163話:考察
あたしは、家に帰ると、もう、夕飯が準備されていたわ。どうやら、今日は紳司は外で夕飯を食べてくるらしく、あたしと母さんの2人きりでの夕食となった。母さんがのほほんとしながら、今日テレビで見たことを話すけど、男子高校生の自殺とかそんな飯時にテンションの下がるようなことを言わないで欲しいのよね。
何でも、もしかしたら親戚かも知れないとか言ってたわね。あたしも朝、チラッとニュースで見たけど自殺したのは、確か、……七峰赫刃だったかしら。むっちゃ、強そうな名前なのにね。まあ、いいわ。
それにしても、《古具》を持って生まれた人間の特徴……ねぇ。普通に考えて、《古具》と言うのは、神が創った道具で、それを人間に与えたってことよね。でも、与えられた人間には限りがある……まあ、これはなんとなくで説明がつくんだけれど、数が足りなかったとか、全員に与えると意味がなかったとかね。ほら、誰かに殺されそうになってて《古具》に目覚めて、逃げようとしたところで、そいつが《古具》に目覚めたら結局変わらないじゃない。そういうことも含めているんだと思うんだけど。
他の人の口ぶりからして、過去にも同じ《古具》が存在した事例はあったみたいだし、確か紳司が言ってたけど、螢馬の《古具》はある《古具》の亜種って言う話だし、別の方向への進化もありえるってことよね?
でも、今までに同じものを確認されていないものも数多くあるわよね?その辺はどうなのかしら……。
「ねぇ、《古具》ってどのくらい確認されてるの?」
自殺なんかよりももっと有意義な話題を提供することにしたわ。母さんは、う~んと唸りながら言う。
「そうですねぇ……複数回確認されているものが50、一個しか確認されていないのが20くらいでしょうか。まあ、尤も、1回しか確認されていないものの中には、これから、また別の人が発現する可能性もありますし、記録を残さないまま亡くなってしまってどちらか分からないものもありますからね。参考程度の数だと考えてください」
まあ、やっぱり複数回確認されているものの方が多いわよね。つまり、雑魚は皆にも配るけど、やっぱり、ある程度決められたものも有るってことよね。
「例えばですが、暗音さんのお祖母様にあたる青葉美園さんは《刀工の剣製》と言う《古具》を持っていましたが、他にもいくつか確認されていまして、それが亜種に変化するという事例もありますし、元から亜種として発現した事例もあります。美園さんは、前者で、《刀工の龍滅剣》と言うものになりましたが、《刀工の呪魔剣》や《刀工の七天剣》、《刀工の火炎剣》などが確認されていますね」
《刀工の呪魔剣》は螢馬の《古具》よね。バリュエーション豊富ね……。《刀工の剣製》はどんなものでも創れるけどさほど強力にはならない、しかし、能力が偏る分、それぞれのやつは威力が上がる……って感じなのかしら?
「他にも《疾風の足》は《迅雷の足》や《俊敏の足》、《爆炎の足》などが亜種としてありますし、そのほかにも色々あるんです。
ああ、1つ注意としては、あくまで亜種なので数にはカウントされていませんからね」
まあ、《刀工の剣製》だけで幾つもあるから、そんなん50個なんてすぐでしょうしね。
「じゃあ、逆に1つしかないタイプってのは?」
あたしの問いかけに母さんは、またもう~んと唸る。そして、ポンと手を打つようにして、語り出す。
「1つしかない、と言うより、使用者が決まっていたタイプの珍しい例があるんですが、篠宮真琴さんと言う方がいたんですが、その方の《古具》は《魔王の審判》と言うんですが、元々、その魔王の力は、彼の先祖、神の妻が貰い受けた力だったそうなんですが、それを何故か、持って生まれたのです」
彼って……真琴って名前だから女だと思ったけど、誠とかって男でもいるから真琴って男がいてもおかしくはないか。でも、先祖の物を受け継ぐタイプの《古具》ねぇ。
「他にも、天龍寺彼方さんの《緋色の天女》やわたしの《神双の蒼剣》、青葉君……お父さんの《勝利の大剣》、南方院さんの《必貫の大鑓》、真希さんの《《翼龍の焔砲》なんかも1つしかないものですね。と言うより、わたしの代の生徒会の面々が持っていたものは全て1つしかないものです」
そら、レアケースね。でも、その代だけ異常に1つだけのものばっかってのもおかしいわよね。
「あと、紳司君にも教えようとは思っていますが、暗音さんと紳司君の《古具》も1つですね。紳司君から報告を受けていた《破魔の宝剣》と《赫哭の赤紅》は以前にも同じものが存在していたし、花月静巴さんの《紅天の蒼翼》は、前例として《紅天の紅翼》と《蒼天の蒼翼》と言う《古具》があったのでそれの亜種だろうと天龍寺先生がおっしゃっていたそうです」
なるほど、紳司の方は、さほど珍しいのが揃っているわけじゃないのね?まあ、あたしのは特殊にしても、怜斗も生前の【零】の眼に近いというだけで、姿を隠すものは幾つも伝承で残っているからね。例えば、天狗の隠れ蓑やアルメニア教の悪魔アルの帽子、ハデスの兜、そんな感じの能力が幾つもあるわ。そういえばアーサー王の持ち物にもそんなものがあったかしら?
「もっとも《紅天の紅翼》と《蒼天の蒼翼》も詳細な力が分かっていないので、亜種もどのような能力かが分からないそうですが」
ふうん、どんな能力か分からないなんてこともあるのね。ああ、そっか、開花した時点で、名前は頭に浮かぶけど、明確に効果が目に見えなかったら分からないってことよね。
「でも、急にどうしてそんなことを聞き出したんですか?」
おっと、母さんが、何故この話をしだしたのかが気になり始めたっぽいわね。まあ、話しても問題はないんだけど。
「少し色々と疑問に思うところがあってね。……っとそういえば、さっきの人が親戚なんだとしたら、葬式にはあたしとかも参加したほうがいいの?」
丁度、あたしは食べ終えたので、食欲のうせそうな話に話題をシフトさせる。親戚が死んだってなったら、色々とありそうじゃない?
「あー、そうですねぇ……。いえ、大丈夫でしょう。赫刃、その名に間違いがないのだとしたら、彼は――輝かんばかりの幸福を求めていたんでしょうし」
未来を求めていた……何か含みのある言い方ね。母さんは何か知っているのかしら。それとも、適当にそれっぽいことを……
「七峰赫刃、いいえ、アカハ・レッドエッジ。すでに聞いていたこととはいえ、本当にこうなるとは、運命とはいかに残酷なものなんでしょうか」
……母さん、変な宗教に手、出してないわよね?何か、急に妙なことを口走りだしたんだけれど。
「今、アカハ・レッドエッジとか言ってたけど、重複してない?」
赫刃・赤刃ってことよね?まあ、その辺はどうでもいいんだけどさ。しっかし、《古具》に関してはわかんないことばっかよね。
そもそも、よ。さっき話にも出た七峰赫刃とか言うやつだって、自殺するほどに追い詰められていたってことは、相当な心理的な負担とかがかかっていたってことよね。なら、《古具》に目覚めたっておかしくないじゃない。母さんの親戚ってことは、それなりに《古具》関係に目覚めてもおかしくなさそうなものなのにさ。
ってことは、やっぱり、選定されているとしか言い様のない感じよね、こういうのって。でも、だとしたら、それは、神が決めたってことなのかしら。なら、神はあたしが生まれることも、紳司が生まれることも知っていたってことよね。そんなことがありえるものなのかしら。普通に考えて、未来予知、それも正確に予知しないとダメよね。十月の《千里の未来》でも明確に決まった未来は別にしても、不確定要素がr場合は、予知が出来なかったはずよね。
おじいちゃんが、誰と結婚して、父さんが誰と結婚する、なんてのは神様でさすがに分からないはず。それは、人の気持ちが関わっていることだからよ。まさか、人の気持ちや選択の結果すらも既に因果だのアカシックレコードに刻まれているなんていうのはありえないわよね。
でも、例えばの話よ、あたしが分岐路に立っていて、どちらに進むかを選ぶとするわ。右を選ぼうとして、「いや、もしかしたらそれは既に因果で決まっていたことなのかも」と思って左に行こうとして、「いえ、もしかしたら右から左に選びなおすことすらも決まっていたことなのかもしれないわ」と思って、右に行こうとして「いえ、さらに選びなおすのも」……と無限ループするって感覚分かる?
ああいうものだと思うのよ。しかも、それで結婚相手変えるのも癪だと思わない?
だから、もしかして、全てが決まっているって可能性はあるわ。でも、すると十月の《千里の未来》の説明がつかないと思わない。なんで、未来が確定しているのに、それらがぶれてしまうのか、見ることが出来ないのか、って考えると、それもまた違う気がするじゃない?
つまり、未来は決まっていないけど、神は、《古具》を入れる相手を決めていた、ってことになるわけよ。じゃあ、それが予定通りに行かなかったらどうなるのよ。例えば、あたしが生まれなかったら?
そのときは《黒刃の死神》は別の誰かに宿っていたと思う?そんなわけはないわよね。てか、そうだ、《黒刃の死神》は前例がない1つしかないって言ってたけど、グラムファリオは、前の宿主のときにアフリカでナナホシ=カナに会っているんだったわよね。それに、他の宿主も、グラムファリオの刃に恐れて死んだって言ってた気がするわよ。
つまり、1つの《古具》じゃない……?
いえ、そこ以上に引っかかっている部分があるわ。ナナホシ=カナとアフリカで、それも《死古具》に目覚めていたってことよね。それはありえないんじゃないかしら?
紳司の話だと、《死古具》に彼女が目覚めたのは異世界だって言う話よね。それに、ここに戻ってきてから学校に通っているとしたら、いつアフリカに行ったの?
彼女はアフリカに行くことなんて出来ないわよね。それこそ、旅行とかでアフリカにいったにしても、その実1年足らずしか猶予はないのよ。1年前に、あたしが生まれていないはずがない。なら、一体、どうして、グラムファリオはアフリカで彼女にあったっていうのよ。
ありえない、なんて、ありえないとは言ったものの、さすがに、それは無理があるわよ。じゃあ、どんな可能性があるって言うのよ。
あたしは部屋に戻って考えに耽るわ。とにかく、どうしたらそんな現象が起こりうるのかを考える。
何時間経ったか、下の階でごそごそ音が聞こえたり、その後紳司の部屋で音が聞こえたりしたから、きっと紳司が帰って来たんでしょうけど、今は気にしてる場合じゃないのよね。
可能性としては、ナナホシ=カナがタイムスリップして過去に行った。
他にも、ナナホシ=カナが複数存在している。
などの仮説が浮かんだんだけれど、どれもいまひとつ。畢竟、至った答えは、到底ありえないが、グラムファリオが「前回」と言っているのは未来の出来事だったのではないか、と言うことよ。
未来で宿主が死んで、次にあたしの番。これがあたしの中での最有力候補ね。そんなことを結論付けたころには、もう夜中の3時半過ぎだったわ。隣の部屋から物音がするから紳司が起きたのかしらね。ちょっと声をかけましょうか。
「あら、紳司、早いじゃない」
え~、色々ありまして、本日は1回の更新になってしまいました。しかも明日からは3月。リアルの方で色々ありまして、3月は休みじゃないので、おそらく1日1更新に戻ると思いますが、お許しください。
この163話は、144話「メイドのいる朝」のあのシーンに繋がっていると考えてください。