必要だったのだろうか。
そうして、入り口でタケルと別れた俺は、薔薇の柩こと保健室に入った。するとそこには、薔薇の十字に縛り付けられた金髪紅眼の少女がいたのだ。
「ようこそ、保健室に。残念ながら保険医じゃないんだけど、診療しましょうか。暇で仕方ないの」
少女、イシュタル・ローゼンクロイツちゃんは、そういった。随分と大人びた口調で、自分が身動き取れないはずなのに、そんな軽口をたたく、その様子にどこか不思議な雰囲気を感じた。なぜか、自分が助かると信じ切っているような、危険はないと断定しているような、そんな雰囲気だ。
「今、貴方は、なぜ、私がこんなにも余裕綽々な顔をしているのか、気になったような顔をしているわね。でも、その理由は、至極当然で至極簡単なものなのよ」
まるで、心を見透かしたような物言い。いや、魔眼とか神眼とやらで本当に見透かしているのかもしれないが、まあ、そんなことはどうでもいい。しかし、至極簡単な余裕な理由だと……?
「そう、私は【薔薇の女王に魅入られし者】、そして、【彼の物の寵愛を受けし者】。■■■■・■■■の加護と愛を受けているのは【始まりの調律者】と私だけなの。
第七■■種。それに至る方法はいくつか確認されているわ。その1つが私のように寵愛を受けること。そして、別の方法として、禁断の果実や、貴方の先祖のような方法がある。そう、そして、貴方はその素質を十分に持って生まれた存在みたいね。そして、それを導くのは、《紅天の蒼翼》……《天の古具》よ」
《紅天の蒼翼》、静巴の持つ《古具》だよな。それにしても■■■■・■■■。うまく聞こえない、いや、なぜか聞き取ることを許されていないかのような感じがして、分からない。それに第七……?
秋世の説明では、数列種と呼ばれる人間を含めた、人の形を持った種族のことを数列種と言うらしいのだが、全部で一から六までだと聞いていた。
第一人種、最も多い種族。一般的な人間のことを数列種的にあらわしたものだ。
第二魚人種、水のない世界と言うのは珍しいらしく、大抵の世界には、魚人や人魚が住んでいるらしい。しかし、それでも減少傾向にある、とは言っていた。
第三精人種。一般的にエルフや妖精などと呼ばれるような種族のことらしい。呼称は違えど、精霊とされるものがどの世界でも確認されているが、どれも稀少だそうだ。
第四翼人種。一般的に天使や鳥人と呼ばれている種族。なんでも、時空間統括管理局の第3世界にある飛天王国の人間は先天的に背中に羽を持っていて、それも第四翼人種だと言われている。なお、白い翼は幸運の証、吉兆の印とされている一方で、地域によっては忌むべきものと扱われるって秋世が言っていた。
第五鬼人種。修学旅行の時に秋世と青森で会ったような吸血鬼や、他にも鬼神、夜鬼なんてのもいるらしい。強さで言えば、全体的に強く、強靭な肉体と特殊な能力を持っていることが多いとか。
第六龍人種。龍をその身に宿した最強の存在。他のとは違って、龍と言う別の存在がその身に宿って成り立つ存在らしい。他の、単体が異能と化しているものとは違い、龍が抜かれればただの人間だ。
確か、これで全部だったはずだ。なんでも、時空間統括管理局では、人工的に数列種を生み出す計画を実行したことがあり、第六龍人種以外は成功したそうだ。クローンの技術で生み出そうとしたらしいのだが、第六龍人種だけは、龍と言う別の物が必要で、クローンをいくら作ってもただの人間が出来上がるだけだったらしい。
今は、その人工的に第六龍人種を生み出す計画をしているとかどうとか。詳細な話は聞くことはできなかったから、どうなっているのかは分からないが、白い龍と黒い龍を使うとかどうとかな。
だから、第七■■種と言うものが存在するとは聞いていない。もしかして、数列種とは別の概念なのかもしれないが、第六龍人種まで、と言われていて、提示されているのが第七なのだから、それは考えにくい。
「まあ、そんなことを見透かしたうえで話たんだけれど、私の《透視の神眼》で見たから間違ってないと思うわ。それとも《分析の神眼》で確認でもしてみる?」
24の神眼と21の魔眼を持っていると言っていたな。透視に分析、読みに入っている言葉は24という数からみて、おそらくギリシャ文字だろう。パイもシータもギリシャ文字だからな。
「さて、といつまでも囚われているのも面倒だし、そろそろ枷を外すわ。《変形の神眼》」
薔薇の枷がするすると外れる。しかし、囚われている、と言う言葉。魔法少女独立保守機構は、イシュタルを仲間だと言っていたし、普通は捉えるような真似はしないと思うんだが、どうなっているんだろうか。
「なんで囚われていたんだ?」
俺の問いかけに、まるで、そう問いかけられることを知っていたかのような表情で、イシュタルは、ひょうひょうと答えた。
「自ら囚われていたのよ。この状況、囚われの姫を救いにくる兄、それを阻止する姫の騎士たちってね。結構わくわくするじゃない?だから、つかまってたってか捕まえてたんだけど、意味がないからね。助けが来ちゃったし」
ん、助けって俺のことか?別に護衛しに来たわけであって、ここから救うわけじゃないんだけど。
「あなたは、いずれ、天上へと至る。さらに、キリハの予言にあった存在にして、三界連盟の盟主・青葉煉司の父であり、また天明煉紅と謳われた青葉紅司の父でもあり、金翼の天使と結ばれる七峰青の父でもあり……幾多のこれからの時空における時代を築くものの父であるあなたが、私を救わないはずがないじゃないの」
青葉煉司、青葉紅司、七峰青。3人とも知らない名前だな。てか、青葉姓の2人は、まだ息子で納得できるにしても、七峰って母さんの実家だよな。どういうことだ?
「七峰……七峰剣姫。不在のNo.10の座にこれからつく者。近々生まれるらしいわね。その息子こそ、七峰青。たぐいまれなる素質からメルティア・ゾーラタをその手に収めるとキリハが予言した子よ。
この予言は、予言と言うより予知、しかも、悠久聖典の方に記されていないことだから、知っているのは私たち魔法少女独立保守機構の面々の中でも、マナカ、キリハ、私、シューゼルの4人だけよ」
七峰剣姫?やっぱり聞いたことが無いな。親戚にもそんな人はいないが、もうじき生まれる?まさか、な。そんなわけがないだろうけど、帰ったらふかねえに確認してみるか。
「さて、ここに長居は無用よ。そろそろ、兄の……クリスチャン・ローゼンクロイツか、そのお仲間もやってくるでしょうし。って、言ってるそばからっ!《防壁の神眼》」
やってきた攻撃を弾こうと思ったら、それよりも前に、イシュタルが防壁を張っていた。見ただけで防壁が張れるようだ。便利だな、神眼って。
「ひゅー、結構本気で言ったのに弾かれやがった。んだ、この障壁はよー。魔法じゃぁねぇよなぁ、どう思う、助っ人さんよ」
そこにいたのは、長い金髪の男と、そして……じいちゃんだった。そうか、なるほど、龍神の部屋でじいちゃんたちが消えたときに残されたカードは、薔薇十字、つまりクリスチャン・ローゼンクロイツのマークだったってわけか。
「よぉ、紳司。ってことは、今回は敵同士ってことか。あー、面倒な依頼引き受けちまったなー」
どうやら、じいちゃんが敵サイドで依頼を受けているらしい。確かに面倒だ。だが、いいチャンスでもある。じいちゃんは、剣を使うと聞いているからな。その剣術を学習させてもらうぜ。
「ヨー子!」
俺は、即座に、【幼刀・御神楽】を取り出して構える。警戒が必要なのは、金髪の男の方だが、俺がイシュタルをチラリと見ると、イシュタルは、仕方がなさそうにうなずいた。
「《魔法の神眼》、《幻視の神眼》」
何だ、世界が一瞬ゆがんだような気がしたが……。何が起こったんだろうか、金髪とイシュタルがいなくなっていた。
「さて、と、祖父孫対決なんて珍しいものをする羽目になるとはなぁー」
俺もだよ。さぁて、どうするかな。【幼刀・御神楽】だけで、じいちゃんに勝てるとは思えないよな。
「今回は、ちょっと、準備ができる時間があったからな。俺もちょっと、お前の実力を試したかったし、本気で行こう」
そう言って、一本の神々しい剣を構えた。あれが噂の《聖剣》か。聖騎士王の言っていた《切断の剣》。と言うことは、もう一本、《死古具》があるはずだ。
「《無敵の鬼神剣》ッ」
片手に【幼刀・御神楽】、もう片手に《無敵の鬼神剣》を構えた。じいちゃんも、構えを取った。そして、空いた片手に、禍々しい風と共に、一本の剣が現れる。
遅くなって申し訳ありません!




