164話:蒼紅の青年
あたしは、寝不足の頭を押さえながら、いつもよりもむちゃんこ早く登校していたわ。なんたって寝てないからねぇ。むっさ、頭が働かんのよさ。口調もぐっちゃぐっちゃで、もはや何考えてんのか分からんしー。あー、くらくらする。頭痛い……。吐き気もするー。そして、なんたって、月末も月末、てか、あと数日で来月になるこの時期、あたしを襲っているのは、寝不足だけじゃなくて、……。
そう、いつだったか、紳司にも言ったことがあるけど、あたしは月初めにクルのよねぇ。ジンジンします。ズキズキします。寝不足と生理痛が相まって、むっちゃくちゃ痛い。死ぬ。これはガチで死ぬって。こんな日に、大声で挨拶されたものなら、そいつの首をへし折りたくなるわよね。
「おっす、青葉!お、なんだ、体調悪そうだな!」
そう、こんな馬鹿の首をね。
「痛い痛いイタタタタタタタタッ!」
首を90度にまげてやろうかと思うくらいに、思いっきり折りにかかったわ。あー、マジでこのまま折ろうかしら。
「ちょ、暗音ちゃん、トモ君が死んじゃうよぉー!」
はやてがあたしを止めに入るけど、あたしの力には敵わなっ、うわっ、はやて、力強いわねぇ。
「はいはい、放すっつの。あー、ダルいわー」
あたしのこの様子と態度で気がついてくれたのか、はやては、あちゃーって顔をして友則に言う。
「これはトモ君が悪いです。うん、間違いないよ。ほら、謝って」
友則は訳が分からんって顔をしてるけど、それこそ、だから鈍感って言われんのよ、ってことよね。
「え、え、何で?!ねぇ、何で?!」
声デカイんだけど、もう一回締めたろか?頭に響くから、本当にやめて欲しいんだけど。切り刻んで、同じくらいの痛みを味合わせてやろうかしら?
「静かにしないとダメだよ、トモ君。女の子には、そういう日があるんだよ?」
さすがね、はやて。てか、きっと、はやてもこのデリカシーのない馬鹿に同じことをされた思い出でもあるんでしょうね。何で、はやてはコイツと付き合ってられるのかしら。
「そんな日があるのか?!」
この馬鹿、去年のクリスマスに会った天岩上虚唄とか言う奴ばりに叫ぶわね、友則。いや、あの訳の分からん奴と比べちゃ失礼なんでしょうけど。てか、結局ナンバー12ってなんだったのかしらね。まあ、あんなのはどうでもいいかしら。いいのかしら?《古具》とかよりもむしろ解明すべき存在な気がしないでもないけど、ナンバーとかいうのと異世界がどうとかだけで解明するのは不可能よね。てか、考えるのもだるい。
もはや、このダルさと言ったら、紳司に風呂に誘われても断っちゃうレベルよね。ああ、もう、嫌になるわー。
「うっす、おはよーさん」
怜斗も合流する。怜斗は、あたしの顔を見て、どことなーく察したのか、「あー」と言う顔をして、
「大丈夫か?辛そうだが。相変わらず、お前は、生理のとき、いつもそんな顔をしてるからな」
なんて言うのよ。さすがは怜斗よね。ちなみに、讃ちゃんは、輝と先に登校しているらしいわ。置いていかれたのね……。なんて会話を挟んでいるうちに学校が見えてきて、教室に着いたら一眠りしようと考えてると、
「あ、ちょっといいかな?」
校門に差し掛かる寸前に、そんな男の声がしたのよ。うざったく思って、あたしがそっちを見て、驚いた。【蒼き力場】の波動が肌に感じられたから、蒼色の髪と瞳をしていたから、とか驚く理由はいっぱいあったわ。でも、何より、この男の中には、ナニカがいるってことよ。蠢くようなナニカが……。そのナニカの様子が、気持ち悪くて、より一層気分が悪くなることこの上ないわね。
「あの、僕の話を聞いて欲しいんだけど」
蠢くナニカをその身に宿した男は、あたしにそんな風に言ってくる。あれ、どんぐらいいるかしら。5体と9……いえ、1匹?デカイの5体と九尾の狐ってところかしら。なによ、この化け物パラダイスは。
「その前に、アンタの中の5体と1匹を静めてくれない?ザワついて話も出来やしないじゃない」
あたしの言葉に、男は、珍妙な顔をしていたわ。何よ、変なことを言ったかしら……?それにしても、【蒼き力場】に5体の怪物、1匹の狐……。そういえば、紳司が説明会のときに、自分の直系の子孫に、そんなのがいるって話をしてたわよね?5体の【《コウ》龍王】だったかしら。
「【《コウ》龍王】さん」
あたしの呼びかけにさらに珍妙な、と言うより、あたしを珍妙なものを見る目で見てるというべきかしら。
「《貴様、何者だ……?》」
確実に男の口調ではない、他人の意思の様な言葉が、男の口から聞こえたわ。まるで、他の意思が宿っているみたいにね。しっかし、ドスの利いた低い声ね。化け物っぽい感じがするけど、さすがにどれが喋っているか、まではあたしには分からないわね。でも、おそらく、こいつは、龍の中のどれか、なんでしょうけど。紳司もよく知らないみたいなことを言ってたし、あたしもその辺はよく分からないわね。まあ、分からんことを考えてても仕方ないわよね。
「とりあえず、こんなところで話をするのもあれだから、場所を変えましょうか、蒼紅の一族さん」
忌々しそうにあたしを見ると、頷いた。仕方なく、怜斗を引っ張って連れて行きながら、前に龍馬たちが昔、話していた場所で話すことにしたわ。さすがに、コンクリートとかもあたしがぶっ壊したけど、まあ、直ってるでしょうしね。
と言うわけで、しばらく歩いたところにある住宅街の一角、家と家の間になって暗くなっているために、人の出入りのない通路の真ん中で、あたしは、男と向き合った。
「ああ、自己紹介が遅れたね。僕は、蒼紅瑠音だよ」
瑠音、ね。それにしても、蒼紅。紳司の子孫が、何のようなのかしらね。それは、背中に背負っている物体に関係しているのかしらね。大きな布に巻かれているけど、聖気を感じるもの。間違いなく聖剣、それも、この聖気は……
「あたしは、青葉暗音よ。まあ、知ってて声をかけてきたんでしょうけど。こっちが夫の……あー、彼氏の七鳩怜斗よ。それで、そのアンタの背に持っているもん、それはバルムンクよね?」
バルムンク、かつて、あたしの弟、蒼刃光が持っていた聖剣。あたし達が幼い頃に父とともに亡くなった母、八斗神火々璃の家に伝わっていた聖剣で、あたしは、受け取らなかったけど、光が大事に使っていたもの……よね?それに燦檎ちゃんも使ってた気がするけど。
「あれ、この剣がバルムンクだとやっぱり分かるのかい?」
その口ぶりは、あたしが、バルムンクのことを知っていることを知っていたような口ぶりよね。て、ことは、わかって接触してきたってことよね。紳司関係かと思いきや前世関係とは……。
「まあ、ねえ。弟の……と言う言い方だた御幣を生むかしら、光の愛剣だもの。分からないわけがないじゃないの」
今世では弟じゃないしね。それにしても、最近、【力場】の感度が上がってきた気がするのよね。
「弟の剣。つまり、これの持ち主は、貴方ではなく、その弟だと?」
あら、そこまで分かっててあたしに声をかけてきたわけじゃないのね。ってことは、輝にはまだ辿り着いてない感じなのかしら。そもそも、何で、あたしの方に辿り着けたのよ?
「蒼刃と言う姓だけで君にたどりついたのはよかったけど、もうちょっと考えて動くほうがよかったね。これだから、瑠音は……」
なにやらブツブツと文句の様なものを言い出した。ちょっと怖いんだけど、大丈夫かしら?
「その光と言う弟さんに、今日の放課後、会わせてもらえないかな?」
輝と放課後、ねぇ。デートの約束とかしてなきゃいいんだけどなぁ。ま、あたしとしては紹介するのは一向に構わないんだけどね。
「別にいいけど、でも、輝の都合しだいよ?」
一応、あたしは、予防線を張っておくわ。会えなくてあたしが悪いみたいに言われても困るしね。とりあえず、こんなもんでいいでしょ。
「じゃあ、あたしら、遅刻しそうだから……」
そう言って、瑠音に言って、足元に【力場】を発生させるわ。もはや時間がないから屋根の上でも伝っていくのが一番よね。
「行くわよ、怜斗」
首根っこを掴んで、飛び上がって、屋根の上に飛び乗った。ソーラーパネルの蓄電システムが割りと普及しているせいで、パネルはあるけど、主に家の日の当たる側にしかないから上手い具合に渡っていけそうね。
「って、おい、屋根の上を渡って行く気かよ?!」
あら、暗殺者なら屋根の上を伝った経験くらいあるでしょうに。まあ、普通に住居不法侵入にあたるんだけどね。ほら、屋根っつっても、屋根があるのは家の上な訳で、領地に勝手に入ってるのは変わらないわけだからね。
「大丈夫よ、ここを通れば、教室までの短縮になるのよ」
ルートは分かってるのよ。だから、確実にいけるわ。最大の懸念は、生理痛でむっちゃ痛いことだけど、我慢すれば行ける……はず。
「別に、もう、遅刻でも構わないんじゃないのか?」
そういわれると、あたしは生理痛と言う真っ当な理由があるから遅刻しても大丈夫な気がするわね。でも、まあ、ノリで屋根の上に登った以上は行くしかないっしょ?
「お前の精神構造は、俺でもよく分からんなー」
失礼なこと言うなってのよ。とりあえず、かっ飛ばしていけば1分で教室に着くわね。まあ、上履きとかは、この際、気にしないで休み時間に取りに行かせればいいわね。
「んじゃ、飛ばすわよ?」
怜斗の首根っこを掴んだまま、屋根の上を【力場】を足元に展開させつつ、すっ飛ばしていくわ。あくまで短距離転移じゃなくて【力場】で脚力を増強して、着地地点に【力場】でクッションを作るってのを繰り返してるだけなんだけどね。ちなみに、着地地点に【力場】でクッションを作らなかったら、屋根を貫通して壊すわね。てか、あたしの足も壊れそうだけど。
そんなことを考えながら、屋根をかっ飛ばし、道路を飛び越え、2階の裏階段の一番端っこに着地したわ。ここから中に入ればすぐに教室に着くのよね。
「ほら、ダッシュするわよ」
「あ、ちょ、俺、まだ、靴脱いでるところだっての?」
あたしが靴を脱ぐときに見えるパンツを凝視してるからそうなんのよ。まあ、この辺も相変わらずってゆーか、なんてゆーかね。まあ、無事間に合ったわ。