198話:絶望の第四の試練
あたしが部屋に入ると、モニターに主催者の顔が映ったわ。全くいやらしいタイミングで毎度毎度顔を出すわよね。まあ、呼ぶ必要が無いのは助かるんだけど。まあ、いいわ。それで、次は第四の試練よね。外にはざっと16匹、それも覇王龍クラスのね。
つまり、それが第四の試練。でも、それは、今までとは比べ物にならないくらいにキツイ試練なのよ。今までの木端流とは完全に違う。それこそ段階飛ばしで、かなり強いわ。それが16匹。あたしたちが7人。1人2匹以上相手にしなくちゃならないわ。しかも、それが一斉にとなったら、いくらあたしでも、他のを守りながら戦うのは無理。しかも、今回ばかりは、何もアイテムが無いわ。扉は流用できるけど、扉程度の材質なら魔力なしで砕くことができるでしょうね。筋力、体重、その他諸々が人間と異なる龍なら物理押しで扉を破壊できるのよ。
いくら第六龍人種の身体能力が常人を逸脱していると言っても、流石に本物の龍ほどまでにはいっていないはずよ。それなら、勝てる可能性は低いわ。物理では劣り、そのうえ、おそらく、能力的な意味では拮抗がいいところね。つまり、同等か、それ以上の相手を相手に戦わなくちゃいけないのよ。
「やぁ、それでは、第四の試練を始めよう。第四の試練は、古龍の祭典。覇龍16匹と戦ってもらう。そう、生贄になることが最後の試練なのだよ」
生贄、ね。なるほど、最初からそれが目的であたしたちは集められていた、と。龍の生贄に龍を選ぶ、随分と粋なことをするじゃないの。ホント、面白いわね。それも7人で、龍をできる限り減らすか、それともすぐさま喰われるか、結局、喰われることには変わりがないって言うね。
「今回は、小細工なしの一点勝負に出なくちゃならないわね。奇策は無理、正面突破で16匹の相手をしなくちゃならないわ」
蟻と象、いえ、文字通り、龍と人の勝負。あたしの切り札は、――《黒刃の死神》だけ。
――本当にそうかしら?まだ、切り札は残ってるんじゃないの?
また、あんたなの?何度頭ン中にしゃしゃり出てきても、あたしはあんたのことなんか知らないわよ。
――今はそれでもいいよ。どうせ、今度会えるから。教室で、会おっか、――じ。いつもみたく、遊びに行って、お前はこの教室じゃないだろって、言ってよね
懐かしむような、そんな女の言葉に、何かを思い出す。それと同時に、まるで、もう1つ貯蔵庫があるかのように力があるのを感じられたわ。
でも、いつもみたく言ってねって、全く言った覚えがないのよ。つまり、それは、あたしじゃない誰かの話ってことよね。でも、まあ、なんか知らないけど、あたしの切り札は、もう1つ増えたのかもしれないわ。
――2つよ
その声には聞き覚えがあった。さっき……ここに来る前に、食事のときに聞いたばかりの、グレート・オブ・ドラゴンの声。なんだってまた出てきたのよ。
――あら、宿主のピンチくらい助けたいものよ。それに、あなたではなく、あなたの弟と義妹には借りがあるし
ああ、光と燦ちゃんのことね。そういえば、あんたの自爆の前に自害したんだっけ。部屋から出られないから。なるほど、巻き込んじゃった借りってやつかしら。
「あんたら、切り札、いくつ残ってる?」
念のために聞いてみるわ。この期に及んで隠している場合じゃないでしょうからね。素直に明かしてくれるはず、よね。
「瑠音なら切り札を持ってるけど、残念ながら俺は……」
まず瑠音がダメ。仕えないわね。5匹も龍飼ってんだから、合体とかそんなのないの?いや、ないのは分かってんだけどさ。
「アタシらは全員、なし。局のバックアップがあれば、アタシも雷璃もあるんだけど、今は無理。煉巫も白羅もないってさー」
黒霞がそんな風に答えた。あたしは3つ切り札。残るは一番期待の薄い瑠葵だけね。正直、一番可能性が薄い子よ。
「1つだけ、俺には切り札が……あります」
へぇ、そいつはラッキーね。でも、どんな切り札かしら。一番年端もいかない、いえ、天使のことね。最初にあたしに話しかけてきた、あの……。
「もしかして、あなたが、あの……」
雷璃は何かを知っているのか黒霞と共に驚愕に目を見開いていたわ。そんなに凄い力なのかしら。
「そう、俺は、【起天眼】」
マリクス……エデン……。聞いたことが無いわね。どういった類の物なのかしら。少なくともあたしは知らない力、存在よね。
「【彼の物を起こす者】の……天使の眷属。まさか、出現次元時は、あと数百年単位であとだったはずですよ?!」
【彼の物】って聞いたことがあるわね。確か、神様だったわよね。4人の眷属……天使がいるって話で……。その天使の眷属が瑠葵ってことかしら。眷属の眷属って……。
「それで、その力で何ができるの?」
あたしの問いかけに、瑠葵は少々困った顔をしていたわ。何か言いづらいことでもあるんでしょう。まあ、言えないなら言えないでいいんだけど、結果として、あたしの切り札しか発動しないわよね。
「俺の力は、起こす力。眠る裡なる龍を呼び起こすことができます。でも、できるのは。俺は自動的に力の対象に入ってしまうので、それ以外に、5人だけなんです。つまり、この中で、1人はどうしても起こすことができません」
あー、ね。うん、大丈夫。それなら問題がないわね。ちょっと安心。一安心とまでは言えないけど、ちょっと安心よ。
「それなら、あたしを除く5人にかけて。あたしなら大丈夫よ」
そう断言できるだけの根拠はあるわ。ただ、おそらく、これだけのメンツが揃っても、きっと奴らには届かない。せいぜい10匹を殺すのが限界値。どうやってもそれ以上の数は、殺るまえに殺られるわ。
「それは過信のしすぎではないでしょうか。いくら、あなたが強いと言っても、無策に、自分以外だけを強化していい、というのは……」
雷璃から初めての批判が出たわ。まあ、そろそろ、そんなことを言うやつが出る頃だろうと思っていたわ。なぜなら、優しいから、よ。
「大丈夫ってのは、まあ、無策ってわけじゃないのよ。あたしは3つ切り札を残していたわ」
あたしの言葉に、雷璃は訝しむように眉根を寄せて、あたしのことをジロジロとみて、言ったわ。
「それは漆黒の暗無、というやつですか?私の中の龍がそういっていたんです。漆黒の暗無、黒紫の卵、と」
漆黒の暗無、黒紫の卵、ね。なるほど、漆黒の――と紫――の―――か。中々に面白いわね。どうやら、その龍は、きっと、あたしの前世を知っていたのね。戦ったことがあったのかもしれないわ。覚えてないけど。
「それも1つね。あともう1つは、白羅と煉巫、瑠音なら分かるでしょうけど、あたしの《古具》よ。こっちに来てから、一度も対軍戦には使ってないのよ?」
白羅と煉巫はおじいちゃんの知り合いだし、瑠音もこっちの人間、だから《古具》のことは知っているはずよね。
「え、あの剣が《古具》だったんじゃないの?」
白羅の驚きの声。まあ、そう思われるように使っていたんだけどね。
「違いますわよ。あれはおそらく、一部の効果ですわ。ほら、蝶番を斬ったのは、剣ではなく、彼女の指だったではありませんの」
煉巫が白羅に説くように言ったわ。やっぱり、煉巫はそこまで見抜いていたのね。スライム飲もうとするような馬鹿とは根本的に違うわ。
「そんでもって、最後の切り札は、あたしも知らない。あたしの中の龍が、力を貸すっていってるから、それが切り札よ」
グレート・オブ・ドラゴン。それがどこの何者で、何のためにあたしの中にいるのかは知らないけど、利用できるものは全部利用させてもらうわ。
「では、起こします」
瑠葵が、そう呼びかけると特に変化はないけど、みんなは、なんか「うおお」とか「きゃあ」とか言いそうなぐらいに手をグーパーしたり軽く振ったりしてるわ。
「んじゃ、行くわよ」
――バァン!!
扉が開いた、その瞬間、何かが来るのを……明確な殺意とでも言い換えられそうな獰猛な気配と、迫りくる何かを感じたわ。
「《黒刃の死神》!」
とっさに、攻撃を怒涛の黒い斬撃で切り伏せようとした。凄まじい衝突音と衝撃が響く。舞い上がる砂煙。気づけば、目の前にあったのは、大きな龍の顔。それも6等分されたものよ。
ただ、さっきの衝撃波で、雷璃と黒霞と白羅と瑠葵が扉の奥までふっとばされて、役に立ちそうにない状況になっているっぽい。7人でもきついのに、3人になっちゃったわね。
どうするかしら。
――ドゥウウ
その瞬間、大きな、大きな力が、体全体に加わる。骨が軋む、まるで、全身をバラバラにするほどの圧力に、思わず、あたしたちは地面に伏す。いや、伏せられた、かしら。
これは、マズい。どうすることもできない。龍が襲ってくるのは想定していた、けれど、プライドの高い龍という種族が、のっけから数匹で組んで襲ってくるとは思ってもいなかったのよ。
――バリバリィ
雷のようなものが降ってくる。あたしは、漆黒のドレスが身を守り、幸いにも焦げた程度で済んだけれど、他の面々は、もう、息も絶え絶え、とは言わないにしても、かなりヤバイ。
正直に言うわ。これ、このままだと、確実に死ぬ。
甘く見てた。龍という種族も、この戦いも。どうにかなると思ってた。
でも、どうにもならない。ああ、もう、ゲームオーバーね。
――あら、あきらめるの?
んなこと言っても、あんたの力を借りても、せいぜい9匹、8匹ほど相手にはできないわよ。
――ええ、そうね
なんだ、分かってんじゃないの。で、この詰みに詰んだ状況でどうしろってのよ。
――あら、英雄は、遅れてやってくるものなのよ?
グレート・オブ・ドラゴンの言葉と共に、近場の龍が一匹は燃え上がり跡形もなく焼け灰になり、もう一匹は凍ってから完全に砕け散った。
あたしは、朦朧とする意識を何とかつなぎ留めながら、空を見上げる。そこには、一人の――修羅がいた。