204話:晴臣と羽付
SIDE.SEVEN UP
オレには、七上晴臣ってぇ、名前がある。生まれは、東京、育ちは千葉。特にこれと言って面白れぇ過去があるわけでもねぇ、普通のガキだった。そんな俺に転機が訪れたのは、高校の頃。地元の小中を卒業したオレは、高校は、ちっと遠いところでもいいんじゃねぇかとか馬鹿なことを考えて、千葉にある高校に通うことにしたん。
世辞にも、頭のいい学校じゃぁなかった。馬鹿な奴ばっかが集まっているってわけでもねぇけど、いるのは不良とガリヒョロの……お、オタクっつーんだっけか?そんな奴らばっかだった。
この古風な名前も相まって、武道家一族だの、やーさんの跡取りだの鉄砲玉だの、事実無根の噂を立てられることは多かったな。
そこで出会った、一人の女……九々下羽付。そいつは、通称、スト子と呼ばれていた。九々下が靴下と語感が似ていたからってぇ、くだらねぇ理由だがな。靴下、つまりストッキング、スト子ってこった。
そんなスト子と過ごしてるうちにオレは髪を染めて、スト子と一緒にいられるように頑張っちまった。なんで髪を染めたかってのは、スト子が「なんか髪染ってんのってカッコいいよんね」とか言ったからだ。「よんね」は誤植ではなく、あいつの変な語尾。
それから2年弱、オレとあいつは一緒だった。3年になると、勉強とオレを両立させようとするあいつに見かねて、就活が忙しいと言って、オレからあいつと距離を取るようになった。
そして、あいつは無事に、何ちゃら大学に入学して、俺は、卒業だけした。そもそも就活なんてやってねぇし。
そんでもって大学ってのはすっげぇ忙しいようで、スト子とはそれから1年近く会っていなかった。
そんなある日、オレは、スト子を東京で見かけた。珍しいこともあるもんだ、と後をつけると、オレの目の前でスト子は、右腕と左足を撃ち抜かれた。
拳銃ではなく、ビームみてぇなもんで、ちぎれるんじゃねぇかってくらいのドでかい穴が空いたんだよ。そのビームに焼かれて、傷口は無理やり閉じられていたおかげで出血こそなかったものの重傷とかそういうレベルの話じゃねぇよな。
オレは、撃ちやがった犯人をすぐに追いかけて、殺してやろうと思った。だから、生まれて初めて、本気で走った。目立つオレンジの髪を全速力で追いかけた。
地面に穴が空こうが、壁を壊そうが関係ねぇ。ひたすらそいつを殺すために走った。
「馬鹿な、人間の身体能力の限界値を越えていますよ?!」
オレンジの髪のどことなく普通じゃねぇ女が、レトロな銃をオレに向けて撃ってきた。銃口からは、光の弾丸が飛び出してきやがる。
「効かねぇよ!」
それを素手で握りつぶしながら、そいつの腕を、オレのもう一方の手で掴む。その時、確かにオレは、握りつぶすつもりで握った。でもよぉ、そいつの腕は、人間のものとは思えねぇくらいに堅ぇんだよ。
「くっ、馬鹿な、本当に人間ですか?!」
ミシミシと音を立て、曲がっていく腕。もう少しでへし折れる。
「クッ、《零銃・七宝》!」
銃がより一層の輝きを放った。流石にやべぇと思い、距離を取ろうとしたところに、あいつがやってきたんだ。
「そこまでにしておくのじゃ、ファースト」
んな、爺くせぇしゃべり方をするチビが急に出てきやがった。そのチビは見るからに怪しい奇妙な服を着てやがった。
「それ以上はワシの領域じゃ。グリッターの、のう。おぬしはあくまでワシ、グリッターの保持者のサポートをするための神造人形なのじゃから」
よくわかんねぇことをぺちゃくちゃと話すチビに、オレンジ髪が恭しく頭を下げて言いやがる。
「はい、セト様の仰せのとおりに」
セト、このチビはそういう名前のようだ。オレンジの奴はセトってチビにファーストと呼ばれてやがる。
「お前は、あのドラグナーの知り合いなのかのう?」
ドラグナー……、何のことだ。おそらく、スト子のことを言っているんだろうが、スト子はそんな単語を一度も話したこともねぇ。
「何のことだよ」
俺の言葉に、セトってチビは奇怪そうに眉毛を吊り上げて俺のことを見てきた。その目がウゼェ。
「なるほど、一般人、と言うわけかの?」
そりゃ、一般人だがよぉ……、コイツの言い方はどこか癪に障るぜ。俺は、このファーストとか言うやつの手を放してチビをぶん殴ろうかと考えたとき、そのファーストが言う。
「いえ、セト様、コイツは一般人ではございません。この私の腕の内部機構にヒビを入れたのです。それも何の補助もない素手で」
あん?普通なら折れてるだろうに、それにヒビを入れられたくらいで何言ってやがんだ?
「ほう、未完成神造人形の骨として使われているものよりも固いはずの素材なんじゃがのう」
よくわかんねぇが、間違いなく、こいつらが、スト子をあんな目に合わせたんだ。
「お前は、人間ではないんじゃないのかのう?」
れっきとした人間だっての。オレよりもこいつらのほうが人間じゃねぇっての。まあ、事実その通り人間じゃねぇらしいが。
「俺が人間じゃなけりゃ、何だってんだ?」
オレの言葉に、黙りこくるセトとファースト。そして、結局、俺が何なのかは言わないままに、ただ、一言。
「フッ、お前はクワトロによく似ておるのう」
そんなことを言った。オレには何のことか分からなかったが、とにかく、そう言ったのだった。そして、そのままどこかに行こうとする2人を追いかけて、気が付いたら、あの何も生きていない場所にたどり着いちまったってこった。
そこで最初に見たのは、さっきのチビと同じでちっこいが、あのチビよりも只者じゃねぇ女と、髪を二つに結んだ、なんつったっけ?スト子が「やってみよーかなん、でもちょっと子供っぽいんよねん?」とか言ってたつ、ツインドリルだかツインダガーだか知らんが、そんな髪型の黒髪の高校生がいた。あの高校の制服は……県立の蓮霞高校のもんだな。
「おや、副委員長、珍しいことに来客だ」
副委員長だぁ?いや、ガキだから学生ってのは分かるが、そんときばかりは、この場違いな光景に、流石のオレも驚いたってもんだ。
「師匠、始末しましょうか?」
先生……先公かよ。だりぃな。それにしても、始末ってことは、オレを殺る気か?へっ、おもしれぇ、ガキ……それも女なんぞに負けるかよ。
「ガキだろうと女だろうと、容赦はしねぇぞ。オレは今、セトってチビを追うので忙しいんだよ!」
オレの言葉に、ちっこいのがニマニマと笑い、副委員長が、どこからともなく、2本のナイフを取り出して構えてやがる。チッ、ナイフたぁ、感心しねぇな。
「そいつはしまった方が身のためだぜ、加減しにくくなるかんな」
オレがそう忠告しても、女はナイフをしまう気はねぇみたいだ。しゃあねぇ、どうにかしねぇとな。あ、そっか、ナイフを砕いちまえばいいのか。
「これだから、一般人って嫌いなのよ」
副院長はそんなことを言っているが、そんなよくわからない御託はどうでもいいんだよ。さってと、ちゃっちゃと折っちまおう。
「こねぇのか?」
オレはあんま自分から仕掛けにいかねぇ性質なんだけどよぉ。まあ、こねぇなら行ってやるよ。
「フフッ、ハンデってやつよ。そっちから来なさい」
へぇ、目がマジだな。ってことは、本気で来いってこったな。なら、加減も容赦も必要ねぇ。全力でナイフだけをへし折りゃいいってこった。
――ダンッ
地面が爆ぜ、爆発的な加速度で、ナイフの刃を掴み折る。言ってみりゃむしり取るみたいな感じだな。ベキベキと簡単に折るオレを化物を見るような目で見る副委員長……と思ったが、違うようだ。
「へぇ、一般人じゃなかったのね。素手で、私の生成したナイフを砕けるようなのは、人じゃないわ」
また、ここでも人じゃないとか言われるのか、と思った、その時、ちびっこが急に馬鹿みたいに笑い声をあげた。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
そのバカみたいな笑い声に、副委員長も、動きを止めた。そして、怪訝そうにちびっこを見ていたが、どうやら、ちびっこには逆らえねぇみたいだな。まあ、先公に逆らえる優等生はいねぇってこった。
「ハハハハハッ、ハッ、いや、失礼。中々に興味深い存在だったもので、つい、笑ってしまった」
ほんとに失礼なアマだな、この先公。まあ、いい。それよりも、どういう意味だ?興味深いだのなんだの。
「君からは、何の【力場】も【聖具】も感じられない、純粋な人間だ。数列種は生まれながらに高い【力場】操作能力を持つがゆえに、【力場】が感じられないことは確実にないからね。
面白い。面白すぎる。セト……第一神造人形の持ち主を追っているんだったかな。じゃあ、君は【龍宝剣・ドラグオン】を持つ因果保持者……龍なる者の九十九里下花憑、あの世界では九々下羽付だったかな、彼女の知り合いってことかい?」
スト子のことを知っているのか……。だが、九十九里下花憑だとか言う名前は初耳にもほどがある。……いや、スト子は、一回だけ、羽付じゃなくハナツキって言うと言ってたし、アプリの名前欄とかゲームのプレイヤー名も全部ハナツキだった。つまり、コイツの言っていることは当たってるってことだよな。
「そうか、……そうか!じゃあ、君に、とっておきの条件を出そう。しばらく副委員長の代わりにここで手伝いをやってほしい。その対価は、君の知り合いの彼女の腕と脚を元に戻すこと。契約を呑むのなら、君の名前を教えてほしい」
な、元に戻す、だと。あの穴の開いた腕と足を。できるのか、そんなことが。少なくとも、骨すらも貫通してたあれを元に戻すのは、どんなすげぇ医者でも無理だと思う。いや、医学知識なんてねぇから分かんねぇけどな。でも、本当に戻せるってんなら、乗らない手はねぇ。
「オレは、七上晴臣だ」
こうして、オレは師匠のもとで、オレのように巻き込まれてやってきた奴を連れてきて、それを師匠が元の世界に戻すってことをやっていた。なんでも、その合間に世界の穴の修復もやってたみてぇだけど。そうして、オレは、数年、手伝い、その役目を終えた。
どこだか分からねぇ学園で、紳司の横にいるのに気が付いたとき、オレは、師匠のメモを手に握っていることに気が付いた。そのメモには、
「三鷹丘中央総合病院909号室、通称、超特別治療室。No.5、液梨の知り合いだ、と言い、子のメモを見せれば入れるはずだ」
と書かれていた。三鷹丘中央総合病院、だ?どこだよ、そこ。三鷹……は東京か。三鷹丘……ってああ、合併してできた千葉県の……、要するにオレの地元、鷹之町の隣の市だ。
「チッ、面倒な。おい、紳司、ここがどこだか分かるか?」
オレにゆかりのある場所じゃなく、紳司にゆかりのある場所につながったはずだから紳司がここの位置を知っているはずだ。せめて関東圏でありゃ、すぐに電車でいけるはず。
「え、ああ、七上さん。ここは三鷹丘にある三鷹丘学園高等部ですよ?」
……!なるほど、ラッキーってか、それに合わせていやがったのか?まあ、どうでもいい、近くに、近くに……近くにスト子がいる!
「総合病院までは徒歩圏か?!」
三鷹丘市もかなり広い市だ。端から端ならバスや電車で言った方が早い。せめて、徒歩で行けりゃ最高だが。
「えっと、あの建物ですよ。ほら、赤い十字が見えるじゃないですか」
窓からその建物を指す紳司。普通なら、徒歩20分くらい、オレなら、徒歩8分だ!
オレは、窓枠に手をかけると、窓から助走をつけて飛び出しながら、壁を蹴って病院に向かう。全速力。全ての力を足に込める。
――ッ!
マズい、まずった。スピードを出しすぎて止まれねぇ。このままだと、今、あの角を曲がってくる奴にぶつかる!
――ヒュン
絶対に当たると思ったオレの身体は、綺麗に女を擦り抜けた。茶髪のよくわからない女だったが、……どっか紳司に似てたような……、まあいい。今は、病院だ!
「ったく、迷惑な爆走ね」
そんな声を遠くに聞きながら、オレは9分程度で病院に着いた。予想以上に曲道が多かったのと、途中で女にぶつかりそうになったせいだ。
急いでロビーへと入って、受付にメモを見せながら言う。
「超特別治療室、909号室へ面会だ」
オレの言葉に受付が「はぁ?」と分けが分からない、と言う顔をした。が、すぐさま、なんか偉そうなナースがやってきて、受付嬢に言う。
「あなたは下がっていなさい。大事なお客様ですよ。して、誰の推薦でしょうか」
ナースにメモを見せながら、師匠の名前を出す。
「篠宮液梨……No.5だ」
オレの回答に、確認が取れたのか、ナースは頷いて、すぐにオレを案内した。そして、エレベータで謎の隠しボタンを押して、9階に行く。
9階には5部屋しかねぇみてぇだ。901、903、904、909、910の5部屋だ。どういう理由かは分からん。
「ここです。では、ごゆっくりどうぞ。この階層だけは面会時間が免除されていますし、お帰りの際は、中のポータルをご利用いただければ、すぐに病院の外へ出ることができますので」
ナースはそういって消える。オレは、覚悟を決めて、扉を開けた。すると、オレの目に、あの懐かしい、いつもの顔が飛び込んでくる。
「お、おはよんさん、元気そうだねん、ハルくん」
「スト子……」
本当に、元の通りに戻っている手を振りながら、スト子はオレに微笑みかけたのだった。
「なあ、九十九里下花憑ってのが本名なんだってな」
オレは、スト子のベッドに腰を掛けながら、そんなことを脈絡もなく言ってやった。こいつとは、そんな感じで話すのが一番だからな。
「乙女のベッドに勝手に座るんなんよん」
そんな風に一瞬茶化すが、そのまま誤魔化したりはしなかった。スト子が、笑う。
「そだよん。御免ね、黙ってて。あたしは、ちょっと人と変わっててねん」
「知ってる」
オレは間髪を入れずに言ってやる。治った腕でぽこすことオレをたたきながら、スト子が言う。
「そういうこっちゃないのんよ。輝く者、早き者、壊す者、龍なる者、殴る者、生む者、夢ある者、砕く者、絶つ者の9人の中の1人なのよん。戦わなきゃならんのよん。巻き込みたく……なかったのよん」
少し、涙を押し殺すような声で、そんな風に言うスト子。オレはスト子をそっと抱きしめて……。
こうして、オレの、また新たなる、それでいてスト子と一緒の、そんな暖かい日々が始まった。
え~、地味に長くて面倒だった話です。たまにはメイン以外の恋愛模様も。てか、何気に世界管理委員会の名前がトップだけなら随分とで揃っているんですよね。
No.0とNo.1も名前だけ出てますし、No.2、No.5(本当は4だったのに間違えてたので5で統一)、No.8、No.9、No.12、No.16が出てましたっけ。8と9も名前だけだったはず。あれ、名前すら出してたか微妙な……。
出してなかった気がします。あたしはきっと疲れてるんでしょう。あ、というわけで、なるべく更新頑張っていこうと思います。




