173話:極寒の部屋
俺と由梨香は、秋世の言葉の真意は分からなかったが、とりあえず、隣の「氷龍の部屋」を見に行くことにした。雪地トレーニングって言ってたけど部屋のなかで雪地もなにもないと思うんだよな。
と思って、ドアを開けると、俺は目を疑った。一面の白……白銀の世界とでも言うべき雪景色だったのだ。いったいどうなっているのか原理は分からないが、雪が積もっている。踏めば沈むし、靴下に染みて冷たい。――本物の雪だ。
なるほど、こりゃ、雪地トレーニングになるな。雪地では、地面が不安定なうえに、何度か踏むと固まるし、靴などに雪の塊がついて重くなることや、靴や靴下やズボンなどが雪で水分を吸って重くなるし、後になるにつれてきつくなる。むろん、最初は、雪になれるのに疲れるので結局のところずっときついとも言える。
だが、その分、継続すれば体力はつくだろう。険しい分、それが返ってきて身につくのだから。
それにしても、ここはどういう目的で作られた部屋なんだろうか。隣の部屋のベッドの大きさはともかくそれ以外のシャワーとかは生活するために必要なものだけど、この雪ってのはよくわからないな。まあ、趣味と言われればそれまでなのかもしれないけどさ。
「由梨香、寒くないか?」
俺は、あまり寒く感じないのだが、一応、隣を歩く由梨香に問いかけてみた。由梨香も平気そうな顔をしているので、寒くはないのだろう。
不思議な気分だ。足元に雪が積もっているにも関わらず、室温がそこまで低くないのだ。されど雪が溶ける気配がない。
「大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます。ですが、紳司様は自分のことよりも、ご自身のことを心配なさってください」
そう言われてもな……。俺としては、由梨香を極力、メイドとして扱いたくないからこうしたほうがいいと思ったのだ。
おっと、少し進んだところに休憩できるようなところがあるな。ベッドと、ガラス張りのシャワー……。いや、まあ、シャワーはおそらく、使った瞬間に湯気で見えなくなるからガラス張りでも大丈夫ということなんだろうが、本当にそれでいいのか?
てか、ほんと、急にベッドもシャワーもあるから驚きなんだが。たとえるなら砂漠に急に自動販売機と高級料理店があるレベルだ。蜃気楼とか幻覚の類じゃあるまいし、シャワーもベッドも本物だ。
「誰か、ここで生活をしていたようですね」
由梨香がそんな風に言う。よく見れば、シャワーの陰になっていてよく見えなかったが、冷蔵庫もあるじゃないか。それに由梨香が見ているベッドの下には、文具や靴、シャンプーやリンスなど日用品のようなものまである。
「どうやらそのようだな」
しかし、いったい誰が住んでいたんだろうか。こんな雪だらけのところに好んで住むなんて物好きな奴だ。いや、もしくは、住んでいたところに雪が降ってしまった、という風な考え方もできるけどな。いや、部屋に雪が降るなんてありえないんだけどさ。
「さて、と。とりあえず……、シャワーでも浴びるか?」
俺が浴びる、ということでも、由梨香に浴びるのか、と聞くのでもなく、一緒にシャワーを浴びるか、という提案をしたのである。
「は、はい……」
赤面しつつも嬉しそうな由梨香。その表情は、いつもは見られない蕩けた笑みだ。このギャップがたまらなく感じる。
ガラス張りの小さなシャワー室に2人きりで入る……それも片方は大人で、もう片方もほぼ大人、とくると当然狭い。既に密着するくらいの距離にいる。
前に、俺の家で一緒にシャワーを浴びたこともあったが、あの時は、由梨香もタオルを巻いていたし、ここまで狭くはなかった。だが、今回は、俺も由梨香も裸で、そして、狭い。
俺は妄念を取り払うように、シャワーを出す。
――シャァー
「きゃぁっ」
俺は慌ててシャワーを止めた。どうやら、まだだったらしく、冷たい水が由梨香に降りかかったらしい。その色っぽい悲鳴に、妄念を取り払うどころか、さらに増してしまった気がする。
水に濡れた由梨香の肢体は、普段よりも色気を増していて、タオルすらもない、一糸もまとっていないその肉体は、肉付きのいい大人の色香が溢れている。綺麗に手入れされているので不快に思うような部分はどこにもない。
先ほどの水が、前髪から鼻筋を通って顎へ、そして、顎から実りのいい胸へと滴り落ちる。落ちた雫が谷間を通り、へこんだお臍で僅かに溜まってから下腹部へと伝っていく。その視線は体のあちこちに釘付けになってしまうほどに美しい。
「もぅ、紳司様、悪戯はやめてくださいね」
と、言葉こそ叱っているものの、口調は優しく、そして色っぽい。俺はごくりと息を呑んでしまう。というか、悪戯したわけではなく、偶然なのだが。
今度こそ、きちんとできた自信がある。しばらく由梨香にかからないようにチョロチョロ、水を出していたのだ。
――シャァー
「ひゃんっ」
俺は慌ててシャワーを止めた。跳ねたお湯が俺にもかかったが、めちゃくちゃ熱かった。温度調節をサボった罰だろう。もうちょっと、温度を確認してから出せばよかった……。
「もうぅ、紳司様、気を付けてくださいよ?」
ちょっと泣きそうだ。火傷までには至らないにしても、あんなものを不意打ちでくらったら、そりゃこうなるだろう。
「悪かったって。大丈夫か……?」
俺は、由梨香が、熱湯がかかって押さえている部分を撫でてあげる。頭と、……鎖骨の辺り。しかし、鎖骨の辺りを撫でると必然的に胸の辺りを撫でることになって、その柔らかい部分との境界を撫でまくる。
「ぁん……」
手が滑った。思わず、由梨香の乳房を鷲掴みにしてしまった……。柔らかいし、なんていえばいいんだろうか、それだけじゃなくて、水で濡れていたせいでもあるんだろうか、吸いつくような……水餅ってのもなんか違う、とにかく揉み心地のいいものだ。数度に亘って思わず揉んでしまうほどに、気持ちよかった。もっと揉んでいたくなるが、流石にそれは……
「紳司様がしたいのなら、……自分は構いませんよ」
いいのか?俺は、このまま由梨香を……。自身との葛藤。襲う、襲わないの2択だ。むろん、男として、ここは襲ってしまいたいという欲望はある。しかし、教師と生徒であるし、モラルの観点から、それはだめだろう。それこそ、「責任」というものが、この後の人生に重くのしかかってくることもよく考えなくてはならないのだ。
俺がこのまま、由梨香と関係を持って、そうしたら当然、由梨香は教職を辞さなくてはならないし、場合によってはニュースに取り上げられてしまうかもしれない。「現役教師が生徒に手を出した!」とかいうことになるだろう。いくら俺から手を出した、と言っても成人している方に責任が問われるのは事実だ。それに、教職を辞して収入もない状態で俺は由梨香も養えるだけの経済力はない。子供ができることも考えると、安定した収入は必須だ。バイトだけではとてもじゃないが無理だろう。両親に頼るという手もあるが、そんな男は、お世辞にもいいとは言えないだろう。
だが、女が誘っているのに、それを無下に断るというのも男としてどうなんだろうか。男は、時に責任云々を度外視してでも手を出さないといけない時もある。
今は、どちらをとるべきなんだろうか。ここで、由梨香に手を出していいほど、決心がついているとは思っていない。静巴……静葉のこともあるし、紫炎との婚約、律姫ちゃんとの婚約、そのほかにもいろいろある。それらを全部吹っ切って、由梨香と結ばれることを選べるのだろうか。
「由梨香……それはダメだ。俺の決心がついてもいないのに、お前だけを選べるとは限らないのにお前に手を出すことは……したくない」
俺の言葉に、由梨香は笑った。まるで、長い葛藤の末に選んだ、あの答えを、まるで見透かしていたかのように微笑んだのだ。
「紳司様なら、そうおっしゃると思いましたよ」
由梨香には分かっていたのか。俺の考えは、そんなにも分かりやすいんだろうか。それとも、由梨香が鋭いのか。どちらにせよ、これは、由梨香にからかわれた、ということでいいんだろうか?
「さて、浴びてしまいましょう」
由梨香がシャワーのノズルをこちらに向ける。そして、お湯を勢いよく俺にぶちまけた。熱いっ、痛いっ!
勢い良すぎて、割と体に当たると痛いって。しかも、狭いから避けられないし……あ、シャンプーのボトルを蹴り倒しちまった。
「ちょっ、やめろって」
ふざける由梨香に笑いながら俺は、シャワーの直撃を避けようとする。そんな攻防を躱していると……
――ズルッ
俺の躱したシャワーのお湯と零したシャンプーが混じり、そのせいで非常に滑りやすくなっていたのだ!
「えっ」
足元をとられた状態では、流石にどうしようもできず、思いっきり前のめりに倒れる。そして、そのまま、目の前にいる由梨香へと突っ込んだ。
「ひゃぁんっ」
顔面を由梨香の双丘に埋める。柔らかい上に、お湯と汗で蒸れていて由梨香の匂いが鼻腔いっぱいに広がる。甘酸っぱいような香りが、もう、鼻に染み付くように残って離れない。
……このまま、由梨香とずっとこうしていてもいい様な気がしてきた。
まあ、そんなシャワータイムは、このあと30分に亘って続いたのだった……。
え~、少々、リアルのほうが忙しくて更新速度が低下中です。最近は入学前講座なるものがあるんですよね……。来週くらいまではしばらく忙しくなりそうです。