231話:プロローグ
夏休み初日、昨日終業式を終えて夏休み気分と言う生徒も多いだろうが、俺的には、昨日は、ようやく【氷刀・牡丹】を打ち終えた達成した日であり、その後に生徒会活動をたんまりと押し付けられた最悪の日でもあった。そういうわけで、俺だけは、今日も生徒会で書類活動をしなくてはいけないということもあり、夏休み初日で誰もいない校舎へとやってきていたのだ。何も、俺一人に押し付けなくてもいいだろうに。てか、昨日、途中で帰った静巴が何のお咎めもないのに俺だけってのはおかしいだろう?
てか、静巴のやつ、久々に連星剣を久々に振れて嬉しいからって、ずっと俺に無料通話アプリでメッセージを送ってきやがって、俺はそのせいで軽く寝不足だ。
まあ、夏休みに入って、部活もあるだろうが残念ながら、今日は海の日のために、どの部活もやっていない。だから誰もいないのだ。これで誰かがいたら俺はびっくりするだろう。いや、あまりびっくりはしないがな。
……いや、まあ、結論的にはびっくりした。人がいたことにではない。人が倒れていたのだ。それも全裸で。そりゃ驚くだろうが、それだけではなくて、その倒れているのが幼女で、なぜかマントをしていて、しかも見知った顔だったことがさらに驚きを加速させたのだ。そう、その幼女もとい童女こそ、空美タケル。魔法童女ゆるたる∥たるとぱいであり、ヴァンキッシュ・V・ヴァルヴァディアでもある。
「おい、タケル、こんなところで寝てると……」
そう言って気づく。うちの廊下に赤い絵の具が垂れてる……しかも、その臭いは、鉄のような錆のような……。血、血だ。タケルから血が出ている。
「大丈夫か、タケル。かなり出血してるが……」
慌てて応急処置を施そうとタケルにかけよってこちらを向けると、腹にぱっくりと裂けた傷があって血がそこから溢れていた。どぷりどぷりと溢れている傷をどうにか塞ごうとしようとしたその時、タケルの顔がわずかに上がる。俺は、そちらを向いた。
「ん」
唇を奪われてしまった。って、そんなことをやっている場合か、と思ったが、その行為が何かのトリガーになったのか、タケルの傷から出る血の量が徐々に減っていっている。どういうことだ?
「た、助かりました兄ちゃん。【力場】が欠乏していて、回復に回せなかったんです。兄ちゃんから補填できたんで、どうにか癒せそうで」
なるほど、てか、そんなヤバくなるほどまでに【力場】を消費したってことか?【力場】は元来常に生み出せるものであって、自然に出てくるのを止めることもできるけど、大量に使って無くなるなんてことは滅多にないと思うんだが。
「少し、厄介なのと当たりましてね、全ての刃を防ぎきるのに、【力場】を全力展開し続けなくちゃならなかったんで、むっちゃヤバかったです」
そう言ってふさがった傷をさするタケル。こいつも十分に化物だな。まあ、魔法童女なんて不可思議存在の時点で何も言えないんだけどな。それにしても、厄介な相手ってのはどんなのなんだ?
「兄ちゃん、お願いがあります。ボクと一緒に戦ってくれませんか。このままだと、世界の均衡が崩れかねません。ボク等とあいつらが本当に真っ向勝負をしたら魔法組織系列の均衡が崩れて世界に影響が生まれるんです」
魔法組織系列……?魔法少女独立保守機構の他にも組織があるってことだよな。それも魔法関係の。聞いたことはないけれど、そんなものが本当にあるのか。てか、そいつらのどこかと敵対してるってことだよな。
「組織ってお前らのほかにあるのか?」
俺の言葉に、タケルは、「えと」とちょっと迷ってから答えを返してきた。
「ええ、組織はいっぱいありますが今の魔法組織の均衡は5つの勢力で保たれていますよ。ボク等『魔法少女独立保守機構』、詠唱連結式と呼ばれる魔術を保有するほか幾多の失われた秘術を持つという『失楽の魔法都市』、かつて魔物を滅ぼした末にその魔物の力を宿した者たちがいるという『獣魔血盟英雄国団』、天兇の魔女が率いる最大の魔術結社『滅びの刻を待つ者』、そして、今ボク等が敵対している最近急に出てきたのに瞬く間に均衡を崩し新たに均衡を保つ『最古の術師』たちです」
いろいろと気になる名前が出てきたが、今はスルーする方針で行こう。しかし、敵対する『最古の術師』か。なんで敵対しているんだ。敵対するからには理由があるんだろうけど、よくわからないな。
「どうして敵対してるんだよ。仲良くできないのか?」
俺の疑問にタケルは首を横に振った。何か理由があるんだろうが、そんなに解決が難しいのか?
「この一件の発端には、ボク等の仲間であり、向こうの家族でもある一人の少女が関わっているんですよ、兄ちゃん。その名をイシュタル・ローゼンクロイツ。向こうの一員であるクリスチャン・ローゼンクロイツの妹ですよ」
クリスチャン・ローゼンクロイツ。薔薇十字団開祖としても知られている魔術師だ。しかし、すでに故人……どころか実在していたのかも不明。そんな人物の妹だと。そんな話を聞いたことはないし、……一体何がどうなってやがるんだ?
「魔法少女ろーぜん†くろいつぁーことロゼッタ・L・ロズマリー。【薔薇の女王の魅入られた者】。その異名は【奇跡の少女】です」
奇跡の少女?それはどういうことだ。奇蹟的な生還でもしたってことだろうか。それとも何か別の要因があるのか。とにかく、奇跡って呼ばれるにはそれだけのことをしているんだろう。テルミアの奇蹟だって凄いことをしたことになぞらえてそう呼ばれているわけだし。
「単純な話、イシュタっちには、24の神眼と21の魔眼を保有してるんすよ。しかも全て純粋なものでしてね」
純粋なものってのは、人が造ったんのではなく、正真正銘神が造ったものって意味だ。うちの家系で言うと深紫姉、通称ふかねえが、《神眼造り》と《魔眼喰らい》を、姉さんの前世の子孫の蒼刃の家系の深鈴って人が《魔眼喰らい》を持っているんだが、それによって生成される魔眼や神眼こそが純粋ではないものになる。
あー、ふかねえは、紫狼叔父さんの娘で、七峰深紫っていう。今、たしか21歳で西野薄紅って人と滝島って呼ばれる島で暮らしているらしいな。これらは前の報告会で父さんが言ってたことだ。そういえば双子の姉妹を身ごもっているらしいから近々生まれるかもしれない。
「そりゃ、確かに奇跡だが、なんでクリスチャン・ローゼンクロイツの妹がお前らんところに所属しているんだよ。普通は、《最古の術師》に所属するもんじゃないのか?」
普通は家族と同じところに所属するもんだが、何か理由があるんだろうか。まあ、別に理由がなくともおかしくはないんだろうが、不自然だろう。
「身に余る奇跡ってのは、近くに置いときたくないってことですよ。彼女の前じゃ、どんな神の奇跡すらかすんでみえちゃいますんでね、神が一番って考えたり、神の遣いからメッセージを受け取ったりする奴らのことですからそんな存在を遠ざけるために追いやったんでしょう。兄の方も、虐げられるよりはましってことで容認してたみてぇですけど。
そして、それがどうしてか分からないんですけど、急に取り返しにきやがりまして。兄ちゃんの力を借りたいんです」
正直な話、俺は力を貸してもいいと思っている。それどころかありがたい話でもある。何せ、今の俺には、【幼刀・御神楽】と一体になっているおかげで、自在に学習できるのだから。魔法少女だか魔法幼女だか魔法童女だか知らないが、いけば、何か収穫があるだろうと思う。
「俺は別に構えわないぞ。しかし、お前らの仲間は俺のことを許可するのか?」
普通、組織がいかにピンチとはいえ、部外者をホイホイ引き入れるような真似はしないと思うんだが。追い出されても嫌だしな。次元の狭間を彷徨うことになったらさすがの俺でも自力で帰れないぞ?
「兄ちゃんなら大丈夫ですよ。なんたって、あのマナカっちの……、あー、いろんな意味では危ないかも。主に貞操が」
どういう意味だそれは?!まあ、いい、追い出されないのであればどうにかできるだろう。それよりも、戦力とかどうなっているんだ。流石に向こうの方が大勢だとか言ったら、負けるぞ?
「戦力差は?」
せめて対等であってほしいんだが……。どうだろうか、とタケルをうかがうと……、タケルは「うーん」とうなっていた。
「正直な話、向こうの戦力がどの程度かは分からないんですよ。秘密結社みたいなもんですからね。ただ、おそらくこっちが圧倒的に多いと思いますよ。いたとしても向こうは騎士団とか十字団とか黄金の夜明けとかがいて、だとしても魔法少女の方が絶対数が多いはずですからね」
騎士団……テンプル騎士団とか東方聖堂騎士団とかじゃねぇだろうな。そんなのがいたら、アレイスター・クロウリーがいるの確定じゃねぇか。少なくとも黄金の夜明けが黄金の夜明け団のことなら、そこに所属していたアレイスター・クロウリーもいてもおかしくないが、東方聖堂騎士団がいれば確定に変わる。
「ま、多いだけで、向こうが少数精鋭ならヤバイかもしれないな。それこそ、クリスチャン・ローゼンクロイツ、アレイスター・クロウリー。時代に名を残すような魔術師たちがいるんだろうしな」
問題はどうやって争いを止めるかだよな。取り返しに来た理由さえわかればどうにかなるかもしれんがそれも分からないのに止めるのは無理だろうし。
「早くしないと、奴らが動き出しますから兄ちゃん、来るなら急いでください」
奴ら。つまり《最古の術師》たちってことか?そんなに切迫した状況なのかよ。
「ああ、奴らってのは《最古の術師》じゃありませんよ?それ以上にヤバイ奴らです。この世界の均衡すらも崩しかねない状況なら、十中八九出てくるでしょうね。【世界管理委員会】が」
なるほど、奴らか。姉さんや、七星加奈が会っているっている奴らや、俺が直接あったNo.5篠宮液梨さんなんかがいる。
「特に、今回の状況や場所をかんがみるに不在のNo.10、死亡したNo.1、任務中のNo,2を除くトップランカーたちが出てきてもおかしくはないんですよ。
デュアル=ツインベルが出てこれないのはありがたいけど【サヤの姉妹】や剣術師範の篠宮液梨が出てくると結構ヤバいんですよ」
あ、やっぱあの人ヤバイ人なんだな。いや、人を見て急に「ハハハハハ」とか笑い出すいろんな意味でヤバイ人ではあったが。
「つまり、そいつらが出てくるまでに片を付けないといけないってことか。まあ、俺としても、篠宮液梨さんとは再会したくないし、その意見には賛成だ」
あの人、なんか怖いし、ヤバいし、近づきたくない。七上さんはよくあんなのと数年か過ごせたよな。本当にあの人は男だぜ。
「どうやら昏音ちゃんも動いてるみたいだし、いろいろとヤバイことに……って、ええ?!
兄ちゃん、篠宮液梨と会ったことがあるんですかい?!」
驚愕の表情のタケル。そんなにヤバイ人なのか。確かに凄そうではあったけど。それにしても、デュアル=ツインベルだの【サヤの姉妹】だの知らない奴らもいるみたいだし、どうなることやら。まあ、会わないことを祈りたいな。
「って、そんなことを話してる場合じゃなかった。兄ちゃん、跳びますよっ!」
そして、目の前にぽっかりと穴が空いた。
え~、ふかねえが名前だけ登場やっとできた。紫狼さん初登場の時に出そうかと思ってやめたんです。彼女の物語……と言うか彼女の娘の物語が一番、今回の話に関係ありそうですけどね。てか、エピローグあたりで何かあるかも?未定ですが。
その娘の話が「金翼のメルティア」なんかにつながっているんですが。
と言うわけで魔法編、わざわざ「MS編」にしなかったのは、他の魔法組織が関わってくるからと言う理由です。まあ、その魔法編が開始しました。なるべく早い更新を心掛けたいと思います。




