218話:その少女は
唐突だけど、八鷹市に聖・ミリアナ学園と言う超がつくほどのお嬢様学校があるのよ。カトリック系の学園で、朝の礼拝なんかもある学園なんだけれど、毎年3年生のごく少数だけが、うちの高校に見学に来るのよ。
何を見学するか、ってのは、うちの学校でも、学校の特色でもなく、「男」なのよね。あ、表向きは、近場の学校の見学ってことなんだけどね。学校側も公認で「男」見学と化しているのよ。
創立は1996年。創設者は、ミリアナ・ファルミア。あたしの記憶だと、確か、数年前に亡くなったんじゃないかしら。遺産は全額学園に寄付したとかなんとか。今の学園長は、その娘のレルミア・ファルミアさんって話だったわね。
「男」の見学、なんて言われてもピンとこないと思うけれど、聖・ミリアナ学園は、お嬢様学校の中でも異常なほどに外界と隔離された小学校時から全寮制の学園。入学できるのは、女性のみ。教師も女教師のみ。家族の中でも女性以外が入ることは許されてなくて、片親、それも父親しかいない生徒は、代理の女性保護者を立てなくちゃいけないらしいわ。そんな「男」の存在しない状況で育ってきたお嬢様は、「男」に触れる機会がない。
ちなみに、夏休みも冬休みもゴールデンウィークも帰省することもできないのよ。それでもって、中途入学も最近までは認められてなかったし、最近認められたけど、編入試験がえらく難しいんで誰も編入できないわ。
小学校で入学して、そこから親に会ってないんじゃ、父親の顔すらも忘れるでしょうね。さらに、聞いた話だとインターネットは存在しないし、テレビなんかもなくて、本も学園指定の物しかないらしいわよ。だから、「男」どころか外の物自体が珍しいんでしょうけどね。
なんで「男」見学なんていう制度ができたかと言うと、社会に進出する上で男のことや世間のことを知らないと、社会に取り残されてしまう、って話よ。
で、どうしてそんな話をするかって言うと、要するに授業を見学するわけじゃないから、どのクラスに配属しても構わないから、各々のクラスにバラバラに配属するのよ。見学者6人、3年に2人、2年に2人、1年に2人。各学年2クラスずつだから、1クラス1人が見学に来るわ。
まあ、てなことで、今日から夏休み前までの全ての午前授業に参加するらしいわよ。去年は4人だったから1年生には回ってこなかったからよく知らないのよね。
ちなみにテスト期間にもかぶってるけど、テストは受けないらしい。てか、向こうの学校もテストだけど、テストを免除しても大丈夫なほどの成績優良者だけが、この「男」見学に参加できるって話らしいわ。
「ってわけで、前々から話してただろうが、ミリアナからの見学者だ。じゃあ、入ってきてくれ」
雨柄がそういうと、ドアの向こうから、一人の女子生徒が歩みを進めてくる。その堂々さは、男慣れしてないとか世間知らずとか、そんな雰囲気を一切感じさせない様子で、ちょっと、感心する。でも、その顔を見た瞬間、あたしは、凍り付いた。
「じゃあ、自己紹介を頼む」
雨柄がそう言って、そのうちの学校とは違う清楚な制服を身に着けた女子生徒が一歩前に踏み出た。その姿を改めて確認するわ。
小柄な体躯、黒の長髪に頭の上で結われた大きなウサギの耳にも見える白いリボン。茶色の瞳。どこか文学少女感とギャル感の入り混じった不思議な雰囲気のその女の名前は……
「百合っ……?!」
まるで、あたしと桜子との再会を呼び水に、かつての人間が集まってくるかのような錯覚を覚える。藤堂百合。かつての、あたしが救った少女の一人。
「ん、青葉、またお前の知り合いか?」
またってのは、怜斗と讃ちゃんの時のことを言っているんでしょうけど、しかし、まあ、何だって、百合がここにいるのよ。
「――士さん?
……嘘。ほ、ホントに?!冗談とかじゃなくて……いえ、その姿、冗談であってほしかったんですけど」
女になった零士を見て、そんな風にこぼすのは失礼じゃないかしら。まあ、あたしは昔っから女だったんだけど、男としてのあたしを良く知っている方は違和感しかないんでしょうね。
「あんたねぇ、図書館の帰りにヤバかったところ助けてあげたの忘れたの?
ったく、恩人に、ひどい態度よね」
まあ、そんな軽口をたたくと、百合は、やれやれと肩を竦める。
「天邪鬼は相変わらずって感じですねぇ。会えてうれしいくせに。……あれ、てか、染井先輩いないなら、わたしの一人勝ちじゃないですかー」
「あら、残念。桜子なら3年生よ。さっきまで、この教室にいたしね」
そんな言葉を言い合いながら、あたしたちは、相変わらずの会話を続けたわ。この調子なら他のもちらほらいるんじゃなかろうか。尤も、魔装人形たち、「風林火陰山雷」のナハトを積んだシリーズに関しては、今も生きてる可能性があるレベルだけどね。まあ、厄魔が生きてるわきゃないけど。
「あー、もう、嫌になるわね。百合、あんた以外に、いる?璃桜とかオルビアとか」
音音とかいたら絶望的なんだけどね。あー、でも《夢見櫓の女王》のやつだけは生きててもおかしくない気がするわね。
「いえ、流石に、他にも同じような状況の人は知りませんねぇ……。
あ、聖・ミリアナ学園より参りました、藤堂百合と申します」
自己紹介をするのを忘れていた百合は、慌てて自己紹介をする。百合も名前が変わってないのね。いいわね、楽で。あたしなんて苗字も名前も違うのよ……?
「藤堂と青葉は知り合いか?」
雨柄が聞きたくないが仕方なく、と言うような顔であたしたちに問いかけてきたわ。しかし、まあ、怜斗の時と同じで、初対面と言えば初対面なんだけどね。
「青葉……、今度は紫じゃなくて蒼なんですね。なんていうか、そこまで行くと、凄い運命力ってのを感じません?」
そうなのよね。色の一族から色の一族へと転生。まさに色の人間ね。まあ、【血塗れ太陽】にゃ負けるけどね。最強の男、流石に、あいつに勝てるって思ってるほど思い上がっちゃいないわよ。化け物ってよりも神をも超えた神がかった強さ……矛盾ね、とにかく、あいつの強さに敵うとは思っちゃいない。
「運命力ってより因果律?まあ、どっちでもいいけど、知り合いって言っていいのかしら?」
「じゃあ、恋人とでも言いますか?」
相変わらず返しが面白いわね。ジョークのセンスは一級かしら。それにしても、こうも集まると、少し妙な気分になってくるわよねぇ。
「冗談キツイわね。あたしゃ百合じゃないってのよ」
「わたしも百合は百合でもそっちの百合じゃないですよーだ」
軽快な会話を交えながら、懐かしさを感じていたわ。流石に支部長になってからは少なかったけど、それなりにこうやって話す機会があったからな。ちなみに、桜子と百合は仲が悪くて会話も毒まみれだったけど、それはそれで面白かったわね、ただし傍で聞いてる分には、だけど。
「あ、そういえば、百鬼千万ちゃんが、もしかしたら、【真紅の武神】かな、って思ってたんですけどね。一個上のクラスを見に行ってますけど」
「えー、あの瑠治が女?ないない、てか、翠華瑠治の方だとしても、そんな変な名前になるってことはないんじゃないの?」
そんな風な昔話を交えながら、他のクラスメイトを放って話は進む。しかし、百鬼千万ね、女……よね。それにしちゃ物騒な名前よね。それに百千万が名前に入っているってのも何か引っかかるような気がするんだけど、ま、いっか。
「てか、なんで、あの子だと思ったのよ」
植野瑠治ってのは、格闘バカってことぐらいしか特徴のない男だったから、これと言って判別できる要素があるとは思えないんだけど。
「それが、わたしと初めて会ったときに、ノトリ・アグノメンス以来ね、って言われたんですよ」
ノトリ・アグノメンス……?灰燼の首都、G支部のある地域の昔の都市のことよね。あたしは言ったことがなかったけど、そういえば百合は、魔岩蟲討伐の一件で、昔、「黒魔套」っていう異常種が、全てを灰にした都市、それこそが灰燼の首都よ。「黒魔套」はD支部に行った時にあたしが倒してるんだけど、オルビアと初めて会ったときだったかしらね。
「あの時、あの場所にいたのは、厄魔さんたちとわたし、そして、【真紅の武神】と【桃色の覇王】くらいのものでしたから」
あー、市原結音がいたのよね、そういえば。あら、そういえば確か……、あの一件の時に、妙な報告を受けていたわね。
「扶桑の伝統服を着た妙な人物を見たって報告もあったわよね、確か」
「あーあー、ありましたね、そんなの。確か、名前は……百寺千万子って言う……、百千万……ああ、なるほど。そういうことですかー。なら、もっと分かりやすく言ってほしかったですねぇー」
そもそもどっちが本名かも分からないしね。しっかし、怪しいわね。これで、またNo幾つだのなんだのって言って世界管理委員会とか言うのだったら承知しないわよ?
って、言ってもどうせそうなんでしょうから、まあ、仕方ないと思うしかないかしら。
「よくわからんが、昔ばなしに花を咲かせてないで、席につけよー」
雨柄の気怠そうな声。しかし、まあ、百合までもが合流するってことは近々、それも、百合がいなくなるまでの間に、つまり残り僅かな今学期中に、もう1回、なんか起こるってことでしょ?はぁ、全く、嫌になるわねー。まあ、紳司の方も、なんかに巻き込まれてるみたいだし、姉弟揃って、そういう運命の元に生まれた、と思うことにしましょうか。
――そう、それが、本当に運命と言うものによるものなら、ね。その運命と言うしがらみと理を生む【彼の物】ですら、もしかしたら、本当に……
どこかで、そんな声が聞こえた気がした。でも、そんなものは気にしないわ。神だろうが何だろうが関係ないから。あたしは、あたしの道を進むだけ。たとえそれが神様に決められてようが、決められてなかろうが、ね。
昨日中に投稿しようとしたのに、0時越えしてしまった……。え~、どうも桃姫です。いい感じに歯止めの効かない桃姫の作風が顕著に……前からなってましたかね?まあ、紫天の剣光と言う別の作品を読んだら分かりやすい……と言うこともなく、どちらかと言うと紫天の剣光の後の話でもあるわけで……。色々とごちゃごちゃになりそうな、そんな感じですね。次話は……できる限り早く、をもっとうに、頑張ります。




