206話:贈物
さて、休息が休息ではなかった昨日から一日明け、本日は、テスト最終日だ。今日が終われば、もう、夏休みまで秒読み。くだらない行事が残っているだけとなる。まあ、行事と言っても、生徒会が主に関わっているのは、生徒会長の言葉くらいなもので、特に他に出番はない。引退も、2学期の後半だからな。それに時期生徒会の役員の候補として紫炎、天姫谷螢馬、《古具》使いじゃないけど律姫ちゃん、とかかなりの数候補がいる。七星加奈……は、候補に入れられないだろう。
まあ、そんな先の話はおいておいて、今は、最後のテストに集中しよう。えっと……問題は……。あー、周波数Tを求める問題か、あとインピーダンスと、リアクタンスか。面倒だな。まあ、いっか。えっと、πは3.14として計算せよ……ねぇ。
ま、ざっとこんなもんか。一通り計算が終わり、窓の外を見て暇をつぶす。そんなとき、窓の外に見覚えのある姿が目に入った。
あれは……七上さん?
七上さんが、大学生くらいの女の人と一緒に歩いているところだった。彼女だろうか。七上さんみたいな雰囲気の人とは不似合ののんびりした雰囲気があるな。でも、何だろう、少しおかしな気配が混ざっているような……。
『信兄ぃ、ありゃ、もしかしたら、神造兵器の保持者かもしんねェぜィ』
神造兵器……なるほど、この違和感はそれか。だが、神造兵器っていえば、人形とワンセットって話をいつか聞いた気がするが……なにぶん、俺も又聞きだからな。
『しかし、このような片田舎の世界に、よくもまあ、神造兵器などと言うものが……、御館様がこの世に甦ったのも、この世に引き寄せられたのでしょうか』
マー子の言葉を聞き流しながら、なんとなく考える。この世界と言う概念の意味を……。多くの者たちを集める、この世界のことを……。
アルレリアス……俺たちの世界からも、俺や姉さん、静葉、父さん、母さん、燦、鷹月、零斗など多くの人間がこの世界に生まれ変わっている。でも、なんで、みんなこの世界に生まれ変わったんだ?そこだけは引っかかっている。異常な人間ばかりが集う、転生した者、生き続けている者、新時代を担う者、様々な人間が、この世界に集ってきている。
中には、理由が分かっている存在もある、たとえば、父さんに惹かれている愛藤愛美や、父さんの相棒のサルディアさんなんかは異世界で契約を結んだそうだし。
そういえば、異世界っていえば、ユノン先輩のところの両親も異世界渡航経験があるんだったか。どんな人物だったんだろうか。
【桃色の覇王】と呼ばれたユノン先輩の母親、それと、【真紅の武神】と言われた植野瑠治。名前は姉さんが言っていたが、その詳細を、俺は一切知らないのだ。
《人工古具》も謎の多いものだ。本来なら、この世界にあるもので、あんなものは作れないだろう。つまり、異世界の技術が関わっているのは明白だ。いや、材料に使われているのが異世界のものなのかもしれないがな。
『テルミアの奇蹟ではあらんかえ?』
ヒイロの言葉に、俺は、内心で首を傾げた。なんだ、そりゃ。聞いたことのない言葉な気がするが。
『御館様、大きな世界的な意味では「テルミアの奇蹟」、一部世界の意味では「魔力伝達物質」と呼ばれているものです』
マー子の解説を聞きながら、その材質を使って刀を打つことを自然に考えていた。これが刀鍛冶の性と言うものだろうか。昨日の一件で手に入れた材料を組み合わせれば、【王刀・火喰】と対になる氷の刀ができそうだ。名づけるなら、【氷刀・氷狼】だろうか。
『信兄ぃ、それはないぜェ』
『御館様、それは少し……』
『主、流石にそれはの……』
頭の中で3人に否定されてしまった。じゃあ、まあ、名前はおいおい考えるとして、次討つのは、そんな刀がいいな。まあ、魔力伝達物質とやらが手元にないからできないんだけどな。それに最初に打つのは、打ちかけだった【神刀・里神楽】だ、と決めているから。
そういえば、篠宮液梨さんが、この間、おかしなことを言っていたな。確か……【神魔刀・里神楽】って言ってたか?
里神楽の名前を知っているのに、刀の等級を間違えるとは思えない。つまり、それには何らかの意味があるってことか……。
そうして、チャイムの音が鳴り響く。最後のテストが終わったのだ。ちなみに、さっきの科目は物理の電気だった。まあ、適当に片づけたので、内容がすでに頭の中にはないが。さて、生徒会の仕事に行くか……。
そう思って立ち上がろうとした瞬間に、視界の端にピンク色がうつりこむ。ユノン先輩……?どうやら、静巴は問題の答え合わせを友人としていて、気づいた様子はないようだ。ちょっと気になるな……。よし、行ってくるか。
「静巴」
俺は、静巴を呼びながら、軽い手振りで意図を伝える。そこは前世からの縁で、すぐさま理解したようで、静巴はこくりと頷いた。
「分かりました。生徒会室に遅れているようなら、ミュラー先輩と秋世にはわたしから伝えておきます」
まるで心を読んだようだが、父さんと母さんのように本当に読んでいるわけではなく、本当に感覚のようなものだ。察する力、とでも言い換えられるだろうか。長い間環境を共にすると、自然と考えが似て、なんとなく互いの考えが分かることで、よくある例えを出すとすれば、双子のシンクロニシティとかのことだ。それに近く、長年連れ添った夫婦は、ツーカーの仲と言うように、意思疎通ができるものなのだ。
「ちょ、え、シズちゃん、今、青葉君、『静巴』ってしか言ってないよ?」
一緒に答え合わせをしていた友人がそんな風にツッコんでいるのを聞きながら、ピンクの髪を追って教室を出た。
しばらく行った階段の屋上に続く踊場、つまりリューラちゃんか俺くらいしか寄り付かないようなところに、ピンクの髪をしたユノン先輩が立っていた。俺が来るのを見越していたのか、仁王立ちで俺を見下ろすように。いつも俺にいいようにあしらわれているのが気に障って、たまには自分が上だぞってアピールしたほうがいいんじゃないか、って結論なんだろう。
しかし、それは失敗だ。俺にとってはうれしいことながら、階段の斜面の関係上、通常なら俺からユノン先輩のスカートの中は、よほど短くはいていなければ見えないようになっている。だが、こちらを振り向いて、仁王立ちにしたことで上体が逸れて、必然的に下半身……腰元が前に突き出される形になって、スカートもそれに引っ張られる。
それでも膝丈程度まで伸ばしていれば見えなかっただろう。しかし、会長もいまどきの高校生であり、ゆえに、多少短めに穿いているスカートは、見事なまでに翻り、その中身を、堂々俺に晒してしまっている。
いや、ねぇ、普通に考えて、階段でのパンチラとかありえねぇよ、どんな急角度な階段なんだ、とか、どんだけスカート短いんだ、とかどんだけスカートが揺れてるんだ、とか思っていたが、実際にはこんなこともあるらしい。自分でも驚きのラッキースケベだった。
「……黒のレース」
見えた光景を思わず口にしてしまう俺。その言葉に、事体に気付いたであろうユノン先輩が、慌てて踊り場の奥へと引っ込んだ。そういえば、さっきからユノン先輩は、何やら紙袋のようなものを持ち歩いていたようだが、何だったんだろうか。
「ちょ、ちょ、しん……紳司。ひ、人の、スカートを覗くなんて」
まあ、確かに覗きはしたが、見せてきたのはユノン先輩の方だと思うんだよな。まあ、いい、おとなしく謝っておこう。
「はい、ありがとうございました……あー、じゃなくて、すみませんでした」
思わず本音を漏らしてしまい、適当に取り繕う。俺の言葉に、ユノン先輩は、何度か咳払いをしてから、ピンクの髪を揺らして、階段を下りてくる。その時、少し及び腰だったのは、さっきパンツを見られたからだろう。
「それで、どうかしたんですか、市原先輩」
俺の言葉に、ユノン先輩が眉根を寄せて、俺に詰めよるように、ぐっと俺に顔を近づけてきた。俺の鼻腔に、ユノン先輩の甘酸っぱいクチナシのような香りが広がった。
「それよ、それ」
どれだよ……。急に何なんだろうか。俺は、特に変なことを言った覚えはないんだがな……。心当たりのない指摘に首をひねっていると、ユノン先輩の顔がぐっと密接するぐらいに近づいた。
「ミュラーは『ミュラー先輩』、花月さんは『静巴』、天龍寺先生は『秋世』。なのに、なんで私は『市原先輩』なのよ?」
え、今更、てか、そんなこと?俺は、思わず口に出しそうなのを飲み込んだ。そういえば、心の中では、ユノン先輩って呼んでたけど、実際は、まあ、市原先輩って呼んでるよな。まあ、一応、生徒会の会長と書記って言う立場上、軽く呼び合うわけにもいかんだろうし。秋世は、まあ、なんとなくで分かるけど、「先生」とか「さん」とかつける感じじゃないじゃん。
「一応、俺らには、立場っていうものがあるんですから、中々呼び捨てにするのは……」
と、俺が言い訳を言うと、ユノン先輩は、そっぽを向く。どうやら気に障ったようだ。いや、でも、そんなことを言われてもな。
「じゃあ、なんでミュラーはミュラーなのよ」
そこだけ聞くと「ロミオ、貴方はなぜロミオなの」って感じだよな。それにしても、どうして、ミュラー先輩は、ファルファム先輩からミュラー先輩と呼ぶようになったんだっけ?
「そりゃ、そう呼べって言われたからですけど」
思いっきり頭を掴まれた。割と痛いんだが。しかし、まあ、ピンクの髪って目に入ると、微妙にチカチカするよな。
「じゃあ、私もそう呼びなさいよ」
怒りに、俺の頭を思いっきり揺らすユノン先輩。俺は、辛うじて動く口で、その名前を呼ぶ。
「ミュラー先輩」
「そういうこっちゃないのよ?!」
痛い痛い!だってそう呼べって!そう呼べって言われたから!!理不尽すぎるだろ!なんでだよ!
「いいから、ユノン、って呼びなさい」
ああ、そういうことか。なるほどな。なら、最初からそう言ってほしいんだけど。さて、なんて呼ぼうかな……。
「あー、そのー、……」
言いにくいので、少し言いよどんでいると、ユノン先輩が思いっきり俺の顔を胸に埋めこませてきた。窒息しそう……。
「そんなに、立場って気になる……?だったら、今は、私は会長でもなんでもない、ただの市原裕音だよ」
いや、学園じゃん、ここ、っていうツッコミは無粋だろう。だから、俺は、ユノン先輩のことを抱きしめて、そっと耳元で囁く。
「分かったよ、ユノン」
その言葉に赤面するユノン先輩。いや、恥ずかしがるならやらせるなよ。まあ、でも相変わらず可愛いよな、ユノン先輩。
「し、紳司……、こ、これ」
そういってユノン先輩は、紙袋を俺に押し付けると、走ってどっかに行ってしまった。結局この紙袋は何だったんだ?
疑問に思い、中から出てきたのは、大きな金属の原石の塊のようなものだった。なんだ、これ、漬物石?
『御館様、それは「テルミアの奇蹟」です』
なっ、これが……。これで、【氷刀・氷狼(仮)】が打てる材料がそろったじゃないか!まあ、まだ打たないが。しかし、【神刀・里神楽】、その行方を知っていそうなのは、現状、立原家……あ、いや、【幼刀・御神楽】を今持っているのは、橘先生だ。そうだ、なら【神刀・里神楽】もまた……。
これは、早急に橘先生に会わなくちゃならないな……。




