199話:龍の集う場所――化け物
その修羅は、真っ赤な……深紅、というよりも赤い、まるで血に染まったような《赫》い髪をしていた。その強大な力場に、思わずあたしの全身の毛と言う毛が立ちあがる。そして、銃のような形をしたものを龍へと向けて、何かをする。その瞬間に、別の龍が燃え上がる。
よく見ると、どこかの学校の制服だろうか。そんな雰囲気の白い服を着て、両手に持つ銃身の長い小銃型の物と同じものをもう一つ背腰につけているわ。3つの銃を扱うのかしら。
――異名は、三銃使いと言うのも持っていたわ
トライガン、ね。それにしても、かなり強い。それどころか、ものすごく強い。あたしでも、絶対に勝てない。そう思わされるほどに強いのがよくわかるわ。【力場】の強さが、感じる気配が、全てがそれを物語っていたわ。
最強の男、まさに、神がかった力を持つ存在だと思うわ。氷の銃と炎の銃、そしてもう1つの銃を持つ、その男は、一体、何者なのかしら。
――最強の血統種、それが彼の……英雄の正体
そう、そういうことね。この男こそが【血塗れ太陽】。全世界最強の男なのね。
「おい、そこの女、大丈夫か……?ったく、こりゃ、呼び出されたときに素直に応じていたほうが正解だったのか?」
ああ、そういえば、主催者は、片腕を消されていたわね。それは、どうやらこの男の仕業だったみたい。まあ、何と言うか、規格外、ね。おそらく、あのディスペルの扉も、ディスペルのかかったまま消し去れそうな気がするわ。
「大丈夫じゃないに決まってんでしょ。あんたみたいな規格外と一緒にすんなってのよ」
立ち上がりながらそういう。だいぶ回復できたわね。焦げてボロ切れ同然のドレスを修復して、男を睨み見た。
「この状況で、そこまでの回復ができている時点で、あまり俺のことは言えないさ」
あら、ひどいわね。でも、思ったよりも普通の人間で安心した。なんとなく、もっと化け物じみて、頭もおかしなやつだと思ってたわ。
「俺は、お前の仲間と俺の義妹たちの回復をしよう。残りは相手できるか?」
へぇ、回復まで熟せるのね。万能すぎよ。そんなことを思いながらも、残り7体くらいまで龍の数は減っていたわ。つまり、残りは全部、あたしが倒せばいいってことね。
「ええ、オーケーよ。このくらいなら何とかなるわ。でも、念のために、そっちの扉から、食堂の方へ行って、治療してちょうだい。巻き込みたくは、ないからね」
あたしは、本気を……、全ての力を開放する。そりゃ、【血塗れ太陽】に比べりゃ弱っちいかもしれなけどね。
「《黒刃の死神》、【太刀】……いえ、【魔装太刀・ムラクモ】!」
手元に呼び出したのは、淡い薄紫の刀身をした美しい、機械的な仕組みを組み込まれた魔装武装。それをあたしの力で再現する。流石に、魔力伝達物質……テルミアの奇跡なしで完璧に再現できるわけではないけれど、それでも、十分よ。グレート・オブ・ドラゴン、あんたの力も貸しなさい!
――天龍神種にそんな生意気な口を利けるのは世界広しと言えどあなたくらいなものよ。まあ、いいわ。貸してあげるわよ。「夢幻の刃」を
夢幻の刃、それすなわち、儚き刃なり。あたしの中に情報が伝わってくる。
夢幻刃龍皇とは、かつてあった龍の国、忘れ去られた皇国の5匹の龍の頂点に君臨する皇女。小世界……七界、シンフォリア天使団もかつて属していた世界も含めた7つの世界の中の1つ、龍界……ドライグル。その世界は5つの龍が皇女のことを忘れ、どの龍こそが本当の龍王たるかを競っていたわ。
紫藤紫月。かつて、七界の5つの世界、地球、シュリクシア、デシスピア、エスサイシア、レイルシルのいずれをも知り、最強にして、架け橋とでもいうべき紫藤黒真の子にして、龍とのハーフで後天的に天使となりシンフォリア天使団に入団した紫藤紫色の父でもある青年。その紫月が、その真相を解き明かし、再び龍の皇女としてその地に君臨したのちに、七界は解放され、再び忘れ去られた存在。夢幻、その儚さが、人からその存在を認識させにくくさせる、まるで、透き通る空のように、透明な存在にさせてしまう。
そんな情報が頭の中を駆け巡ったのよ。そして、紫藤という名が、ある一人の少女を思い起こさせる。妹……、いえ、姉……。どちらともいえない、曖昧な、その存在を。
「お前……色の一族か?」
【蒼刻】の【力場】に別の【力場】が加わり、【蒼紫の力場】が周囲に展開される。紫、そう、紫。でも、どことなく、黒っぽい。瞳は、漆黒。明るい蒼紫の髪とは対照的なそれが何を意味するのかはあたしにも分からないわ。
「青、それと……――」
あたしの言葉に、目を丸くする。まるで、おかしなものを見るかのような目で、あたしを見ていたわ。自分のことを棚に上げるのはよくないと思うんだけど。
「くはっ、面白いな、お前。そこいらの偽物とは違って、本物なところが、また異常だ。特に、転生なんてものを初めて見たぜ」
瑠音と煉巫を抱えながら、男は言ったわ。てか、名前くらい教えてほしいもんだけどね。男とか呼ぶのもあれだけど異名を呼ぶのも面倒。
「あんたこそ、死んだんじゃなったの?」
みんな死んだと言っていて、妹だけは生きていると言っていた。それは妹の希望的観測だって思うのが普通なんだけど、
「俺は【輪廻】の力を隔世遺伝していてな、自由に時空間を移動できるんだ。赤の世界に飛ばされながら別世界に飛んだんだよ」
なるほど、チートね。この世界にやってきたのも、それを使ってってことでしょうね。規格外の規格外って感じよ。
「じゃあ、まあ、足止め頼むぞ」
その言葉に、あたしは不敵に笑みを浮かべたわ。
「足止めぇ?バッカじゃないの。全部倒してやるわよ!」
そう、そのために、あたしは、この刀を手に呼んだのだから。キュィイイイイと疑似魔力収束回路が音を立てて、あたしのSランク相当の膨大な魔力を吸い上げる。
記憶の淵の中、己の深淵をのぞき込む。ニーチェの「善悪の彼岸」の一節に、こんなものがあるわ。
――お前が深淵を覗くのならば、等しく深淵もお前を見返すだろう。
別段、それの真意を説く気はないわ。そもそも、そんなものいくら考えたところで、かのフリードリヒ・ニーチェにしか分からないことなのだから。
でも、あたしは、あたしの中の奥深く、深淵を覗くとき、その向こうに誰かがいるのは感じたわ。まるで、力を貸す、と言うように、その力があたしの中に入ってくる。
「叢雲流、奥義……『天之羽々斬』!」
真っ白な光の束、とでも言うべきものが2つに分かれて、龍を2匹ほど消し飛ばしたわ。でも、残りの龍が、徒党を組んで襲ってくる。途方もない量の、もうなにかも分からない圧倒的な質量が塊となってやってくる。
「叢雲流、終技!」
キュイイイイイイイインガガガガガガと壊れるのではないか、と思うくらいに音を立てる【魔装太刀・ムラクモ】。そして、圧倒的な物量に対して、あたしは空へ向かって、一撃を放つ。
「『紫雨太刀』!」
まるで、雨の如く、天より斬撃の束が降り注ぐ。それは暴虐の雨、斬撃の雨、そして、全てを更地へ返す怒涛の雨。
敵の龍の攻撃を全て上から押しつぶす。それこそが、この技なのよ。そして、残りの龍へと向けて、刀を構えた。
「紫雨流、天技『雨月の型・紅雨の守』」
淡薄い紫の刀身から濃紫の光が溢れだす。刀を包むように迸り、あたしの戦う意思に答えてくれるかのように、震えだした。
「【紫断ちたる雨】」
そして、紫の光が大気を焦がしながら、幾重にも分裂し、それは乱れ咲く花の枝のようでもあり、ザーザーと降り注ぐ雨のようでもあったわ。
「さあ、これで、終わりよ」
叢雲流。赤羽と呼ばれる一族に伝承されていた流儀で、その大元がどこなのかは不明だけど、その力は最強とされているわ。
紫雨流。これは、紫雨一族にのみ伝承されている失われた流派。【血塗れ太陽】が言っていた色の一族っていうのも、まあ、そんな感じの関係なのよ。
「終わったのか?」
【血塗れ太陽】が、そういって顔を出してきた。あんたこそ、回復は終わったの、って聞きたいけど、ここからでも、状態が回復しているのが【力場】で分かるわ。
「ハッハッハ、宴は大成功だよ!」
そういって、【血塗れ太陽】のその奥から、やってきた主催者。何よ、あたし等は生贄だったんじゃなかったの?
「君たちは生贄ではない。生贄は、龍たちの方なのさ。龍を殺すこと、それが今回の宴の目標だったからね。君たちは見事にやってくれたよ。元々は、【血塗れ太陽】、君や、【終焉の龍を裡に宿した者】蒼刃聖を呼んで成功させようとしたんだが、青葉暗音、君は想定外だった。右手は【血塗れ太陽】を、左手は蒼刃聖を呼び出すために使うはずだったのに、最後の蒼刃聖は呼び出せず、逆に君をつかまされてしまった。
それは、終焉の龍が、宴の目的を見抜いて成功させないため、だと勘違いしていたが、そんなことはなかったようだ。むしろ、よく、他の者に経験を積ませてくれたと思う」
調子いいこと言うわね。まあ、でもあたしも幾つか自分の力を開放できたからいいんだけどね。
「それで、あたし等は元の世界に帰れるのよね?」
あたしの問いかけに、主催者は、ただただ笑う。まあ、この笑い方は帰れるってことなんでしょうけど、何なのよ。
――不意に世界が暗転して、落とし穴に落ちたかのような浮遊感に包まれる
「きゃあああああああああ」
思わず乙女のような悲鳴を上げながら、あたしは深い闇の中をどこまでも落ちていったのよ。
大学辛すぎワロエない……。マジでヤバいです。最初は取る講義とか決めてないから全部でないといけなくて時間なさすぎで……