180話:部屋の守護者と魔を喰らう者
目の前の赤く輝くフロア・キーパーは、おそらく、何らかの力の結晶で形成されているのだと思われる。そして、それは、アルデンテの力によって生み出された最強のフロア・キーパー。俺は、秋世に向かって叫ぶ。
「秋世、ここは危険だから外に出てろっ!」
俺の言葉に、ハッとした秋世は、俺を置いて出ることに躊躇していたが、覚悟を決めたのか、こんなことを言いながら外に出た。
「待ってて、白羅さんか煉巫さんのどちらかを連れてくるからっ!」
なるほど、教え子を置いていくことと、確実に助けられる人を呼ぶことを天秤にかけて、後者を選んだのか。俺は、秋世が出ていったのを確認すると、フロア・キーパーに向かって《無敵の鬼神剣》を出し、振りかぶる。
――ギィンッ!
物凄く固いものにでも当たったかのような大きな音が鳴る。不思議と、固いものに当たったにしては、その振動が俺の手には伝わってこなかった。まるで、フロア・キーパーが振動を吸収したみたいだ。つまり、このフロア・キーパーは物理攻撃をすべて吸収してしまうのだろう。
仕方ないので、《無敵の鬼神剣》をしまって、《帝釈天の光雷槍》を呼んだ。物理突破ができないなら、雷で攻撃することを考えたからだ。
「ハァッ!」
――バリィッ!
雷でできた穂先が、ブスリと刺さって、雷をまき散らしている……にも関わらず、何のダメージもないどころか、雷が徐々に小さく萎んでいっているように見える。まるで、雷を自分の中で変換しているかのように。
……ッ?!
なるほど、そういうことか。全てのダメージを吸収して自分の力に変えているんだな。ゴーレムという定義でいいんだろうか。かなり特殊なタイプだが、アルデンテなら作れないことはないだろう。
しかし、マズい。正直に言って、俺の持つ《古具》は全てが物理攻撃か、属性攻撃、もしくは自衛自復のものだ。ミランダ同様《古具》は役に立たない。しかも、ミランダと違って、こちらは、さらに物理攻撃……すなわち剣技すらも通じないのだ。
こんなタイミングで、ミランダよりもより強力な無効化能力を持ったものが現れるとは……。てか、こいつに関しては、いくらトレーニングして物理面を強化しても意味がないだろう。
光のゴーレムとでも言うのか、それとも、何か別のゴーレム何だろうか。真っ赤な、綺麗な赤色の塊だ。これを倒すには、どうすればいいんだろうか。全体的に力が、攻撃のバリエーションがない。ミランダとの戦いでも痛感したのに、それをさらにまた一日経たずに味わう羽目になるとはな。
――力が……いる。目の前の逆境を撃ち払うだけの力が。
あいつを撃ち払うだけの力が欲しい。目の前のあれは、何だ。よく考えろ。アルデンテの力について……。あいつは、宮廷魔術師だ。魔術……魔法……?
そうだ、あれは魔法で作られたものだ。なら、魔法を喰らいつくす力がある俺ならば、あれを潰せるかもしれない。
「――魔を、喰らえッ!!」
俺の腕が赤い怪物を喰らおうと吸い込んでいく。確かに少しは力が減っているようだが、一向に、この均衡が崩れない。ダメだ、足りない。
なら、2方向からまとめて喰らい尽せばいいんだ。だから、来い、――【王刀・火喰】!
「――魔を喰らえ!マー子ッ!」
俺は、マー子に呼びかけながら【王刀・火喰】でも魔力を喰らう。この【王刀・火喰】は、俺と一体になっているものを具現化しているだけで、俺から摘出したわけではないから、俺が片方の手で使っている魔を喰らう力も健在だ。
両方向から魔力を喰らうが全然効果が見られない。アルデンテの奴、どんな魔法でこれをくみ上げたんだよッ!
『御館様っ、これ以上喰らうのは不可能です。変換が間に合わず許容量を超えてしまいますっ!』
マー子が悲鳴のようにそんなことをまくし立てた。だが、それじゃあ、これにかなわない。何か、……何かないのか。この怪物を撃ち払える能力は、ないのか……?
『主よ、一旦、引くべきでは……』
ヒイロからの忠告が入るが、引くにも引けない。ちょうど均衡を保っているのだ。それが崩れない限り、押すのも引くのもできないだろう。
俺の力は何だ。神の道具……か。でも、魔法を吸い取る道具なんて……、あっ、いや、別に吸い取らなくてもいいんだ、魔法を無効化できれば。
魔法を無効化する力……だが、出せるのか。俺の武器のほとんどがインドの神話系列だ。中にはギリシア神話のゼウスやペルセポネの力もある。
しかし、俺が今、思い浮かべているのは、北欧神話だ。その力が本当に顕現することができるのだろうか。
いいや、できる。できなくてはならないんだ。だから、俺の《古具》よ、力を貸しやがれッ!!
思わず力んで【蒼き力場】を形成して、【蒼刻】を発動する。膂力を底上げしながら、俺は、北欧神話のとある武器を呼び寄せる!
「来てくれ、《魔破の滅杖》ッ!」
呼び出されたのは、大きな杖。俺の背丈よりも幾何か長い棒や棍と言っても構わないほどのものだ。「Gambanteinn. Hlebard」。ガンバンテインとは、北欧神話の主神オーディンが、トールとも戦った巨人フレーバルズから譲られたものだとされている。のちにオーディンの息子ヘルモーズ、フレイの従者であったスキールニルへと伝わったとされていて、主な持ち主はスキールニルだとされる。のちに、スキールニルは、フレイの命令で、巨人の女ゲルズへの求婚の仲介を務めることになった。その時、ゲルズは中々応じず、フレイの勝利の剣でもダメということでスキールニルは、ガンバンテインを渡して、ようやく認めさせた、という話も残っている。まあ、尤も、フレイの勝利の剣の時点で頷いた、という説もあるがな。
そして、この杖の名称、ガンバンテインは、古ノルド語で魔法の杖という意味を持ち、その効果は、相手の魔法を無効化するというものだった。そう、これが、俺の望んだ、最高の武器だ。
対魔法最終兵器ガンバンテイン。それはさながら、《古具》と《刻天滅具》のように、魔法と《魔破の滅杖》は機能する。いかに強力無慈悲で一撃で大陸を崩壊させる魔法であろうと、この杖の前では掻き消える。そういうものなのだ。しかも、「相手の」という条件があるから、俺自身の力は無効化されないという優れもの。
「これで、打ち砕けろッ!」
俺は、長い杖を、フロア・キーパーにたたきつける。まるで、当たった場所がごっそり抉り取れるようにフロア・キーパーの身体に穴が開いた。
「滅べ、アルデンテの生み出した守護者よ。お前の役目はこれで終わりだッ!!」
杖で根こそぎ壊すようにフロア・キーパーに杖をぶち当てた。無残に散っていくその様子を見ながら杖をしまう。何せ、鍛冶場も魔法で作ってあるから、間違えて杖を当ててしまったらゲームオーバーだからな。
「紳司君、大丈夫だった?!」
そこに秋世が駆け込んできた。そして、地面に崩れゆくフロア・キーパーを見て固まった。俺が勝ったのがそんなにも驚きだったか?
「だから、心配いらないといったではありませんか。れっきとした清二さんの孫なのですから」
煉巫さんがそんな風に笑っていた。それに続いて入ってきた白羅さんも笑っている。そんなとき、フロア・キーパーの破片の中に一枚の紙切れが入っているのが見えた。
秋世が小首を傾げながらそれを拾う。そして、何かが書いてないか、裏表をまんべんなく見る。普通、ゴーレムと言えば、呪文を唱えて、「emeth」と書かれた羊皮紙を付ければできるとされている。そして、ゴーレムを破壊するには「emeth」の頭の字である「e」を斬り、「meth」にすればいいというのが通説だ。では、その紙には「真理」とでも書かれているのだろうか。それとも無理やりにでも破壊したから「死んだ」と書き換わっているのだろう。
「白紙ね」
秋世が紙を捨てる。その瞬間、紙が霧散して、そこから女性の幻影が現れる。今でいうところの立体映像のようなものだ。
その女性の姿を見て、俺は驚きのあまり言葉も出なかった。いや、それはヒー子もマー子もヒイロもだろう。
「はじめまして。……という可能性は限りなく低いけれど、その可能性がないわけではないから、最初はそう挨拶を始めさせてもらうわ。もし、初めてじゃないのなら聞き流してちょうだい」
そんな風にホログラムとして現れたアルデンテが言う。そう、彼女こそアルデンテ・クロムヘルトだ。流石に宮廷筆頭魔術師だけあって、すごい魔法を使うものだ。
「さて、この扉を開いたからには、私のかつての名前と、そして、この本の著者ナナナを知っていることが前提になるわ。私の知る限り、その2つともを知っているのは6人だけ。そして、生死を考えると2人だけになるわ」
6人。へぇ、あいつが、そうそう■■■■と名乗るとはないと思っていたんだが、それなりにいるんだな。まあ、6人の中の1人に俺は入っているわけだが。そして、ヒー子やマー子、ヒイロたちはおそらく人数にカウントされていない。
「【串刺し勇者】と【無限の覇者】。あなたたち以外の知り合いはもう死に絶えたからね。【犠牲の英雄】、【煌光の騎士】、【龍族の戦士】。5人に私を……【流離の魔女】を入れて6人。六望星と呼ばれたのは懐かしいわね」
六望星……?六芒星じゃなくて六望星っていうのか。意味は分からんな。だが、6人だから六望星と呼ばれたんだろうな。ともかく、これで六望星からアルデンテを引いて、5人が判明したことになる。
「そして、最後の1人、6人目の私の真名とナナナのことを知る人物、私が唯一、愛した……ああ、いえ、彼以外の場合恥ずかしいから弁明をさせてもらうと、数百歳にもなる私には親の温もりというのを長らく忘れていたのよ。それを思い出させてくれたのが彼であって、好意というよりも親愛かしらね。そういう意味の愛情よ?」
そんな風な前置きをするあたり、もしかしたら俺じゃないのかもしれない。そして、新事実、アルデンテは数百歳だったということだ。博識だったが、幼いころから訓練を積んでいたからだと思っていたんだが、どうやら年齢自体が常人を凌駕していたらしい。
「その名は……」
俺は、その名前が告げられるのを静かに待った。
なんかいいところで一旦引きましたね。週刊漫画とかアニメの流れと一緒です。いや、まあ、バトルの決着前とかじゃないので、そんないいところでもないんですが……。あれですよね、タイトル見て、どうせ魔力を喰らって守護者を倒すんでしょ、とか考えましたよね?
残念、新しい武器を使います!
あ、てか、今更ですが、あとがきから読むとかそんな人、いませんよね?ラノベとかみたく本当の本なら別ですけど、こういうのであとがきから読むってそうとうレアだと思うんですが。ほら、活動報告なら別ですが。
あ、活動報告、たぶん、龍神編が終わったら更新すると思います。はい、15話まとめてですね。あ、アルデンテちゃんとかは大学の講座が暇なときに考えた新しいストーリーのキャラです。はい、こんなところに出張するようなキャラじゃないんですけどね。