207話:彼女の思惑
SIDE.MAIKO
私は、密かにため息をついていました。私は、立原舞子と言います。立原家の人間であり、夫よりも権力の高い、実質最高権力者となっています。別に不満はないし、それが妥当なことだと分かっているから、文句は言いません。私も、かれこれ、何年になるか分からないほどの時間を生きてきました。だからこそ、自分の立場と力を理解しています。
辰を祓う者……辰祓、ゆえに立原。私の一族はそうして名を変えても本質は変わらずに、生きてきました。多くの龍を殺し、祀り、その命を神へと捧げるために、神社を建立し……、と生きてきたのです。
その過程で、多くの子孫ができ、多くの一族へと枝分かれしていった結果、私の一族には多くの分家が存在するようになりました。
魔を祓い一にする者……一祓、ゆえに市原。
魔を殺して一にする者……一殺、ゆえに市瀬。
辰を跡形もなく消し去る者……辰消、ゆえに瀧消。
辰を祓う力無き者……辰力無、ゆえに橘。
辰を一片も残さず無くす者……辰無、ゆえに立花。
そのほかにも、親類に、吸血鬼殺しの山岸家、神社関係の九条天神家、その分家の京山家などの多くの家が、この立原家に連なっているのです。
そして、そんな立原に、「青葉」とのつながりまでもが生まれてしまったんですよ。私の娘である、美園さん。美園さんが結ばれた相手は、あの「蒼刃蒼天」天宮騎士団長の子孫でした。
かつて、私が属していた時空間統括管理局理事六華直属・烈火隊。その本拠地がある飛天王国の私設騎士団、天宮騎士団の騎士団長をしていた人物、のちに三神の一柱となる男「蒼刃蒼天」団長です。
その頃のことは、今となっては、本当に懐かしいですねぇ。私も、あの頃は若かった。紅紗ちゃんや深紅先輩と一緒に過ごして、無双さんに憧れたり、春夏さんからお茶をいただいたり、未来さんの仕事につき合わされたり、という夢のような日々が頭の中を巡ります。
少し、思い出してみましょうか。有限の夢幻の日々を。あの戦いが起こる前の、優しい日々を……。
――飛天王国、烈火隊隊舎、3番隊庁塔。つまり、私たちの城。ここを治めるのは、三門、天龍寺深紅先輩。そして、それを支える副隊長が、紅紗ちゃん。中隊長が、この私です。
この時期、私たちは特にやることがあったわけではありませんでしたからねぇ。暇を持て余していましたよ。
「それで、何だったか。ああ、そうだ。この間、すげぇ端にある世界を訪ねてきたんだが、フェニックスのライアが剣を造ってほしいと頼み込むほどの凄腕の鍛冶師がいるらしいんだ」
深紅先輩がそんな風に言ったのです。もう、本当に、このころから変わらず、この人は、そんな風に脈絡もなく話を始めるんですから。困ったものですよね。
「あのライア・デュースが剣の発注……?」
紅紗ちゃんが意外なことを聞いた、と言うように首をかしげました。ライア・デュース、その名前を知っていたのは、極一部の人間でしょうけど。
「でも、頼み込むってことは断られているってことですよね?」
私の言葉に、深紅先輩が頷いて答えます。
「ああ、その通りだ。その豪傑の名を、六花信司というらしい」
それから幾月か、幾年か、どのくらい経ったのかは分からないけれど、そんなある日のこと、――飛天王国、烈火隊隊舎、2番隊庁塔。ここの主である、植野春夏二門の誘いでお茶を飲みに来ていました。
烈火隊二門、その実力は、深紅先輩と比べると歴然の差があるそうです。仔細は知りませんが、その実力だけなら、無双さんを除けば最強と言われていましたしね。
尤も、のちの二門は、深紅先輩の足元にも及ばない程度の実力だそうでしたが。二代目の一門、希咲雪美は、無双さんに勝るとも劣らないと言われていましたけど。まあ、先代一門、……つまり、三代目一門である希咲瑠璃は、現二門の鳳泉夜空と同格程度らしいし、現一門の希咲雪音は、もしかしたらそれ以下とも言われていますしね……。
あ~、ややこしい感じになっていますが、一門だけは代替わりが激しいんですよ。
初代一門、篠宮無双さんは、この後に起こる「白城事件」で白城王花を倒し、死亡。
二代目一門、希咲雪美は、第二世界フェニックスとの間に起きた「不死鳥事件」にて死亡した……とされていますが、私はその頃は今の世界にいたので詳しい事情は知りません。
三代目一門、希咲瑠璃は、人工数列種計画によって作られた第五鬼人種のクローンで、第一次時空戦争で自身の怪我と弟の死により引退し、娘に地位を譲ったそうです。
四代目一門、つまり現一門、希咲雪音は、氷の国の女王も務めながらラクスヴァの姫神・アリスやハルキュオネのアクシア、現王不在で暫定王が担っている紅蓮の国のエミア・セルト・イリシアなどとも手を組んでいるそうですから。
なお、「第一次時空戦争」で亡くなったとされる瑠璃の弟こそが、最強と名高い【血塗れ太陽】です。
一部の人間の間では、妙に神格化され、まだ生きているという話すらありますが、世界の全ての終わり……赤の世界落ちて、なおも生きながらえることは無双さんでも無理ですから。
赤の世界。かつて、終焉を迎えた世界の一つにして、最も悲惨な終焉を迎え、その世界には真っ赤な何かしか存在せず、如何なる存在も、その赤に触れて生きながらえることはできないとされています。神でも不死者でも、変わらず死にます。人の身において、死せずしてあの場を逃れるのは、如何なる力をもってしても不可能、ゆえに、彼はそこに飛ばされて処理されてしまったのです。
「相変わらず美味しいですね」
そういったのは、無双さんの横の席に座る、この時点で、副隊長となっていた裏切りの剣士、白城王花。のちに【白王会】として私たちに牙を剥き、「白城事件」を起こす悪逆非道の剣士です。まあ、このころは、まだおとなしいもので、純粋に強さを求めていたようですけど、邪悪の片鱗は時折陰りを見せていました。
「そうよねー。てか、よくわかんないけど、なんで春夏は私らを呼び出したのよ?」
無双さんがそんな風に春夏さんに問いかけました。そう、ここに集められた理由が分からないのです。ここに集まっているのは、一番隊の隊長・無双さん、副隊長・王花、二番隊の隊長・春夏さん、副隊長・茅風柚葉さん、三番隊の隊長・深紅先輩、副隊長・紅紗ちゃん、中隊長・私、四番隊の隊長・霧羽未来、副隊長・霧羽千陰ちゃん、と、この烈火隊のそうそうたる面々が揃っています。もはや、お茶会と言うより、密会に近い形だと思うんですがね。
「別に他意はありませんよ、無双さん」
うふふと微笑む春夏さん。この人は相変わらずよくわかりませんね。まあ、のちに管理局の大物になる人ですからね……。
「柚葉さんが、皆さんの休日が重なる日を、極秘に調べてくれまして、ようやくみんなで集まることができたんですよ?」
茅風柚葉さん、彼女はどの人物よりも情報戦に長けています。のちに、二番隊隊長になる【黒狗】鳳泉夜空や二番隊副隊長になる【銀狗】村日犬子、二番隊中隊長になる【紅狗】火々夜燈火、諜報部を率いる【金狗】スタリス、希望の子【白狗】六連悠斗など特殊事案特務調査部隊、通称【狗】と呼ばれる情報収集兼暗殺部隊のトップクラスの面々を育てた人物でもあります。
「いえ、春夏お嬢様、自分は特に何もしておりませんよ」
柚葉さんは、秘密主義で、春夏さんの幼馴染で護衛であったということ以外、何もわかりませんが、……それは、誰の情報力をもってしても知ることは不可能でしょうね。たとえ、先ほど上げた【狗】を総動員したところで名前と生まれくらいしか分からないという結果が目に見えています。それほどまでに彼女も凄い人間である、と言うことですよ。
「ま、どうでもいいんじゃねぇの。オレとしちゃ、美味い茶が飲めりゃ文句はないしな」
ほぼ口調が男の、砕けた感じで深紅先輩が笑います。確かお茶は美味しいですけどね。
「だったら、もうちょっとありがたそうに飲みましょうよ」
紅紗ちゃんが深紅先輩にそんな風に注意をした。相変わらず仲がいい姉妹で、今でもこんなやり取りをしていますからね。
「ボクとしては、こうしてみんなで集まることに意味がある、なんてことを思うよ。探偵にも休息は不可欠だし、他人との会話は脳の潤滑油になる。思わぬ助言が得られることもあるかもしれないしね」
入隊当初とは違って、この頃にはだいぶ落ち着きを見せていた未来。暇なときは探偵の真似事をやっていましたが、のちに本当に探偵になってしまいましたからね。まあ、彼女の言っていたことは、二時間ドラマなどを暇つぶしに見るようになってから分かりました。まあ、小説やドラマほど助言になることはないでしょうが。
「姐御、探偵ごっこもほどほどにしておかないと」
と言うのは、未来の親戚の千陰ちゃん。ちなみに、彼女は後に時空を跨ぐ大怪盗となってしまうのだけれど。
「全く千ぃ子君は、本当に探偵を嫌う傾向があるねぇ」
未来はわざと小説の中の探偵のように、そんな風に言うことが多々ありました。当初のおバカな未来はどこへ行ってしまったんでしょうね。
「フッ、人の秘密を暴くなんて愚かしいことを率先してやる人種を好けと言うのが無理なんですよ、姐御。人の本質とは隠すこと。本心も大事なものも、全て隠す。だから、私は、それをこっそりと盗み見たいだけですからねぇ」
このころから怪盗の思考の片鱗は見えているんですよね。人の大切なものを覗き見る、それを至高とする怪盗、人の隠しているものを全て暴くことを至高とする探偵、本質としては近いようで、その実、全然違う存在。どうして親戚でこうも違うのか……その辺はよくわかりませんね。
「あんたら、仲いいのか悪いのか、よー分からんわよね」
無双さんが呆れ半分にそういいます。そんな様子を見ていた王花が、ふと、何かを思い出したように言葉を紡ぎだしました。
「そういえば、ヴィスカンテの王族に刀が売られたって話、聞いたことありません?大事なものとか秘密とかで思い出したんですけど、あれって誰の刀か不明なんですよ」
人の会話中になんで物騒なことを考えているのか、と言うのは、彼女が強い力を求めるが故の、強い力には強い武器も必要とかいう考えから来ているんでしょう。
「ヴィスカンテ、ねぇ。あっこは、ウチの上層部の隠し組織ともつながってるって話だし、あんまりまともな武器じゃあなさそうね。大方、二大刀匠のどっちかじゃないの?」
二大刀匠、レン・オオミとシーゼル・フュー・フォン=ガレオン。今ではその2人にナオト・カガヤを加えた三大刀匠と呼ばれることの方が多いですけどね。
レン・オオミの【妖刀・鷹波】、【妖刀・暁】、【妖刀・梔子】など。
シーゼル・フュー・フォン=ガレオンの【聖剣・デフィトリア】、【魔剣・グラフィオ】、【天剣・レオーネ】、封印中の【聖魔剣】など。
ナオト・カガヤの【妖刀・朝紅】、【妖刀・夕紅】、名称不明の2振りの刀など、
三大刀匠は、私たちの持つ刀にも勝るとも劣らないものを数多く打ってきましたからね。
「なあ、もしかすると、六花信司じゃないのか?」
深紅先輩がニヤリと笑いながら、そんなことを言います。前のライア・デュースの話を引っ張っていたのでしょう。その名前を聞いた無双さんはピクリと反応を見せます。
「六花……」
そして、春夏さんは、面白そうにウフフと笑います。どうかしたのか、と皆が目で問うと、春夏さんは答えます。
「まるで、縁起を担ぐように私たちにぴったりな名前ではありませんか。六つの花……六華の直属である私たち。そして、信じるを司る。私たちの無双さんを体現しているようではありませんか」
この時の私たちは、無双さん以外、誰一人、その無双さんを体現しているという言葉の意味が分かりませんでした。今思えば、春夏さんは、知っていたのでしょう。篠宮と言う家のルーツを、【死宮】、【死の宮へ誘う者】にして【思いを信じて、絆を束ねる】一族のことを。
無双さんには、【絆】と言う力がありました。いえ、無双さんだけではなく、【死宮】をルーツに持つ篠宮の人間は、全て。
そして、それは、神となってから発現した力の象徴にもなっているような気がするのです。三神には、それぞれ、自信の固有の力とは別の能力が発現します。
天辰流篠之宮神は、輪廻転生……無限環転生と言う力を。【絆】を未来永劫残すかのように、他者に移ってまでも己を残す力。それゆえに、その神の力は、転生先に受け継がれる。
朱光鶴希狂榧之神は、回復と幸福。己の原典【回復の力】を子子孫孫、己の子等に分配し、未来永劫、人々の幸福のためにあり続ける。それゆえに、その紙の力は、子供たちに受け継がれる。
蒼海空逆巻立之神は、万物の創造。壊してばかりいた自分を悔いて発言した【創造の力】。その力は、子孫の【壊す後悔】を自分が引き受けるという意味で、誰にも受け継がれることはない。子供たちに受け継がれるのは、魂の力、血の継承、【蒼刻】のみ。
「あんたねぇ、人の秘密をペラペラと。まあ、隠すことでもないんでしょうけど。それよりも六花信司っつったかしら。なるほどね、飛天姫……刹那の言っていた、あの……。面白いじゃないの。あたしと蒼天の運命ってやつは……」
無双さんの言論は、今でもよくわかりませんが、急に、無双さんは、笑いだして、ひとしきり笑ったあと、私に向かって言うのです。
「ねぇ、舞子。あんたの娘は、意外な一族と結婚するかもしれない。それは、どうでもいいわ。でも、あんたの曾孫にゃ、ちょっとね」
そんな意味深なことを言う。無双さんの言う意外な一族っていうのは、今ならはっきりとわかるけど、青葉のことですね。確かに意外でした。
「おいおい、無双さん、言ってることがさっぱり分からねぇぜ。舞子の曾孫に何があるってんだ?」
深紅先輩が無双さんに聞きますが、無双さんは曖昧に笑うだけ。しかし、ついに、一言漏らします。
「立原家は、いずれ、【幼刀・御神楽】っていう刀を手に入れるんだけど、この刀は、使っちゃいけないのよ。それを封印なさい。とある世界の日本ってところの山奥にね。そうすれば、いずれ、それを守護する者と、あなたの親類が結ばれるから。そうして、できた、その娘に、【幼刀・御神楽】と打かけの刀を託すことで、あなたの曾孫と、あと娘は、救われる。
あ、言っとくけど、あたしのデマじゃなくて、飛天姫の……サクラ……いえ、刹那の予言だから、悠久聖典に基づく立派な予知よ?」
のちに二代目四門となる飛天姫。その予言の力は、アカシックレコード、因果の全てを記したとされる悠久聖典の一部を神託によって読むもので、つまりは全知の一端、要するに正しいことを知ることができるのです。しかし、まあ、一部だけですので、解釈次第と言うところもあるので私はあまり信じたくはないんですが……。
「で、その予言と六花信司がどう関わっているの?探偵としては興味深いことで」
いや、探偵関係ないし。未来の質問に対して、無双さんは、ボリボリと、股座を掻きながら……はしたないですね、いつものことでしたが、……答えます。
「【幼刀・御神楽】は六花信司が打った刀、らしいわよ」
はたして、その予言通りにことが進んだのか、と言うのは、実のところ、私が一番よく知っています。
この後、本当に立原家は、この刀を手にして、そして、日本の九州の日向神峡に封じたのです。そして、橘家と日向神家が結ばれて、鳴凛さんが生まれたのです。
そして、今、私は、鳴凛さんに【幼刀・御神楽】と打ちかけの刀を託しました。全ては紳司のために。私の曾孫を救うために、ですよ。そして、鳴凛さんを救うためでもありますが。
そう、それは運命の導き。運命……ああ、昔はさっぱり信じてなどいなかったんですがね。
え~、何がどうしてこうなったのよ!とツッコミたい、桃姫です。なんでか、こう、切羽詰っているときほど、あたしは加筆傾向にあるらしく、無駄な話をモリモリ盛り込んで、結果、6900文字ほどに……だから、1話4000文字って言っているじゃないですか、なんで3000文字近くオーバーしてるんですか?!
まあ、無双だの春夏だのが出てくる話は、いつも長筆傾向があるので分かっていたんですが。
しかも前回、「橘先生に会わなくちゃ」みたいなことを言って〆たにも関わらず、全然関係ない年増ババアの昔ばなしって……。
まあ、と言うわけで、大学にノートパソコンを持っていくか、いかないか非常に悩ましいところで、いまだに一度ももっていってないのですが、持って行っても書く時間なさそうなんですよね……。




