194話:そして始まる第二の試練
あたしの言葉に、主催者のみならず、皆が一様に固まっていたわ。なんで固まってるのよ。普通に外の気配を探ったら分かるでしょうに。って、まあ、そこまで正確な数は分からないものよね。あたしも大まかに数えて630匹って言っただけだから、別に正確にその数ってわけじゃないし。まあ、誤差は±20ってところかしら。
「君は本当に何者だい、青葉暗音。意図せぬ異物としてここに来ただけではなく、第一の試練も、内容を知っていたかのように楽々と突破し、第二の試練の龍の数すらも当ててしまう。一見、学生服に身を包んだ、ただの学生のように見えて、しかし、絶対にただの学生ではない君はなんだ、と聞いている」
ただの学生ではない、ね。間違っちゃないけど決めつけってよくないわよ。実際、ただの学生である瑠葵がちょっと申し訳なさそうな顔をしてるし。
「あら、そうね。じゃあ、あなたのお気に召す回答をすると、」
そう言って、体内に7つの【蒼き力場】を形成させる。【蒼刻】を発動させて、蒼髪、蒼眼の状態となったあたしは、髪をポニテに結わう。この姿こそ、
「【闇色の剣客】八斗神闇音よ。こちらの方が名は通ってるでしょうけど、まあ、そんときゃ、まだほとんど生まれてないメンツだからね。青葉暗音の方を名乗っていたのよ」
だって、そんなこと言ったって、せいぜい、最年長でも150歳くらいよ。それに比べて、あたしが生きてた時代ってのは、だいぶ昔。そりゃ、全員生まれてないわ。
「【闇色の剣客】八斗神闇音、だと?!
そんなわけがあるまい。いつの人間だと思っている。剣帝の一族でも、そんな長命なはずがないし、そもそも、……。あるいは転生、いや、篠宮の家系でもあるまいし」
篠宮の家系という言葉で、瑠葵が少し反応していたが、それよりも、あたしの名乗りに対する困惑のほうが多いだろう。でも、事実なのはしょうがないじゃない。
「あら、失礼しちゃうわね。ありえない、なんてありえないのよ。まあ、証明のしようはないけどね。それで、あんたが一般人じゃないとか言うから、自己紹介してあげたんだけど?」
そうして、あたしの言葉から、男は、早く第二の試練を始めろという意味をくみ取ったのか、第二の試練の説明を始めたわ。
「第二の試練について説明しよう。第二の試練は、今言ったように、龍を倒してもらいたい。ワイバーンが250、ノンホーンドラゴンが380いる」
あたしは、その言葉とともに、【力場】を頼りに探ってみるけど、微妙に誤差があるわね。どうやら、我慢しきれなくなって、何体か共食いで死んでるみたいよ。
「共食いで8匹ぐらい死んでるわね。ノンホーンドラゴンは372匹よ。あたしらがもうちょい遅かったら、もっと減ってたかもしれないわね」
そんな風に言うと、男が、何やら、モニターを出して確認を始めた。龍には発信機的なのがついていて、しかも体温や呼吸を感知して死ぬとマークが消えるみたいね。
「確かに、そのようだ。正味622匹いる。そいつらを倒すのが第二の試練だ。もちろん、途中でこちらの龍の入ることのできない食堂や控室に戻ることは許可しよう。それが第二の試練、群龍の食事場の概要だ」
群龍の食事場、ね。なるほど、あたしたちが餌になるのか、それとも雑魚龍が餌になるのか、どちらにせよ弱肉強食ってね。それにしても622体ね。やろうと思えば一撃で倒せるかもしれないけど、ワイバーンの空を飛んでいるのが厄介よね。それなら、全部地面にいるときにやりたいじゃないの。
でもどうやって地面に落とすかよね。250匹近くをまとめて落とすなんて中々難しいわよね。雷で痺れさせて落とす、そんな都合よくいかないわよね。凍らせるのも無理、炎は意味ない。闇ってのがどんなのかは分からないけど、使えなさそう……いえ、闇と言えば影、地面の敵を束縛するのはできそうじゃないかしら。
「んじゃ、ちょっと行ってみましょうか」
あたしの言葉に、白羅が「えっ」と意外そうな声を漏らした。何よ、なんか文句でもあるのかしら。
「作戦とかは考えないの?無策で行って倒せるほど楽そうじゃないわよ?」
作戦ね、考えちゃいるけど、どうなるか分からないし、ちょっと聞いてみようかしら。あたしは、雷璃と黒霞に問いかける。
「ねぇ、雷璃、622匹、まとめて殲滅できる?黒霞は、地面にいる奴の動きを封じることってできる?」
その問いかけに、2人はしばし、互いに見つめ合っていた。そして、こくりと頷きながら答えを返したわ。
「うん、できるよ」
「ええ、それが私たちの殲滅戦における常套手段ですからね」
その答えだけで十分だわ。あとは、……ワイバーンがどのくらいの高度飛んでいるかよね。それさえわかれば……
「煉巫、手加減した炎を出すことってできる?ほんの少し焼けるくらいの」
これが最後の課題。ここがクリアできれば、ワイバーンは全て地に伏せることができるし、逃したとしてもそのくらいならどうにかなるでしょうしね。
「ええ、できますが……」
んじゃ、オーケーね。問題は、「あれ」が足りるかどうかってところよね。あ、そだ、高度の問題は、もしかしたらどうにかなるかもしれないわね。
「瑠葵、あんた、風で、物体を上空に浮かせることはできるかしら。せいぜい数キロくらいなんだけど」
あたしの質問に、半ばしか聞いていなかったのか、慌てたようにハッとして、「えっと」とか言いながら答える。
「はい、人間2人くらいの重さまでなら大丈夫ですから」
うわっ、割と重くても大丈夫なのね。なら、余裕かもしんないわ。さて、と、あたしは、跳躍して斬らなきゃいけないから、
「瑠音、あんたは、瑠葵とかその辺を守っといてね。そん位はできっしょ?」
あたしの言葉に少し不服そうだけど、頷く瑠音。じゃ、白羅は、役立たずだけど、今回は、役に立ってもらいましょうか。……いや、まあ、白羅じゃなくてもいいんだけど。
「白羅には、1つお願いがあるわ」
そういって、白羅の耳元で白羅に用意してほしいものを注文する。白羅は、「は?」と眉根を寄せるけど、今回は、それが必須アイテムになるわけで、それがないと、時間がかかって面倒になりそうなことこの上ないのよね。
「まあ、いいけど、本当にそれだけでいいの?」
白羅がよくわからないと言わんばかりに変な顔をしているけど、ほんとうにそれだけでいいのよ。むしろ、それ以外の余計なことをされたくないのよ。
「では、私は、向こうの部屋でじっくりと見学させてもらうとしよう」
主催者はそういって扉の向こうに姿を消した。ふふっ、んじゃ、そろそろ、龍退治と行きますかね。
――バァン!
扉を開け放つと、鋭い獰猛な視線が大量に向いたのが分かるわ。久々に生の龍ね。……ゾクゾクしちゃうわ。マジ、興奮。零斗に抱かれるときくらいの興奮具合よ。こりゃ、滾るわね。出そうになる涎を飲み込みながら舌なめずりをする。ほとんど、この戦いではあたしの出番はないんだけど、
「瑠葵、あの一番高いのが飛んでるよりも高く物を運べる?」
ちょっと、悦な声色が混ざってしまったけど、何とか堪えて瑠葵に聞いたわ。はたから聞けば、緊張しているように聞こえなくもない声でしょうね。まあ、何と思われようが関係ないんだけど。
「え、は、はい。大丈夫です」
了解。これで準備は完了ね。あたしは最後の指示を飛ばすことにしたわ。それ以降はあたしは、龍退治だもの。
「じゃ、白羅が来たら、持ってきたものをそこまで上げて、ついでに煉巫の炎も、それのしばらく後に、落下途中のそれにあたるように運んであげてちょうだい。瑠音、ここの守りを任せたわ。雷璃、黒霞、瑠葵と煉巫のやったやつで、ワイバーンが地面に落ちたら、さっきのコンボでとどめを刺してちょうだい」
それだけ早口で捲し立てて言うと、漆黒のドレスに【宵剣・ファリオレーサー】を片手に、舌なめずりをする。月が出てないのは不服だけど、ちょっくら、龍退治と行きますかね。
「じゃ、任せたわよ」
そう言うや否や、近くに迫ってきていたノンホーンドラゴンの頭を斬り飛ばす。ああ、いいわ、この手に重い、鱗が固くて斬り難い感じが!吹き出す血飛沫のシャワーが!
【蒼刻】で蒼く染まった、この身体を、深紅の血で染めていくこの感じが、最高に堪らなくいいわ!
「アハッ、アハハハ」
最高よ。一匹、また一匹と流れるように首を刎ねる。この常に戦いに身を置く感じが最高にいいわ!
そしてノンホーンドラゴンの身体を踏み台に、宙へと駆け上がる。下の方を飛んでいたワイバーンの首を刎ねて、その落下していく体を踏み台にして、さらなる上空へ。
また一匹、また一匹と空を飛ぶ龍を落としていく。この快感がたまらないわよ!ほら、もっと、突っ込んできなさいな!
アハッ、もう、血塗れよ。でも、気にならないわ。フフッ、もっと来なさい。もっと、もっと、もっと!
――バンッ
あら、そんな音がしたってことは白羅が来ちゃったってことね。もう少し殺し合いを……いえ、嬲り殺しを楽しみたんだけど。
そう思いながら、踏み台にして、最も高いところまで一気に上がる。タイミングを計って跳んでたから、狂うことなく、ちょうど、白羅に頼んでいたそれが上空に上がってくるところだったわ。
それ、とは、「スライムボトル」のことよ。ほら、龍の瞳の雫のフェイクとして置いてあったあれのこと。
そして、スライムは、熱すると、液状になってとろみ付けに使われているって説明したわよね。その通りで、でも、スライムが個体なのに対してとろみ付けは液体、固体から液体に変わるとき体積が一気に増えるのよ。そして、熱せられた直後の粘りは、ものすごく強いから、とろみ付けに使うのは、弱火とかで少し溶かしてからだし、強すぎたら水を混ぜるか、氷水に、ボウルに入れてつけておけばとろみが減る。
だから、あたしは、ここで、スライムを斬らないように、ペットボトルだけをうまく切り崩す。そして、散ったスライムが、後から上がってくるちょっと弱めの炎で熱せられる。あたしは、粘りに巻き込まれないように、近くにいるワイバーンを足蹴に、さらに上空へと飛び上がる。
そして降り注ぐ、粘液の雨。それは、ワイバーンの腕ともいえる羽にくっつき、自由を奪っていく。あー、やっぱり200匹くらいまとめてはちょっと無理があったわね。逃れた数匹を切り殺しながら、地面に落ちないように背に乗って時間を稼ぐ。
「――闇よ、そなたは影。束縛の証明。ゆえに、影は動くことなかれ」
敵の動きが静止する。そして、そこに、雷璃が間髪を入れず、雷の力を解き放つ。
「――天空より地へと落ちる破壊の象徴。
――説には大いなる神の力。
――ゆえに、その力、神成。
――説には破壊の悪魔の力。
――ゆえに、その力、欠皆也。
――天より地へ、地から破壊へ、その力、暴虐の雷。
――万物を破壊せよ!
――雷殺滅衝」
激しい閃光とそしてけたたましいまでの轟音。バチバチと、全ての龍を雷が呑んだ。そうして、全ての龍が死んだのよ。




