195話:戦士たちの休息
SIDE. Thunder Dragon
私、細波雷璃は、少し困惑していました。今は、第二の試練、群龍の食事場をクリアして、しばらくは休憩と言うことになったので、食堂や控室でそれぞれ休息をしています。休息というのは、非常に大事であることは承知しているので、体を休めてはいますが、頭が考えるのをやめません。
困惑の原因は、青葉暗音という少女について。私の長年の勘が告げるように、彼女は外見に偽りなく17か18くらいの少女です。もう1つ名乗った八斗神闇音という名前については、いまだに何の手がかりもありませんが、青葉、つまりは、三神の血族である以上、特殊な人間であることに偽りはないでしょう。
でも、先ほどの戦いの始まり、彼女の声の震え、緊張しているのかな、と思ったのですが、そのあとは、鬼のように、龍の頭を斬り飛ばしていました。絶対に普通の学生ではないとは思っていましたが、私たち時空間統括管理局の飛天に属する烈火隊でも、そうそう龍などの化け物とは戦いません。
でも、あの緊張と間違えた、裏返ったように高い声、今思ってみると、まるで悦んでいるのを必死に抑えているかのような、そんな艶のあるこえでした。
それに、龍と戦っているときの恍惚とした表情は、まるで、戦いを楽しんでいるような、そんな表情にも見えました。
私はそんな表情を浮かべる特異な人たちを知っています。真性の狂人、戦闘狂と呼ばれる烈火隊でも一部の人たちです。まるで、その人たちにも似た笑みを浮かべて、大剣を振り回して、本当に、普通ではないですよね。
最初は、最近出回っているという謎の組織や、うちの上層部直属の秘密組織でも関与しているんじゃないかとか思ったんですが、どうにもそういうわけでもなく、《最古の術師》とも世界管理委員会とも違う、謎の存在。
青葉暗音、彼女のことを調べようにも、携帯端末はうんともすんとも言わないですし、流石に、どうしようもないでしょうし、せめて、ダイレクトリンクアーカイブライブラリが使えたら、少しでも情報が手に入るんですが。
ダイレクトリンクアーカイブライブラリ……DLALとは、統括管理局が採用しているもので、対象者、この場合は管理局員の中でも特別権限を持つ一部重役、局長、局次長、副局長をはじめ、人事部のルシエラ=帝部長やファルシア=帝副部長、理事六華、烈火隊各隊権力者などの限られた人間にのみ適用されているシステムで、基本的に、あらゆる範囲で使用可能な画期的システムなのです。
脳に直接データを送り込むシステムで、アーカイブ……保存するという部分は、そのままの意味で、脳に送られたデータは、完全に記憶されて忘れることはありません。そして、その送られてくるデータというのが本局の書庫に大量に保存されている様々な世界からの情報を分かりやすくまとめたものなのです。管理している世界もしていない世界でも様々な情報があるので、あのデータベースにアクセスできればたいていのことは分かる、ということになっています。もっとも、すでに失われたといわれる世界や、敵対組織、局の機密情報、そして、【彼の物】と呼ばれる存在や、局の誕生以前にいた者の情報はありませんが。
まあ、それ以外の情報ならなんでもある、それが時空間統括管理局という場所なんです。ですが、まあ、今は、管理局の話ではなく、あの、青葉暗音という人物について。
「すこしいいかしら」
ふと、そんな声が脳裏に響きます。この声は、私の中に宿っている雷龍・アーレオスですね。いったい何の用なんでしょうか。
「あの青葉暗音、いえ……八斗神闇音、実は、知っているのよ。我にもちょっと因縁のある相手だしね」
因縁、ですか。アーレオスの因縁ってどんな因縁なんでしょうか。少なくとも私には覚えがないんですけどね。
「忘れもしません。剣帝王国、第三都市にある地下迷宮、『ラングバルデの迷殿』。あの地には、発明王、ビュルゼ・ベン・ホルモイアと、そして、……この名前はあまり出したくはなかったんだけど、フルカネルリが関わっている」
古金瑠璃……いえ、今の言い方は外国のフルカネルリという名前でしょうか。聞いたことがないのですが……
「一般常識、と言いたいところだけれど、まあ、それが正しい認識なのかもしれないわね。でも、《最古の術師》の一員であるって言ったら話は別でしょ」
なっ?!あの謎の組織《最古の術師》の一員だなんて。何者何でしょうか、フルカネルリとは。
「事実、謎の多い人物で、2冊ほど著書があるだけで、その人物の詳細は知られていないのよ。まあ、尤も、それでも錬金術師の間では有名な人物でいろいろな逸話が残っているわ。賢者の石関係は特にね」
賢者の石、聞いたことはありますけど、それの関係者だっていうんですか。私にも知らないことは大量にありますね。でも、その『ラングバルデの迷殿』と青葉暗音の関係が分からないんですけど。
「我の住まう……住んでいた、帝王の間へと至るには『ラングバルデの迷殿』を通る他に道はない。そして、あの悪鬼の如き女と宵闇を纏う男は、現れたのよ。迷宮を踏破するついでに、隠し部屋を探してたら見つけた、と。そして、殺された」
ああ、それは確かに因縁ですね。殺されているんだから、因縁を持ってもいい、というのは納得でしょう。ですが、殺されている、というのは若干驚きがありますよね。まあ、死んで私に宿ったのでしょう。そう考えると、それはそれでよかったものと思えますが。
「八斗神闇音と七夜零斗。特に八斗神闇音は悪名高き暗殺者にして剣帝の血を引く怪物だった。我を瞬殺するなど人間の域ではとてもない」
龍を瞬殺、ですか。今日もそんなことをやっていましたが、凄い人物ですね。思わず身震いしてしまいそうです。
「今日のは、まだまだ本気ではないわ。本気ならば、あの龍種など誰の力も借りずに数秒で細切れ肉になっていたさ」
え……、予想以上の怪物ですか?!でも、だとしたら、なんで、自分でやらなかったんでしょうか。
「それは、おそらく、本調子ではないか、もしくは、隠しておきたい事情があるか、その二択だと思うわね」
私は本調子ではない、に一票でしょうかね。あの大らかというか、おおざっぱな性格の彼女が、自分の実力を隠すでしょうか。むしろ、おおっぴらに明かして最強を名乗るのでないでしょうか。
「そうとも限らない。あの性格が演技だとは言わないけど、あれが全てってわけでもないと思うからね」
まあ、確かに、人間、パッと見の性格が全て、などとは思いませんけど、それにしたって、あの感じで何を隠しているんでしょうか。剣を持ってバシバシ切り殺してましたけど、あの剣が彼女の能力で作り出されたか、彼女に召喚されたかは分かりませんが、そこまで凄いものとも思えませんし、何があるっていうんですか?
「我が知る限り、あの剣は、八斗神闇音が使っていたものと同じだ。しかし、あの剣は、凄いもので作られているが、それこそ、そこらの名剣と同じようなもの。確かに、それは何ともないのだと思うんだけれど、――漆黒の暗無……どうして、あれを一度も使っていないのか、それだけがホントに気がかり」
漆黒の暗無……なんですか、それは。漆黒なのに暗く無いって矛盾していませんか?それにしても、その漆黒の暗無っていうのはいったいなんですか、使うってことは武器か、それとも技ですか?
「……あれを口にすることはできない。ただ、名前のみ言えるの。それが漆黒の暗無。もし、あれが発動したなら、彼女の力は、おそらく、世界でも類を見ない、異常な強さになる。それこそ、時空間統括管理局の偉人と同じくらいにはね」
口にできないもの……、ものすごく気になりますが、まあ、いずれ、分かるときが来るかもしれませんね。
って、だいぶ話が逸れています。彼女が何者かを知りたかったんですよ。因縁についての説明はもう十分です。
「あら、そう。で、肝心の八斗神闇音について、だけど。【闇色の剣客】の二つ名を持った暗殺者だったわ。でも、ある時、……出産を機に引退。それでも、決して戦わないわけではなく、様々な地で様々なことをやっていた見たいだけど、その様々なことの一環として殺されたのが我だったってわけ」
出産……既婚者で一児の母だったのですね。あの高校生の見た目で、子供がいるとは、何とも……と言おうと思いましたが、私たちも大差ないので言うのはやめます
そういえば……兄様も、また、強さなら龍を一瞬で葬り去るくらいはできたはずですよね。兄様は最強ですから。
「赤の世界に落とされたと聞くけど、そうした場合は、きっと、彼でも生還は不可能よ。てか、異世界に飛ばされて、戻ってくるのは常人には不可能」
異世界に飛ばされて戻ってくるのは常人には不可能、ですか。これだから兄様を知らないものは、って、というより、あなたも知っているじゃないですか、兄様がどんな人間だったかを。
「はぁ?
確かに知っているし、話も聞いたことはある。あの【氷の女王】希咲雪美の三子であり、長男でもあったという、【希咲】の人間。
そして、体の中に氷の龍を宿して生まれた第六龍人種にして、希咲の家が代々第五鬼人種の家系であるがゆえに、強靭な肉体を持って生まれた。
幼少の砌、龍神の元に行く前に、四之宮家に養子に取られ、そこで義妹とともに舞踊の道を歩み、四之宮の秘術を学び、その浄火の力を手にした【四之宮】の人間。
同様の二つ名【血塗れ】と共に呼ばれるようになった【血塗れの月】の使う天月流剣術を全て習得した【天月】の人間。
ある出来事により、同級生の舞野織式から秘宝を授かり、その身に宿したことで秘宝を受け継いだ【舞野】の人間。
そして、その血は如何なるものか、隔世遺伝により、かつての家の力がその身に甦ったとされ二階堂の【赫】や【三縞】家の【輪廻】をその身に宿すものだ。
その力の異常さは分かっているけど、それでも赤の世界に飛ばされて生き残れるとは思えないんだけど」
分かっていないですね。そう、本当にわかっていないんです。そこまで名前を口にしていて、なぜ、兄様の生存の可能性に気が付かないんでしょうか。私や黒霞はそれに気付いたからこそ、兄様を諦めていないんですよ。
そう、兄様のことを聞けば、誰もが「五王の血を引いた者」という認識をしているんです。ならば、兄様には、あの力があるじゃないですか。その赤の世界に飛ばされるという絶望的な状況をもひっくり返すことのできる切り札を。
逆月統括局長が持っていた力を3つに分けた、そのうちの1つの力を。だからこそ、兄様は生きているんです。
「そうか、その力は……」
その時、扉が開きました。やってきたのは、青葉暗音さん。どうやら第三の試練に挑戦するまでの休憩時間が終わったようですね。
大学がいよいよ始まりました。正直言って、むちゃくちゃ忙しいです。昨日の更新できなかったのもそのせいですが、落ち着くまでどうかお許しください。