188話:龍の集う場所――紅蓮の龍
あたしは、おもむろに、蹴り倒してソファに突っかかってる扉のところに向かったわ。実物を見たほうが分かりやすいでしょうからね。扉をひょいと持ち上げると……ん、意外に重いわね。まあ、蝶番を見せるだけだし、ソファにのっければいいわよね。
「ほら、ここよ。扉とドアノブにはディスペルがかかってるけど、それをつなぐ蝶番には何もないのよ。だから、ここを切断すれば扉を外せるのよ」
切断された蝶番を凝視する白羅を他所に、あたしは、この後どうするか考える。まず、全部の部屋を開けるのが最優先よね。でも、問題は、ここにいる全員が従って動いてくれるわけじゃないってことよね。
「なるほど、理屈は分かったわ」
理屈じゃなくて、実物見てるんだから、普通に全部わかってほしいんだけれど。まあいいわ。とにかく、そろそろ、隣の部屋に移りましょうか。もし、何らかの時間制限的なものがあったら困るしね。それに、白羅みたくスライムボトルを開けようとして……いえ、開けっちゃったら遅いしね。まあ、スライムくらいなら対処できるかもしんないけど。
「んじゃ、隣の部屋をぶっ壊しに行きますか」
あたしが言うと、白羅も、なんとなくであたしについてくることを選んだんでしょうね、後ろをついてきたわ。
「それで、あなたの《古具》は?《古具》であのちょうつが?ってのを斬ったんでしょ?」
あ、蝶番を知らなかったのね。いえ、蝶番は知っていても、その名称自体を知らなかったってことでしょうね。一般常識の範疇なんでしょうけど、知らない人は知らないものね。仕方ないかしら。
「別に《古具》が全て、目に見える形で発現するわけじゃないでしょ?」
それこそ、十月の《千里の未来》なんて、パッと見じゃ、発動してるかどうか分からないでしょ?あたしも、ドレスを着てたら発動してるって分かるけど、ドレスなしでも基本的な能力は使えるし。
「あ、なるほど。補助系の能力なのね」
別に補助系じゃないんだけどね。まあ、その辺はどうでもいいわ。勝手に思ってるだけでしょうし、あたしは否定も肯定もしないわよ。そんなの、今は敵味方はっきりしない状況で一緒にいるだけで、実際、この後敵対する可能性もあるんだしね。《チーム三鷹丘》の人間だからと言って味方とは限らなでしょうし。
まあ、敵にならないことを祈りましょうか。尤も、敵になったところで、あたしが負けるわけじゃないから大丈夫でしょうけどね。おそらく、この白羅って女、本気がどの程度か分からないけど、真っ向勝負なら勝てないことはないはずよ。龍の種類にもよるけど、それこそ、規格外の能力でもない限り。
「油断はするなよ。こいつ、龍神の子等の1人だろうからな」
不意に脳裏に響いたのは、グラムファリオ……あたしの中にいる刃の獣の声だったわ。龍神の子等、ってのは何なの?
「龍神と呼ばれるものが異空間で育てた第六龍人種だ。中には、あの【血塗れ太陽】もいる」
【血塗れ太陽】って言うと、あたしでも敵わないってグラムが言ってた化け物よね?
「ああ、そうだ。他にも龍神の子等には【銀髪の雷皇女】と【黒髪の闇喰い姫】の2人もいる。そちらもそれなりに強いしな。それに、お前の大叔母もそこの出身だ。そんな中の1人が弱いはずはないよな」
ふぅん、雷に、闇。んで、大叔母さんもその仲間ってね。まあ、でも、弱くても弱くなくてもあたしには関係ないことなのよね。だって、最初に【血塗れ太陽】には絶対に勝てない、って修学旅行に行くときに言われてるのよ。じゃあ、あたしが勝てないのは【血塗れ太陽】だけなんでしょうよ。
「さて、壊しましょうか」
あたしは、そういいながら、4番の部屋の前に行き、蝶番を切断する。そして、同じようにドアを蹴破って中に侵入した。
「ひゃぁあ!何事ですの?!」
なんか、超お嬢様っぽい口調の悲鳴が響いたわね。そうして、よく見てみると、部屋の隅に縮こまった朱色の髪をした女がいたわ。どことなく身なりもよさそうで、結構なお嬢様なのかしら。そして、その裡には、蠢く気配。それも、相当大きなものね。
「あら、煉巫。無事だったのね」
白羅がそんな風にお嬢様に呼びかけた。ってことは知り合い……ん、煉巫?ってことは確か、父さんの言っていた変態?!
「ええ、私は……、えっ?!」
驚いたような声を思わず漏らした煉巫。でも、驚いたのはあたしもよ。煉巫と、そしてあたしの手の甲に、紅の紋章が浮かんでいたのよ。まるでどこかの国紋のような荘厳な紋。
「紅蓮王国の紋章……?!」
煉巫がそんな驚嘆な声を漏らす、けど、それよりも凄いことが起こってしまう。手の甲から突如、低い声が聞こえた。
「懐かしいものだな、刃神よ」
低い声。それはまるで、何かを懐かしむかのように、親しいものに話しかけるような声だった。そして、刃神、それはあたしの中にいた。あたしの手の甲からキンキンと金属のすれるような音ともに聞きなれたグラムの声がなる。
「ふっ、元刃神だ、紅炎龍。もう、会わぬものと思っていたのだがな」
紅炎龍……それってベルオルグとかいう、最強のムスペリア12神じゃなかったっけ。紅蓮王にその身に封印されたとかいう。それがなんだってこんなところで……?
「ベリオルグ、知っているのですか?」
煉巫が己の中のベリオルグに声に出して問うた。それに対して、ベリオルグが答える。
「ああ、知り合いだ。そうか、それにしても、随分と時が流れたように感じるが、……お前が去った後、紅蓮の王は、戦で大事な友を亡くしてな、俺や記憶はそれとともに完全に封印されて、俺は一時的に、この依代に移っただけだ。あいつが復帰
すれば、ここからも消えるさ」
そんなことを言うベリオルグ。へぇ、なるほど、いろいろと事情があったのね。でも、それじゃあ、煉巫は暫定的な第六龍人種ってことなのかしら。よくわからないわね。
「ふん、まあ、いいわ。あたしは、青葉暗音。今のはあたしの中にいる獣、グラムよ」
念のために自己紹介とグラムの紹介をしておく。なんとなくだけど、しておいたほうがいい気がしたのよね。
「グラムファリオだ。そちらの紅炎龍ベリオルグとは同じムスペリア神話の12神に該当するため旧知だ」
あたしの気遣いを察してか、グラムも自己紹介する。それを聞いてか、煉巫のほうも恭しく頭を下げた。
「私、朱野宮煉巫と言いますわ。失礼ながら、青葉の血統ということは、清二様の……?」
あ、おじいちゃんを様付けで呼ぶのね。まあ、ってことは、やっぱり、《チーム三鷹丘》で確定よね。いや、まあ、煉巫って名前の時点で、父さんから聞いていた人物だと思っていたんだけどね。
「清二はあたしの祖父よ。あたしは孫の暗音。ちなみに、弟が紳司よ」
この手の話題が出ると、毎回セットとして扱われていたせいで、念のために弟が紳司であることをついでに告げるようにしているのよ。
「暗音様ですね。分かりましたわ。白羅さんは、どうして暗音様と……?」
煉巫の疑問に、白羅は肩を竦める。まあ、どうして一緒にいるのか、ってのは答えづらいってか、明確な回答はないわね。
「わたしは、隣の部屋にいたのよ。で、あなた同様、今みたく、助けられたってわけ。んで、そのまま引っ付いてきたの」
ふむ、それにしても、このメンツ、あたしの予想が外れなのか、当たりなのか、これだけじゃ判断できないわね。
あたしの最初の予想は、この場に集められたのは第六龍人種である、という予想だったのよ。でも、これだと、《チーム三鷹丘》にゆかりのある人物、という可能性も出てきたわけなのよね。まあ、その辺は、残りのメンツ次第かしらね。
「ふむ、そういうことでしたの。それでは、他にも部屋がおありで?」
まあ、外に出ればすぐにわかるんだけど、一応、数と他の情報も伝えておくべきかしら。とりあえず、暫定的に、あたしに不利にならない情報な伝えても構わないわよね。よし、それじゃあ、まあ、
「部屋は残り4つ。あと、この部屋を出てすぐ左に大きな扉があるけど、そっちは、こういう部屋じゃなさそうだから後回しね。最後にぶち破るタイプのものだと思うし、扉の奥に罠があったとしても、突破するには人数が多いほうがいいかもしれないしね」
この場合の人数が多いほうがいい、ってのは、知恵を出し合えるからって意味もむろんあるけど、最悪1人、罠にひっかけて、先に進む犠牲もいるかもしれないって意味もあるのよね。まあ、基本、やばい罠でも切断して切り抜けられるんだけど。
「まあ、そうね。で、次はどの部屋を開けるの?向こうの一番端?それとも、目の前?」
白羅がそんな風に問いかけてくる。そんなことを言われてもね。てか、あんたらも壊し方は教えてるんだから、自分で他の部屋を壊すくらいのことをしてほしいんだけど。次開けるとしたら、順番的には5番かしら。いえ、面倒だから、ここの対面にある8番にしましょうか。それで7、6、5って順番にやっていきましょう。
「じゃ、8番の部屋ね」
あたしの言葉に、「8番ってどれよ」みたいな顔でキョトンとする白羅。まあ、数字の割り振りもあたしが勝手にして、あたしの脳内にしかない順番だからね。分からなくても無理はないわね。でも、説明するのも面倒だし、別に教える必要もないと思うんだけど……。
「お前は少し協調性というものを学んだらどうだ?」
気が付けば手の甲の紋は消えていて、普通に脳内で話しかけてくるグラム。その言い方、まるであたしに協調性がないみたいじゃない。これでも一応、協調性くらい心得ているわよ。みんなで仲良く冒険できるわよ!
「いや、何も冒険しろとは言っていないのだが、それよりも周りに分かるように説明したらどうだ。周りに分かるように説明できてこそ、本当の天才だとよく言うではないか」
それは、世間に都合のいい天才でしょ?あたしは、どちらかというと世界に都合のいい天才ってやつなのよ。世間的には、それを分かりやすく説明できて、自分たちにもある程度理解さえてもらえる人こそ天才って話になるけど、あたしとしては、それこそ常人では至れない域に達して解明や発明、証明をする人もある種の天才だと思うわけ。
その常人の域を超えた天才は、常人と自分の違いというものがあまり理解できないのよ。何せ、天才である自覚なんてないんだから。自分は、それが好きだからやっている、もしくは、自分がやらなくちゃいけないからやっているだけで、それは周りの奴でもできるものだと思ってるのよ。まあ、そうとは限らないんだけど。
とにかく、説明できる、という天才がいるのも認めるわ。もしくはそれこそが本当のあるべき天才なんでしょうね。でも、あるべき天才ではない、ある種のことに特化して、それを貫くものもないがしろにはできないわ。そういった常人の域を超えた者がいたからこそ、世界は発展したのだから。
今でこそ、常人以外は異端と忌み嫌われるけど、昔は、異常なら神として祭り上げられていたこともあるわ。一般人、つまり我々、にはできないことをやってのける、それは神に違いないってね。人とのズレなんてのはそんなもので、周りの見方もズレて言ってるのかもしれないわね。
……何が言いたいのかよくわからなくなってきてるじゃないのよ。
つまり、あたしは、人に説明するのが不可能ってタイプの天才ってことなのよ。まあ、正確には、説明するのが面倒ってだけで、前者にも後者にもなれるタイプの天才ってことかしら?
まあ、いいわ。仕方ないから、グラム、あなたに免じて、この2人に説明してあげるわよ。