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《神》の古具使い  作者: 桃姫
鍛冶編 SIDE.GOD
213/385

213話:神魔

 鍛冶場では、熱気で室温が高くなっていた。そんな中に、カーン、カーンと熱せられた刀身を叩く俺がいた。無論、仮柄は外している。刀身を叩くたびに、俺の魔力をまんべんなく染み渡らせるように注ぎ込む。


 幾度、その工程を経ただろうか。俺は、一体、何時間ここにこもっているのだろうか。そんな考えが一瞬浮かんでは、すぐに消しさり槌を振るう。800度近い高温を扱っているのだ、気を抜くなんてもってのほかである。


 そして、熱して、一気に冷やす。それを研げば完成である。おそらく、魔力を良く吸ったいい色合いの刀身が出来上がっているはずだ。


 さて、ここで言うならば、刀を造るのには本来、多くの人が関わっているものなのである。刀工が刀身を打ち、研師(とぎし)が刀身を磨く。鞘師(さやし)が鞘を造る。白銀師が鍔や(はばき)……刀身が鞘から落ちるのを防ぐためのもの……を造る。柄巻師が柄に紐を巻く。他にも塗師や金工師などが装飾などを手掛けている。

 そういった人々の協力があって刀とは完成するものである。しかし、それは、日本と言う場所だから、そうなったのである。

 日本ならではの複数の職人による作業で一つの物が完成するという技術漏洩を防ぐ方法、日本ならではの装飾に対するこだわり、その他諸々があってこその、日本刀と言うものが生まれ、そして、複数人が揃わないと完成しない、と言う能率の悪さを抱えながらも、それでも強いから需要が生まれるという、日本の特殊な環境ゆえに、刀は存続できたのだ。


 剣帝王国(アルレリアス)における刀の歴史は、俺のいたころに、東方の国より伝えられたといわれていた。詳細はそれだけあり、そもそも、剣帝王国より東には数多のくにがあったからな。だが、そんな刀の魅力に取りつかれた者たちがいた。それが俺やナオト、レンなどの刀鍛冶だ。

 では、その刀鍛冶たちはどうやって刀を造っていたか。そもそも、分担するには複数人いることが前提となる。剣帝帝国、かつては剣舞帝国であったが、その根底にあるのは「剣」だ。そんな場所で細々とそんなものを作っていても売れるわけがないのだ。

 日本には、剣がなかった。いや、なかったわけではないのかもしれないが、それよりも刀だけが、ただただ切ることに特化した刀こそが一番と、その技術が磨かれ続けたのだ。


 それに比べて、「剣」しか作ってこなかった人々に「刀」をちょっとずつ作って売り込んだところで、なら剣を買う、と言う人が圧倒的なのは当たり前だろう。せいぜい、魔物の処理用に脇差が売れるくらいだった、と聞いている。

 だからこそ、剣帝王国(アルレリアス)における刀鍛冶は、一人で作品を作り上げることを目標としていた。それゆえに、俺もナオトもレンも、一人で1振りの刀を造れるのだ。文字通り、切っ先から柄頭、小尻(鞘の先)まで全て造っていた。


 そうして、磨き上げられた刀の刀身には妖しげな渦を巻いたような刃紋が浮かび上がっていた。禍々しいようなその模様だが、色合いや様子は神々しさすらも感じるものだった。それこそ、【魔刀】と呼ぶには、神々しすぎるほどに。されど、【魔】の一面をも併せ持つ、すなわち、それこそ【神魔刀・里神楽】と呼ぶにふさわしい。


 かつて、と言うより、この間、と言う方が適切か。あの、謎の場所で、俺は、篠宮液梨さんからその名を聞いていた。【神魔刀・里神楽】と。彼女が何者かは分からないし、彼女がどうしてその名前に至ったのかもわからない。偶然か、あるいは予言か。








 後片付けを済ませて長い階段を下る。俺の手には、白鞘に、黒い柄、と魔と聖を表現した一振りの刀があった。これこそが完成した【神魔刀・里神楽】。何年も待たせちまったからな。いや、何十年、何千年、待たせた時間は計り知れない。


「ん?」


 俺が鍛冶場から出ると、鍛冶場を開いたゲートに寄りかかるようにして、立ったまま眠っている由梨香がいた。どうやら、俺を待っていたようだな。ふぅ……まったく、なんで俺なんかにここまで尽くすのか、メイドってやつもよくわからないな。


「ありがとな」


 小さく由梨香に囁きながら、ゲートをしまう。そして、支えを無くした由梨香が倒れないようにそっと抱えて、地面に横たえる。どうやら、ほとんど寝ずに、ずっと待機していたようだ。目の下の隈が凄いことになっている。寝たのはついさっきに違いないだろう。


 時計を見ると時刻は、一巡していた。それが12時間後……ではないのは容易に推測がついた。二巡か四巡か、それは分からないが、少なくとも一日は経過しているだろう。


 暮れ落ちる寸前の太陽と空に昇る月。その2つからの光を、鞘から抜いた刀身が妖しく反射している。まさしく【神魔刀】。


「御館様」


 その声は、珍しく、通常の音声として発せられたものだった。俺は、口に出して、その声に答える。


「どうした、マー子」


 マー子……【王刀・火喰】の中でも、魔力を喰らう部分に携わる精霊だ。いや、明確にそういう存在なわけではないが、一応、本人としてもそうなっているようだから、そうなのだろう。


「完成したのですから、刃主一体で一緒になりませんか?」


 ああ、そういうことか。だが、まだだ。この完成した【神魔刀・里神楽】は、【幼刀・御神楽】の姉妹刀なのだ。この刀は2振りが揃ってこそ、真価を発揮する。だから、刃主一体になるときも、その2振りと一緒に、と考えているのだ。


「まだ、機が熟していない」


 俺は、そういうと、【神魔刀・里神楽】を持ったまま生徒会室へと向かう。由梨香をこのままにしておくのは不安だが、起こすのもかわいそうだしな。そんでもって、何日かは知らないが学園をサボっている以上、生徒会に顔を出さないわけにもいかないのだ。


「じゃあ、由梨香、行ってくるよ」


 由梨香にそっと囁いてから、宿直室を出て、廊下を歩く。この時間なら、まだ生徒会で残っていてもおかしくはないはずだ。

 夏休み直前のこの時期にはそんなに仕事はないはずだが、今のうちにやっておける2学期分の仕事とかもあるしな。そういったものをやっていてもおかしくはないだろう。


 そんなことを考えながら、生徒会室に、向かうと、生徒会室には明かりがともっていた。どうやら、まだいるようだ。ホッとしながら、そのまま生徒会室に入る。


「ちわーっす」


 そうやって入った生徒会室には、秋世とユノン先輩しかいなかった。ミュラー先輩と秋世はどうしたんだろうか。それに、静巴もユノン先輩も俺のほうを見て驚いているようだが。


「ちょ、し、紳司、今までどこに、てか、なんで刀?」


 ユノン先輩の驚愕の声を聴きながら、いつもの席に着く。静巴は、俺の刀を見てなんとなく状況を察したようだ。てか、流石だ。まあ、俺が鍛冶場に潜っているのを何度か見学しているからな。


「完成したのですね。どこか感慨深いものを感じますよ。それで、それを打つために3日潜っていた、と言うわけですね。はぁ……、不摂生にもほどがある生活です。まあ、その辺も相変わらず、と言うことでしょうか」


 まあ、確かに、俺にも感慨深い部分はある。てか、ホントに、ミュラー先輩と秋世はどこに行ったんだよ。と、思っていると、廊下から声が聞こえてきた。この声は、秋世とミュラー先輩と……橘先生?


「だから、そぅ言ってるじゃないですかぁー」


 そんな独特の間延びした口調で話す橘先生が、秋世とミュラー先輩と一緒に入ってきた。何の話をしているのかは分からないが、その時、俺の持つ【神魔刀・里神楽】が震えたような気がする。共鳴振動、所謂共振だ。


「【幼刀・御神楽】の気配がするな」


 俺が言葉を発すると、新たに入室してきた3人の動きが止まった。どうかしたのだろうか。とりあえず、俺の目は、橘先生が抱えるように持つ、【幼刀・御神楽】だ。席を立ち、即座に回収するように、橘先生の手からそれをひったくった。


『ヨー子、か』


 刃主一体となっているわけではないから分からないが、ヨー子が俺に返事を返したような気がした。さて、と、ようやく、俺の元に、【時雨落とし】以外の刀……【神刀・桜砕)は静巴に預けているが、それでも一度、俺の手元に戻ってきたわけで、ほとんどの刀が揃った、と言えるだろう。


(マー子、刃主一体だ)


 素早くマー子に指示を出して、2振りを俺の物として、一体となる。3人の精霊が、俺の中に新たに追加されるということだ。


『これが、刃主一体……ですか?』


『ふぅん、中々ね』


『よもや驚いた、久しくあろうか、我が王よ』


 サト子、カグラ、ヨー子が口を開く。脳に広がる声と同時に、俺に「神格保持」「龍殺し」「無限成長」の仕組みが追加されたのであろう。


「ふわっ、カタナが消えた?!」


 ミュラー先輩が律儀に驚いてくれる。しかし、これで、俺は、現段階でも、それなりに、能力が充実しただろう。そして、たとえば、秋世に一回でも転移させてもらえば、無限成長で、俺も転移が使えるようになるのだ……理論上。ここには多少制約が付くので、絶対とは言えない。


 しかし、今回手にした能力は、実際に持っているかどうかわかりづらいものばかりだな。実態が無い力と言うか、付加能力と言うか。


「さて、と、目標は達成したし、もう1振り打ちに戻るとするか」


 面白い素材とテルミアの奇蹟を使った刀づくりを考えていたんだった。なるべく早く打ちたいしな。


「え、ちょ、戻るってどこによ。てか、今までどこにいたのよ?!」


 秋世の声を無視しながら、宿直室の方へと向かったのだった。

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