226話:黄昏の騎士
害蟲を一通り殲滅した戦場だった場所で、紫麗華が、健在のアマリリスの花を見てほっとしていたわ。そして、振り向いた紫麗華は、途中で介入してきた【黄昏の姫騎士】って子を見て、どこか忌々しげに、そして懐かしそうな顔をしてた。どうかしたのかしら。紫麗華が生きていた時代には、この子はたぶん生まれてもないと思うんだけど。
「あなた、黄昏真黄子の血縁者だったりしないかしら?」
その言葉で、あたしは紫麗華の表情の理由を察したわ。なるほど、黄昏……黄色の予備ね。その黄色の予備の子孫じゃないかって疑ってるってことなのかしら。
「え、はい、まあ、そうっすけど。真黄子は曾々祖母っすね」
そしてその予想通りだったようね。紫麗華の顔は、ますます表現しがたい顔に変わっていたわ。それと同時に疑問が生まれたかのような顔もしているわ。……そういえば黄色って……。
「曾々祖母ですって?黎明の王が果てたのは少なくとも120年以上前よね。寿命の延びた現代日本ならともかく、この世界で、それがあり得るのかしら?」
その疑問に、【黄昏の姫騎士】は、「ああ」と声をあげて答える。
「正確には曾祖母の祖母っすよ?そんで、わたしは……」
「静屡、ご苦労さん」
魔装空挺から一人の老女が下りてきた。その姿、どこかで見覚えのある雰囲気に、あたしは眉をひそめる。
「あ、こちら、要救助者兼功労者の方々です」
そう言って、あたし等を指さす【黄昏の姫騎士】。おそらく黄昏静屡って名前なんでしょうね。そして、老女はあたし等の方を見て言う。
「そうですか……魔装空挺にどうぞ。とりあえず、A支部まで送りましょう。そこが一番安全ですから」
ふぅん、なるほど。アタシが老女の正体に気付いて、その正体を看破しようとしたときに、讃ちゃんが首を傾げながら言う。
「あのー、この方々は何ておっしゃっているんでしょうか」
「え、助けじゃねぇーの。絶対、助けてやるって言ってんだよ」
と、讃ちゃんの疑問に、さっき会話が通じているっぽかった怜斗が答える。でも、今の答えかた、もしかして、言語が通じてないってことかしら。
「ああ、私でも何語か分からない。十月も分からないそうだし」
「わからない」
あれ……、輝も、分からなさそうにしているし、でも、あたしと桜子、紫麗華は普通に通じて……
「って、あ、大陸共通言語ね。どうりで通じないわけよ。慣れてるあたしや紫麗華、桜子はいいにしても、他の面々は分かるわけなかったわね。
助けに来たし、近くの安全な場所に連れて行ってくれるから、あれに乗れってさ」
あたしは簡単に通訳すると、老女と静屡の後をついて、上空の魔装空挺に、ロープを使って上がり込む。相も変わらず豪華な内装のそこに、入り込むと、あたしは、いつものように席に腰掛ける。
「うわ、どうぞっていう前に座ったね。もう少し考えて座ろうよ。昔とは違うんだよ?」
桜子がそんな風に言ってくるけど無視よ無視。だって、目の前にいる老女のことをあたしは知っているんだもの。遠慮する必要はないわよ。
「別に座ってもいいでしょ、将歌」
あたしの問いかけに老女は唖然とした顔をしていたわ。まあ、そりゃ、見知らぬ一般人が、それなりに偉い身分の自分を呼び捨てにするなんて思ってなかったんでしょうけど。
「え、将歌?……あ、ホントだ」
桜子もあたしの言葉で気づいたようね。
清水将歌。清水将美元A支部長の孫で、零士が死ぬ前くらいで10歳だったから……え、それから80年くらいしか経ってないの?!もしくはその娘かしら。
「……誰かしら。私を呼び捨てるなんて、そんな礼節をわきまえないのは……」
怒ってはいないようだけど、まあ、この辺の性格は祖母譲りよね。頭堅いってーか、なんてーか、あたしらもあの頭の固さには手を焼いたもんよ。
「そっか、まだ10歳っだったもんね。年食ったねー」
桜子が呑気にそんな風に言ったわ。まあ、確かに年を食ったように思うわ。まあ、あたし等は、その間に、人生を一周終えてるわけだけど。
「それにしても、あたしらの最期の時に10歳ってことは、直接会ったのは、崩壊帝国かしら。確か、将輝についてきてたのよね。そして、明け狂う時の箱を解放したのが最後、だったわね。
てか、地狂いと万土蟲とかの異常種はどうなったの?」
異常種と呼ばれる害蟲には、それなりの数がいたわ。黒魔套や沈暗黒、巨震兵、世喰らいとかがそうね。でも、それは一部で、まだそれなりに……12種ぐらいは確認されていたのよ。
「崩壊帝国……、まさかっ!でも、そんなことが……、あ、貴方は……でも、聞く話だと男のはず……」
将歌が混乱している中、怜斗たちが恐る恐るソファに座った。言葉が分からないから、どのタイミングで座っていいか分からなかったんでしょうね。まあ、あたしが会話を始めたから座っていいと判断したってところでしょうね。
「なあ、このよくわからん色の飲み物は何だ?」
怜斗が赤色の特別合成飲料を手に不思議そうにしている。他の面々も飲む気はなさそうね。
「あたしにもいろいろあったのよ。まあ、あんたは祖母よりは頭が柔らかいほうじゃないかしら?」
そもそも将美なら転生なんて概念を「非科学的でありえないわ」と一笑するわね。その辺は個人の見解でしょうけど。それにしても、あたしはどうしてこうもバンバン異世界に跳ばされるのかしら。ついこないだ、てか、昨日、覇龍祭に行ったばっかよ。それがどうしてこうなってんのよ。まあ、こっちは見知った世界だし縁ってのがあるからいいんだけどね。
「と言うことは、零士支部長に桜子副支部長……?こちらの人たちは?」
唖然とする将歌。そして、将歌の発言を聞いて、静屡も驚きの表情だったわ。まあ、そりゃ、死んだ先輩が現れたらこの表情になるわよね。
「こっちのは、あたしの妹の紫雨紫麗華。そんで、こいつらは、あたしの……あー、大陸言語だし、口調は零士にすっかな。まあ、こいつらが俺の今の仲間ってわけさ。あんときで言うシルフィーとか璃桜とかだな」
今基本となって話している部分は零士の記憶と感覚が担っているから、零士として話した方がしゃべりやすいのよ。大陸共通言語でも男女の口調の違いはあるからね。だから、喋るのは男口調が一番ってわけね。
「妹君……、確か死去なさっていたはずでは?それに、どうして、ここに舞い戻られたのでしょうか?」
将歌の口調が一変したのは、年上相手だって分かったからでしょうね。まあ、それ以外にもあたしの生前の立場ってのがそれなりに凄かったしね。
「その辺は俺にも分かんねぇけど、まあ、訳ありってこったろうぜ。何せ、俺と桜子、そして紫麗華までが呼ばれてんだ。おそらく、それほどまでにでかい山がこの世界であって、俺は、それを為せば帰れるんだろうぜ。
ま、憶測でしかねぇがな」
でもそれなりに根拠はあるのよ。たとえば、覇龍祭。あれは最後の試練まで残って、試練を終えれば帰れるってことだったじゃないの。そういうことよ。これにも似たように、呼ばれた理由があって、それを解決しろってことじゃないのかしら?
ってことは、まあ、そろそろおあつらえむきのイベントが発生する、そんな予感がするわね。
――緊急伝令。C支部付近にて異常種が出現。さきほどの群れは、その余波によるものだったと推定。C支部は非常に危険です!
船内放送で聞こえたメッセージ。これかしら。でもC支部……ね。B支部の方が可能性があったんだけど、こりゃ、はずれかしら?
「行先を変更します。零士支部長、C支部に向かってもいいでしょうか?」
ここであたしにそれを聞くのかしら?ま、いいんだけどね。
「俺はあくまでこの船に乗った一般人さ。この船の指揮官はお前だし、今の支部長もおまえだろ?」
あたしは不敵に微笑む。すると、将歌はすっ飛ぶようにここを出てデッキに向かったわ。さて、と、まあ、異常種でもどれかにもよるけど、危険な巨震兵、世喰らいとかはあたしがもう倒した後だし、あたしと、この静屡がいればどうにかなるでしょうね。
「なんか、けたたましい音が鳴ってたけど、どうかしたの?姉さ……暗音さん」
輝が恐る恐ると言った感じで、あたしに聞いてきた。あたしは大陸共通言語じゃなくて、日本語で、輝に言葉を返す。
「一番安全なとこに行こうとしてたんだけど、緊急事態で、別のところがピンチだから助けに向かおうとしてるわ」
その言葉に讃ちゃんの顔がみるみる青くなっていく。ちょっと面白いわね。手に握りしめた天羽々斬を、より一層ぎゅっと握っていたわ。
「ま、また、あの変な虫みたいなのと戦うんですか?」
さっきの戦い讃ちゃん何もしてないじゃないの。まあ、いいんだけどね。それよりも問題は、戦いに行くまでの時間よ。あたしの時代では、ここからC支部までは2時間はかかったはずよ。それを、どうにかして急がないといけないってんだから。
「高速機動……、み、皆さん、つかまってくださいっす!」
静屡の声に、讃ちゃんに答えようとしていたあたしは、ぎょっとして、急いで通訳をする。
「みんな、椅子に急いでつかまって!」
あたしの声に、全員が一瞬ぽかんとして、言葉の意味を理解して、持つところの少ないソファに必死にしがみつく。そして、加速。そりゃもう、顔がお見せできないほどのものになっていたわ。
――安定領域に入ったために、通常機動に戻ります。なお、戦場までの所要時間、15分。戦闘準備を開始してください
1時間15分の短縮?!って驚きたいところだけど、それどころじゃないわね。もうこの距離でも分かるわ。激しく【力場】がぶつかり合ってるもの。戦いが……激しい戦いが繰り広げられているのね。
――幽賊害蟲、総数250余り。現地現在戦闘員600名。Sランク1名、Aランク6名が先陣を切っています
そんなアナウンスが流れ始める。戦況を知らせるアナウンスが……
――異常種、固有名「爆天落」。「焦土地方」の引き金です!繰り返します
そう言って何度も流れるアナウンス。でも、途中からそのアナウンスはあたしの耳には入ってこない。何せ、「爆天落」。その名を聞いたのだから。
え~、またも遅くなってしまいました。がんばって、この章を早めに完結させたいです。
なお、次は、魔法編SIDE.GODになる予定です。暗音ちゃんも出てきます。この話は、一応、京都編から練っていたんですが、最古の術師の面々もちょっとだけ出てくる予定でもあります。
てか、京都編のタケルのところで「この出会いが~」とか書いたような気がするのでそれの伏線回収と言うか、予定通りと言うか、です。




