225話:天より
時に、この世界には多くの人が生きているわ。でも、その中でも、あたしたちのように《古具》なんていう概念に振り回されているのはほんの一握り。《古具》があれば戦いも起こる、この平和な世界でもね。でも、それはあくまでこの世界の話で、世界によってはずっと戦争をしている世界や、魔法がある世界なんてものもあるのよ。そう、たとえば、あたしたちが……闇音と零斗、輝、燦ちゃんたちが暮らしていた世界には魔法があったし、文明が発達していなかったし、戦争ってほどでもないけど戦いならずっと起こってたわ。
それに、あたし……零士と桜子、百合、紫麗華たちが生きていた世界は、文明発達していたけど、幽賊害蟲っていう敵がいたせいで戦いはあったわ。
そして、そういう中には必ず特別な力を持った人たちがいた。いわゆる化け物って呼ばれる奴ら……まあ、あたしも含まれるんだけど、そういうやつらのことよ。
その化け物、この世界で言うところの《古具》使いのことなんだけれど、そいつらは、特別な力を持っている代償ってのをきっちり払っているのよ。そう、平穏と言う名の代償で、力を持つ限り平穏は訪れないわ。
そして、あたしも、間違いなくその代償を払っている。そう、そのせいでしょうね。あたしには平穏なんて言うものは永劫来ないのかも、しれないわ。
紫麗華のマンションで、紫麗華の不登校について話そうとした、その瞬間のことよ。まばゆい光と共に、……まるで何かに誘われるように、あたしたちの目の前は切り替わったわ。
そして、《古代文明研究部》の面々(新入部員の桜子を含む)と、紫麗華が荒野のど真ん中に立っていたのよ。平穏とは無縁だってのがよくわかったわ……。しっかし、どっかで見たことあるような気がするわね。
「こ、ここは……。音絶……」
紫麗華が、地面に咲く一輪の花を見て、そんな風に呟いたわ。……あの花、赤い花は、アマリリスかしら。それに、このざ
らつくような気候は、……
「■■■!!!」
あたしの思考は、そんな鳴き声とも叫び声とも聞き分けつかない怪音でかき消されたわわ。この独特の鳴き声……、あたしは、前世……前々世の記憶と感覚が危険
を告げる前に本能的に【宵剣・ファリオレーサー】を生み出して来る何かに対して備えた。
「これはっ……くっ、デュランダルッ!」
桜子も紫麗華の部屋から持ってきていた愛機デュランダルを構える。そして、紫麗華も同様に、蜻蛉切を構えていたわ。他の面々も、特に讃ちゃんと怜斗、輝は、きちんと構えを取れていた。不知火と十月は、一応危険だというのは分かっているらしく、避ける準備は整ってるみたいね。
「数は……っ?!」
桜子の短い問いかけに対して、あたしは、【力場】でおおよその数を判断して、それでも正確と言えないのをくやみながら言うわ。
「約100!璃桜がいればもっと正確な数が分かったんだけど」
橘璃桜、観察眼とオーラを見る能力を持つ璃桜は、その応用で敵の数を瞬時に把握できるようになっていたわ。
「チッ、私が蜻蛉切で、中央から減らすわ。お兄ちゃんと桜子姉は、両側からあぶれたのをお願い。……音絶の平穏は私が守るわ」
何か思い入れでもあるのかしら。ここがどこかを聞こうと思ったけど、それは戦い後でいいわね。どうせ、この世界が、さっきまでのあたしらの世界とは違う、零士たちの居た世界だってのは感覚で分かるんだから。この害蟲と言う存在の居る感覚でね。
「――切り伏せ、……蜻蛉切!」
紫麗華の言葉と共に、周囲が切れる。雲さえも切れ、隙間から太陽が覗くほどに切り裂いたわ。確か、本来の能力は、自分の周囲を切り裂くんだったわね。そして本気を出せば、空間そのものを斬ることもできるとかどうとか。
「ったく、突っ走んなっての」
あたしは、【宵剣・ファリオレーサー】から【魔装太刀・ムラクモ】へと切り替えて、害蟲との戦いに備えるわ。
――万華戦勝!
そんなとき、上空を覆う影と共に、一人の女が地面へと降り立った。
地面の茶色しかない、そんな荒野にまるで花が咲いたかのように鮮やかな黄色の髪の女が立っていたわ。年のころは、16かそこらの、そんな少女。その手には、大きな刀が握られていた。それはあたしの持つ、それと瓜二つ……いえ、あたしのはまがい物で、おそらく、あの女の持つものこそ、本当の……
「A支部所属、Sランク!【黄昏の姫騎士】見参ッ!」
A支部のSランカーですって?まさか、あたしや結音の後輩ってことになるのかしら。それ相応の魔力も持っているようだし、かなりできるわね。幾多の修羅場を潜り抜けてきたんでしょう。
「民間人の救援に来たんですけど……民間人っすか?」
ま、こんだけ派手に暴れてりゃ(暴れたのは紫麗華だけど)、一般人だとは思われないでしょうね。まあ、実際問題、一般人じゃないことは確かなんでしょうけど。
「お、おい、どうする。俺たち身分証とか持ってないけど、こういう時って助けてもらえるのか?」
怜斗が嫌に真面目なことを気にしだすけど、その心配はないわね。そもそもこの世界で、身分証がないなんてほとんどだもの。支部の近くでもない限り、そんなことを気にする余裕なんてないくらいに生きるのに必死なのよ。
「んな、話は後!チッ、目測が甘かったわね。まだわらわら出てくるじゃないのよ」
あたしの計測ミスね。言い訳をするなら、害蟲は、どうやら特殊に生まれたらし
く、【力場】が独特で把握しにくいのよ。それこそ璃桜のような特殊な能力でもないと正確さには欠けるわね。
「借りるわよっ!」
あたしは、【黄昏の姫騎士】から本物の【魔装太刀・ムラクモ】を奪うと、魔力を込めるわ。
「あ、ちょっと、そりゃ、一般人どころかAランクでも普通に扱うにはちょっと難し……」
【黄昏の姫騎士】の言葉はそこまでだったわ。この感じ、トーマスのやつ、さらに改良を加えたのね。前よりも魔力の循環効率が良くなっている所為で、魔力がみるみるうちに吸い込まれていくわ。
「行くわよ、ムラクモっ!!」
あたしの言葉に答えるかのようにムラクモがギリギリと悲鳴を上げる。あたしの規定外の魔力に堪えているのね。でも、大丈夫よ、なんたってあなたは、あたしの愛刀、ムラクモなのだから。
「紫麗華、範囲攻撃行くから下がってろっ!」
――キュゥウウウウウウウン!
そんな音が周囲にこだまして、害蟲たちも思わず歩みを止めた。でも、あたしはその機を逃さない。
「叢雲流、終技!」
――キュイイイイイイイインガガガガガガ
そんな壊れるのではないかと思うような音を上げるムラクモ。そして、一気に抜き放つわ。周囲を空から斬撃が襲う技を。
「『紫雨太刀』!」
そして、幾千、幾万もの斬撃が雨のように害蟲たちに降り注ぐわ。なるべく魔装空船のいないところを狙ったから大丈夫よね。
「相変わらずバカみたいな攻撃力ね」
桜子が言うけど、あんたには言われたくないわよ。全部切り殺す化け物みたいな直接攻撃力の持ち主にはね。
「い、今のは、叢雲流……?!」
叢雲流は、村雲家から赤羽家に伝わって、あたしの前世である紫雨零士が師匠の赤羽音音から継承された伝説の流派らしいわ。その習得には高い魔力を持っていることが必須であり、また、その能力の強さから、それを抑制するための修行も必要な危険な流派よ。火殺傷コーティングも、高い魔力が突破してしまうから意味をなさないっていう、バカみたいな火力を持っているもの。
現在はどうか知らないけど、あたしの存命の時点で、音音、獅音、あたしの3人だけが、その流派の技をつかえたらしいわね。でも、そこで途絶えているはずよ。音音は、強いやつにしか教えないし、獅音は中途半端、あたしも弟子はとらない、と継承者が完全に尽きたはずだわ。
「【紫天の剣光】と呼ばれていた支部長さんも使ってた流派ですね。そんな流派をつかえるなんて、何者なんでしょうか」
え~、更新遅れて申し訳ないです。ヤバイほど眠いです。課題ありすぎ……
追記
2015/6/4修正
黄昏の姫巫女 → 黄昏の姫騎士
いやー、あたしとしたことが、うっかりミス。寝ぼけてたんでしょうか。修正前だと、いろいろと他人様の作品と被っているので取り止めにしたのに、なんでそっちで書いちゃうのか。
黄昏ちゃん、別に姫でも巫女でもないですしね。次話をなるべく早く仕上げるよう努力したいと思います。




