167話:最期の夜
SIDE.SAN
私、恐山讃は、非常に気分がいいです。それは、偏に、朝から輝さんが訪ねてきてくれたからですね。押し倒されて……キスをして、「愛してる」って言ってもらって、シャワーも浴びて、その後……きゃっ、とても口に出来ませんね。
でも、もう、にやけが止まらないくらいに気分がいいですよ。もう、スキップでルンルン気分ですね。急いで朝食を食べて、輝さんと登校する準備をしました。おっと、怜斗君のことを忘れていましたね。一応、メールで「輝さんと先に行きます」と送っておいて、と。
「さ、行きましょう、輝さん!」
私は、輝さんの腕に、自分の腕を絡めると、もう一方の腕に天羽々斬を担いで、バッグを持ちます。胸を輝さんに押し付けて、身体も寄せました。
「ちょっ」
慌てる輝さんですが、私は逃がしません。胸をもっと思いっきり押し当てて、挟むようにしてガッチリロックします。昔もこんな風に、よく一緒に歩いたものですね。アルレリアスのファルザリアをデートしました。花の街の名前の通り、花に溢れる街でした。また、別名、「華の街」とも呼ばれて、……その、……夜のお店や、お泊りする場所が豊富でしたし……。朝はデート、夜はお泊り、なんていう定番の流れもあったくらいの場所です。そこにはいろんな思い出もあるんですが……、一番印象的なのは、フェスタで花びらの舞う中、デートをしたことですかね。
「当たってるって」
輝さんが、照れたように顔を赤くして俯きます。もう、ウブなところは相変わらず見たいですね。私は、ギュッと引き寄せて、耳元で囁きます。
「当ててるんですよ」
輝さんが、人目を気にするようにキョロキョロとしますが、7時45分ごろなので、人はあまりいません。もちろん、私だって時と場所と場合を弁えていますからね。
「讃ちゃん、昔の讃ちゃんよりも、なんていうか積極的になったよね?」
そう……でしょうか……?自覚がないのでよく分かりませんが、輝さんから見れば、私は積極的になった様です。でも、変わった、と言われると不安になってきますよね。
「……嫌いになっちゃいますか?」
その不安を思わず輝さんに打ち明けてしまいました。これで頷かれたら、私は、……きっと死んでしまいます。
「いや、その……昔の燦ちゃんも、今の讃ちゃんも、……その、……大好きだよ」
恥ずかしそうに、そんな風に言ってくれる輝さん。よかったです。でも、今の私も昔の私も、と言うことは、積極的なのも嫌いじゃないってことですよね?
なら……、もっと、積極的になっても……いいんでしょうか?今の様な、こそばゆい関係も大好きですけど……、もっと、もっと深くつながりたいんです。
「あのぅ……、もっと、積極でも、嫌いには、なりませんか?」
私の言葉に、輝さんは、少し驚いたように、……でも、柔らかい笑みを浮かべて、私の頭を撫でながら言います。
「俺は、どんな讃ちゃんでも、大好きだし、……愛するよ」
その言葉に、私の胸は射抜かれました。もう、ますます好きになっちゃいそうです。いえ、なっちゃいました。
「私もっ……、私も輝さんが大好きです。どんな輝さんでも大好きですし、どんな輝さんでも愛します!」
荷物を落としたのも気にせずに、思いっきり輝さんに抱きつきます。輝さんはよろめきながらもしっかり支えてくれました。輝さんも、私のことを好きって言ってくれるんですから、それ以上に嬉しいことはありません。
でも、1つだけ心配ごとがあるんです。……私は、前世で唯一、輝さんに向けられる愛で敵わなかった人がいるんです。しかも、その人は、今回は……。もしかしたら、負けてしまうかも、と思うと不安に胸が押しつぶされそうになってしまうんです。昨日から、それだけは考えないようにしていましたが、でも、お互いに好き合っているというのに、それが分からないのは不安で不安で、このままでは夜も眠れそうにありません。
その唯一の人物とは、八斗神闇音義姉さんです。彼女の容姿は端麗で、まさに、美女、と言った外見で、身体能力や思考能力が常人のそれを超えた超人でした。《魔王・篠宮初妃》とともにいたと言われる三神の1柱、蒼刃蒼天の子孫と言われているのが納得できるほどに、聡明で思慮深い……そういえば、前世の曾祖母は、「あれが蒼天の子孫とは思えないほどに頭のデキがいいな……、ああ、なるほど、妻の方の血筋か」と言っていましたが……。
まあ、ともかく、私は、義姉さんにだけは勝てませんでしたが、前世では、彼女は実の姉でした。それならば、結婚することは、まず無いと言えました。今の日本の倫理感でこそ、兄弟姉妹での結婚は御法度ですが、かの世界では、国の慣習によっては、例えばアルレリアスの隣国であったパーラクロイスの王家では、兄弟姉妹の間で子供を産むことしかしてはいけないという法律でした。そういうこともありましたが、アルレリアスでは規定はないものの、兄弟姉妹での子作りは暗黙の了解でダメと言う風潮がありましたから。それこそ、国の端っこの様な部分で、人も訪れず若い者が少ない地域では、ムラの存続の為に……と言う話も聞いたことはありますけれど。
ですが、日本では三親等までは婚約できませんし、当然、兄弟姉妹での婚約は不可能です。それでしたら一安心ですが、今世では、八斗神闇音義姉さん……いえ、青葉暗音義姉さんは、輝さんの実の姉ではありませんでした。義理の姉弟でもなく、赤の他人として生まれ変わったこの姉弟の愛に、私は勝つことが出来るんでしょうか。
いえ、弱気では、ダメですよね。あの時の……最後の約束を交わしたあの時の……決意した確固たる決意を持たないと。
「輝さんは、あのときのことを……覚えていますか。私達の最期のときを」
私は、思わず問いかけます。あの、全てが終結した夜のことを。2人が揃って死した、あの運命の夜のことを……。
「……ああ」
輝さんが暗い声で頷きました。こんなときにするべき話ではない、とそんなことは分かっていても、私はついつい言ってしまったのでした。でも、輝さんの暗い反応で、やっぱり聞かないほうがよかったんだ、と思います。
でも、私の頭には、あの頃のことが、今、鮮明に甦っています。
落月の夜の日、私と輝さん……光さんは、剣帝大国の北西部にある第二都市にある、摩天楼に訪れていました。摩天楼は、その名に反して4階建て程度の建物ですが、当時では、城よりは低くくても城以外なら一番高い建物だったのでそう呼ばれていたんです。
その4階には、破滅の龍と呼ばれる存在がいました。私達の仕事は、そこに乗り込んで行ってしまった人の救出で、龍の退治ではなかったので、手を出すつもりはありませんでした。
破滅の龍、とは、あの世界の人間が決めたものであって本名ではない、と龍が言っていましたね……。
そう、あの日、私達は、そこに乗り込み、23人を逃がした代償に、4階に閉じ込められてしまったんです。
巨大な龍……黒い鱗の生えた化け物がその階の奥にいました。その鱗は、固いというよりは鋭そうな印象で、触れることすら許されないのではないか、と思うほどでした。
「これが、破滅の龍……」
光さんは、思わず呟いてしまいます。すでに、このとき、私達の手には天羽々斬もバルムンクもありません。娘と息子に譲ると決めていたので、家に置いてきていました。あるのは、短剣と破魔の弓矢と直剣だけ。
《――また、人が来たのか……》
驚いたことに、それは女性の声でした。まるで、楽器を奏でるように美しい声を響かせたのです。見た目とは不釣合いなその声に、驚きを禁じえず、光さんも唖然としていたのが印象的でしたね。
《あたしは、もう、死にたいんだ。そっとしておいてくれないか……》
そうは言われても、トラップの所為で扉は塞がっていて出られませんし、私達にもどうしようもないんですよね……。
「何故、死にたいんですか?」
確か、そんな風に問いかけたんだったと思います。すると彼女……と言う表現が正しいのかは分かりませんが、破滅の龍は言いました。
《もう、1人で生きるのに飽きた。死んで楽になりたいのさ》
確かに、こんな寂れたところに1人きりと言うのは淋しいでしょうね。どう頑張ってもここから出れないのなら、この龍と心中する羽目になりそうですが……、あ、
「あの扉、破壊できませんか?」
破滅の龍なら、あんな扉、簡単に破壊できそうなものですが……。私の問いかけに、破滅の龍が答えます。
《無理さね。できるものならあたしはとっくにここを出て自由になっているさ》
そう言われればそうですね。好き好んで、こんなところに1人でいるわけではないのですから……。
《グレート・オブ・ドラゴンとも呼ばれているが、あたしには、大した力はないさ。だが、そうさね。自殺することくらいは出来る》
グレート……オブ、ドラゴン。確かに彼女はそう名乗っていたんです。もっとも、私はそのとき初めて聞いたんですけどね。
「俺達にどうしろと?」
光さんが彼女に聞きました。そう、ここから出られない私達は、どうすることも出来ないのです。
《あたしの自殺に巻き込まれて死ぬか、影に隠れて餓死を待つか、その前に自殺するか、の3択だ》
絶望の3択に、私達は、思わず地面にへたり込みます。もう、生きることは出来ないと、そう決まってしまったのです。
「光さん……」
私は最愛の人物、目の前の彼を呼びます。彼もまた、私の方を見て、私のことを呼びました。
「燦ちゃん」
お互いに向き合って、口付けを交わします。それは……覚悟を決めた証拠。最後の口付けでした。
《――決めたのか?》
その問いかけに、頷きました。そして、私達は、互いに剣を持ちます。私が短剣を、光さんが直剣を。
「行きますよ」
「ああ、こっちも行くよ」
同時に――私は短剣で光さんの首を、――光さんは私の腹を、致命傷になるように、私は切り、光さんは刺しました。
致命傷……ですが、即死にはならないみたいですね。……お互いに、覚悟しても、本能のどこかで殺すことを拒否して即死にすることは出来なかったようです。
地面に倒れ、血が溢れ出る様子を見ながら、掠れる声で、互いに言葉を交わします。
「誓いを……立てませんか?」
私の言葉に光さんは頷きます。
「ああ、なら、ここにないのは残念だが……俺はバルムンクに……」
「私は、天羽々斬に」
そして誓います。
――もし、生まれ変われるのなら……また、結ばれましょう
――ああ、もちろんだよ
薄れ行く意識の中、破裂音と、降り注ぐ黒い羽の様な鱗を見た気がします。それは、深々と地面に刺さるほどに鋭いような……。
自分が死すると分かっていても私は、それを受け入れて、自ら最後を決した、あのときの決意は、もしかしたら、二度と出来ないかもしれません。それに、そもそも、死を受け入れたあの決意は、間違っていたのかも知れませんし。
「なあ、讃ちゃん。俺は、あのときの選択が、間違ってないと思ってるよ」
え……?
不意に輝さんから放たれた言葉に、一瞬、頭が停止しました。まるで、私の思いを見透かしたように、輝さんが言ったからです。
「もしかして、だけど、今の自分に自身がない、とか考えてないかな?そんなことはないよ。讃ちゃんはいつだって強い。俺が竦んじゃうようなときでも君は強く戦える、そんなものを秘めている気がするんだ。だから、俺は、君を誰よりも愛してるんだよ」
――誰よりも愛している。その言葉が私の脳内で何度も繰り返し聞こえます。誰よりも、それは、暗音義姉さんよりもでしょうか?
「姉さんよりも誰よりも、君の事を愛している。まあ、光燐と燦檎は別だけどさ」
ええ、子供たちは、私も輝さんと同じくらい愛していますよ。
こうして、柔らかな朝の日差しを浴びながら、私達は、再び愛を確かめ合ったのでした。そのまま、少し早めに学校に着き、教室で談話をして、とてもいい朝を過ごしたのです。
え~、昨日は、少々、事情があり投稿が出来ませんでした。申し訳有りませんでした。事情は2つ。
1つ、時間がなかったこと。昨日で自由人になりましたが、時間は自由になりません。補習漬けです。
2つ、途中まで書いていたのが丸々消えたこと。急に電源が落ちた、と思ったらデータが消えました。回復を試みるも失敗。
なんていういいわけはさておき、破滅の龍(仮称)は、今後、意外と本編に関わってくるかも(この章ではなくて……)、ヒントはこの物語のタイトルと165話の瑠音さんの意味深な発言です。
さて、最後にもう1度、更新が遅れて申し訳有りませんでした。