190話:龍の集う場所――雷の龍
瑠音のいた8番の部屋を出ようとした瞬間に、あたしは半ば予感めいたものとともに、慌てて、あたしよりも先に瑠音を部屋の外に放り投げたわ。悪寒、というよりも、予感、つまり、悪意はない何かが、迫っている。そんな気がするのよ。そして、あたしが蹴倒した扉を瞬時に、7番の部屋側の壁に向かって投げつける。
――バリィイッ!
瞬間、激しい閃光と、けたたましいくらいに鳴り響く音、そして、凄まじいほどの熱と痺れるような一瞬の感覚。これは……電気の放電よね。
眩い光は、電気が通ることによっておこる熱により、空気が光り、可視化される電気の本流。その原理は雷と同じ。つまり、雷と同じくらいの速度と威力を持った……電流と電圧を持った電気の塊が隣の部屋から、飛び出してきたのよ。
鼻につくような焦げ付く臭いは、壁が焼けたことによる臭いではなく、金属が溶けたことによる、いえ、金属が電気抵抗による熱で溶けたことによる酸化反応によって生じた錆の臭いと、溶けたことによる臭いの入り混じった嫌な臭い。
これほどの金属を貫くなんて、相当な威力よね。これは、強いわ。あたしほどじゃないにしても、紳司と互角か、ちょっと上かもしれないわね。かなり化け物よ。しかも、おそらく、今の雷は本気じゃない、ってか、本気を出せば、雷だけで地球を滅ぼせるレベルのやつね、【力場】的に見て。
雷でどうやって世界を滅ぼすかって質問に関しては、一撃で地表を削るとか、世界全体に雷を降らす、とか荒唐無稽なものじゃなくてね、地球には磁場ってのがあるのよ。まあ、小中学校の理科の範囲だから分かるでしょうけど、その磁場ってのがあるおかげで、太陽風……要するに宇宙に漂っている危険物や放射能が直接当たることがないわけよ。でも、長時間、電磁波を形成するような雷が発生し続けたら、たとえば磁場と打ち消し合う電磁場ができたら、磁場は消えて太陽風は直接地球に激突、放射能とかいろんなもので、滅亡するのよ。
つまり、かなりヤバイ相手ってことよ。まあ、あたしなら、どうにかできるかもしれないけどね。って、今はそんなことを言っている場合じゃないわね。
まあ、そのすんごい勢いの雷は、あたしの投げたディスペルのかかった扉が消してくれたんだけど。
開いた穴から顔を見せるのは、銀髪の、白羅のようなプラチナブロンドではなく、正真正銘の銀髪の美女。その姿は、まさに、美麗、あたしとは違う、お嬢様系……そういった意味では煉巫とも似ているけど、それとも違う腹黒お嬢様タイプのそんな見た目の女。
……銀髪ってことは、もしかして、さっきグラムの言っていた?
「ああ、間違いない。【銀髪の雷皇女】だ。もしくは【雷霆の巫女】」
他にも二つ名があるのね。それにしても、中々に大物が出てきたわね。白羅の感じたことのある気配ってのはこの女のことだったのね、同じ場所の出身だし。あたしは、警戒と確認の意味を込めて、目の前の銀髪の女に問いかける。
「【銀髪の雷皇女】、もしくは【雷霆の巫女】、で合ってるわね?」
その問いかけに、どこか、制服……学校とかではなく、どこかの軍とかそういった感じに近い、真っ白い制服の埃を叩き落としながら答えた。
「ええ……、いえ、1つだけ訂正させていただくと、私はあくまで、初代【雷霆の巫女】として、初代【閃雷の王】ヴァーミリオン・W・マキナと手を組んでいただけにすぎません。現【雷霆の巫女】ではありませんので」
そんな風に訂正する女。その制服の階級章のような部分に目がいったわ。どことなく、不思議なマーク。そして、読めない文字で記されているのにそれが分かった気がしたわ。そして、かなり序列の高い人間であることもね。
「改めまして、【銀髪の雷皇女】、細波雷璃です」
そんな風に自己紹介をする様子は、どこか、何か物足りなげな様子が感じられる。どうかしたのかしら。まあ、あたしには関係のないことだけれど、とりあえず雷璃は、戦力としては十分ね。それに、あたしと同じイレギュラー性を持つ人間ってことでしょうし。流石の主催者も壁破壊までできるとは思ってなかったってことよね。
「雷璃姉!」
白羅が飛びつくように雷璃に飛んでいく。やっぱり、それなりに深い関係だったのか、白羅の喜び具合は半端ない。一方の雷璃は、驚いたように目を見開いて白羅を見ていた。
「白羅、白羅じゃないですか?!久しぶりですね!」
白羅をぎゅっと抱きとめて、ぶんぶん振り回す雷璃。白羅も見た目は20歳よりも上だから、流石に、大人の女が大人の女をぶんぶん振り回すっていう描写は何とも言えない感じがあるわね。それにしても、随分と力があるわね。いえ、あたしもできるけど、普通に鍛えただけの女性でも、ああも簡単に振り回すのは不可能だと思うわ。つまり、何らかの異常なる力を使ってるってことかしら。
「そうですか、白羅、あなたは……」
何か感慨深そうにうなずく雷璃。何かがあるってことよね、あの2人には。それで、どうしましょうか。流石に残りの部屋に何があるとも限らないけど、ぞろぞろと5人で行く必要はないわよね。どっかに放置しとくってことになるんでしょうけど、それはそれで、不満を漏らしそうだしね。
あ、龍の瞳の雫を回収しとこ。雷璃がぐるぐるぶんぶん白羅を振り回している間に、穴から雷璃のいた部屋に入って冷蔵庫から龍の瞳の雫を回収して、部屋の扉の蝶番を壊して外に出る。一応、部屋の扉は壊しておきたいのよ。いざというときために、何かあったことを考えてね。
たとえば、の話よ。もし、魔法使いが襲ってきたら、扉を盾にすれば、基本的な攻撃は無効化できるわ。物理攻撃に特化した相手じゃないなら、どうにかすることができる。つまり、武器にもなりうるってことよ。だから、取り外しておけばいつでも使えるし、それだけじゃないわ。部屋に入る時間を短縮することができるのよ。龍の瞳の雫を回収している以上、必要なものはないかもしれないけど、念のために、部屋に何かを取りに入るときに、そのほうが早いじゃないのよ。
「それにしても、お前と一緒にいると、退屈はないな」
グラムが不意にそんなことを言い出したわ。――何よ、急に。退屈にならないってそれは嫌味なのかしら。まあ、あたしも退屈ってのは嫌いだから、こうして変なことに巻き込まれるのは嫌じゃないわよ。
まあ、戦いに身を置き続けた暗殺者の性ってやつかしらね。戦場で興奮するなんていう特殊性癖じゃないけど、戦いというものは自分を奮い立たせてくれるのだから。己という刃を極限までに研ぎあげてくれる戦いの中でこそ、あたしは剣になれる。
「ふっ、とても女のセリフとは思えん、物騒なセリフだな」
あら、男女差別はよくないわよ。男で女でも戦場に出れば、等しく戦士なのだから。
「お前は戦士ではなく暗殺者なのだろう?」
あら、確かに。これは、一本取られたわね。確かにあたしは暗殺者よ。それでも、戦争には出るし、戦いもするわ。そうね、今思えば、あたしのそれは暗殺者のそれではなく、暗殺者という皮を被った戦士……いえ、狂戦士だったのかもしれないわ。無謀と知っていながら、一対一の戦いをして、勝って殺して、幾多の人間の命を奪ったかしら。児戯のごとく、戦争を起こす神という存在を時に恨み、時に感謝し、戦場へと赴いたのよ。
「ふっ、まるで、戦いしか能のない戦闘狂だとでも言っているようじゃないか、天才よ」
そうね、ある意味、あたしは戦闘狂で、そして、天才でもあるのよ。戦闘狂は、全てのことを戦闘につなげて考えるのよ。そう、戦わずして勝つ道があっても、あえて戦う道を選ぶようにね。
「そうか、では、ここにいる者たちに戦いでも挑んでみるか?存外、面白いことになるかもしれないぞ」
あら、あなたにしては物騒なことを言うのね。でも、それはしないわ。なぜだか知らないけど、なんとなく予感があるのよ。この後に大きな戦いがあるってね。あたしはできるだけ効率よくそれに参加するために、今は彼女たちと戦わずに、部屋を開けているってわけよ。
「考えているのか、いないのか……。大きな戦いとは何のことなんだ」
あら、戦いは戦いよ。気が付かない?まあ、無理もないでしょうけどね、あたしだって、凄く気を張ってようやく感じ取れたくらいだから、普通なら気づかないんでしょうけど、外には大量に蠢く何かがいるわよ。まるで、食事……いえ、狩場かしら。それとも闘技場なんて言い方が適切かしら?
「そいつらが、お前たちを呼び寄せたと?」
あら、そんなことは一言も言ってないじゃない。それに、そんなに蠢く大量の奴らが,、第六龍人種だけを見繕って召喚するなんて言う真似をできるはずがないでしょう。
まあ、あなたとの世間話は尽きないけれど、一旦、ここで幕を引きましょうよ。あたしは次へと進むわよ?
「煉巫、瑠音、あなたたち2人は、その扉を開けないように、その扉に罠がないかを調べといて」
あたしは2人に告げる。2人は頷いていた。そして、あたしの視線は、白羅と雷璃に向いたわ。
「白羅、それに細波雷璃……ここは、一応訳の分からぬ場、といえど戦場よ。様付けを強要したりはしないわよね?」
一応、話を順当に進めるための潤滑油程度にそんなことを口にする。それに対して、雷璃は面白いものを見るように笑う。
「ええ、確かに、私もそんなものを求めるほど自分が偉いとは思ってませんしね。では、私もあなたのことを呼び捨てにさせてもらいます。それで、あなたのお名前は?」
そうね、雷璃には名乗っていなかったかしら。ニヤリと笑いながら、あたしは、右手を差し出しながら名乗る。
「青葉暗音よ」