169話:鞘に収まる
放課後、あたし達は、《古代文明研究部》の部室にいたわ。この部室で、蒼紅瑠音と会う約束をしているみたいね。十月は、部活を中止する予定だったけど、蒼紅瑠音の提案もあって、ここで会うことになったって話よ。あの不審者っぽさ満点のあいつを学校内に入れるのはどうかと思うけど、まあ、不知火が許可したらいいんじゃないかしら。
それにしても、讃ちゃんは相変わらずよね……。輝には控えめに言ったけど、輝の暗殺を企む組織を1人で潰しにいったこともあったわよ?
ほら、輝の前世、光は、護衛なんかをメインでやっていたから犯罪組織に狙われることも多かったのよ。で、そんな中に、あたしら暗殺者の界隈では有名だった《蛮族の王者》と言う集団がいたのよ。
300人規模の組織……だったかしらね。そこに1人で乗り込んで、全てを切り伏せて、暗殺者全体に警告をしたのよ。
「蒼刃光に手出しをするとこうなりますよ」
ってね。鮮やか過ぎる手並みは、暗殺者も見惚れるほどで、一夜にして、300人規模の組織を潰したってんで、ちょこっと有名になってたわ。まあ、あたしと零斗が情報屋を潰してやったのが讃ちゃんってことは知られないようにしたけどね。
なんてくらいに光を盲信していた燦ちゃんだから、輝を讃ちゃんが盲信するのは当たり前ってことよね。何で、そんなに盲信してるのかしらね、こんなのを。
と、まあ、そんなヤンデレの話は置いておいて、放課後、あたし達が、《古研》の部室にいると、ノックの音が響いたわ。もうじき9時ってところよ?遅いけれど蒼紅瑠音のご到着ってことかしら?
「どうぞ。あいてる」
そんな風に簡潔に言うのは占夏十月よ。十月がドアを開く。そして、入ってきた着物の上にコートを着て、背中にバルムンクを提げた、……端的に言ってすごく怪しい人物だったわ。
「失礼するよ。放課後になってすぐにここに来る予定だったんだけど、ちょっと急用でね。まあ、そっちの方は別の人たちが動いているみたいだから任せてきたけど」
そう言って、帽子を取って頭を下げながら入ってきた瑠音。あたしは、その礼には答えなかったけど、皆は頭を下げ返すわ。
「えっと、2人は一応昨日ぶり、2人は今朝ぶり、2人ははじめまして、だよね」
不知火と十月に昨日ぶり、あたしと怜斗に今朝ぶり、輝と讃ちゃんにはじめまして、とそれぞれ挨拶をする瑠音。てか、「一応昨日ぶり」ってどういうことよ。普通に昨日ぶりじゃないのかしら。
「それで、えっと、青葉暗音さん……、弟さん、と言うのは?」
なにやら、とても興味津々な感じであたしに聞いてくる瑠音。そんなに気にしてたのかしら。でも、あたしはあの時ちゃんと言ったわよ。
「『弟の……と言う言い方だた御幣を生むかしら』って言ったじゃないの。そこの弟ってか、輝よ。あたしの今の弟は、三鷹丘学園の生徒会にいる青葉紳司だもの」
その話をすると、どこか苦い顔であたしを見る不知火が目端に入ったわ。どうかしたのかしら……?
「その話、君の弟が青葉紳司だ、と言う話だけど、そこが気になっていたんだ。不知火家の用意した資料では、未確認ってなっていた。はっきり言って、それは異常だと思う。不知火家が調べられないなんてことは、まず、おかしいんだ。だから、バルムンクを渡す前に、君の事を教えて欲しい」
そんなことを言われても、ねぇ。あたし、一応、生まれは一般人と一緒よ。特に隠蔽工作とかしてないし……。
「家族構成は、両親に弟1人。父さんがチーム三鷹丘の青葉王司、母さんが同じくチーム三鷹丘の青葉紫苑、弟が三鷹丘学園の生徒会会計青葉紳司。出身は、普通に三鷹丘よ。三鷹丘中央病院で生まれたんだもの。住民票も戸籍も、キチンとあるから不知火家が見逃しただけなんじゃないの?
そもそも戸籍なかったら高校入れてないっつーの。あー、不知火家みたいな権力者を除けばね」
あたしの正論にたじろぐ不知火と瑠音。てか、普通に考えてそのくらい分かるでしょ?
「僕の中の龍がざわついている。……夢幻の力だと」
夢幻の力……。意味分からんわね。あたしに何か関係あるってのかしら?
「それは、偉大なる力。悲しき龍の皇女の力だ、と」
龍の皇女……。グラム、アンタ、知ってる?あたしは辞書に問いかけてみる。すると、反応があった。
「ふむ、夢幻……皇女……。そんな龍皇の話を聞いたことはあるな。だが、それはお前と関係なさそうだがな……」
グラムがそういうんだから関係ないんだと思うんだけど、実際のところどうなのかしらね。そもそも、その龍皇ってのがよく分からんし。
「まあ、いいか。それで、バルムンクは、君に授ければいいんだったね。でも、こちらも、本当に真の持ち主たるかを確認しなくてはならないんだ」
讃ちゃんが瑠音に威圧を放った気がしたわ。いえ、放っている。でも、瑠音はそれに気づいていながら無視しているように見える。
「分かってる。――バルムンク」
輝は、バルムンクを握ったわ。すると、バルムンクに埋め込まれた宝石が眩い光りを放ち、銀髪の女性の幻影を見せる。
『私は、クリームヒルト。この剣に宿りし復讐を遂げた女です。久しぶり、と言うべきでしょうか、蒼刃光さん』
クリームヒルト、ね。かつて、ジークフリートとブリュンヒルデ、そしてクリームヒルトの三角関係があって、まあ、なんやかんやでこじれた挙句、クリームヒルトがハゲネに騙されて弱点をもらしてしまい、ジークフリートの死体を見たクリームヒルトはハゲネの仕業だと気づいた……とか、ハゲネが自慢してきた、とか、その辺は曖昧になってるけど、まあ、ともかくクリームヒルトはハゲネに復讐を決意する。んで、復讐した後に殺される。ブリュンヒルデは火葬されるジークフリートに飛び込んで一緒に死亡ってことになってたかしら。ブリュンヒルデは、これまた書く人や作品によってキャラが違いすぎるんだけどね。
『皮肉なものですよね……。ジークは、ジークフリート様は、死して火より鎚に還ったというのに、彼を愛した女たちは、その魂を天で……彼と再び会うことすらも出来ないことになるとは……』
女……たち……?つまりブリュンヒルデもその魂を天国……グラム曰くそこで魂は消えるらしいけど、その天国に行ってないって言うの?
いえ、まあ、神に逆らい地に落とされたブリュンヒルデが天国に行けず、地獄に行く、と言うのなら分かるけど。今のニュアンスは、そういう意味でもなさそうね。
『尤も、あの女は神に選ばれて、私はこの剣に宿った……その差は大きいですがね』
神に……選ばれた。でも、神に追放されてブリュンヒルデは地に落ちたのに、死後、神に選ばれる、何てことがあるのかしら。
『この地に私の真の持ち主が現れたのも、きっと偶然ではないのでしょう。近くに、ブリュンヒルデの気配を感じますからね。引き寄せられた、と言うことでしょうか』
ブリュンヒルデの気配を感じる。つまり、ブリュンヒルデがこの近くにいるって言うのかしら。
「なるほど、九龍家の……」
不知火が何かを知っているみたいに呟いたけど、九龍って雨柄の家の親類だってグラムが言っていた気がするわね。九つの龍殺しの罪さえもどうとか……って。
「それで、彼が真の持ち主、と言うことでいいのかい」
瑠音がクリームヒルトに問いかける。クリームヒルトの幻影は、輝を見て微笑んだ。
『ええ、紛うことなき真の持ち主です。ジークの様に人のことを愛すこの出来、この剣をも愛していた真の持ち主ですよ』
ピキリと何かの音がした気がしたけど、……あ~。あたしは頭を押さえながら、流石にここまで来ると狂気の沙汰ね、と思うわ。
「讃ちゃん、剣に嫉妬するのは行きすぎじゃない?大丈夫よ、輝はアンタしか見てないんだから」
讃ちゃんの耳元で小声で囁く。ピクンと讃ちゃんが一瞬震えた気がしたわ。あ、ちなみに、席順は、不知火がいつもの奥の席、その後に控えるように十月、それで、来客側の為に片側を丸々空けてるから、輝と讃ちゃんが座ってて、その後に、あたしと怜斗が立ってる。
「……し、嫉妬、してませんよ?」
讃ちゃんが震えた小声で、あたしに囁いてきたけど、流石にそれでごまかせないでしょうに。
「まっ、元の鞘に収まったってところかしら」
そんな風に呟く。もちろんバルムンクが輝の元に戻ったってこともそうだけど、あたしと怜斗、輝と讃ちゃん、って感じに関係が元に戻ったでしょ?
そういうのも含めて元の鞘に収まったってことよ。まあ、別に上手いことを言っているつもりじゃないし、そういうのではないけど。
「そうだ、君たち。今日は、もう遅いし、私の家に来ないか。新入部員の歓迎もしていないしね」
その新入部員と言うカテゴリーの中にはあたしと輝も入っているんでしょうね。まあ、歓迎会ってのは悪くないし、いいでしょう。
「じゃあ、ちょっと、母さんに電話するわ」
そう言って、席を離れて、それに倣うように皆も連絡を始めた。コールすること数回、母さん、スマホを持ち歩かないから電話にでるかしら。
「もしもし、暗音さんですか。丁度よかったです」
母さんが少し慌てたように電話に出たわ。丁度よかったってどういう意味かしら。それに、何を慌ててるのかしらね。
「どうかしたの?」
あたしの問いかけに、母さんは、薄ら笑いと少し息切れを電話越しに漏らしながら言う。
「ちょっと、三鷹丘の方で何かあったらしくて。それで、晩御飯が遅くなりそうなので電話しようとしていたところです」
なるほど、そういえば、瑠音がこの部屋に入ってきたときに「急用でね」とか「そっちは別の人たちが動いているみたいだから任せてきた」とか言ってたけど、それが紳司達ってことね。向こうも一悶着あったんでしょう。
「あ~、今日は、不知火んちに泊まりにいくって連絡をしようとしてたのよ。だから晩御飯の心配は大丈夫よ」
あたしの答えに安心したような息を漏らす母さん。電話の向こうで誰かと合流したみたいな誰かの声も聞こえてるわね。
「じゃあ、お世話になるんでしたらちゃんとお家の方に挨拶を忘れないようにしてくださいね」
そう言って母さんは電話を切った。よほど切迫した状況だったんでしょうね。まあ、一応、宿泊の許可を取ったってことでいいわよね。
え~、この章もあと1話です。もう、来週はリアルの方が大忙しなので……。なるべく更新できるように努力したいと思います!