200話:終わりの唄
頬に……手に……、冷たい感触が伝わってくる。あたしは、そんなものを感じながらも、どこかぼーっとしていたわ。ひたひたと、足音が聞こえる。誰かしらね。その足音があたしの前で止まった気がして顔を上げる。
そして、……己の深淵の奥深くで対面したのよ。もう1つの魂に。顔を上げた先にいたのは、黒髪黒目の少年。まだ12歳くらいじゃないかしらね。そう感じてしまうくらいに若い見た目をしていたわ。
「ん、ああ、この姿は、全盛期のもんでな、気にすんな」
目深なフードから覗かせる少年の顔は、普通の子供と違う利発さを感じずにはいられないくらいだった。
そして、もう1人、あたしとその少年の横に、まるでベンチに座っているかのように、足を組んで宙に座っている女がいたわ。そちらは知っている。あたしと瓜二つながら、蒼髪蒼眼のポニーテイルに、漆黒のドレスを纏った八斗神闇音ね。
「紫天の剣光さん……いえ、その頃はまだ、漆黒の剣天さんかしら?」
闇音が、少年に問いかけるわ。紫天の剣光、漆黒の剣天、どこかで……ああ、市原家の時に闇音が言っていた名前よね。とある世界の英雄だったかしら。でも、それが、この少年?
「ああ、まあ、名前なんてどうでもいいんだよ」
少年は、肯定してから、そんな風に言う。そして、ため息をつくようにあたしを見て、それからどこか遠くを見るような目をする。
「なあ、マリア・ルーンヘクサ。あれの姿が視認できた理由って何だと思う?」
何よ、マリア・ルーンヘクサが見えた理由ですって?そりゃ、あたしって今まで、なんかよくわからない《人口古具》で見えない状態でも見えたし、【零】の眼とかが関わっているんじゃないの?
「姿を看破するのは、お前の【力場】察知能力の高さゆえだ。しかし、な……マリア・ルーンヘクサ、すなわち【終焉の少女】は、それだけでは見ることはできない。それは絶対存在であるあからだ。精霊……神醒存在と同等の力を持ち、常人の眼ではとらえることが不可能。【廿】の眼などの看破特化の魔眼ならまだしも、自信の存在を薄める【零】の眼にはそれはできない」
少年が、語る。でも、それ、まるで、あたしがあれを見ることができたのは、それ以外の何かが関わっているって言っているように聞こえるんだけど。
「関わっているわよ。そういうことなんでしょ、漆黒の剣天……漆黒の暗無さん」
ああ、雷璃の言ってたやつね。漆黒の剣天の功績を顕し、そのまばゆい天の光は、闇を祓う。つまり、漆黒の剣天の技が暗闇を無くす、から漆黒の暗無、と呼ばれるのよ。
「そのこっ恥ずかしい呼び方はやめろよ。まあ、その通り、それ以外の要因が関わっている。でも、そりゃ、お前の力じゃねぇんだ」
つまり、あたし以外の要因で、あたしはマリア・ルーンヘクサを見ることができるって言うことよね。
「ああ、そうだ。そして、その要因は、俺だ」
ふぅん、引っ張った割に普通のオチね。ちょっとガックリ来たんだけれど、まあ、そこはツッコまないのが優しさかしら。
「引っ張った言うな?!」
少年の過激なツッコミが入る。いえ、引っ張ってたじゃないのよ、何言ってんだコイツ。
「引っ張ってたじゃないの」
闇音とあたしがそんなことを言うと、少年は、脱力したようにため息とともに、その場に座り込んだ。
「ったく、お前らと話すと話が進まないにもほどがあるな。まあ、いいや。それで、なんで、マリア・ルーンヘクサが見えたか、という話だけどな、あいつは、俺の姉として生まれて、妹として死んだ存在だったからだ」
それは、マリア・ルーンヘクサの前、秋雨月霞よりも前、う~んと昔の【終焉の少女】ってことよね。……そういえば、だけど、この漆黒の剣天って、確か市原家の姫野結音とかの時代に支部長をやってたってことは、転生した時間軸的におかしくないかしら。
「ああ、そこか。あ~、説明が面倒なんだが、転生ってやつは、まあ、あまり解明されてないから俺も知らないんだが、現在から未来への転生以外にも現在から過去への転生もあるみたいだな。まあ、その場合は、ほとんど前世のことを思い出せないみたいだが。だから闇音も俺のことを記憶に全く残していないわけだ。その記憶を共有しているならわかるだろ?」
それって個人差の範囲とかじゃないのね。まあ、「魂の移動が時間に縛られない」ってことと、「未来に影響を与えないように因果が収束して記憶を呼び覚ませにくくする」ってところかしら。
「おおむね、それで正しいと思う。で、まあ、姉で妹ってのが厄介なんだが、朱頂蘭曰く、俺の力が強すぎて、所謂神と呼ばれる存在すら俺のことを認識できなくなったために用意された予備らしいがな」
予備、ねぇ。まあ、よくわからんけど、それでいいんじゃないのかしら。で、まあ、あたしがマリア・ルーンヘクサを見れるわけは分かったけど、それがどうしたのかしら。
「あー、いや、……時期に分かるだろうぜ」
何よ、その意味深な発言は。あたしの周りはそんな奴ばっかね。……あたしがいえた義理じゃないけど。
「じゃあ、待ってるわよ。その時期ってのを」
そうして、あたしの意識は、その自分の奥底から表層へと浮き上がる。倒れこんでいる地面から起き上がって、周りを見回すと、そこは、トイレの前だったわ。
埃1つない清潔な廊下だっただけに、あんまり汚くは思わないけど、かなり嫌よね。実際、ここって、割と多くの人が利用しているわけで、そりゃ掃除してるけど、嫌よね。
「ったく、なんで、あたしは、こう、騒動に好かれるのかしら?」
そんなことを呟きながら、さっさと部屋に戻る。すると、そこでは、全然変わらずに、呑気に食事している面々の姿が見えた。……こいつら、あたしが苦労しているときに。
「姉さ……暗音さん、随分と遅かったね。どうかしたの?」
輝が呑気にそんなことを聞いてくる。あたしは、チラリと瑠音の方を見る。あいつもあたしと一緒の立場だったはず……。でも、そこにいる瑠音からは、九尾の狐の気配はしても、5つの龍の気配はしないわね。つまり、そこにいるのは瑠音で、瑠音ではないってことよね。
「瑠音。瑠音の奴は戻ってないの?」
その問いかけに、瑠音がこっちを見て、肩を竦める。何よ、文句でもあるのかしら。そして、瑠音は口を開く。
「ええ、お察しの通り、瑠音は、まだ帰ってないわ。神託の結果、ここに帰る途中に厄介ごとに巻き込まれるって出てたからそれでしょうね。それで、漆黒の暗無さんは、全ての力を取り戻すことができたのかしら?」
なるほど、神託であたしのことも分かってたってわけね。で、瑠音が巻き込まれてるってことは、巻き込まれたのは瑠音だけってことよね。他のメンツは、厄介ごとに巻き込まれず帰宅できた……と思うわ。
「全部じゃないわよ。まだ、幾つか散っているし、【蒼紫】も完璧とは言えないし」
【蒼紫の力場】は、あたしの全力と闇音の全力、そして、あいつの全力を含めたあたしの全てを顕現する【力場】なのよ。それを完成させるには、あたしがあいつの記憶を全て思い出さなきゃいけないわけ。まだ技しか思い出してないから不完全で未完成なのよ。
「ん、どういうことだい。私の記憶だと、瑠音君と瑠音君は同一の存在で、別々に存在することはできないと聞いていたような気がするんだが……」
不知火はそんな風に言っていた。でも、まあ、事実そうだったのに、主催者の強引な呼び出しの所為か、それとも第六龍人種と認識されていたのが瑠音だけだったからなのか、向こうにやってきたのは瑠音だけだったわ。
「今は、瑠音と分離状態よ。ああ、それと青葉暗音、龍退治ご苦労様」
あら、上から目線ね。苦労は掛けるものだから、上の人間が下の人間に遣うものなのよ。間違ってもバイト先の先輩とかに「ご苦労さんです」とか言っちゃだめだからね。
「あら、労いの言葉ありがと。でも、さほど苦労はなかったわよ?」
そういいながら、結っていた髪をほどいて、席に着く。それにしても、妻、ね。あの女の声は、あいつの妻ってことでしょうね。
「苦労はなかったけど、不安要素は残ったけどね」
そういいながら、椅子の上で胡坐を組んでいる怜斗に目をやる。この件に一番関係があるのは、あたしの夫であった怜斗なんだから。
「なんだ、誰かに言い寄られたりとかしたのか?」
怜斗の茶化す言葉に、笑えないのよね。言い寄られたというより、浮気の前歴みたいな……いえ、昔結婚してたけど記憶喪失になって別の人と結婚してから、記憶が戻ってきた時みたいな感覚ね。
「う~ん、なんていえばいいのかしら。おさ、ななじみ?」
別に幼馴染と言う言葉が分からずに変な区切りをしたわけではなく、そういう関係性だという根拠がないにも関わらず、そうだと思う自分がよくわからなかったから。
「幼馴染?それって、別に、普通のことじゃないですか?」
讃ちゃんがキョトンと首をかしげていたわ。でも、そうじゃないのよ。でも、まあ、あたしの幼馴染と言えば、亞月なわけで。でも、そうじゃない。
「あ~、もう、本当に面倒事を押し付けてくるわね。あたしゃ、むしろ押し付けるタイプだっちゅに。あ~、う~ん、なんていえばいいのかしら?」
頭に浮かぶのは、微笑みを浮かべる美少女の姿。病院のような場所で会話をする俺と少女。
「そうね……婚約者っちゃー、婚約者なんだけど……」
なんて表現をすればいいのかしら。前世の婚約者……だと怜斗、もとい零斗のことを指すことになっちゃうしね。
「婚約者?!え、他にいたの?!」
怜斗の言葉に、不知火と十月と瑠吏花(つまりは前世を知らない組)は、「他にも?」と疑問に思ったようだけど、そこにはおいおい説明していくとして、また、厄介なことになったわね。
「あ~、説明が面倒なのよ。もう、これだから桜子は……」
口をついて桜子という名前がスラスラと出てきて、あたしは少し驚いていた。割と記憶がはっきりしてきたってことなのかしらね。
「そめい?」
え、十月が、今、口にしたのは、「染井」……?何で、十月がその名前を知っているのよ。その名前は、だって……。
「ああ、3年生の染井桜子君か。彼女が、どうかしたのかい?」
不知火の言葉に、血の気が引いたのが分かるわ。気分が悪い、と言うより気味が悪い、かしら。だって、そんな偶然はあり得ないじゃないの。
「なんだ、知らないのかい。まあ、彼女も病弱で学校を休みがちだし、知名度が低いのは仕方がないか。……知名度が低いと言えば、十月、確か1年生に、入学してから一度も来ていない生徒がいると言っていたな。それが生徒会から私たち《古代文明研究部》に依頼が来ていたな。なんでも、どこにいるか分からないから捕捉してほしいとのことだ。部活、と言うより私を頼ってのことだろう」
へぇ、うちの部に依頼、ね。ってそんなことよりも染井桜子について聞きたかったんだけど。まあ、そのうち会えるでしょ。あの思わせぶりな言い方が、でまかせじゃないことくらい分かっているわよ。
「そんで、その1年ってのは何て名前なのよ」
もう6月が終わって7月よ。それなのに連絡取れないなら警察の方がよくない?捜索願とか出てるかもしれないし。
「それがな、紫藤紫麗華と言う」
え……。
どうやら、あたしの前世ってのは、現世で畳みかけるように関係してくるみたいね。ドミノ倒しともいうかしら。
もう、ため息しか出ないわね。
これでSIDE.D龍人編が終了です!!
後半は大学の所為で更新頻度が遅れて申し訳ありません。てか、風邪気味で喉と鼻が……、大学に通いだしたばかりだというのに……
次章予告
――九州地方、とある地域を守護する家に生まれた女性
――女性は、両親より、あるものを授かることになる。
その授かったものが、自分の運命の人につながる重要なアイテムだとも知らないで、彼女はそれを持つ。
そうして、彼女は、運命の彼に目をつけられることになってしまう。
これは、2つのアイテムを授かった女性と、《神》の古具使いにして前世は鍛冶師だった青年の話。
……SIDE.GOD 鍛冶編