219話:再開まで、僅か
百合が見学する中、授業は進み、4限まで終わったので昼になったわ。昼休みは、何事もなく時間が過ぎて、そして、午後の授業が始まって、そうして、放課後を迎える。
今日の放課後は、紫藤紫麗華を訪問する予定になっているわ。一応住所は控えてあるから行くことはできるって話だったけど、本来の紫麗華が《終焉の少女》な以上、同姓同名の別人か、それとも、何か特異な現象が起こっているか、のどっちかよね。まあ、どっちでもいんだけど。どちらにせよ、学校に来るようにしなきゃならないってことだしね。
そういうわけで、校門のところに集合……っていうか、不知火と十月と合流するってことになってるわ。
百合は、ついてきたがっていたけど、聖・ミリアナ学園の生徒には、いろいろと規定があるから、ついてくることはできなかったわ。桜子は、なんかちゃっかり、放課後になってすぐにあたしの教室に来て、こそこそついてきていた。
「それで、そういや暗音は、この先輩と知り合いっぽいけど、どういう関係なんだ?」
怜斗が、不知火たちを待っている間に、あたしにそんな風に聞いてきた。あんま説明が簡単じゃないから嫌なんだけどね……。でも、まあ、怜斗には話さなきゃならないし。
「う~ん、私との関係って言ったら、君と同じで、婚約者ってことだよ。そうだよね、暗音さん、ううん、零士くん」
桜子がにっこりとほほ笑みながら、そんな風に答えた。今の、あたしに対する質問だったんだけど、まっ、いいわ。
「零士って呼ぶのはやめてよ。あの頃のとは根本的に別離してるんだから。能力こそは借りていても、記憶が共有であろうと、あたしは青葉暗音であり、そして八斗神闇音。それ以外の何でもない……ってことにしてんのよ」
そもそも、性別が違うのはちょっと勘弁願いたいわ。まあ、もしかして、あたしが露出しても平気なのも男だったのが関係してる……とかいうことは、なくもないのかしら。まあ、ともかくあたしは女なのよ。
「そうは言っても、あたしにとっては零士以外の誰でもないんだもん。幼馴染で、そして、愛し合った、そんな零士でしか……」
桜子のちょっとしんみりとしたセリフ。でも、ま、いつもの演技なんだけどね。ていうか、そんなことはどうでもいいのよ。
「てか、桜子は、《古具》使いなの?」
肝心なのはそこよね。みんな《古具》、それも生前のことに関わる《古具》を持って生まれていることが多いのよ。だから、桜子もまさか、ね。でも、桜子の《古具》はどんなのになるのかしら。
ミストルティンかしら。桜子の魔装銃剣の名前と一緒だし。あーでも、あれの本体はデュランダルなのよね。でも、この世界のデュランダル……《切断の剣》は、おじいちゃんが持ってるわ。それも、《聖剣》だしね。じゃあ、どんな《古具》が……。
「え、私の《古具》?そこまで大したものじゃないよ?」
そう言って、落ちていた棒切れを拾ったわ。付加系の能力なのかしら。それともサポート系?どんなものか判断しかねていると、桜子は微笑んだ。
「《切断の付加》」
デュランダル?「Durandal. Burst」よね。固有名詞の「デュランダル」はともかく「バースト」って破裂のことじゃなかったっけ?それがどういう意味になるのかしら?
「切り裂けっ」
そう言って、地面に棒切れを振り下ろす。その瞬間、剣圧によって、地面の砂が吹き飛び舞い上がる。なるほど、切断能力の付加ってことね。
「一回斬る度に威力が上がるんだぁー」
へぇ、使用毎にパワーアップするのね。面白い《古具》じゃないの。そういうのもあるのね。しかし、そういう仕掛けもさることながら、造られた理由もよくわからないわよね。
《古具》はなんで造られた……創られたのかしら。この世界の神、蒼刃蒼天が創ったって話らしいけど。
「なぜ、と言われてもな。奴にはそういう能力があったのだ。ものを造る……生み出すという能力が。神としての……後天的に得た力がな」
あたしの中にいる宵闇に輝く刃の獣がそんな風に教えてくれたわ。なんか、久々に話した気がするんだけど、今までどうしてたのよ。
「ふん、寝ていた、と言うわけではないが、刃の神としての力を戻すために、休んでいたのだ。それでも合間にお前に顔を見せる……もとい声を聞かせていたが」
力を回復、ねぇ。まあ、どうでもいいけど。それにしても、ものを生み出す力を持っていた、なんてね。生み出す、創造。
「そう、蒼が生み出し、世界を蒼に染める。
そして、朱が与え、世界を元に治す。
最後に、死を繋ぎ、されど世界を救う。
それが三神と呼ばれる者たちのことを指すという伝承だ。蒼が蒼刃、朱が朱野宮、死が篠宮。それぞれが、後天的に得た能力と固有の能力をあらわしていると言われているな。
蒼刃蒼天の『創造』と『蒼刻』、緋葉の『能力の遺伝』と『治癒』、篠宮無双の『絆』と『幾度となく転生し世界を救う力』をな」
へぇ、【蒼刻】はあたしにも流れているし、煉巫の超回復能力も遺伝なのね。まあ、超回復できても気絶したら意味ないから龍の祭典の最後衣の試練では役立たずだったけど。
「おや、染井君、どうして君もここにいるんだい?」
やってきた不知火が、そんなことを言う。十月は不知火の後ろに控えているだけで何も言わないわ。様子的に、鞠華でもないでしょう。
「あら、不知火君、いたら不都合でも?」
桜子は、そんな風に言う。まあ、相も変わらず、って感じよね。あたしについてくるためになら、駄々をこねまくる辺りが変わらないわ。屁理屈とも言うけど。
「いや、いけないというか、なぜここにいるのか、と言う根本的な質問だ」
あーあ、あたし知らないっと。桜子に反論すると必ず口論になるんだけど、あたしは無関係ってことで。
「あら、ここは鷹之町第二高校の校門で、私はここの生徒なのに、ここにいるのがおかしいですか?おかしくないですよね?」
畳みかけるように、反論の隙を与えずに捲し立てる。怒涛の勢いを持つ桜子、でもね、桜子には弱点があるのよ……。
「で?」
十月の純粋な瞳と言葉。その言葉に桜子はたじろいだわ。そう、純粋、そして単調、それに弱いのよ。理屈で攻めてくる相手には勝てるんだけどねぇ。
「で、と言われても……。ああ!もう、入ります。《古代文明研究部》に入部しますよ。それでいいんでしょう?」
あ、キレた。それにしても、結構な大所帯になってきたわね、《古代文明研究部》も。当初は、人数不足だったのに……。いつの間にやら、7人になるのかしら?不知火、十月、あたし、輝、怜斗、讃ちゃん、そして桜子。
「そういや、この一件は、生徒会からの依頼なんでしょ?」
あたしの場の空気を変えるための問いかけに、不知火が神妙な顔で「ああ」と答えたわ。そもそも、生徒会って……、あたしは生徒会長の顔を思い出す。
「正確には、雄志貴……涼空堂雄志貴君からの依頼だがね」
涼空堂雄志貴。生徒会長よ。前任の生徒会長の真白宮奈々枝の実の弟にして、涼空堂と言うプラモデルメーカーの跡取りとして注目されているわ。姉の真白宮奈々枝は、卒業と同時に食玩の会社であるホワイトカンパニーの真白宮家に嫁入りしている。
「プラモ屋が依頼?内心稼ぎ?」
まあ、生徒会長としては、真面目な方……なんじゃないのかしら。特に目立った噂も聞かないし。そもそも一般性が普段の生徒会活動なんて詳細に知ってるわけじゃないから、特に凄いかどうかも分からないし、ダメなのかもしれないし、ってことなのよ。
「いや、どちらかと言うと、彼に課せられた仕事さ。不登校の生徒を無くすようにする法案を出したのは彼の姉である奈々枝君だったしな。だから、自分の代でも不登校を無くさなくては、姉に申し訳が立たないと思っているに違いない」
それだったら自分で交渉するのが筋じゃないのかしら?
「彼も、一度見に行ったらしい。すると、何とも不思議な気配がするし、妙な様子が会ったから調べてほしい、と言う依頼が、私たちに持ち込まれたものだ」
あー、なるほど、不知火は確か、涼空堂の「RYOKUDO」のスポンサーの一つだったわね。他にもいろいろとスポンサーがいるけど、一番有名なのが不知火だったはずだわ。家関連で、それなりに知り合っているのか、それとも知り合いだからスポンサーになったのかは分からないけれど、つながりがあるのは確かね。
「それにしても、妙な様子……なんとなく、嫌な予感ってーか、あたしの想像通りだとすると厄介極まりないわね……。まあ、でも、納得できる環境ではある……のかしら?」
そうね、あの子の話も総合して考えると、ありえない話ではない……わよね。そういう約束なんだし。それに、覇龍祭で分かったけれど、流れ方が違うということもあるってことね。なら約束の年数を正確に把握するには、こっちにいるしかないってことよね。だから、そういう可能性も考えていたけど、よりによって「紫藤紫麗華」で入学するとは、ね。まあ、歴々の名前と比べるとマシと言うことかしら。
「まあ、いいわ。そろそろ行きましょうか」
「それはいいが、なぜ君が仕切っているんだい。部長は私だよ」
不知火が文句を言う。別に誰が仕切ろうといいじゃないのよ。と思っていると、桜子がにやにやしながら言うわ。
「まあ、昔から、先陣を切るタイプだから仕方ないわよ。だって、零士だもん」
何があたしなのよ。よくわからんことを言ってないで早く目的地に向かうのが最優先じゃないの?
――まあ、もっとも、行ったところで認識できるかどうかは、みんな次第だけどね、たぶん。
そんな風に心でつぶやきながら、まっすぐ進むのよ、あの【力場】が発せられている場所へと……。




