217話:懐かしい顔
不知火の家に泊まって、その次の日のこと。あたし、青葉暗音を含む、《古代文明研究部》の面々は、学校に登校していた。まさか休むわけにもいかなかったけどね。まあ、あたしとしちゃ、ちょっと憂鬱なことがありそうだし、休みたかったんだけどね。まっ、あいつのことは、あたし……零士がよく知ってるしね。こうなるってのは薄々勘付くってもんよ。
そんなことを考えながら、あたし、輝、讃ちゃん、怜斗で、教室に向かっていた。すると、後ろから、はやてと友則が合流してくる。
「おはよ~、みんな早いねぇ~」
「ふぁあ、眠ぃな。うっす」
そんな2人と話しながら、教室は徐々に近づいてくる。あたしには、分かってしまう。嫌でも直観するのよ、感じる【力場】や【魔力】からね。
「どうした、暗音?」
怜斗が訝しげにあたしの方を見て問いかけてくるわ。そうね、まあ、夫には詳しく話さなきゃなんないことなんでしょうけどね。
「具合が悪いんですか、義姉さん」
讃ちゃんも心配そうな顔をして聞いてくるけど、体調は万全なのよね。いえ、生理……何でもないわ。とにかく万全よ。こ、この程度の痛みはいつものことだしねっ。
「大丈夫よ。てか、何かあるのはこれから。だから憂鬱なのよ」
肩を竦めながら、教室のドアに手をかける。いつもよりも騒がしい教室。その理由すらもなんとなく分かる自分にため息をつきながらドアを開く。
「今日はなんだか騒がしいな」
輝がそんな風に言っていたが、あたしは、その原因である、クラスの後ろの方の席に座っている女を見ていた。
「あ、あの人、染井先輩じゃないかな?」
はやてがそんな風に小声でつぶやいていた。そう、知ってる。それはあたしが一番知っているのよ。もはや、ため息しか出ないけど、それでも、あたしは前に足を進める。
そして、その女の席のところまで言って、ため息交じり、苛立ち交じりの声で、その女に話しかける。
「なんで3年生のあんたがここにいんのよ」
その問いかけに桜子は、ニコニコと微笑むわ。相変わらずのその容姿に、懐かしさすらも出てくる。
「いちゃダメなの?私、あなたの先輩なんだけど」
教室にいる理由になってないわよ。やれやれ、とため息をつきながら、……あたし、さっきからため息しかついてなくない?ま、いいけど。そんで、そのため息の原因に言葉を返すわ。
「先輩は関係ないわよ。てか、そこの席の西幟さんが困ってるじゃないのよ。ったく、これだから桜子は……」
あたしのセリフに、おかしそうに笑う桜子。その様子は、何か懐かしいものを見たような、そんな笑みよ。
「あははっ、懐かしいね。ほら、A支部でまだ候補生やってた時にさ、同じようなやりとりしたじゃない」
ああ……、あの時か……、とあたしのなかの零士が呟いたような気がする。それと同時にあたしの中にも、その鮮明な映像が蘇ってきたわ。
教室のような場所、そこで授業を受けた後に、サボろうとしたときに、桜子を見つけて、そのあと階段で分かれて、そこでピンクのパンツの子とぶつかって、階段を急いで登るその子のピンクの可愛いパンツを見ていた記憶が。
って、記憶の3割くらいパンツでできてるんだけど?!零士って大丈夫なのかしら。まあ、パンツの話はおいておいて、確かに似たやりとりはしてたわね。
「懐かしいってか、もはや、記憶の片隅レベルなんだけど。てか、そういや、あんた、自分の教室戻るとかいいつつ屋上行ってたわよね?」
まあ、いつものことだったんだけれど。そんなことはどうでもいいから西幟さんのために席を開けてあげなさいよ。
「そこは、ほら、いつものことじゃないの。もう、分かってるくせにぃ」
いつもの軽口のたたき合い。それは、零士と桜子の、……あの頃のいつものやり取りで、どこか懐かしいものを感じるやり取りだったわ。
「ったく、何年経っても変わらないわね、あんたは」
何度目か分からなため息をつき、桜子を無理やり席からどかしながら、そんな風に言っていたわ。気づいたら口から出ていた、って感じよね。
「私としては、その女口調が気味悪くてたまらないけどね」
「しゃーないでしょ、女なんだから」
そんなやりとりを自然と行う。もはや条件反射と言っても過言ではないレベルに、口をついて出る言葉の数々。
「そういや、あんた、今、また病弱何ですってね」
またってのは、桜子は、前世における……前々世における零士の記憶からすると幼少期は病弱で、病院で大半の時間を過ごしているような少女だった。それがいつの頃からか、退院して、前線で害蟲と戦えるレベルまでに回復してたんだけど。
「そうなんだよね。ほら、あたしの病気は、魔癌みたいなもので魂レベルまで蝕んでいたから。あの世界では、黒減式の魂まで関与できる装置があったから肉体への侵攻は収まってたけど、こっちじゃそうもいかないしね」
そりゃ、そうよね。よく考えてみりゃ、あの世界の科学技術は、この世界の科学技術を十二分に超えていたような気がする。……こういっちゃなんだけど、害蟲と言う脅威があったからこそ、なんでしょうね。
戦争は技術力の発展に大きく関係すると言われているわ。戦争で勝つためには、武器で敵を勝らなくてはならない。まあ、これは戦争に限った話じゃないんだけどね。
たとえば、原始時代。動物を狩るには、武器が必要だったわ。そのために、打製石器、磨製石器と、その技術力は発達していった。
そういう風に、戦いは、鉄製の武器や、剣、刀のようなものから投石器、そして、銃や大砲のようなものまで生み出した。それから戦車、毒ガス、化学兵器、危険なものをどんどん生み出す。全ては勝つという欲望のために。だからこそ、技術力は発展していったのよ。もし、戦争が無けりゃ、たぶん、科学技術はここまで発展してなかったんじゃないかしら。
だからこそ、人との戦争ではなく、害蟲との戦いが常にあった、つまり常に戦争中だったあの世界では、必然、科学技術も発展するに決まっていたのよ。
「でも、治らない病気じゃないわよね。確か、あの世界では、すでに破壊されてしまって作れなかった薬があれば治るんでしょ?」
確か、同じ薬が、この世界にもあったはずよ。あの治療薬は、別に特別なものを使用しているわけでもなく、しかもそれが偶然にも作用する、ってだけだけど。
「うん、治療中だよ。薬も飲んでる。けど……すごく遅いんだよ、治るのが」
……まあ、そうでしょうね。即効薬でもない限りはそんなすぐには治らないし、そんなすぐに治る病気ではないもの。
「なあ、暗音、さっきからすごく親しそうだけど、知り合いなのか?」
怜斗の問いかけに、正直、なんて答えるべきか迷ったけど、とりあえず、適当に返すことにしたわ。詳しい説明は後ですればいいでしょうしね。
「まあ、腐れ縁ってか、なんていうか。まあ、詳しい話は今度教えるわよ」
それにしても、みんな大なり小なり名前の変化がみられるってのに、桜子に関しちゃ、前世と何ら変わりがないのね。それと、気になることがあるのよね。
それは、あの日、不知火の家に泊まりに行った日に、龍の祭典から帰ってきた後に告げられた、《古代文明研究部》に頼まれた依頼。不登校生徒の投稿指導。そこまでは、まあ、いいわ。でも、その相手の名前が問題だったのよ。
「紫藤紫麗華」と言う名前。その名前には、そこはかとなく憶えがあるのよ。それは、あたし……紫雨零士の妹、紫雨紫麗華にして、その実態は、あたしの姉であり、そして、本来は、紫の一族の予備。その名前と同じ不登校の生徒がいるってのは、怪しい以外の感想はないでしょ。
「そういえば、紫麗華が一年生で不登校らしいんだけど、何かしらない?」
とはいえ、本人かどうか怪しいのは事実よね。だって、紫麗華は《終焉の少女》なのだから。その張本人であるところのマリア・ルーンヘクサとあたしは会っているのだから。では、高校に、あのマリア・ルーンヘクサが通うかって言われるとありえんでしょ?
「え、初耳。え、でも、まあ、不登校なのはなんとなく納得だよね」
納得しないでよ。まあ、あたしも納得できちゃうんだけど。まあ、あの子の性格を表現するなら、身内に優しく、外に壁を作るタイプの人間だしね。壁ってかキャラだけどね。ツンケンってか、……あー、
「お兄ちゃん、あーん」
と日常でやってくる妹が、ひとたび外に出れば、
「はあ?何、死ね」
と言う様子は、別人を見ているようで怖かったわよ。それに妙に常識人のくせに常識知らずだったし。あー、矛盾を感じる表現かもしれないけど、一般的な常識、要するに箸の握り方や料理なんかは知っていても、害蟲、世界情勢、歴史なんかには疎かったってことよ。今思えば、それらの基本的常識は、前世で培てきたもので、その世界特有の情報に疎かっただけなんでしょうね。
「まあ、学校に行くタイプの人間じゃないわよね。どちらかと言うと引きこもってお兄ちゃんの世話をするタイプの人間よ」
まあ、今の彼女にお兄ちゃんがいるって言うのは分からないけど。てか、いると、あたしの代理ってことなのかしら。
「う~ん、まあ、お兄ちゃんっこだったからね。てか私、あの子とはよく遊んでたけど、最初の方は、私も結構、壁造られてたのよね」
あー、そういえばそうだったわね。今思い出しても、あの頃の紫麗華は、なんか情緒不安定だったわよね。まあ、そのあと、死んじゃったんだけど、よく考えてみると、死んだ原因は零士が生きていたことよね。
紫の予備……色の予備の出現条件は、色の一族の全滅。あたしの場合は、紫雨の最後の一人だったから、膨大な魔力を持っていたせいで、存在を認識されなかったことによって姉として、もう一度存在を認識されなかったことによって妹として、2度にわたって、紫麗華が生まれたのよね。でも、後に、あたしが生き続けていたことで、必要性が無いということで殺されたのよ。殺された、と言っても実行犯は害蟲だけど、実質因果律によって殺されたみたいなものよ。
「あ、そろそろ、時間かぁ……。嫌だね、時間によって縛られるシステムって」
そんなことを呟きながら桜子は、「じゃ、後でね」と言って教室を出ていったわ。あたしも席に着く。なんか、怜斗や讃ちゃん、輝、はやて、友則は呆けていたけど、どうかしたのかしらね。まあ、雨柄が来たら、急いで席についていたけど。




