22話:思考の時間
そんなこんなで、一日が始まったわけだけど、あたしの趣味、というか、授業の暇つぶしは、考えることだ。
とは言っても、考えることは紳司の領分だし、あたしが考えられることは少ない。上手くまとまらないことも多いわね。まっ、そういうときは、授業中に考えるだけ考えて、分からなかったりまとまらなかったことをメモして、電話で紳司に聞くんだけどね。
それにしても、裏の住人か……。
今、思い返しているのは、昨日あった謎の集団のことよ。異質な黒衣の集団。まるで、闇夜にまぎれるような格好を、昼下がりに住宅地で着るなんて、阿呆みたいな集団。しかし、彼等がいたところには、誰一人近寄ろうとしなかった。それはすなわち、本当に人払いの結界が張れるということでは?
いえ、そうとは限らないでしょうけどね。ただ単に、工事中の看板を立てていて、あたしは考え事に夢中で気がつかなかったのかもしれない。
まあ、そこはどうでもいいのよ。問題は、「人払いをしなくてはならない存在」ってとこなのよ。ただの密会とかなら、どこかに部屋でも借りればいい。されどそんなことはしていなかったし、三鷹丘学園の生徒を狙っているとも言っていた。
三鷹丘学園の生徒を狙うためにこの近辺にいたと言うことは、その狙っている生徒が、この近辺を通るということなのか。
いえ、生徒とは言っていなかった。関係者、と言う言葉を用いたということは教師や用務員、保護者の可能性だってある。
しかし、目的はなんだろうか。兄妹で行動し、兄の方は、他の連中と同じ格好、妹は少し変わっているが、身分は高そう。
あ~、大体分かったわ。なるほど、妹の方が優秀だかなんだかで兄は家を継ぐ資格が無いとか言う……。
いえ、優秀さではないわね。おそらく、身体的か、それとも血か、何かは分かんないけど、兄はそれを持って生まれなかった。そして、それはその家特有ではなくて、他の誰かも持っているもので、三鷹丘にそれを持っている人間がいるとしたら、兄とそいつを結婚なりさせて、兄の地位向上を狙う、ってところかしら?
てーか、そいつが男だったらどうすんのかしら?まあ、捕らえてきて、家の発展に貢献させて兄の株を上げるってとこ?
まっ、そんくらいよね?
じゃ、狙ってるのは何か、ってことね。三鷹丘の人間じゃないと持っていないものってことは無いんでしょうね。だって、すると、あいつらがどこの生まれかは知らないけれど、おそらく、この辺じゃないはずよ。この辺で当主だの何だの見たいな跡継ぎ問題が出そうな家は、天龍寺か花月、不知火、あとは南方院くらいかしら?天龍寺は、彼方って人が当主でしばらく持ちそうだから無いでしょうし、花月は娘が1人しかいないことが公表済みで、南方院も当主代わりしたばかり、不知火は息子1人だけらしいし。
って、なると、小さな家の当主問題が人を誘拐とかにつながりそうなほどのことになりそうなわけはないし、どっかの大きな家が、ここまできて、人を攫うほうがよほどありえる。
まあ、尤も、あたしの知らない大きな一族がいるのかもしれない。それこそ「裏の住人」と呼ばれるような存在が。
さて、あたしの考えがどこまであっているかは分からないものの、とりあえず、この話は、どっかの大きな家の跡継ぎ問題ってことにしておきましょう。
さて、次の議題は、無論、昨日のナニカ、こと「刃神」よ。黒き刃の化け物。いまや刃神ではないといってた奴。
アレがあたしの夢の中の空想の産物なのか、はたまた、実在するナニカなのか。そして、奴の言っていたことが正しいのか、正しくないのか。疑問はたくさんある。ただ、一ついえることがあるわ。
アレはあたしと共にあるという事実よ。少なくとも、あたしの空想の産物であれ、実際にいるとしても、あたしの夢に出てきたということは、少なくともあたしと共にある存在であるというのは間違いないはず。
(一体、何のかしら?)
そのとき、あたしの目の前がブラックアウトする。視界が黒く染まる。あたしの前に広がっていた授業中の風景は、闇に呑まれ消え去った。
「俺を呼んだのか」
そして、眼前に突如現れる巨大なナニカ。これが、あたしにだけ見えてる幻覚で、このまま口に出して話をしたら、周りから変な目で見られるなんてことになるのかしら?
「安心しろ。ここは、精神だけの世界だ。お前の精神だけを隔離した場所。高位次元とでも言えば分かりやすいか?」
なるほど、精神世界ってわけ?まっ、それすらも嘘の可能性だってなきにしもあらずなんだけれど?
「それで、何用だ?」
ナニカがあたしに聞く。あたしは、静かに、ナニカに問うように聞く。
「あんたの名前は」
あたしの言葉に、ナニカは、キンキンと音を立てながら笑う。そして、言う。
「俺の名前を聞いてきた奴は、俺が覚えている限り、貴様で4人目だ。いや、人でないももおったがな」
そう一頻り笑ってから、ナニカはあたしに答えた。
「俺の名は、刃神・グラムファリオだ」
そう言ったナニカ……グラム。
「先の名前を聞いた3人。お前を含め4人だが。1人目は、紅蓮王・セルト、2人目は刃神・刃。そして3人目は、蒼刃蒼天だ」
グラムが懐かしそうにそう語った。あたしは、気になる名前を再び聞いた。「蒼刃蒼天」と言う名前だ。前回は、最強の神を己の身に封じたとか言う紅蓮王の話で流していたけど、どう考えてもこっちの方が気になる名前よ。
「蒼刃蒼天、あんたを封じた奴だっけ?」
あたしの言葉に、グラムは、キンキン音を鳴らしながら頷いた。
「ああ、そうだ。貴様とも少し面差しが近い。血がつながっておるのだろう。いくら離れていても」
ご先祖様ってことかも知れないってことでしょ?
「その蒼天とか言うのは何者なのよ?」
あたしの問いかけに、グラムは、言うか言うまいか迷うような様子を見せてから、あたしに向かって言う。
「ふむ、かつて、大きな戦争が起きたときに死んだが、ある契約によって神へと至った者だ。その血筋を持つものは、代々有能だといわれている」
「有能……、優秀ってことじゃなくて能力を有するってまんまの意味よね?」
有能とは「才能が有る」ことを指すが、この場合は「異能を有する」ことだ。
「そういう意味も本来の意味も含めてだ。神の血を持つというものは得てしてそういうものなのだ」
へぇ、そいじゃ、あたしも、その蒼天とか言う神様と血がつながってたら有能ってことじゃん。
そんな風に考えながら、あたしは、最後に聞く。
「じゃ、あんた、あたしの中にあるけど、一体、何なの?」
それに対して、グラムは、答える。
「貴様と俺は、一心同体。黒き刃に魅入られし者だよ」
黒き、刃……。あたしは息を呑み、グラムの身体を見た。幾百、幾千、幾万と数え切れんばかりに生える、黒色の刃。
「そして、その黒き刃は、『死』を齎すであろう」
そして、グラムは告げる。
「故に、《黒刃の死神》」
その瞬間、視界が、いつもの教室に戻る。ちょうど授業が終わったところだったのだろう。号令がかけられた。
「きりーつ」
間延びした友則の声に、皆が立ち上がる。あたしは、慌ててそれに合わせて立ち上がった。
「礼。あざーした」
相変わらずの適当な号令に、あたしは何故だか、現実に引き戻され、ホッとする。最後にグラムの言った、あの言葉、それが、あたしの中で、反芻され続けている。
「《黒刃の死神》」
まるで、何か、心の奥底がうずくように傷む。お腹の奥底がうずくように痛んだら生理痛よね。
「どうしたの、暗音ちゃん。ちょっと様子が変だよぉ?」
はやてがあたしを気遣って声をかけてきた。あたしは、その瞬間に、頭が冴えるような、そんな感覚があり、脳裏にあった靄が晴れるように、うずく痛みが消えた。
「はやて、あんた、今、何した?」
「ふぇえ?何もしてないよ?」
はやてが困惑の表情をうかべていた。そう、よね。はやては何もしていない、はず。
「何でもないわ。でも、そうね……」
あたしは何を言うべきか悩んでから、はやてに微笑み、伝えた。
「ありがとう」
はやての顔が真っ赤に染まった。何でよ?
「あ、暗音ちゃん。も、もう一回」
は?も、もう一回?何で?聞こえなかったのかしら。
あたしは、もう一度、微笑みながら言う。
「ありがとう」
その瞬間、周囲がどよめいた。一体何事よ。あたしが怪訝な顔で周囲を見渡してみると、すぐにどよめきが収まった。その中に、ホッと一息つく友則の姿もあった。
「ん?何なのよ?」
あたしの声に、友則がホッとした様子で、あたしに言ってくる。
「いや~、よかった。一瞬誰かと思っちまったぜ。マジ、お前も、ああやってれば美人なんだな」
「は?」
何を言っているのか、意味が分からずあたしは、怪訝そうに眉根を寄せて友則に言う。しかし、それを見たはやてが先に言った。
「それだよ、暗音ちゃん!」
ずびし、とあたしの顔を指差すはやて。あたしは、おもむろにはやての指をつかむと、言う。
「人を指差すな」
しかし、はやては止まらない。
「暗音ちゃん、顔立ちは美人さんなのにいつも眉間に皺入れてると近寄りがたいけど、笑えば凄く可愛いんだから笑ってればいいと思うよ!」
はて、あたしってそんなにいつも眉間に皺を入れてるかしら?
「あたしだって笑うときは笑うわよ?」
「違うの!そうじゃないの!」
はやては何を言っているのかしら?