185話:現実への帰還
さて、数週間……と言っていたここへの滞在時間は、体験時間にして実に2ヶ月に及ぶものだった。確かに数週間ではあるが、それでも一年の6分の1くらいの間隔をここで過ごしたことになっているのだ。まあ、現実に換算すれば、そこまで経っていないそうだが、スピリチュアルとタイムのルームみたいな感じで、でも時間制限がないってのは反則だよな。
しかし、まあ、ここに長時間いると、その分、時間の流れと体の本来の時の流れが狂いだして、年を取らなくなってしまうそうだ。つまり、うちの両親を含む、《チーム三鷹丘》の面々が年齢を重ねているように見えないのは、ここが拠点になっている所為で、年を取らなくなってしまったから、ということのようだ。そして、三鷹丘学園の生徒会に所属する上に顧問が秋世である以上、ここには割と来ることになるから、卒業後に《チーム三鷹丘》に所属しようがしまいが、年齢は取らなくなるようだ。
まあ、中には、愛藤愛美さんのように、すでに年を取らなくなっているような存在もいることから、ここに来ることだけが、年を取らなくする方法ではないようだ。
そんな話はさておき、俺と由梨香のトレーニングだが、かなり順調に進んだ。そう、2ヶ月間、俺と由梨香はずっと一緒にいたのだ。たまに、伸びた髪を切ってもらうなどのことをしてもらいながらずっと一緒に過ごしていた。
朝から夜にかけてずっとトレーニングをし続け、まあ、夜のトレーニングも、まあ……。
そうして、俺は、だいぶ鍛えられた。基礎体力は、きっと姉さんにも劣らないくらいまでには上がっただろう。逆に言うと2ヶ月間鍛えた俺と同等の基礎体力を元から持っていた姉さんは異常だ。いや、まあ、姉さんが異常だってのは随分前から分かり切っていたことなんだがな。ありゃ、チートだから。生まれついてチート属性なんだよ。
それにしても、2ヶ月は長かったな。充実していたからいいんだけどさ、しばらく学校に行っていないから、最近の行事予定とか頭から消えかかってるし。ああ、勉強に関しては、勉強しないでも点数はとれるし、今回の超回復による回復待ちの空き日に勉強を由梨香から教わったので問題はないだろう。
ふむ、外ではまだ、1日どころか、次の日の朝程度だと秋世が言っていた。そういえば、ここに来た日は、つまり現実的に言えば昨日の夜、はミランダとかの《魔堂王会》が襲撃してきたんだったな。
それから、ミランダたちを母さんたちに任せて、俺たちが、ここに来た、と。由梨香は、途中で俺が見つけて、なんでも橘先生が明日――つまり今日――家の都合で宿直ができないから順番を替わったと言っていたっけか。
ああ、そうだ、それで橘先生の都合って何だろうな、とか考えてたんだよ。……そう言えば、白羅さんの話だと、俺の祖母の青葉美園ばあちゃんの実家である立原家の親戚には市原や市瀬の他にも、瀧消や橘と言った家があるらしい。この橘というのは偶然なのだろう。前に、偶然、橘先生の免許証を見たときに苗字が違うくて、確か、
「ほら、わたしの苗字はちょこっと複雑なので、皆さんに覚えてもらいやすいように、母の旧姓を名乗っているんですよぉ」
と言っていた。その名前は何だったけな。九州のどこかの地名と同じだと思ったんだが、思い出せない。まあ、そんなことで、本名ではないし、橘なんて言う苗字はありふれているからな、別の由来の橘さんもいるだろうし、もしかしたらそっちのほうが主流かもしれない。
橘先生の話は、まあ、置いておくにしても、2ヶ月ぶりに学校に行くということは、つまり、夏休み以上に学校に行っていなかったってことである。夏休みがおよそ1ヶ月半だからな。そして、もうじき、夏休みも迫っているのだから、逆に、残りの期間を学校に行くのが余計に億劫になるというものだ。
しかし、テストやらなんやらもあるので休むわけにはいかないし、まあ、寝過ぎで起きれなくなる、というような夏休み明けによくあることは、トレーニングで規則正しい生活を送っていたから、ないだろうけど。
「うわっ、なんで桜麻先生、メイド服着てるのよ?!」
帰るから、と集合して早々、由梨香のメイド服姿を初めて見たであろう秋世が驚愕の声を漏らした。それに対して由梨香は頭を下げて、
「メイドですので」
と返したのだが、正直言って意味不明なので、秋世は首をかしげていた。俺のメイドであるということは伝えているので、まあ、そこまでおかしくはない……とは思うのだが、俺も、なぜ由梨香がメイド服を着ているのかは分からない。
「……紳司君の趣味?」
俺のほうを見ながら秋世が聞いてくるが、首を横に振って答える。まあ、メイド服も嫌いではないがな。
「そもそも、趣味で着せるならフレンチメイド服にする」
俺がそういうと、由梨香が、さっと手元にハンガーに通された数着のフレンチメイド服を出してきた。
「数種類ほどありますが、どれがよろしいでしょうか?」
その様子を眺めながら秋世がため息をつく。知人の知らない一面を目の当たりにして、それもそれが相当残念だったとき、のような溜息だ。
「別にメイド服は着ないでいいんだが」
「?裸をご所望ですか?」
頭にはてなを生やしながらメイド服を脱ぎだす由梨香を慌てて止める。何気に、2ヶ月一緒に過ごしても由梨香の思考はよくわかっていない。なお、実践形式のトレーニングの関係で、俺の【王刀・火喰】とヒー子、マー子、ヒイロの3人についてはバラしたので、由梨香は俺の秘密をほとんど知っていることになる。
まあ、秘密を知られる分には構わないだろう。由梨香は悪用しないだろうし、他言もしないはずだ。メイドとしては扱いたくないが、メイドとして勝手についてくる以上、俺の私生活に干渉してくることは避けられない。その時に秘密が露見して、あまつさえ、周りにも知られるようなことになる、そんな可能性がある以上、先にバラしといたほうがいいと思ったしな。
「あ、静巴、遅かったな」
秋世と俺と由梨香が、話しているところに、静巴が合流してきた。心なしか、少し、静巴から出ている気配が静葉のようにも感じられる、妙な感じだった。
「なるべく数を振っておきたかったので、遅くなりました。……市原会長とファルファム副会長はまだですか?」
そう、現在、集合場所にそろっているのは、俺と秋世と由梨香だけだ。他の面々はまだ来ていない。
「てか、静巴、そのでっかいのどっから持ってきたのよ?」
でっかいの、とは俺の貸し与えた【魔剣・グラフィオ】のことだ。まあ、静巴の体格に比べては大きめの剣だろうし、そもそも、なぜ静巴が剣なんて持ってるんだ、という疑問もあるのだろう。
「しん……青葉君に借りました。青葉君、そろそろ、秋世たちには、伝えておいたほうがいいと思います」
信司と言いかけた静巴。確かに、そろそろ、頃合いなのかもしれないな、俺の能力を秘密にするのも。尤もすべてを明かすわけではないが。特に転生関係は秘密にするつもりだ。
「まあな。他のメンバーが来たら言うとするさ」
俺の言葉に秋世は妙な顔をしていたが、まあ、秋世の奴も俺が何かを隠していることくらい勘付いてただろうから、今更だろうな。
「そうですか……」
静巴は、【魔剣・グラフィオ】を俺に差し出す。俺は、受け取って、あえてしまわなかった。そのほうが後で楽だと思ったのだ。
そもそも、別に、そこまで秘密を貫く必要性はなかった。バレたならバレたで構わないくらいの気持ちだったしな。いろんな人にバレると、俺の能力の特殊性は薄れるが、仲間内なら連携の取りやすさは上がる。それに、よく考えると、静巴、由梨香の他にも律姫ちゃんたち冥院寺家、紫炎たち明津灘家、螢馬たち天姫谷家、ユノン先輩を除く市原家の面々には知られてしまっているわけだ。あ、あとうちの両親。これだけバレていて生徒会の方が知らないのはおかしな事態でもあるんだよな。普通、一番身内側の人間だからな。
「あら、遅くなったみたいね」
「ええ、そのようですわね」
そう言ってユノン先輩と煉巫さんがこっちに合流をした。ふむ、煉巫さんたちがいるということは、自然と《チーム三鷹丘》全体に知られることになりそうな気がするんだが……。
「うっわ、あたしが一番最後なの?」
間違った日本語を使うあたり外人だと納得させられるミュラー先輩が最後に合流してきた。なお、間違っている部分は「一番」と「最後」の意味が重複していることである。
「日本語間違ってるわよ?」
と、突っ込みながら入ってきたのは、日本人に似つかわしくない白金の髪をした白羅さんだった。そう言えば、名前的には日本人だけどこの人何人なんだろうか。
「最後の『最も』と『一番』は重複だからですね」
ユノン先輩が、白羅先輩に聞き返すように補足をした。俺が地の文でツッコんだ意味がないじゃないか。
「さて、と全員そろったし、帰るか……って、そういえば、白羅さんと煉巫さんもついてくるんですか?」
一緒にいるのでどうするのか聞いてみる。微妙に皆の視線が俺の持つ【魔剣・グラフィオ】に集まっている気がする。
「いえ、私たちは見送りですわ。この時間、すでに、学園の方では、学生が登校する時間ですもの。目立ってしまうのはあまりよくないことですので」
ああ、なるほど、俺らの世界では、すでにそんな時間らしい。そりゃ、こんな美人なら目立つだろうな。噂が立ったら、今後の行動に支障が出る可能性もあるし、納得のできる判断だろう。
「さて、と」
俺は、【魔剣・グラフィオ】を白い部屋へと飛ばす。皆からは、【魔剣・グラフィオ】……剣が消えたように見えただろう。視線がそこに集中していただけに、皆の驚きは凄い。
「そういえば、対象は神話の武具と聞いていましたけど、【魔剣・グラフィオ】はガレオンの作でしたよね。その理屈に関してはわたしも説明してもらってませんでしたけど……?」
なんて、静巴が言う。ああ、そういえば、まだ話していなかったな。そもそも、あの部屋に置いてきたものを使えるって分かったのが現実的に言えば昨日の夜なわけで、まあ、こっちでは2ヶ月前だが、2ヶ月間全然会っていなかったから教える時がなかったのは当然だ。
「ああ~、静巴は、ほら、修学旅行のシャワーん時に、体感しただろ、白い部屋。あの部屋に置いてきたものは呼び出せるっぽいんだ。【魔剣・グラフィオ】は、2ヶ月前……昨日、ってことでいいんだっけか、まあ、紫炎の奴が親父さんから俺に、って預かってきたらしい」
静巴は、白い部屋のことを思い出してか、なるほど、とうなずいていた。由梨香は、直接見たことはないが、俺の口頭での説明で知っているので、確認の意味を含めて頷いていた。
「白い……部屋?」
秋世が疑念の声を漏らす。さて、どう説明したものかな。……まあ、大まかに説明すればいいだろう。
「あ~、秋世と由梨香は、都合上知っていたんだが、実は俺は、もう、《古具》に開花してるんだ」
主に声を出していたのが秋世だったので、秋世に言葉を返したが、みんなに聞こえるように声にした。
「え、ホントに?!」
秋世の大げさな反応を耳にしながら、他の面々の顔を見るも、みんな似たり寄ったり、驚いている。
「《古具》の名称は《神々の宝具》。様々な神話の道具を呼び出せるものだ」
そう言って、幾つかの武具を出してはしまうことを繰り返した。それと、ついでに補足する。
「そういえば、静巴、由梨香の他にも律姫ちゃんたち冥院寺家、紫炎たち明津灘家、螢馬たち天姫谷家、市原先輩を除く市原家の面々も俺が《古具》を使えることは知っていますけどね」
とは主に全体に向けた言葉だったので、ユノン先輩、ミュラー先輩、煉巫さん、白羅さん、と敬語を使っている相手が多いので敬語で話したのだ。
「え、みんなが?!」
ユノン先輩が驚いていた。そういえば、現実的に言う一昨日には、一緒に過ごしていたのだから、その皆が、俺の秘密を知っていたことには驚くだろう。
「俺は、カノンちゃんと戦いましたからね。ああ、あと、七星加奈さんも、たぶん知ってますね」
そっちについては、知られているだろう、と言うだけで、確信はない。まあ、尤も、あの人に関しては、前世関連とかのほうが知られてしまっているので、そっちのほうがあれなのだが。
「ああ、後、ガウェイン、トリスタンとの戦いにも使っていたから、あの2人も知って……いたと思う」
何せ、だいぶ前に感じることだ。しかし、使っていたはずだよな。まあ、海外勢はまり気にしないのだが。そんなことを言えば、ミランダも知っている。
「まあ、そんなわけで、黙ってて申し訳ありませんでした。一応、これでも多様性が売りなので、知っている人が少ないほうがバレる危険性がないかな、と思ってたんですけどね。あ、もちろん、家族は知ってますよ?」
家族とは、父さん、母さん、姉さんのことだ。
「あ、そうなの。それはそうと、家族、で思い出したけど、暗音さんに、また会いましょう、と伝えておいてちょうだい」
白羅さんが、俺にそんな風に言い、煉巫さんもそれに合わせて頭を下げる。なるほど、煉巫さんも同じくってことか。
「わかりました、伝えておきます」
そうして、半ば呆然としている面々を連れ、扉から生徒会室に戻るのであった。
というわけで、龍神編は完結です。次のSIDE.Dはぶっちゃけ、暗音ちゃん以外の古研メンバーはでません。辛うじて、瑠音くんが登場しますが、それ以外はSIDE.Dでは見かけない人たちです。
SIDE.GODで見かけたあの人たちは出てきますが。「あの」、というより「この」ですけどね。
次章予告
それは大いなる龍の祭典――覇龍祭
あらゆる龍が集う化け物の祭典。
氷の龍、雷の龍、闇の龍、炎の龍、5つの龍、様々な龍がいる中、それもいた。
――刃の化け物
――それと、刃の……
青葉暗音は、その龍たちの集う祭りで、何を見出すのか……
《神》の古具使いSIDE.D……龍人編