162話:占夏十月の談話
※この文は、ひらがなだけで単調に表現される十月の文を普通調で漢字に直したものです。
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わたし、占夏十月は、本日、来客があるとのことで、わたしの主である不知火覇紋様を車で家までお送りして、来客に備えて、瑠吏花と共にお茶や菓子の用意を整えます。おそらく、時間から見て夕食も来客の方と共にとるでしょうから、お茶請けは、そこまで多くないものにして、夕食に響かない物にしたほうがいいでしょうね。
それにしても来客とは聞いていますが、覇紋様に直接連絡が来た、と言うことは、覇紋様のご友人ということだと思うのですが、しかし、《古代文明研究部》の誰でもないでしょうから、どんな人物なのでしょうか。
そんなことを考えていると、ピンポーンと軽快なインターホンの音が響きました。わたしは、玄関に赴き、ドアを開き来客者を招き入れました。
来客のどこか浮世離れした風貌に瑠吏花が呆けていますが、それもそのはずでしょう。一般的な感性とはあまりにもかけ離れた着物を崩して作ったような洋服を着て、その上にコートを羽織り、背中に布に巻かれた謎の大きなものを持った不思議な雰囲気の男性とも女性ともいえない中性的な容姿をした人。さすがに、そのような人が玄関から入ってくれば呆けても仕方がないというものです。帽子で顔も見えませんし、コートで中途半端に隠れた赤茶の着物は男性用か女性用かも判断できないですしね。
まあ、かくいうわたしも、この方が、男性なのか女性なのかは分かりませんが、いつものように案内をするだけです。
来客の名前は、蒼紅瑠音様です。今は、瑠音様なのか、瑠音様様なのかの判断はつきませんが、どちらにせよ、覇紋様の重要なお客様ですからね。
そうして、覇紋様の私室に通し、お茶とお茶請けのスコーンにジャムを添えてテーブルの上に「失礼します」と声をかけてから並べます。そして、そのまま、瑠音様の後に行き、荷物とコートと帽子を預かることにしました。
「荷物はここで構わないわ。コートと帽子は預かってちょうだい」
どうやら、今は瑠音様様のようです。わたしは預かった帽子とコートをかけると、部屋の隅に下がります。瑠吏花は、今度は、彼女の美貌に呆けてしまっているようです。
中性的な容姿、見ようによっては男性とも女性とも見える美しい容姿。赤茶の着物のような洋服は、大胆にも胸元がはだけているもので、花魁の着ているようなイメージが近いでしょうか。
蒼色の髪を束ねているその雰囲気は凛とした女性に感じます。ですが、正面から見ると、結っている部分が見えにくいため男性にも見えてしまう不思議な感じがする方です。
その瞳も蒼く染まっていて、その瞳を縁取るようにまっすぐ伸びているのも蒼色の睫毛です。眉毛も蒼く、最初からその色なのではないか、と疑うほどに、全てが蒼く染まっています。ですが、自然的に蒼色の髪を持つのはありえない、と言うことなので、染めているのではないでしょうか。いえ、《古具》などと言うものがある世界ですし、おかしくはない……のでしょうか?
ともあれ、瑠音様様は、席にお付になって、紅茶を飲み、一息ついてから覇紋様との話に入ることにしたようです。
「それで、話と言うのは、これのことなんだけれど」
そう言って私に預けなかった布に巻かれた荷物を掲げました。あの布の奥は一体どうなっているのでしょうか。形状は、……そう、丁度、剣を布で何重にも巻いているような、そんな形状なのです。
「瑠音様さん、それは一体なんでしょう?」
覇紋様は、瑠音様様に問いかけます。瑠音様様は、布を解いて、その中身を開示します。その中身とは、わたしの予想通りに剣でした。その大きな剣は、黄金の柄をしていて、そこには彼女の蒼い瞳と同じ蒼い宝玉がはめ込まれていました。あの剣は一体……。
「この剣は……?」
覇紋様は、その剣を見て怪訝な声を漏らしました。あの剣のことは、覇紋様も知らないようですね。瑠音様様は、その剣を見せながら、その名前を語ります。
「この剣は、バルムンク。我が一族に伝わる聖剣です」
バルムンク……、聞いたことがあるような気もしますが、わたしはそこまで詳細なことを覚えているわけではないので。覇紋様は、その名前を聞いて驚きを露にしているので、知っているのでしょう。
「ニーベルンゲンの歌に出てくる魔剣、バルムンクですか……?その剣が、本当にそうだというのですか?」
ニーベルンゲンの歌、と言うと、ドイツの叙事詩のことですよね。その叙事詩に登場する伝承の剣、と言うことでしょうか。
「元々、バルムンクは、ジークフリートと言う人物が持っていましたが、ハゲネがジークフリートを殺して奪い、それをジークフリートの妻であるクリームヒルトに誇示したことで、ハゲネはそのバルムンクでハゲネを殺した、と言う、あのバルムンクですか?」
さすがは覇紋様ですね。詳細をご存知でした。ですが、あの剣に、そんな悲愛の物語があったのですか。愛の復讐劇と言うやつですよね。愛憎劇とも言いますか。
「肝心のその続きを忘れないで欲しいわね。復讐を果たしたクリームヒルトは、王の放った刺客に殺されて、彼女の人生に幕が下りるのよ。
まあ、その部分は、今は大した問題ではないわ。今から話すのは、その先の話よ。バルムンクは、そうして、王に回収されたのだけれど、醜き王に瘴気の抜けて聖剣とかしたバルムンクは力を貸さなかったのよ。そのことに憤慨した王は、その剣を捨て、その後、異邦の民、八斗神空虚がそれを拾い、家宝として受け継いでいったの。で、それが、八斗神火々璃と言う子孫に渡り、その子孫から息子の蒼刃光へ、娘の燦檎に、娘の深子に、そして、【バルムンクの悪魔】、【クリームヒルトと契約せし者】と呼ばれた蒼刃深魔へと渡り、そこから直系の子孫である私達、蒼紅家へと伝わったのよ」
蒼紅家へと伝わった瘴気の抜け、聖剣へと変わった剣バルムンク、それを何故、今日、この場所へと持ってきたのでしょうか。その意図が分かりません。
「そして、蒼刃深魔は、クリームヒルトと交わした契約の1つにバルムンクを真に持つにふさわしいものが現れたとき、バルムンクをその者に渡すことだったのよ。んで、鷹之町に現れたって神託が降りたからあんたに持ってきたってこと。確か、鷹之町市ってアンタの領分だったわよね?」
その言葉に頷く覇紋様。しかし、あの剣を真に持つにふさわしい人間が鷹之町市に現れたのですか?俄かには信じがたいのですが……。
「分かりましたよ、受け取ります。ですが、もう少し詳細なことは分からないんでしょうか」
ええ、さすがに今の情報だけでは少なすぎます。まさに、瑠吏花の時と同じように、手当たり次第に剣を渡していくような真似がせいぜいで、それ以外のことは何も出来ないと思いますが。
「仕方ないわね。もう少し詳細に神託をしてみようじゃないのよ」
そう言った瑠音様様。その瞬間、一瞬、電気が明滅します。そして、目を疑いました。あの瞬間、瑠音様様の影が2つ見えました。それは、月明かりと明滅した明かりの2つと言うので理解できるのですが、その形は人の形をしていませんでした。
それは――巨大な龍と巨大な九つの尾を持つ狐だったのです
「……九尾化」
そして、蒼色の髪の一部が金色に染まっていきます。まるで、稲穂の様な金色の髪が青色の髪を侵蝕していくように広がっているのです。そして、椅子が転がり壊れました。なのに瑠音様様は座っています。
何かに座っている、その何かは、瑠音様様の臀部より生えた九つの尾でした。まさに、狐に化かされたような気分ですが、あれは、一体。
「かしこみかしこみ申す……天神よ、稲荷の狐神よ、我に道を教えたもう」
その瞬間、瑠音様様が、どこか神々しい雰囲気を纏っています。それは、神秘的と言うよりも荘厳で強大なものを前にしているように思います。
「蒼き者、表の輝きを放つ」
一言だけ、そう言ったのです。つまり、それが、神託と言うものだというのでしょうか。蒼き者……、蒼……青……、その言葉から連想できる人は……?
「あおば、あのん?(青葉暗音ではありませんか?)」
その言葉に、覇紋様が頷きました。しかし、一方で、瑠音様様は、怪訝な顔をしていました。
「青葉、暗音……。青葉の血筋の人間よね。いいわ、その女には私が会う。写真か似顔絵、特徴でもいいから教えてちょうだい」
尻尾を収め、髪色も戻った瑠音様様は、覇紋様にそう言います。覇紋様に言われる前に、わたしは、裏部屋……使用人の部屋へと引っ込み、わたしのスマートフォンに入っている青葉暗音のプロフィールを印刷します。わたしのスマートフォンには、緊急時に確認できるように、全校生徒のプロフィールが入力されているのです。その中からピックアップするだけで済むので楽でした。
「瑠吏花、資料を」
わたしがいないので、瑠吏花に声をかけたのでしょう。ですが、資料を持って、わたしはすぐさまに、部屋に戻ります。
「おくれた。3にん、おおくしてた。(遅くなりました。念のために、彼女と、彼女が仲のよい3人のクラスメイトもついでに印刷してまいりました)」
わたしの持ってきた4人の資料を瑠音様様が受け取ったのを確認すると、夕食の準備をするために瑠吏花に指示を出しました。
「今日は泊まらせてもらうわ」
では、いつもの部屋の準備をしておかなくてはなりませんね。忙しくなりそうです。個々の準備は瑠吏花に任せて、とっとと、準備に向かうとしましょう。
ふむ、この調子ですと、明日も部活はなしにして、青葉暗音さんに瑠音様様を紹介……もとい、瑠音様様に青葉暗音さんを紹介しくてはなりませんね。




