205話:休息
あのよくわからない場所から帰ってきた翌日、俺は、テストも終わり早帰りなので、少し足を延ばして鷹之町のメイド喫茶「D&H」と言う店に来ていた。「D&H」は一見、普通の喫茶店に見え、足を踏み入れても普通の喫茶店だが、足を踏み入れすぎるとメイド喫茶と言う不思議な店である。
Drop&Harukaと言うのが「D&H」の由来であり、この店にいるメイドの名前でもある。Dropさんこと薔薇野雫さんとHarukaさんこと遥さん。この2人と仲が良くなると、店の奥の特別ルームでメイド喫茶接待を受けることができる。無論、営業許可をきちんと取った健全なお店だ。
それにしても、高校に入ってから来てなかったから1年半ぶりくらいになるのか……。そんなことを思いながら、店に入ってみた。すると、新人……と言うか、俺が来てない間に入った店員さんだろうか。知らない店員さんが出てきた。
「いらっしゃいませ。えっと、御一人様でよろしいでしょうか」
DropさんかHarukaさんなら、ここで、そんなことを聞かずに奥に通してくれるんだが、まあ、仕方のないことだろう。それにしても1年半ぶりだってのに、ここは全然変わってねぇな。
「ん、ああ、一人だけど。DropさんかHarukaさんはどこに?」
俺がその名前を出すと、店員さんはちょっと顔をしかめた。え、あれ、なんか変なことを言っただろうか。それとも、俺が来ていないうちに2人とも辞めた、とか?
そんなことを考えていると、店員さんが、「少し待っていてください」と言って、奥に引っ込んでいってしまった。周りの客からの視線が少し痛い気がするが、入り口の前で待たされてればそうなるのも必然か。店の奥から漏れ聞こえる声に耳を傾ける。
「あの……店長と副店長の所在を確認する人が来ているんですけど」
さっきの店員さんがそんな風に言っていた。てかDropさんかHarukaさんが店長と副店長だったのか。
「また……?燈火かシャリエなら追い返して構わないと言っているじゃないですかぁー」
……ん、燈火?今の声、Harukaさんだよな。前にミュラー先輩が口に出していた名前にもそんな名前が……いや、単なる偶然だろう。そんなことよりも、何よりも接客好きの2人が、なんで裏にこもっているんだろうか。
「いえ、今度は高校生くらいの男性の方で……、かなり素敵な方なので懐柔しに来たのかも」
素敵な方て……。まあいい。客を悪く言えないのか、本心か、どっちにせよ、それなりにうれしいしな。その店員さんの言葉にDropさんが言う。
「ん、高校生で素敵な方……。あ!」
そんな声と共に飛び出してくるDropさん。変わってないな……。改造したヒラヒラのパンティー見えてる状態のミニミニスカートを着用したメイド。黒髪の前髪の人房を紫に染めている。そして紫のカラーコンタクトを愛用しているところも変わっていないようだ。
「紳司君!来てくれたんだ!」
転がるような勢いで飛びついてくるDropさんを受け止めながら、パンツが一般客に見えないようにサッとレジの陰に隠す。
「ちょっと、店長!」
店員さんが慌てて後を追いかけて出てきた。それに続いてHarukaさんも。何色、と言うのが非常に表現しづらい髪色の美少女。
「どうも、Harukaさん」
そういえばHarukaさんが遥と言う名前なのは聞いたけど本名は聞いてないな。まあ、いいか。それにしても、店員さんが随分と警戒していたみたいだけど、何かあったんだろうか。
「みゃんこさん、この方は大丈夫ですので、他の方の接客にあたってください」
あ、営業モードのHarukaさんだ。でも、そのHarukaさんの言葉に、それでもなお食い下がる店員さん……みゃんこさん?
「でも、この間みたく『ズィーベンを出せ』って変な人が来たら」
ズィーベン……7番目って意味だな。でも、どういうことだろうか。ドイツ人とのハーフでもやってきて問題が起きた……ってことじゃあなさそうだしな。
「紳司君は大丈夫だよぉ。昔の常連さんなんだ!もう、1年半も来ないから、もう来てくれないのかと思ったじゃないのぉー」
ぷんすか、と口に出してわざとらしく怒るDropさん。ホントに怒ってんのか……?まあ、俺に非があるのは分かってんだけどさ……。
「Dropさん、それにしても何かあったんですか?」
俺が聞くとDropさんが、唇を尖らせて「むぅー」とか言い出した。キスでもしてやろうかと思ったが他の人の視線も考えて自重した。
「いろいろとあるんだよぉー。ほんとにもぅー」
と、そんな風に、入り口のところでそんなことをやっていたのがまずかった。俺は、後ろから入ってきた人にぶつかってしまう。
「ちょ、どこ見てんのよ。てか、入り口で立ち止まんなっての」
「お嬢、ご無事ですか?」
お嬢様と執事のようだ。てか、お嬢様でマジもんの縦ドリルって……。しかも濃いオレンジ色の髪をしているあたり染めてるのか天然なのかの判別がギリギリつきにくい髪色だな。見た目はとても整っていて、普通に美少女だと思うが、口が悪い。高飛車お嬢様キャラとしてはむしろ正解なんだろうが、リアルで見るとうざいだけだな。
「ッ、火々夜燈火!」
Dropさんの声に、店の中がシーンとした。なんだろう、おかしな客か何かか……いや、だが、その名前は、やっぱり、ミュラー先輩の言っていた、《悠久聖典》の炎の章の呪文を複数扱える、魔導五門の炎魔家の分家に生まれて、炎魔火ノ音に匹敵する力を持つという超人。
「特殊事案特務調査部隊、しつこいよっ!」
犬……?とにかく、その高飛車女と執事が、俺を放置したまま、Dropさん、Harukaさんと会話しようとする。
「もぅ、紳司君、巻き込んじゃ悪いから、今日は帰ってくれるかなー」
Dropさんがため息交じりに、そう言った。しかし、俺は、帰る気はない。てか、本当に何なんだ、この人らは……。
「諜報部は辞めて、今は烈火の二番隊の中隊長だってのよ」
よくわからないが、この人はかなりのお偉いさんらしい。まあ、どうでもいいんだけどな。
「【紅狗】がよく言いますねぇ。【白狗】の六連、【金狗】のスタリス、【黒狗】の鳳泉、【銀狗】の裏のリーダーに並ぶ暗役者たちが」
Harukaさんが嫌味っぽくそんな風に言った。鳳泉、……父さんが前に説明会の日に言っていたな。秋世の叔母が食い止めていた凄腕の人物で、偏屈な女らしいって。
「……え、アオイ……さん?」
その燈火が、一瞬だけ俺を見て、視線をDropさんに戻したと思ったら、すぐさまにこっちを見た。二度見すんな。
アオイっつーと父さんの前世なんだけど、それとは別の気がするな……。でも、そうすると偶然って感じだよな。
「でも、微妙に違うし、それに、ちょっと若い……。あの、貴方は、アオイ・シィ・レファリスさんの弟さんか何かですか?」
シィ・レファリス……。そうか、蒼紅と共に分岐した、俺の前世の直系子孫のことか。それなら納得が行くな。
「親戚ではあるが、かなり遠いぞ。俺は、青葉紳司だ。血のつながりで言えば、15代くらい遡って、そこから分岐しているから、もう、ほとんど血が繋がってないようなもんだしな」
前世で言えば直系の子孫だが、今の俺は燦檎と深兎くらいまでさかのぼらないとダメだからな。そりゃ、つながってはいるが、ほとんど無関係レベルだぞ。
「青葉……三神の蒼刃家の末裔……。【蒼刻】の血統ねぇ……。まさか、そんな人間が、無自覚っぽいけど、未完成人形に接触しているとはね」
未完成人形ってのは何かよくわからないが、とりあえず、HarukaさんかDropさんのどちらかを指しているのだろう。この近辺に異常者が多いのか、世界中にいるのに見つかっていないのか、どっちにしろ、なんで俺ばっかり巻き込まれるんだよ……。
「まあ、いいわ。ノン・クリア・ズィーベン、あなたのことは諦める、と言うか、無害って上に報告しとくわ。思い人の親戚と知り合いだったって幸運をせいぜいかみしめることね」
燈火の言葉に、Harukaさんが不敵に笑みを浮かべる。
「うん、噛み締めますよ、そりゃ【幸福神奏】ですもん」
どこか、妖しげな笑みを浮かべるHarukaさんは、まるで別人のようだった。その奥に得体のしれない何かがいるのではないか、と思ってしまうほどに。
『それは御館様の方でしょうに』
とマー子が言ってくるがそれを無視しながら、燈火の方を見ると、何やら急に指をパチンと鳴らした。
「シャリエ、この間の各地を回って手に入れた素材を出しなさい」
各地を回って手に入れた……?ああ、もしかして2人に迷惑をかけた詫びに、貴重な食材でも提供するのかな。ここも一応喫茶店だし。
「はい、これらのことですね。ですが、お嬢、それはアオイ・シィ・レファリスに機械の材料として提供する予定だったのでは?」
アオイ・シィ・レファリス、ね。どんな人物なのやら。まあ、その辺は、俺としては子孫に興味を持っているというよりは、その生きている世界に興味があるって感じだけどな。
「別にいいわよ。それに何を持っていたところで、アインツ……リヒトには敵わないんじゃないかしら?」
アインツ、またドイツ語での数字だな。さっきのズィーベンがHarukaさんのことなら、その仲間ってところか。Harukaさんも目を丸くして燈火を見ていた。
「アインツもパートナーに会ったんですねぇ……。っと、あー、そだ、みゃんこさん、彼らを撤退させちゃっていいよぉー」
間延びした声で、……Dropさんのしゃべり方を真似たようなそんな声でHarukaさんが店員さんにそう言った。彼ら……?
「あ、はい。みなさん、ご苦労様でした。いつも通り、父の護衛の方に戻っていただいて結構ですよ」
ぞろぞろと店の中の客が外へと出ていった。え、全部、この店員さんの関係者だったのか?護衛……まあ、専門の人を呼んでいたってことだろうか。
「お嬢、異界の物質『アクア結晶』、冷気を放つ牙『ナルディアの牙』、氷の女王の氷の一部『氷の棺の欠片』。それぞれ準備できました」
うお、中々に面白そうな素材じゃねぇか。あれで刀を打ったら……いや、まだ心金になる部分が足りねぇな。それにもうちょい装飾もあると見た目がぐっと良くなるだろう。
「ふふっ、アオイさんみたい。ホントに、目の色が変わったというかなんというか」
……どうやら、職人気質は受け継がれているようだ。俺は、アルデンテの鍛冶工房のネックレスを取り出すと、この場に入り口を開く。
「その素材、俺がもらいたい」
本当は、HarukaさんやDropさんに渡るものだろうが、ものすごく欲しいからな。燈火はしばらく俺の開いた鍛冶場の門に驚いていたが、やれやれと言いたげな顔で苦笑いする。
「もともと、貴方にあげる予定の物よ。こんなもの、彼女たちもいらんでしょうし。それにしても今の魔法……魔導具は中々に面白いわね。展開時の魔力がほとんど感じられなかったわ」
そりゃそうだ。俺の友人の作った最高の鍛冶場なんだからな。アルデンテの顔が脳裏に浮かぶ。
「ま、何に使おうとしているのかは分からないけど、せいぜい有効活用してね」
そういって、燈火はシャリエを連れて店から出ていった。後に残った俺たちの中でHarukaさんが真っ先に動きを始めた。
「さって、明日からは正常営業だよぉー」
まだ仕事モーでないながらもやる気満々の声に、Dropさんと店員さんが笑った。俺は、ゆっくりと店を出ていこうとする。
「あ、紳司君。その……また、帰ってきてくれるよね?」
Dropさんの問いかけに、俺は笑って返す。
「ええ、もちろんですよ」
Dropさんが、俺の答えに満足したのか、ポケットに手を突っ込んで、何かを取り出した。何だろうか、これは。
「これはねぇ、《帝華》っていう花で、飛天っていう国の国花で、そして、永久に花を……氷の花を咲かせ続ける最強の証なんだぁー」
そういって、それを俺の手に握らせる。確かに花だ。それは間違いないが、その花は氷でできていた。ファンタジーな代物だなぁー。あ、語尾がうつった!
「あっれれぇー、雫たん、それ……、むふふん」
Harukaさんが意味深な笑い方をする。なんだ、あの変な笑い方は。ちょっと気になるじゃないか。
「紳司君、その花の花言葉はねぇ……」
「あ、こら、遥!」
何かを言おうとするHarukaさんの口を懸命に押さえて黙らせようとするDropさん。しかし、遅かった。
「その氷をも溶かす迸る情熱的な愛、だよぉー。飛天とか烈火とかでは、よくプロポーズに使われるんだぁー」
へぇ、そうなのか。でも、なんでそんな話を今?これを俺にプロポーズに使えってことかな。まさか、俺に告白してきたわけでもあるまいし……。
「もぅー、と、とにかく、紳司君、絶対に、また、帰ってきてね?」
ちなみに帰ってくるという表現は、メイド喫茶の「お帰りなさいませ」に起因しているのであって、俺がここに住んでいたとかではない。
「はい、約束しますよ」
俺はDropさんに、そう微笑みかけると、Harukaさんと店員さんに会釈をして、そのまま店を出た。あれ、俺休憩するためにあの店に言ったはずだったんだけどな……。
え~、タイトル詐欺兼あたしには全く休息がない、桃姫です。もうね、時間がないだの、疲れてるだの、やることいっぱいあるだの言ってるのに、なんであたしはいつもよりも1000文字多いのを2話も連続で書くの?!
自分でやっててキリのいいところが、結局1000文字くらいオーバーするっている悲しみに負けそうです。てか、鳴凛先生どこ行った……




