181話:魔女と鍛冶師と剣士
「【天才鍛冶師】。もしも、6人の中の誰でもなかった場合のために、本名は伏せるけれど、彼ほどの刀鍛冶はいなかった。少なくとも、私はそう思っているわ。剣舞の国であれほどの刀を打てるのは、おそらく、彼ともう3人くらいだったでしょう。その中でも彼は、天才だったわ」
それは、おそらく、俺のことなのだろう。少なくとも、アルデンテは俺以外の鍛冶師と直接の面識はなかったはずだからな。しかし、親愛の情、ね。あいつからは嫌われているとばかり思ってたんだがな。
「そして、その彼には愛する人がいた。むろん、親愛だから、それが嫌ではなかったわ。彼には彼が愛した人がいた、それだけのこと。そして、その女は、彼と約束を立てた。『もし、私が死んだなら、その時は、あんたに見合う物を作る人間として生まれ変わりたいものね』『なら、俺は、剣を造るのではなく、扱う一族に生まれたいものだ』そういって、約束を交わしたのよ。叶うはずのない転生の約束を」
ああ、そうだ。そんな風に約束を交わしたんだったな。そう、そうやって約束を立てた後、……
「そして、女は死んだ。私は、まるで魂が抜けてしまったかのようにぼーっとする彼のために、この空間魔法を利用した鍛冶場の建設をナナナに依頼したわ。まあ、もっとも完成する前に、女の後を追うように彼は死んだのだけれど。
……椛。もし、これを見ているのがあなただったら絶対に同情してくるから言っておくわ。違うのだった聞き流してちょうだい。別に同情なんかいらないし、そういうものでもないわ」
なるほど、これは、静葉が死んだ後に作ったのか。俺を喜ばせるため……ってことでいいんだよな。
「さて、何はともあれ、ゴーレムを倒し、私の作らせた鍛冶場へ足を踏み入れる誰かさん。私は、1つありえないことを考えているわ。もし、それが、本当に転生した彼だった場合のことよ。
申し訳ないけれど、十分な材料はないし、作りかけだったあの子や、しまっていた【幼刀・御神楽】は持っていかれてしまったけれど、それでも、ここで、新たなあなたの娘を生み出してほしいわ。そして、【串刺し勇者】と【無限の覇者】、あなたたちのどちらかなら、この空間を永久に使えないように破壊してちょうだい」
なるほど、俺以外には使えないってか、価値はないだろうしな。まあ、結局は俺が手にしたんだけど。
「そして、もし、そのどれでもなかった場合は、好きにしていいわ。ただし、何の価値もないけれどね。財宝もなければ、お金もない、全くの徒労をご苦労様」
そういってアルデンテのホログラムは掻き消えた。あんにゃろ、煽って消えやがった。まあ、とりあえず徒労にならずに済んでよかったぜ。
「ん~、結局、徒労?」
秋世がそんなことを言うが、俺は、普通に、この鍛冶場を使うつもりだ。中がどうなっているかは分からないが、アルデンテのことだから、それなりの設備は整えているだろう。
「いや、俺はもらうつもりだ。えっと、どうすりゃいいんだろうかな」
とりあえず、今、入って確認するつもりだが、そのあとの持ち運びってかしまうのはどうすればいいのかを考える。普通は魔法なんだろうが、呪文を覚えてなきゃならないのは面倒だよな。
「とりあえず中に入るとするか」
俺がそういいながら先行すると、秋世たちが慌てて俺の後を追ってくる。そんなに中身が気になるのだろうか。まあ、いい。
魔力のゲートをくぐると、長い階段だった。しかも、下にではなく、上に伸びる階段だ。その階段を下りていると、マー子が俺に言った。
『御館様、この鍛冶場は、いい魔力溜りがあります。魔力を込めた刀を打つには最適な環境ですね』
魔力は実際のところ、俺自身や、魔石から込める。では、周囲に魔力が溜まっていても関係ないか、と言うと、それは違う。魔力は、時間とともに、世界に還元されていってしまう。つまり、炭酸の気が抜けるように、徐々に刀から魔力が抜けて行ってしまうのだ。だが、その逃げ出す魔力は、周りにスペースがないと逃げられない。つまり、周りに魔力が充満していると逃げ出せないのだ。
『信兄ぃ、良い炭の匂いがするぜィ』
ヒー子がそんなことを言う。炭も大事だ。窯と炭がなくては、鍛錬できない。でも、ひどい炭を使うと煤け方や匂い、色などに関わってくる。炭からの火の伝わり方、次第では、波紋にも影響が出てくるかもしれないな。
『む、これは、本当にいい。どこの炭だか主には分かるんかえ?』
そうだな……。炭の種類が分からないとなくなったときの補填ができないからな。どことなく、竹から作られた木炭のような気がするが、そこまでの詳細は分からんな。
『いんや、たぶん信兄ぃの考察通りだぜィ』
まあ、ヒー子が言うんだから間違いなく木炭なのだろう。こと、火に関することなら、ヒー子とヒイロの右に出るものはいないだろう。中でも、ヒー子は発火材に、ヒイロは火の広がり方については、俺以上に詳しくなっている。
ふむ、すると、まだ、見えてないにも関わらずこの鍛冶場はだいぶいいものだと分かったな。尤も、環境や素材がいいだけであって使いやすいとは別の観点である。
「階段、……長いわね」
秋世が愚痴り始めた。そんなに長くない。せいぜい、2、3階分だろう。そう思っていると煉巫さんが言う。
「どうやらもうじきのようですわよ」
その煉巫さんの言葉通り、その出口……もとい部屋への入り口と思しき光が上から差し込んでいたのだ。白羅さんがそれを見て言った。
「罠もないし、拍子抜けするぐらいに何もなかったわね」
そら、そうそう罠なんてあってたまるか。とは思ったもののアルデンテならやりかねんというのも事実というのが何とも言い難い。
しかし、そんなことは杞憂に終わり、鍛冶部屋にたどり着いた。おそらく上に位置しているのは、あまり意味はないのだろうが、通気などの関係だろう。
空間魔法で作った亜空間に通気もへったくれもないと思うのだが、その辺は、まあ、こだわりなんだろうな。
「ここが……鍛冶場か」
俺は、端的に言って驚いていた。その鍛冶場は、かつて、俺……六花信司が愛用していた工房にも似た鍛冶場だったからだ。炭で熱す窯と、鉄を打つ鍛錬の台までの距離や、炭を保管しておく場所、道具の置場、水場との距離。何から何まで、俺に都合のいい設計になっている。流石は、アルデンテだな……。期待以上の出来で、軽く驚いている。
「ほへぇ、すごいわねぇ」
秋世の間抜けな感想を聞き流しながら、俺は、鍛冶場に足を踏み入れた。誰も使っていない新しい鍛冶場なのに、どこか懐かしい、俺の鍛冶場の匂いがするのはなぜだろうか。……俺の道具、使い古した分身たちが並んでいるからだろうか。それとも、この鍛冶場の雰囲気だろうか。それとも、炭の匂いが薫る所為だろうか。もしかしたら、それらすべてなのかもしれないが。
「でも、鍛冶場など見ても、何が何だかよくわかりませんわよ?」
煉巫さんが言う。そりゃ、煉巫さんみたいな人には鍛冶場なんて分からんだろう。何せ、鍛冶場は男の世界……とまで豪語するつもりはないが、ただひたすらに鉄と対話する場所だ。女性が好んで足を踏み入れる場所ではない。尤も、そういう女性がいないわけではないのが世の中だし、俺はそういった女性を否定はしないがな。
『ナナナ卿もアルデンテ卿も随分とよい仕事をしたえ?』
ヒイロの語尾は時々よくわからなくなるが、まあ、大体のニュアンスで汲み取ればいいんだろう。
ああ、ナナナもアルデンテもいい仕事をしている。まさかこれほどまでに俺の理想に近いとは考えてなかったんだ。
「ま、所詮は、鍛冶師以外に使えないってことよ」
白羅さんが肩を竦める。しかし、白羅さんに使えなくても、俺には十分に使えるんだよ。そんなことを考えていると、階段を上ってくる別の音が聞こえてきた。
そういえば、ゲートは開けっ放しだったな。しかし、誰だろうか。隣の部屋にいた由梨香か?
「あら、これは、……何とも懐かしい雰囲気の鍛冶場、ですね」
そう言って現れたのは静巴だった。静葉も、また、アルデンテ・クロムヘルトという人物を知り、彼女と縁を持つ剣士なのだ。
「それに、入り口に散っていた魔力残痕は、――アルデンテ・クロムヘルトのもの、でしょうか」
やっぱり、静巴もアルデンテのことを覚えていたのか。まあ、それなりに会っていたからな。むしろ、俺よりも回数会っていたんじゃなかろうか。俺なんかは、鍛冶場にこもりきりの時とかもあったしな。それに宮廷魔術師として依頼をしていることもあったからな。
「ああ、そうだ。そして、ここが俺の鍛冶場になった」
俺が自信満々に言うと、秋世が「え、本当にもらうの」とか言っていたが無視することにしよう。もらうも何も、アルデンテが俺のために作った鍛冶場なのだ。もらわないわけにはいくまい。
「なるほど、良い鍛冶場ですね。雰囲気が、そんな風に感じます」
なるほど、静葉も何度か、あの鍛冶場には入ったことがあったからな。あの鍛冶場とここを比べて近いのを感じ取っているんだろう。
「しかし、材料がないからすぐには刀を打つことはできなさそうですね」
その通り、炭や道具などはそろっているが、材料は何一つない。だから、刀を打つことはできないのだ。まあ、今から打つと、由梨香に頼んでいるトレーニングがパーになるからな。流石にそれは由梨香に悪いから、もし材料があっても打たないんだがな。
「てか、材料あってもノウハウがなきゃ打てないんだから、そもそも打てるわけないじゃない」
と秋世がそんなことを言うが、俺も静巴も無視している。まあ、そもそも、俺と静葉の前世の関係を知っているのはいないし、前世で鍛冶師だったことを知っているのは由梨香だけだ。鍛冶場の意味を分かるのは静巴と由梨香だけなのだろう。
「それはともかく、静巴の方は進展があったのか?」
俺の問いかけに静巴は肩を竦めるだけだった。
「《古具》は諦めて、剣の訓練をしようと思いましてね。それで青葉君を探していたんです」
なるほど、刀ではなく剣と来たか。静巴は、静に連星剣を託して以来、俺の打った【神刀・桜砕】を用いた我流抜刀術を主体にした刀を使っていた。だが、もともとは、連星剣を主体にした剣術使い……というより剣士。
剣術というには野蛮で荒々しく、しかし、美しい。それが、それこそが七峰静葉の剣という道であった。
それは、戦士と言い換えてもいいのかもしれない。ただ、生き残るためだけに生まれた剣。化け物も、人も、何もかもを切り裂いていくための剣。それが、彼女の剣で、生き様と言ってもいいかもしれない。
「青葉君には悪いですが、刀だけでは、少々まずい気もしているんです。ですから、久々に剣を取ろうかと。本当は連星剣を使いたいですが、あの子に会えませんし、青葉君なら、何かいいものをもっていないかと思いまして」
ふむ、そうだな。俺には、【魔剣・グラフィオ】もあるしな。貸し出せるっちゃ貸し出せる。
「んじゃ、ガレオンのおっさんの剣を貸し出すから来てくれ」
そういって、階段を静巴と先に降りる。そして、その後ろからある程度距離を開けて追ってくる3人の死角なるように【魔剣・グラフィオ】を出して静巴に渡す。
「ほら、【魔剣・グラフィオ】だ」
静巴は、【魔剣・グラフィオ】を受け取ると、手になじませるように握ると、見られてもあれだから、という理由で、先に行ってしまった。
さて、と、階段を下りて、秋世、煉巫さん、白羅さんが出たのを確認すると、扉を閉めようとする。
「で、どうやって閉めるのよ」
白羅さんが言う。白羅さんもここの住人だから、こんなものを開きっぱなしにされても困るんだろう。
『御館様、あれがスイッチになっているようですよ?』
マー子に指摘され、スイッチのようなものを探す。どれのことだろうか……。
「あ、これか」
俺が呟くと白羅さんが、微かに微笑んだ。
「あら、誰かさんにヒントでももらったのかしら?」
マー子たちのことを知っているからな、白羅さんの不敵な微笑みと言葉に秋世と煉巫さんは首をかしげていた。
「ははっ、まあ、そんなところですよ」
俺はそう答えて、やっと見つけたスイッチのようなものを押した。すると、扉は閉じて、俺の手元に山の上に杖が左右に交差して重なったようなネックレスができた。これはアルデンテがこのんで使用したマークである。
「なるほど、これでいつでも呼び出せるってことだな」
俺は、そんな風に呟いてから3人に別れを告げて、隣にいる由梨香のもとへと向かうのだった。