174話:桜色と紅蓮の緋姫
シャワーを浴びた後、由梨香は、「雪地でのトレーニングについて考えます」と氷龍の部屋に残ってしまった。その間、俺はすることがないので由梨香の邪魔をしてもあれなので、生徒会の他のメンバーの様子を見に行くことにした。その1人目が会長の市原ユノン先輩である。なぜユノン先輩からなのかというと、特に理由はない。ほとんど気分のようなものだ。だから、会長、副会長、書記の順番で見に行くことに決めたっていうだけ。
それにしても、じいちゃんの知り合いだと、父さんからは聞かされていたが、朱野宮煉巫さんってのはどんな人なんだろうな。いろんな意味で危ないのは、会ってみて痛感したが、その過去はよく知らないからな。どうやってじいちゃんと会ったかは、父さんも知らないみたいだしな。
只者ではないんだろうけど、じいちゃんの交友関係は謎すぎるからな。聖騎士王のほか、経済界、政治家など、数多の人脈がある。父さんもかなりだが、じいちゃんもじいちゃんだ。
そんなじいちゃんの知人なら只者ではないはずだ。その確認もしたいし、様子を見てみようか。てか、感じてはいたが、絶対に見た目どおりの年齢じゃないんだろうな。
さて、と、どんな感じなんだろうか。陰からこっそり覗いてみると、煉巫さんとユノン先輩が話をしていた。朱野宮の力の制御がどうとかって話だったけど、それについて話してるのかな?
「それで、私は言ってやりましたの、もっと斬ってくださいって」
何の話だっ!え、本当に何の話だよ。よくわからん話を……おそらく変態の戯言系の話をユノン先輩に聞かせていたのか。ユノン先輩もユノン先輩で、何呑気に話を聞いているんだよ。
「それって、今の私にもできるんですかね?」
って、あれ、ユノン先輩?何か変態話に興味津々なユノン先輩が見えるんだけど、幻覚かな?幻聴も混ざってるや。
「まあ、あなたもこちらの世界に興味がおありですの?」
食い気味にユノン先輩に聞く煉巫さん。え、ユノン先輩もそっち側の人間だったのか。ちょっと、それはそれでいい気もするが、え、マジで。
「ですが、色素の薄い赤……ピンク色の髪で。そこまでの過剰な回復が……いえ、できるかもしれませんわね。確か、赤色が濃ければ濃いほど、広範囲に回復が使えるというだけで、薄くても個人には十分に使えると煉羅大叔母様も言っていましたからね」
どうやらちょっとは能力についての話をしているようだが、しかし、あのビッチピンクの髪はどうにかならないんだろうか。生徒会長の頭がピンクって……。
「それに、その状態なら、身体能力の枷も外れているでしょうし、普段よりも強い力がでると思いますわよ?」
なるほど、会長が敵を背負ってこれたのもそれのおかげか。通常、人間の体は全力を出していないといわれている。それは、脳が勝手に全力を出さないように制御しているからだ。緊急時にこそそのリミッターは外れ、力を出し切ることができる。いわゆる、火事場の馬鹿力というやつだ。まあ、勝手に制御してしまっている理由は、体が壊れるとかそんな理由だが。しかし、それを常時出せるというのはすごいことだろう。
「え……、それで怪力女とか思われるのは少し嫌ですよね……。てか、この髪はどうにかならないんですか?」
ユノン先輩、別に怪力女とか思われませんよ。すごいな、くらいに思われるだけで、いや、そら、片手で車を持ち上げた、とかなんて人間離れした技を使えば別ですけどね?
と心の中でユノン先輩にツッコミつつ、話の続きに耳を傾ける。まあ、ピンク髪はどうにかしたいんだろうな。
「まあ、女性として、それは決定的に嫌なことですからね。でも、あきらめてくださいまし。それと、髪ですが、おそらく戻りはしないでしょうし、染めたところで、ふとしたきっかけで元に戻ってしまうと思いますわよ?
かつて、どこだったか知りませんが、姫野の血に目覚めた少女が真っ黒に染めた髪がピンクに戻ってしまった例がありますし、まあ、尤も、その件の少女は先天的にピンクの髪だったようですけれどね」
へぇ、前例なんてあるのか。でも、どんな人物だったんだろうな。先天的にピンクだとやっぱり嫌だったんだろうか。染めていたっていうし……。
「そうですか、戻りませんか」
ユノン先輩は肩を落としていた。まあ、元に戻らないってことは、一生ピンク頭ってことだからな。染めていると思われること間違いなしで就職先はおそらく見つからないだろう。
「まあ、大丈夫ですよ、市原先輩。そんな髪でも、嫁の貰い手は引く手数多でしょうに」
俺はユノン先輩の背後にそっと近づいて、そう言った。ユノン先輩は驚きのあまり、俺を二度見する。
「ひゃぁ!もう、し、紳司、いるならいるって言いなさいよっ!」
目を白黒させながら俺から距離をとるユノン先輩。可愛いな、普通に。ほら、アニメキャラとかにある感じで、コスプレでたまにピンクの髪した奴は見かけるけどさ、クオリティーが低いと鬘の奥に黒髪見えてるし、眉毛は黒のままだったり、髪をワックスでカチカチに固めててリアリティが低かったりといろいろひどいからな。でも、ユノン先輩はマジモノって感じで髪も眉毛もまつ毛もピンクだからな。
「あ、そうだ、煉巫さんってじいちゃんの知り合いなんですよね」
俺は煉巫さんに話しかけてみた。てか、この人は、じいちゃんと父さんと母さんと姉さんと俺と知り合いってことは、ほぼウチの全員と知り合いなんじゃないのか?もしかしたらばあちゃんも知り合いかも知れんし。
「清二様とは昔から贔屓にさせていただいておりますわ。何せ、私がこの世界で初めてあった人間が清二様でしたから」
それって、煉巫さんが生まれたときにじいちゃんが立ち会ったってこと……ではなさそうだな。どういう意味なんだろうか。
「あら、説明は受けていなさそうですわね。そうですわね、私は、かつては異世界に住んでおりましたの。アルノフィア公国、今はどうなっているかは知りませんけれど、ラクスヴァ姫国なんかと並ぶ大きな国でしてね、まあ、尤もその下の階層にもっと強大な2つの国があったのですけれど……。紅蓮の王国と氷の女王の国という大きな国が。
紅蓮の王……慣例として表名・苗字・真名となっているので、私はあの王の真名を知りませんが、紅蓮の王と呼ばれるとても強い王でしたわね。紅炎龍と呼ばれたムスペリア神話の神、ベリオルグを己が体に封じ、ラクスヴァの姫神とともに大きな戦争で戦ったと聞いていますわね。
まあ、そんな世界に生まれた私の家は、それなりに大きな家で、かつて、蒼色の髪をした神が一本の剣を伝えたとされていて、その剣こそ、《魔剣・炎を纏う剣》でしたの。それに導かれるままに、この世界に来て、清二様に出会ったというわけですわ」
この話には相当な衝撃を受けた。まさか、煉巫さんが異世界人だったとは。なんか、まだ言っていないこともありそうだが、それよりも、ムスペリア神話という単語やベリオルグ、セルトといった固有名詞だ。それらの単語はいずれも姉さんから聞いたものだったからだ。
「そういえば、あなたのお姉さまからは、グラムファリオの気配がしましたし、かの刃神の牙で作られた剣を再現していましたわね。……ああ、元、刃神でしたか」
これで確信を得る。姉さんの中にいるあれは、間違いなくムスペリア神話の神で、それが嘘でもなんでもなく異世界に存在するということだ。信じていなかったわけではないが、流石に確証を得ているわけでもなかった。でも、これで確定だ。
「姉さんとはどこで会ったんですか?」
俺の両親なら《チーム三鷹丘》として出会ったのもわかる。しかし、姉さんとは
接点がないはずなのだ。
「私は数列種……中でも稀な第六龍人種と呼ばれる類の人間ですわ。白羅も、そしてあなたのお姉さまも、ですわ。それからあなたの大叔母様もそうですの。存命している総数は全世界群を含めて3000人にも満たないとされています。
有名なものだと雷帝の巫女、銀髪の雷皇女と称される細波雷璃や黒髪の闇喰い姫の闇羽黒霞、【血塗れ太陽】、月炎氷銃、最強の男、などと言われる存在、彼は無数に名前があるらしく私も正式な名前は知りませんけれど紅蓮王たちの戦いで、スーパーメイド、シュピード・オルレアナと激戦を繰り広げたらしいですわね。他にも、近い世界で言うと、女神騎士なんかもそうらしいですわね」
まさか、ここでシュピードの名を聞くことになるとは思ってもみなかった。あいつ相当すごいやつだったんだな。それにしても彼女は詳しい。詳しすぎる。ユノン先輩なんてどんな反応をすればいいのか分からずポカーンと口を開けている状態だ。
「どうしてそんなにも詳しいんですか?」
俺の問いかけに、煉巫さんは少々、困り気味の雰囲気を醸し出している。何か聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか。
「……私も第六龍人種だ、と言いましたが、第六龍人種はそれぞれ中にいる龍が違いますわ。ですから人工的に数列種を生み出すことができても龍は宿せないので、第六龍人種だけはクローンの製造が不可能だったんですの。まあ、それでも作ろうという計画は続いていますけれどね。
そして、私の中にいる龍というのが……紅炎龍のベリオルグなのです」
え、どういうことだ、ベリオルグは紅蓮王が自分の体に封印したって言っていなかったか?
「紅蓮の王の妻は【彼の物を封ずる者】という人物で、戦争の後、彼は王位を捨て、自らの記憶と能力を完全に封印してしまったのですわ。その影響でベリオルグは完全に切り離されて私に宿ったんですの。紅蓮王が蘇れば、斬られてもすぐに回復するだけのただの人になってしまいますのよね」
それはただの人ではない、とツッコむべきなのだろうか。気にしたら負けだと思ったのでやめておくが。
「てか、そんなに回復量はすごいんですか……?」
人より回復するのが早い、とかじゃなくて、斬られても瞬時に回復できるって相当だよな。一撃で心臓を貫かれたり、首を一瞬で刎ねられたりしなければ大丈夫ってことだろうか。
「ええ。でも、あなたのお父様とはヤリたくはないですけれどね。永遠の痛み、というのも捨てがたくはありますが、何度も刺されてこその快感ですので」
永遠の痛み……、父さんが……。何のことだろうか、と考えて気づいた。そういえば、父さんの《古具》は《勝利の大剣》だったな。あれは伝承だと、どんな鎧でも受け止めることはできず、どんな鎖も断ち切り、その剣で傷をつけられたものは如何なる手段をもってしても回復させることはできないってことだったな。それで父さんとはやりたくないって言ったのだろう。
「ああ、それよりも、回復の力の制御でしたわね」
煉巫さんが、本来の話に本筋を戻したので、俺は、その場を去ることにした。後は、任せても大丈夫だろうし、修行とかも必要だろうから、俺がいても意味ないしな。
え~、昨日は更新できず、申し訳ありませんでした。先日も言ったように、講義が忙しかったので、更新が遅れました。