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《神》の古具使い  作者: 桃姫
鍛冶編 SIDE.GOD
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214話:氷刀

 カーン、カーン、と熱した鉄を叩き延ばす音だけが響く。


 それ以外の音はあまりない。パチパチと散る火花の音や衣擦(きぬず)れの音などはあるが、それでもここにあるのは、鉄と俺、ただ、それだけだった。

 今生に生を受けて17年。前世ではもっと長く生き、そしてひたすらに鉄を打ってきた。

 鉄を熱して打って延ばして、冷えたら熱して打って延ばして、それをひたすら繰り返す。


 この鉄は、魔力伝達物質といって、俺が純粋なテルミアの奇蹟を粉末に砕いて、たたら吹きして造った鉄だ。それだけに、まさに俺の魂が()もっていると言える。


 前世から俺は作り続けているもの、それは「(かたな)」だ。前世で障害をかけて、まともに打てたのが4本。そして、今生にて完成したのが1本。そして、また、今、新たに打っているのだ。

 そうして、俺は、刀を構成する4種のパーツ、心金(しんがね)棟金(むねがね)刃金(はのかね)側金(がわがね)鍛錬(たんれん)し終えた。


 心金ってのは、刀身の中心に入る鉄のことだ。テルミアの奇蹟で作っている。


 棟金ってのは、刀の上の部分。アクア結晶を使用。


 刃金ってのは、名前の通り、刃の部分だ。氷の棺の欠片を使用。


 側金ってのは、刀の側面、両側の部分だ。氷の棺の欠片。


 鍛錬、今じゃ、体を鍛えるのにも遣う言葉だけど、金偏の通り、鉄を鍛えるのに使う言葉だった。そして、その本来の意味は、鍛錬は、鉄を熱して打って延ばす作業のこと。


 こうして出来た5つ(側金が両側面で2つ)を組み合わせて、1つの刀が出来上がるんだ。だけど、これは、まだまだ準備段階。


 この4種はそれぞれ違う硬度で造られていて、それらを延ばして切り鍛接(たんせつ)する。

 出来上がった鉄片の先が尖るように三角に切断するんだが、このとき、切り方を間違えると心金が出てきてしまったり、棟金の方が尖ることがある。この場合、一番硬い刃金がきちんと出るようにしなくちゃならない。そして、切断をする。

 次は火造りだ。まず、棟の方を小山になるように整える。そして、刃のほうが薄くなるように叩き延ばす。細部を叩いて調節しながら除冷する。


「よし、いい小豆色だ」


 刀身が小豆色になるまで弱火に加熱して、除冷するのだ。

 冷えると、黒く煤けてしまっている。その表面を、荒砥石で磨き汚れを落とす。


 すると妖しげに輝く刀身が姿を現した。俺は、思わず息を呑んだ。

 この刀は、今までのどの刀よりも、美しい。そう確信を持てた。

 俺は、ゆっくりと、刃を(かんな)で削る。そうして、刃渡りと(まち)が生まれる。


 形だけは、刀になった。だけど、まだ、鉋で削った部分がある。そこを綺麗に砥ぐ。滑らかになるまで。

 この後、藁灰と水を混ぜたもので脂分を落とす。脂がついていると錆びるからだ。こうして、乾燥させる。


 この後土置きをして、全体の温度を均一にしていく。これをしないといけない理由は、次の工程にあるんだ。

 焼き入れ。熱されていた刀を一気に冷やすことで反りを生むのだ。

 このとき、土置きをしていないと、他の部分の焼入れが上手くいかず歪んだり、湾曲したりする。典型的な失敗例だ。


 俺は、そんな失態は犯さなかった。


 造り上げた刀身は、妖しく光を放ち、見事な刃紋(はもん)を生んでいた。重花丁子(じゅうかちょうじ)。まさしく、爛漫と咲き誇る八重桜の如き刃紋に、俺は、自分で造っておきながら心を奪われそうになる。


 そして、銘を刻む。俺の銘、六花信司……いや、青葉紳司、と。そう彫る。

 予め造っていた鍔をはめ、ナルディアの牙で作った柄に入れる。見事な一本だった。


 鞘をあてがう。透明なな、無職の鞘を。柄が鮮やかな水色。目貫は、白色。


 刀の名は、みなと話し合い、そして、刀の精自身の意見も取り入れて決めていた。


「【氷刀(ひょうとう)牡丹(ぼたん)】」


 俺は、仕上げと言わんばかりに、鞘に入ったままの【氷刀(ひょうとう)牡丹(ぼたん)】に、目一杯の魔力を注ぎこむ。


 【氷刀(ひょうとう)牡丹(ぼたん)】は美しい薄蒼白い光を放ちながら輝いていた。俺がこの刀に与えた能力は、「氷を生む力」、「氷を喰らう力」、「神を喰らう力」だ。元々、俺の考えていた名前が【氷刀(ひょうとう)氷狼(フェンリル)】だったからだ。フェンリルは神殺しの代表の1つだからな。ラグナロクで神を喰らい殺しているし。

 それになぞらえる感じで、そういった能力を付けたのだ。……正直に言うと俺もイタい名前だってのは分かっていたんだ。うん、ほんとに、だから牡丹でよかったよ。


 ああ、それとさっき上げた能力の他にもう1つ能力があったんだった。これに関しては、俺が付加しようと思っていたものではないんだが、「神の力を氷に変換する能力」ってのも付加しているらしい。


 そうだ、仕上げの仕上げを忘れていた。柄頭に、鎖をつけて、その先に、Dropさんからもらった「帝華」を付けた。これで、この刀は本当に完成した、と言える。


 実のところ、俺は、この刀と刃主一体になるつもりはない。そもそも、神の《古具》を持つのに、神殺しの力を持つと反発し合い、どちらの力も使えない、みたいになっても困るしな。最初は、静巴に渡そうかとも思ったが、今の静巴が欲しているのは剣だ。本来なら連星剣(ミツボシ)がありゃいいんだがな。そう思いながら、完成した【氷刀(ひょうとう)牡丹(ぼたん)】を持って、再び生徒会室を訪れた。実のところ、今日が何日かは、打っている途中に入ってきた由梨香によって教えられていた。由梨香には、俺が打っている間のサポートと料理等を任せていたからな。それなりに把握している。


 今日は、終業式の日だ。つまり、夏休み前日。むしろ、午後から夏休み、と言ってもおかしくないだろう。まあ、生徒会は平常運転だが。俺は、終業式をサボっていたので、生徒会室に直行した。


「紳司君!もう、君は親の代からそうなんだから、もっと行事積極的に顔を出しなさい!」


 と生徒会室に入ってすぐに秋世に怒られたのだが、それは俺に言われても困る。親の代のことは父さんたちに言ってくれよ……。


 と、そんな風に俺たちのいつもの生徒会と言うのが始まったのだが、淡々と作業をしていくと、いつの間にか、俺の分の書類が大量に溜まっていたので、結構時間がかかりそうだった。サボるのはよくないってのがよくわかるよな、こういうの。まあ、いいんだけどさ。文句を言っている暇すら惜しいので、ボールペンでカツカツと記入する。最近よくあることだが、熱摩擦で消せるボールペンと言うのは、こういった書類作業に適していないので、自分でメモを取るときや、授業でマークするときなどにしか使わない方がいいな。


 滅多に怒ることではないが、長時間高温の元に晒されていると書類が消えてしまうので、そういったことを未然に防ぐための処置だ。


「よし、終了」


 全ての書類の処理を、高速で済ませた。これでゆっくりできる。そう思い、一息つこうとしたとき、眼前が、光に照らされた。何が起きたのか分からず、一瞬目を細めるが、秋世の銀朱に似た、転移の光だと脳が認識した瞬間に、素早くその光から離れる。


――ザンッ


 思いっきり何かが降ってきた。その衝撃で、俺の書き終わった書類の山が崩れて、静巴に山のように降り注いだ。目に入ると危ないし、着る恐れもあるので危険だ。


「ったた。ったく、何だ、この強制転移の地獄(トラップ)は……」


 そう言って折り重なるように落ちてきた2人に、俺は見覚えがあった。そして、静巴の怒りは最高潮になってしまう。書類の山を崩されて書類まみれになったことだけが原因ではない。2人の男女にも原因がある。


「ちょっと、そ、蒼司(そうじ)


「あっと、ゴメン、大丈夫かい、(しずか)


 蒼司、静と言う2人。そう、彼らこそ……


「静、蒼司君、ラブラブするのはいいけど、チラかしたら、先にすることがあるでしょう?」


 怒気を孕んだその声は、前世における静葉の怒った時の声にそっくりだった。もう、怖さで鳥肌が立っちまったよ。そう、この2人こそが、女性の方が静葉の娘で現在の連星剣(ミツボシ)の保持者、七峰(ななみね)(しずか)だ。二代目剣帝でもある。俺にとっては種違いの娘ってことだな。


 そして、蒼髪蒼眼に蒼い翼を持つ男性こそ、静の婚約者にして、三代目剣帝、魔王と神の間に生まれた男、蒼刃(あおば)蒼司(そうじ)だ。


「ひぃいぅ!ご、ごめんなさい!!」


「え、あ、その、申し訳ありませんでしたすぐ片付けます!」


 早口に捲し立てながら、条件反射で片づけを始める2人。そこで、俺はふと気が付いた。静の腰に、連星剣(ミツボシ)のほかに、もう1本剣が刺さっていることに。


「あれって、たしか、【天使剣・クレイ=アルフィリアント】か?」


 出自は不明で、剣自体に不思議な力を内包するもので、24ある【天使剣】の、その中の1つが【クレイ=アルフィリアント】。対の剣で【クレイ=オーディファル】がある。


「っ、【天使剣】のことを知っている人間がいたのか?」


 蒼司が驚いたように、書類を片付けながら、こっちを見た。24の【天使剣】は、その大半が、ある天使によって回収された、とは聞いていたが、おそらく、その天使と、父さんの言っていたシンフォリア天使団、と言うのは別なものだ。

 なぜなら、俺が聞いたのは前世であり、父さんの話では、その頃は、まだシンフォリア天使団は、小世界の1世界に甘んじていたらしいからな。


「【彼の物を選びし者(ナナニン)】の眷属……じゃないわよね?」


 ナナニン……何だそりゃ、それが天使の名前なのだろうか。いや、そんなことはどうでもいいんだが。


「それで、結局どちらさんなのよ」


 秋世が面倒くさそうに2人に聞いた。2人は、書類の束をトントンとまとめながら、秋世に言葉を返す。


「蒼刃蒼司。いや、ソウジ・アオバ。不可侵神域の天使だ。こっちが妻の静」


「蒼司の妻の静です」


 その言葉に驚く秋世と、意味が分かっていないようで、ポカーンとしているユノン先輩にミュラー先輩。


「不可侵神域って言うと、第三典神醒存在アデューネのところよね。なんでこんなところにやってきたのよ?」


 秋世の疑問に蒼司が、仕方なさそうに答えた。


「旅行中の事故。誰だか知らないが、無理にでも時空を捻じ曲げて何かをしたんだろうな。強制召集みたいなことを。そのせいで、乱れに乱れてこんなところに強制転移さ」


 ……原因は、なんか知らんが、その一件には姉さんが関わっている気がしてならないな。


「と言うか、静、その【天使剣】何とかってのがあるなら連星剣(ミツボシ)返しなさいよ」


 と口に出したのは静巴だった。口調は完全に静葉だけどな。静巴にしては随分どころか果てしなく砕けた口調だったのに、ミュラー先輩は、驚きのあまりに声を漏らす。


「シズハちゃんがいつになく辛辣なの」


 辛辣と言うよりも悪態かな。まあ、俺は慣れているんだからいいんだけどさ。そして、口調と言った内容、シズハと言う名前から、2人は察したのだろう。


「えー、母さん、【神刀】持ってたじゃん」


 と、ものすごくダルそうに静が言った。この親にしてこの子ありだな。蒼司も苦笑いだ。ついでに俺も苦笑い。


「そだ、【神刀】と交換ならいいよ」


 無茶なこと言うなー。てか、いい加減に静は学習したほうがいいだろう。適当なことを言うとひどい目に合うってこと。


「んー【桜砕】は家だから、これと交換でいいわよ」


 そう言って静巴が差し出したのは、俺の打ったばかりの【氷刀(ひょうとう)牡丹(ぼたん)】だった。人のもん勝手に交渉に使うな。


「えー……、まあ、約束だし。ま、刀は使えないんだけどね」


 肩を竦める静。こいつもこいつで母親に似て、剣を使うことに長けている。


「さて、じゃ、これ、返すわ」


 そう言って、あっさりと連星剣を手放した静。かなり拍子抜けだが、ある意味学習していたのか。それとも、今まで全部いい方に転がっていたからか。


「蒼司、そろそろ、行こっかー」


 そういうだけ言って、2人は帰ってしまう。親子水入らずでゆっくりすればいいのに、とか、静巴のことを疑問に思わなかったのか、とかいろいろと思ったが、静巴は、帰ってきた連星剣(ミツボシ)を持って、颯爽と姿を消してしまった。






 さあ、どうやら、【氷刀(ひょうとう)牡丹(ぼたん)】と言う刀の運命には、俺の関与するところはないらしい。俺は、これから、あの刀がどうなるかは、きっと知ることはないだろう。

 願わくば、最高の持ち主に渡ることを祈ろう。

 え~、今回は早かったですが、それには理由がありまして、前半部分、まるまる、これとは別のあたしの作品で未公開のものを改稿したものだからです。前々から名前の出ているナオト・カガヤの物語の1話の前半を紳司君バージョンにアレンジしたために半分ほどはすぐに終わったのです。

 この章もあと1話。ラストは、3人称視点です。あたしのを昔から読んでいて、消してしまったものを覚えている人は、何か分かるものがあるかもしれません。と言うか、【氷刀(ひょうとう)牡丹(ぼたん)】で察せる場合は、その人は、かなりの桃姫マニアですね(そんな人いない)

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