220話:絶望の少女(前編)
SIDE.MRIA(with catastrophe)
私は、この世に生を受けた瞬間のことを今でもしっかりと記憶しているわ。そうね、あれは、世界の創生、9柱の神が存命だったころの話よ。とある世界の創生録としてでも思っていただければいいかしら。
この世に生を受けたときに、その世界に人間は、私と彼だけだった。そののちに、私は人間ではなくなるけれど、でも、その時は確かに人間だったわ。
そう、私と彼は、運命によって、伴侶となることが決められた始祖の人間。9柱の神の1柱、神の神であるところのアリスによって創られた、最初の人型生命体。
その名を、リリス・ワールドエンド。最初の女にして、それが最初の《終焉の少女》だったのよ。そう、そして、彼の名前はアダム。最初の男。
私と彼は結ばれて、子供が生まれていくことで人間が増えていく……はずだったわ。きっかけは些細な喧嘩。行為の体位の問題で、2人はもめて、私は世界の果てまで飛び出した。
そうして、彼は、自分の肋骨から始祖の女を生み出した。
私は、世界の果てで、悪魔と化す。人の性に執着する淫魔、サキュバスとして、生まれ変わったのよ。《淫誑の悪魔》として、悪魔や魔物を使役し、その中の一つが、蛇。そう、アダムとイヴに《禁断の果実》を食べるようにそそのかしたのよ。
そして、リリンが生まれた。リリンは、全知全能の悪魔として、世界を裏から掌握していったわ。
そうして、その世界での私は、死を迎える。憎きイヴを思いながら……。
そうして、生まれ変わった世界では、全く違っていたわ。そう、神々が、天使……もとい、騎士たちを率い、戦場の魂を救済する。9つの世界が存在する世界。
そこに、ファールバウテイとラウフェイの間に生を受けたわ。そう、その世界における神として。弟にヘルブリンディとビューレイストがいて、そして、私は、その世界を騙す力を持って生まれたのよ。
その名はロキ。女として生まれ、その力で、男と偽り、神々を、世界すらも欺いて、その名を馳せたわ。そして、悪名の通り、悪戯、悪だくみをしくむ。
例えば、ミズガルズを高い壁で囲む仕事を引き受ける代わりにフレイヤと結ばれたいという石工に、冬至から夏至までの間に壁を完成させたら条件を呑もう、と持ち掛けたこととかね。フレイヤは女神で、女神と人間……ましてや巨人なんかとの結婚なんて神々が認めるわけもないからね。
あれは、失敗だったわ。まさか、あんな凄い馬を持ってるとは思わなかったもの。スヴァジルファリっていう化け物じみた力を持った馬よ。ま、私が責任を取るってことになって、雌馬に化けて、その馬を「誑かして」、ヤバくなった石工が山の巨人を見せたところをトールのおっさんがミョルニルで消し去ったけど。まあ、私は、馬の姿でズッコンバッコン。
そう、「誑かす」ことにかけては、私の右に出るものはいないもの。何せ、《淫誑の悪魔》だもの。
まあ、そうして、私とスヴァジルファリの間に生まれたのが、あのオーディンのジジイが乗っている「八足軍馬」なのよ。そう、あれ、私の子供なのよ?
私の子供は、不思議なことに、世界を欺く力の影響か、正常なものとして生まれないのよ。異常なほどに強力なものとして生まれるわ。
そうね、たとえば、ヨトゥンヘイムの巨人で、私の妻であったアングルボザは、私との間に3つの子供を産んだ。しかし、子供は、神と巨人の間に生まれたとは思えないものもいたのよ。
神殺しの大狼。その名はフェンリル。その世界の終わりにてオーディンを喰らう我が子。
ミズガルズの大海に捨てられて、巨大に成長した世喰らいの蛇。その名はヨルムンガンド。その世界の終わりにて大海より出でてその海水が大陸を洗い、雷神……万能神トールと戦い、トールにやられるも、最後にかけた毒にて相打つ我が子。
冥界ヘルヘイムへと追放され、死者をよみがえらせることもできたという半死半生の娘。その名をヘル。
まあ、悪戯もほどほどにしとかなきゃ痛い目を見るってことは、この時代に散々味わったわよ。一番やりすぎたのは、バルドルの一件かしらね?あの時は、あのバルドルがうらやましかったというのもあるかもしれないわ。
そう、その話も、少ししておきましょうか。バルドルは、世界中から愛される神だったわ。でも、私はそういうのが嫌いだったのよ。だから、何かいい方法はないかなって考えていた。
すると、バルドルはある日から悪夢を見るようになるのよ……まあ、私が見せていたんだけどね。そして、それを心配した母が、バルドルを傷つけないようにあらゆるものに制約させたのよ。その結果、バルドルはあらゆるものから傷を一切受けなくなった。そこは計算外だったのよ。ただ、知ってしまったわ。ヤドリギだけは若木だったために契約できなかったってことをね。
そして、神々の間で、何者にも傷つけられないバルドルに、物を投げつけて遊ぶ遊びを流行らせたわ。そして、盲目のためにその輪に入れないであろうバルドルの弟のヘズにヤドリギ……ミストルテインを渡して投げつけるように指示したわ。そして、見事にミストルテインはバルドルを殺す。
そのあと、バルドルを生き返らせるために、バルドルの弟にしてヘズの兄であるヘルモーズが冥界ヘルヘイムにバルドルを生き返らせるように頼みに行った。そう、ヘルヘイムは私の娘、ヘルの支配下にあるのよ。
あらかじめ、ヘルにはバルドルを生き返らせるように頼まれたら言うようにって、言伝を伝えていたのよ。
「本当に全ての世界が彼を愛していて、彼の死を泣いているというのなら、彼を生き返らせてやろう」
ってね。それを聞いた母のフリッグは、全ての世界の生物無生物に泣くように頼んだのよ。フリッグ、そう、オーディンの妻に頼まれて、それを断るものはいないわ。元の人望も相まって、全てが泣いていた。唯一、巨人の女、セックを除いてはね。
そう、泣けと言われて、セックはフリッグにこう言ったのよ。
「私は、オーディンの息子を愛していなかった」
ってね。そう、何を隠そう、そのセックこそ、私が世界を欺いて、巨人に化けた姿だったのだから、泣かなくて当然よね。それで、バルドルはヘルヘイムに残ることを余儀なくされたわ。
あとで、そのことを神々に、種明かししてやった時の顔ときたら一生の笑いものよね。それと同時に、他の神の過ちもバラしたし。
まあ、それのお仕置きがヤバかったんだけどね。もうやりすぎないように注意しようと思ったのはその時がきっかけよ。
私のアングルボザ以外の妻である、シギュンとの子供、ナリとヴァーリは殺されて、ナリの腸で拘束された私は、毒蛇の毒が落ちる場所に閉じ込められたのよ。シギュンは、落ちてくる毒液を桶で受け止めてくれてたけど、桶がいっぱいになると捨てにいかなくちゃならないじゃないの。その間に垂れてくる毒は、私に当たって死ぬほど痛い……っていうのは嘘なんだけどね。まあ、ラグナロクまで閉じ込められてるのは苦痛だったわ。
で、嘘ってのはどういうことかっていうと、全ての悪魔や蛇は私の支配下にあるのよ。それは世界が変わっても変わりはないわ。だから、蛇の毒液なんていうのは嘘っぱちで、実際に垂れてきていたのはただの水。
まあ、悪戯は他にも数多くやったんだけどね。例えば、元の女の姿に戻って乳搾りの女として人間を騙して暮らして、人間との間に子供を儲けたり、フレイヤの首飾りを盗んだり。
そして、その世界の終わりでは、フレイヤの首飾りを盗んだ時に取り返しに来たヘイルダムと戦って、わざと相打ちになったのよ。そう、もう、その世界が終焉を迎えるのは分かっていたからね。終焉を迎えた世界にいつまでもいる道理はなかったわよ。だからヘイルダム如きに討たれてやったのよ。
それがトリックスターにして《悪戯の神》であった二代目《終焉の少女》の人生の顛末なのよ。
そして、次に生まれ変わった時、私は、古城の城主だったわ。名前はなく、繰り返しとある宴を開くことから人々に「Re;」と呼ばれていたそんな女。そして、繰り返し開く宴の名前を「饗宴」。饗宴とは客をもてなすための食事会などを意味するんだけど、私の屋敷の場合は違ったわ。人が人を喰らう、殺し合いの宴。それゆえに《饗宴の狂王》などとも呼ばれて、人々を殺しまくったわ。
じゃあ、そんな殺し合いの宴に誰が好き好んで参加するんだ、って話になるわよね。でも、参加者はいっぱいいたのよ。何せ、その宴で、城主……つまり私を殺せたものは、「狂王の遺産」が手に入るんだから。
誰もがそれを手にしようと世界中から、城に集まった人間たちが殺し合う。無論、私も参加していたわよ?
でも、悪魔にして、悪神であった私に勝てる人間なんて存在するはずもないのよね。世界を誑かす悪魔の力と世界を騙す神の力を持ち、そのうえ、神と相反する《魔性》を持つ。
ああ、そうそう、神になったなら《神性》を持っていたんじゃないのって疑問も生まれるわよね。でも、私は《神性》を持たずに神でいたのよ。何せ、世界を欺けるのだから、そのくらいは当然できるわよ。
まあ、それで、じゃあ、結局のところ、誰にも殺されなかったのか、っていうとそうじゃないのよ。私は、結論からすると、あっけなく殺されたわ。一瞬で、殺された。驚く間もなくね。
私を殺した人間こそ、後に、《覇天の剣聖》、《天魔の剣姫》と恐れられたハールフィン・べリアル・アジャートよ。
ハールフィン・べリアル・アジャートは、その世界の王族に生まれて、しかし、その王族は、私の開く「饗宴」のために、剣士や兵士を雇うのにお金を使いすぎて国が滅亡。その唯一の生き残りであるアジャート王家の姫よ。愛称は「ハル」。
美しい金色の髪を持ち、虹色に輝く王家に伝わる剣、百の世界を一撃で破壊する【創造剣・ジャガーノート】。
そう、それは、強い《神性》を宿していたために、私のことを一撃で屠れてしまった。だから、私は死んだのよ。
そして、次は、七つの首を持つ獣に乗る淫婦へと生まれ変わった。黄金のティアラに、大きな宝石のついた指輪の数々、ネックレス、イヤリング、豪奢な服、そして、その手には黄金の杯……聖杯を持っていたわ。しかし、その聖杯は、私の《魔性》により、ひどく汚く汚れている。
それらは、ローマの堕落の象徴として扱われた、いわば例えの1つであったのよ。そう、その名を《大淫婦バビロン》と言った。
それは、ローマが暴君によって支配されている機関にのみ存在して、その脅威が去ったのちに、私の命も潰えた。いわば、空想の物のような扱いだったからね、あの頃は特に何もなかったわよ。
それから幾度となく転生を繰り返し、時に《大魔王》、時に《六大魔女》、時に《地獄の門番》、時に《暴龍》。幾多の生と名を受けて、とある世界に生まれ変わった時、その名前を貰ったのよ。
その名は――紫藤紫麗華。そして紫雨紫麗華よ。
え~、予約投稿です。5/24の12:00に投稿されていればいいんですけど……。
終焉の少女の過去と共に桃姫作品全体の過去も微妙に明らかになっているなんてことも……。
あ、ちなみにSIDEのところのcatastropheはカタストロフィです。後半からは、紫藤紫麗華の物語になります。こちらは、紫天の剣光でも明らかになっていない部分なんですよね。まあ、そのうちリメイクかなんかするかもしれませんが。
では、後編もなるべく早くお届けできるように頑張りたいと思います。




