187話:龍の集う場所――氷の龍
トイレから出たはずが、妙な個室に閉じ込められてんだけど、一体どういうことなのかしら?
あたし、青葉暗音は、部活の交友を深めるために不知火家に《古代文明研究部》の面々で泊まりに行っていて、食事の合間にトイレに行って、用を足したあと、トイレから出たはずだったんだけど……。気が付けば、よくわからない部屋にいたわ。小型の冷蔵庫とソファくらいしかない奇妙な部屋ね。扉には鍵がかかってるし。
それにこの扉、開かないように扉にディスペルがかかってるみたいね。具体的に言うと、ドアとドアノブに。ふぅん、まあ、そうなると、扉はあたしも壊せないわね。壁も、それなりに厚いから壊すのは時間かかりそうだし。
そんな面倒なことは嫌いなので却下するわよ。だから、もっと簡単な方法で外に出ることにしたわ。あ、一応、冷蔵庫の中身でもチェックしようかしら。
冷蔵庫には、コーラと水と、……龍の瞳の雫?
龍の瞳の雫とは、龍の泪のことで、飲むと、滋養強壮、体の回復にも役立つってものよ。まあ、貴重品でコップ一杯もあれば、大金持ちになれるってものなんだけど、ペットボトル1本分あるわね。もらっておこうかしら。ああ、あと、その隣に、龍の瞳の雫に擬態したスライムが大量に入ったボトルもあるけど、そっちは放置でいいわね。
さぁって、ここから出るとしましょうか。で、どうやって出るっつったって、扉にはディスペル、ドアノブもダメ、でも、蝶番は何にもなってないっぽいのよね。見落としかしら?それともヒントってことなのかしら。
――スパッ
あたしが指で蝶番をなぞると、軽快な音とともに綺麗に切断できた。ドアが前に倒れて、外の様子が見えたけど……廊下?あたしがさっきまでいたような外見の部屋が8つくらい並んでる。あたしのを除けば7つね。あたしの列に4つ、向かいの列に4つの部屋がある造りらしいわね。
もしかして、あたしと同じように閉じ込められている奴でもいるのかしら。まあ、助けるわけじゃないけど、情報は欲しいし、手駒も欲しいから、とりあえず、扉を蝶番壊して開けていくことにしようかしら。
とりあえず右隣の部屋を壊してみることにする。……同じように蝶番をスパッと切って、ドアを足で蹴り飛ばして入ってみる。するとそこには……あたしの部屋と同じように冷蔵庫とソファがあった。うん、予想通りね。誰かいるかとも思ったけど、まあ、いなかったか。でも、この部屋にいないだけで、他の部屋にはいる可能性もあるのよね。
とりあえず、冷蔵庫を物色。コーラと水と、龍の瞳の雫とスライムボトルが入ってるわね。だから、なんでスライムボトルがあるのよ?
まあ、ここでも龍の瞳の雫だけを回収して、てか、ペットボトル2本分もあれば、昔だったら家、建ってたわよ?しかも、あたしが今やってる行動ってロープレの勇者の行動みたいなものよね。他人の部屋に侵入して、人がいたら話しかけて情報を貰う。いなかったら物色して役立ちそうなものだけを貰う。ふむ、実際にやるとガチの犯罪よね?
さて、次はどの部屋……間取りを面倒だけど分かりやすくするために、あたしの部屋を2番、右隣の空室を1番として、あたしの部屋の左隣が3番、その左隣が4番、1番の向かいが5番、その正面から見て左隣が6番、同じようにして7番、8番とするわ。
で、次は何番の部屋にするか、ってことだけど、……まあ、順当に言って3番よね。急に8番とか言っても訳わからんくなるだけだし。
そいじゃ、とっとと失礼するとしましょうか。空室と同様に蝶番を切り落として、ドアを蹴り倒し、部屋に侵入する。お、今度は当たりっぽいわね。
「うひゃっ、な、なによ?」
そこにいたのは、プラチナブロンドの髪をした美女だったわ。プロポーションも結構いいほうだし、ちょっとムカつくけど。まあ、美人だけど、驚いた顔で台無しになってる、そんな美女。……見た目通りの年齢じゃないし、中に何かいるわね。……龍ね、瑠音と似てるもの。あ、今の、ダジャレとかじゃないからね。りゅうね、るおんとにてるもの、の瑠音をりゅうねって読んだらダジャレっぽく聞こえるでしょうけど、あたしが言ってるのは瑠音じゃなくて瑠音だから。
「見た目通りじゃなさそうだし、それになりに年食ってそうだけど、ま、敬語じゃなくていいわよね。って、なにスライムボトル持ってんのよ。食べんの?」
なお、スライムは生で食べると、味のないゼリーのようで、なおかつ喉に絡んで、マズくはないが気持ち悪いって言う微妙なものなのよ。昔の料理では、とろみをつけるのに使われてたわ。なお、焼くと溶けた粘液になるからとろみ付けってだけで、そのまま飲むこともできるけど、味は微妙よ?
あ、ちなみに、色付きスライムは、青色がさっきのノーマル、緑が苦い、赤が辛い、紫が毒、ピンクが媚薬、ってことで、うかつに食べるのも危険だけどね。……さっきからロープレみたいなの多いわね。
「す、すら?」
あ、どうやら、中身がスライムってことすらわかってないっぽいわね。まあ、生きた世界が違うければそうなるってことなのかしら。まあ、スライムの説明くらいは、現代に生まれれば聞いたことがあるとは思うんだけれど。あ、一応、言っておくけれど、便宜上、スライムという固有名詞で呼んでいるだけで、実際にはあの世界でも別の名前があったんだけれど、それを一々言うのも面倒だし、表現する上での伝わりやすさを重視した結果スライムと呼んでいるわ。
なお、スライムとはもともと、どろっとした、とかねばっとしたとかを指す言葉だったのよ?
まあ、そんな豆知識にもならないほどのくだらない話はおいておいて、目の前の女から、スライムボトルを奪って、捨てた。
「普通に飲むんなら水かコーラにしときなさいな。あー、そういや、名乗り遅れたわね。いつもなら、名前を聞かれるまで極力名乗らない主義なんだけど、こんな状況だしね。青葉暗音よ」
そういって女に握手の意味を込めて手を差し出す……けど、女は一向にあたしの手を握らない。あたしの顔を食い入るようにじっと見てるわ。
「もしかして、王司君の……娘さん?あれ、でも、王司君のところって娘だったかしら?男の子って聞いてた気がするんだけど」
あら、失礼ね。女の子もいるわよ。この手の話になると、なぜかすっかり忘れられるらしいのよね。
「それは弟の紳司よ。あたしは、姉の暗音。鷹之町第二高校の2年。弟は三鷹丘学園の生徒会に所属してるわ。てか、うちの父さんのことを知ってるってことは、もしかして《チーム三鷹丘》関連の人間かしら」
あたしの言葉に、目を丸くする女。どうかしたのかしら、変なことは言ってないと思うんだけれど……。
「驚いた……さっすが、歩く図書館三世ね。さっきのスライムとか言うのとかに続いて、この考察力、間違いなく遺伝だわ」
ああ、父さんからの……いえ、三世ってことはおそらくおじいちゃんからのってことでしょうね。つまり、おじいちゃんの代の《チーム三鷹丘》のメンツね。どーりで、父さんからの情報に該当する人がいないと思ったわ。父さんが言ってたのは煉巫って言う変態とかの話だったからね。
「まあ、それにしても、龍神の部屋にいたはずなんだけどね、どうしてまた、急にこんな訳の分からない場所に来ることになってるんだか」
ため息交じりに女はそう呟いた。そら、あたしもトイレにいたはずなのに、何がどうして、急にこんなところにいるのかは分からないわよ。
「あっと、わたしは氷室白羅。《チーム三鷹丘》の一員よ」
なるほど、白羅、ね。まあ、名前は分かったけど、何者かはよくわからないわよね。まあ、何者だろうと構わないんだけど。
「それで、あんた、体の中に、龍でも飼ってるでしょ?」
あたしの言葉に、目を見開いて、あたしの顔をジロジロ見ていたわ。何なのよ、変なことを言ったかしら。それとも飼っているのが龍じゃなかったのかしら。瑠音のと同じ反応だからそうだと思ってたんだけど、それも明確な証拠じゃないしね。
「よくわかったわね。流石に清二も王司君も、それは一発じゃ見抜けなかったのに」
おじいちゃんを清二って呼び捨ててるってことは、やっぱおじいちゃんの関係者なのね。まあ、見抜けなくても当然なんじゃないかしら。他の龍を飼ってるやつを見たことでもない限り、龍が入ってるなんて断定はできないでしょうから。
「まあ、あたしも、他に龍の入ってる奴を見たことがあるから分かっただけで、実際、前に見たことがなけりゃ、龍、なんて断定はできなかったわよ」
その言葉に、なぜかキョトンとする白羅。何よ、あたしは当然のことを言ってると思ってたんだけど?
「……なるほど、あなた、なんていうか、清二や王司君とも違う、異常者なのね」
へぇ、人に面と向かって異常者なんて言うってことは喧嘩を売ってるのかしら。それなら買うんだけど。でも父さんともおじいちゃんとも違うってどういうことかしら。
「清二は、体内に聖を宿して、相乗する【蒼刻】を使った異常火力を使ったゴリ押し。王司君は、【蒼刻】と【終極神装】を用いたどれを使うか分からないトリッキーな戦術。そして、あなたは、【力場】の操作と感知に長けているってことかしら?」
聖、と呼び捨てにしたことから、聖大叔母さんとも親しいみたいね。聖大叔母さんと言えば、グレート・オブ・ドラゴンが終焉の龍を宿した第六龍人種だって言ってたわね。なるほど、第六龍人種、あいつ曰くあたしもそうだという。そして、目の前のこの女も、龍を宿している。
……なんとなく関連性が見えてきたわね。
てか、【力場】の操作と感知に長けてるって言われてもねぇ、あたしはどちらかというと力でのゴリ押し派なのよね。紳司は、父さんと同じくトリッキーなプレイだけど。ほら、あたしの《古具》は力の象徴みたいなところがあるじゃない。何でもかんでも切り裂くって言う特性とか、特にね。そんでもって紳司の《古具》ってのは、様々な神の武具を使える、つまり、様々な能力を持ってるってことよね。どれかを使う、組み合わせて使う、どう使うにしても汎用性の高いってのが紳司の売り。そういった意味では輝も一緒ね。
まあ、白羅にどんなふうに勘違いされてようと、どうでもいいんだけどね。それよりも問題は、あたしの予想通りだとして、どんな奴らが来てるか分からないってのが怖いところよね。
力を過信して突っ切るタイプがいると困るんだけど……まあ、大丈夫、だといいわね。いえ、ここで、分からない心配をしても仕方がないし、今は別のことを考えましょうか。
「ここがどこだか、心当たりは……ないかしら?」
あたしの問いかけに白羅は首を横に振った。なるほど、やっぱり知らないのね。……役立たず。
「見たところ、普通の部屋にでも見えたし、扉は開かなかったから、部屋で待機してたのよ。……わたしの力は無効化されるっぽかったし」
ふぅん。まあディスペルが《古具》にも有効なことを考えると、力が利かなかったのは当たり前なんでしょうね。
「どんな力も無効化されるわよ。いえ、呪文なしでも消えるからデリートかしら?むろん、《古具》もかき消されるわよ」
白羅は意外そうにあたしの顔をのぞき込んでいたわ。
「じゃあ、どうやって壊したのよ?」
あら、どうやら、蝶番までは頭に入ってなかったのかしら。ふぅん、普通、気づくと思うんだけどね。あたしは、白羅に呆れながら伝えることにしたわ。