177話:炎の龍と火を喰らう者
静巴のところに行く前に、もう一度、ユノン先輩のところを通ることにした。別にミュラー先輩のところでもよかったんだが、さっき去ったばかりで戻りづらかったのだ。だからこそ、ユノン先輩のところ、主に煉巫さんに会うために戻ったのだ。今、俺は火を喰らう力を手にしたはずなのだが、それを少し試すために、火を使える人のところに行こうとしたのだ。確か、彼女は紅炎龍ベリオルグをその身に宿していると言っていた。なら、炎が使えるに違いない。
呼べば刀自体を出せるらしいが、今のところは、生身でそれがきちんと発動するかどうかを試したいのだ。まあ、尤も、実践においては、火にしか効果がないのなら汎用性は低いんだがな。
ミュラー先輩の《古具》に対しては効果覿面だが、それ以外に似たような《古具》が来ない限り使用する機会はないと思う。
そういえば、父さんは天使サルディアを、姉さんは刃神グラムファリオを、それぞれ頭の中で同居しているんだよな。俺も今、これで、同居人ができたわけだが、女3人っていうのがな。
『主、文句があるんか?』
いや、別に文句があるわけじゃないが、いろいろと気を使わなくちゃならなくなってくるだろう?
『御館様、そう、気を使わないでくださいな』
いや、気を使うなって言われたってな……、そりゃ、俺にも俺だけの時間ってのがあるわけでさ、それを他人に覗かれるのはちょっと嫌だな。
『信兄ぃ、今更そんなことを気にしてもねェ』
今更っていうが、前世と今世ではいろいろ違うっての。俺を取り巻く環境そのものがだいぶ違うからな。てか、お前らって、俺が寝ている間はどうなるんだ?
『そりゃ、好きな時間に寝るってェの』
『御館様の就寝とわたくしたちの就寝は違いますゆえに、勝手に過ごしております』
『尤も、主の睡眠中に、勝手に主の身体を動かすというような真似はできませぬゆえ、ご安心なされ』
3人がそんな風に答える。いや、まあ、できたとしても動かすなよ?本当に、こいつらと一緒で大丈夫なんだろうか。
『信用してくださいな』
む……、まあ、マー子にそういわれては、信用しないわけにはいかないよな。別にマー子だからってことはないんだけど、こん中で一番、信用できそうだからな。
『はい、信用してくださいな』
マー子が自信ありげにそういった。それに対して、『ぶー、マー子ばっかズルいィ』、『主よ、なぜ吾を信用せぬので?』と残り2人が不満げな声を漏らした。いや、だって、誰がどう考えてもマー子が一番信用できるだろ。ヒー子とか口が軽そうで仕方ないし、ヒイロはなんか怪しい。
と、そんなことを考えているうちに、ユノン先輩がいた部屋に着くのだが、ユノン先輩の姿が見当たらない。部屋の中央にいる煉巫さんに声をかけてみる。
「煉巫さん、市原先輩は、どこへ行ったんでしょうか」
部屋にはいないように思える。どこへ行ってしまったんだろうか。修行か何かだろうか。それとも、何か別の……
「シャワーを浴びに行っておりますわ。それよりも紳司様こそ、どうして戻っていらしたんですの?」
煉巫さんはこちらを向いて、微笑みながら俺に聞いてきた。やっぱり美人だよな~。そんなこと考えていると、マー子がいう。
『御館様、鼻の下が伸びていますよ。そんな女のどこがいいのでしょうか』
あ~、もう、拗ねるなよ。お前らも十分に可愛いんだからさ。それにしてもシャワーか。……さっきの由梨香とのシャワーが頭によぎってしまった。って、そんなことはどうでも……よくはないが、今は炎を吸い取れるかってことだ。
『あ、信兄ぃ、誤魔化したァ』
誤魔化してねぇ!……誤魔化してねぇよ?それにしても、火を喰らう力か……。もう一回、打ってみようかな、刀。
「それで、彼女に何か用でしたの?」
煉巫さんが俺に問いかけてきた。ああ、そうだった。刀を打つことは頭の片隅にでもおいておいて、今は火を喰らえるかどうかだ。それを頼みに来たのにどんどん話がそれていく。
「少し試したいことがあって、火って出せますか。無理なら無理でいいんですけど」
無理だった場合はミュラー先輩のところに行けばいいのだ。ミュラー先輩だったら確実だからな。なら最初からミュラー先輩にしろよって、だから、出たばかりなのに戻るのは恥ずかしいって言っただろ?
『誰に話しかけているんだろうか、主……』
おい、悲しいものにかける声を出すな。それで、火は出せるんだろうか。俺は煉巫さんの答えを待った。
「ええ、大丈夫ですよ。どのくらいの量を出せばよろしいんでしょうか」
あ、普通に炎を出せるらしい。凄いな、《古具》ではないんだろうし、普通に魔法か何かだろうか。とりあえず、少しでいいんだが。
「じゃあ、少しだけ、お願いします」
俺の言葉ににこやかに「いいですよ」と微笑みながら煉巫さんは、指をパチンと鳴らした。その音とともに燃え上がる炎の柱。これ、火災報知器あったら普通にスプリンクラーから水があふれ出てる量だろ。この人加減てのを知らんのか?!
「――火を喰らえッ!」
俺は炎に手をかざしながら唱える。火柱が俺の手のひらに吸い込まれるように消えていった。――よし、発動した。
しかし、安堵もつかの間、足りない。火を喰らうだけでは、喰らいつくせない。だとしたら、
「――魔を喰らえッ!」
火を吸い込んでいるときに微量な魔力も一緒に吸い取っていた。なら、これは魔力によって生まれた炎だ。だから、火だけでなく、魔力すらも喰らいつくす!
火柱と格闘すること数十秒。すべての炎が俺の中に入り込んだ。疲労感はあるが、この程度なら大丈夫だろう。それよりも、かなり強力な炎だったが、貯蔵量とか大丈夫なんだろうか。
『この程度なら大丈夫です。それに、もう1つの計画も着々と進めてますので』
何だよ、もう1つの計画って。まあ、それについては深くは言及しないけどさ。【幼刀・御神楽】も回収したら、あいつの学習した力を俺も使えるってことだよな。もっと言えば、俺に来た攻撃を自動で学習して俺も使えるようになるってことだ。【幼刀・御神楽】、強すぎだろう。
「どうやら、それが試したかった事のようですわね。《古具》ではなさそうですけれど」
はたして話してもいいものか。俺としては、あまり話したくはないんだが、よし、隠しておこう。《古具》ではないが特殊な力、ということにするか。
『それがいいっしょ。あんまみだりに話してもなァ』
ヒー子、お前がそれを言うのか……。3人の中で最も口が軽そうなお前に言われると、なんか心を強く揺さぶられる気がする。てか、お前「みだりに」とか一応、そういう言葉知ってんだな。
「特殊な力なんで、市原先輩や他のみんなには内緒でお願いしますね」
こう言っておけば大丈夫だろうか。あまり人の事情に深く首を突っ込んでくるタイプではなさそうだし、おそらく大丈夫だと思うが、ちょっと不安ではあるな。
「わかりましたわ。誰にも話しません。こう見えても口は固いほうですのよ」
そんな風に笑う煉巫さんはどことなく信用できなさそうに見えるが、きっと大丈夫だろう。俺の考えすぎに他ならない……と思いたい。
「それでは、俺はこの辺で失礼させてもらいます。協力してくれてありがとうございました」
挨拶をして、その場を後にしようとした。その瞬間、鋭い炎のような熱い視線が飛んできたような気がした。それが殺気だと気付いたのは、とっさに【王刀・火喰】を呼び出して構えた後だった。
「素晴らしい反応速度ですわ。なんでしたら、そのまま切ってくださっても構わなかったんですのに」
ある意味どころか、いろんな意味でヤバイ人なんだが、この人、本当に大丈夫だろうか。【王刀・火喰】をしまいつつ、俺は、煉巫さんを睨むように見た。すると、煉巫さんは、恍惚とした表情でキラキラした瞳を俺に向けていた。よだれでも垂らしそうなその様子は、ご褒美をもらった仔犬のような感じだ。
『仔犬というより雌豚ではありませぬか?』
おい、ヒイロ、人がせっかく自粛した表現を普通に使うなよ。まあ、俺も同じことを実際には思っていたので人のことを言えないのだが。しかし、睨むとドMには逆効果だったな。
「じゃ、じゃあ、俺はこれでっ!」
その場を逃げるように後にした俺は、そこで気づく。すんなりと《古具》ではなく【王刀・火喰】を瞬間的に選択したという事実に。まるで、腰にさした刀を抜くときのようにすんなりと抜いた、その感覚は、あの頃のような……六花信司だったころのような。
「刀鍛冶。やっぱり、そこは変わらないってことかな」
そんな風に独り言ちると、3人がその言葉に反応して答えてくれる。別に独り言なんだから反応してくれなくてもいいんだがな。
『御館様は、槌を振るい、鉄を鍛えてこそ、そうわたくしは思いますよ』
『そうだぜィ、信兄ぃは、叩いて鍛えて壊さなきゃ』
壊さねぇよ。
『主よ、そういうことだ。新たに打つもよし、吾らを鍛えるもよしと思わぬかえ』
ハハッ、そうだな。今度、場所があれば一本打ってみるとするか。いや、材料なんかも必要だけどな。
そんなことを考えながら静巴のもとへと向かうのだった。




